お部屋の模様替え
「うーん 眩しい…… 」
清々しい朝がやってきた。が、眠り足りない私はそれを認めたくはない。
眩しい朝日から顔を背けるため、光が差し込む窓と反対方向へ頭を動かした。
「もうちょっと、寝かせて…… 」
腕の中のぬくぬくとした抱き枕をギュッと抱えると、シーツの中に顔を突っ込み抱き枕に顔を埋める。
少しでも朝日から逃れようとする悪足掻きだ。
「お布団と、離れたくないよぉ」
最近、すっかり朝も冷え込むようになってきた。自分の体温で育てた、暖かいシーツと離れがたい。
そう思っていると、なぜか抱き枕がモゾモゾと動きだした。
ゲシゲシと私の蹴りをくりだし、私の腕の縛りを緩めた抱き枕は、スルリと逃げ出していく。
「うーん? 私の枕が、逃げちゃった?」
「 ……君の枕になるなんて、僕は許可してないよ」
「ん? あ、黒猫ちゃんか」
目を開け声のした方に顔を向けると、むすぅっとした表情で、ベットの端に座る黒猫がこちらを見ていた。
私と目が合うと、瞳を呆れた色に変えながらやれやれと首を振る。
視線の先を、私から私を通り越した奥の方へと動かした黒猫は、グッと体を低く屈め、かわりに突き出したお尻と尻尾を左右に振った。
そしてピョンっと一飛びして私を超えると、ベッド横のサイドテーブルに、ストンと着地する。
「わぁおっ!」
自分の体長の何倍にもなる距離のジャンプを、事も無げに繰り出した猫の身体能力に感心していると、着地時の振動でカタカタッと少しだけ揺れた花瓶を気にすることもなく、黒猫はテトテトとテーブルの端を歩いた。
音泣きの魔術具の前まで来ると、顔を下げ、チロチロと舌で掬うようにして、張られた水を飲む。
心地よい朝の微睡タイムを妨げられ、すっかり目が覚めてしまった私は、渋々と布団をまくり上半身を起こした。
水分補給中の黒猫に向けて、遅ればせながら口を尖らせて応戦をする。
「むぅー。そんなこと言ったら、私だって黒猫ちゃんがベッドで寝ること、許可してないよ?」
「僕は歩く枝も止まる木も、全部自分で決めるんだ。寝る場所だって、同じこと」
顔を上げて、ペロリと口の周りについた水を舐めた黒猫は、シレッとした顔で返事を返した。
「んー。なんか、ずるい答えな気がする」
言い返せなくなった私は、負け惜しみを呟きながら、頬を膨らませる。
サイドテーブルからシュタッと床に降り、後脚で耳の裏をカリカリしている黒猫から目を離した私は、花瓶を彩るシャーラムから一本を手に取ると、ピンク色の可愛い花を摘んだ。
先程黒猫に水受けがわりにされていた可哀想な白い小皿が、本来の務めを果たせるように、張られた水の中へ摘んだ花弁を落とす。
リーンーーーー
セルーニを呼ぶ起床の合図が、部屋に鳴り響いた。
涼しい音色を聴きながら、セルーニの到着を待っていると、下から声が聞こえる。
「それ、すごくいい匂いがする。僕にもちょっと頂戴?」
「え? それってこのお花?」
「うん、それ」
花瓶に生けられたシャーラムを指差しながら床を見ると、背筋をピンと伸ばし両脚を揃えてお行儀良く座る黒猫が、小首を傾げながらおねだりをしてきた。
大きな金色の瞳で上目遣いに見つめられて、不覚にもキュンとする。
「ぐぐっ…… 可愛い。えーっと、これ食べるの? お花食べたりして、お腹壊さない?」
「僕、悪食じゃないよ」
再び、コテリと首を傾げる。
うっ、絶対わざとだ。今のは、完全にわざとだった! なんて、あざといんだ! もう、めちゃくちゃ可愛いっ!
心の中で悶絶している私に、首を傾げたままの黒猫は、更にパチパチと瞬きをして金色の瞳を潤ませた。
くぅー、可愛いすぎかっ! この小悪魔が! いや、子猫か!
「うぅっ、可愛いは正義! ……はい。一つだけだよ? お腹壊しちゃったら、すぐに言ってね?」
「壊さないよ。クスクス…… ミア、ありがとう」
花瓶からシャーラムを取り、黒猫が咥えやすいように茎部分を近づける。
ぷっくりと膨らんだ口元のウィスカーパッドを動かして、スンスンと匂いを嗅いだ黒猫は、お眼鏡に適ったのか満足そうに金色の瞳を細めた後、大きく口を開けてパクリとシャーラムを咥える。トテトテと部屋を出ていった。
あ、もう私に用はないんですね。そうですか。
シャーラムさえ手に入れば、お前は用済みだといわんばかりの黒猫の塩対応にシュンとしていると、セルーニが入ってきた。ササっと着替えを手伝ってくれる。
「おはようございます。猫ちゃん、とても機嫌がいいみたいですね」
「そうですか……。 猫にも花にも負けました……」
「負けたとは?」
「あ、いえ、なんでもないです。そういえば、昨日も聞きましたが、セルーニに渡したシャーラムは、本当に枯れないのですね」
「はい。花自体がミアーレア様の魔力をたっぷりと含んでいるのに加えて、この家もミアーレア様の魔力で満ちています。よほどのことがない限りは、枯れないかと思います」
「この家に? 私の魔力が満ちているのですか?」
「ミアーレア様は沢山の魔力を渡してくださっているようで、主の魔力を取り込んだこの家はとても元気です。家仕えは、家が蓄えた魔力を使ってお部屋を整えるのです。私もミアーレア様の魔力をお借りして、お掃除やお料理をしています」
「えぇ? 私、魔力を渡していたなんて、全然分からなかったのですが 」
「ミアーレア様からすると大した量ではないため、気づきにくいのかもしれません。音泣き用のお花も、ミアーレア様が就寝なさっている間に、余分な魔力を吸収しているだけですから」
私は知らない間に、この家の発電機になっていたようだ。
家が蓄電機で、セルーニが使用者? 我が家は、究極のエコロジカルハウスだった。
貴族はとても環境に優しいし生き物だと知った私は、また一つ賢くなった。
「まぁ、気付いていなかったくらいなので問題はないのでしょうか? もし、お家の魔力が足りなくなったら遠慮せずに言ってくださいね。とは言っても、供給方法は分かりませんけど」
「ありがとう存じます、ミアーレア様。 ……そういえば、近頃は冷え込んで参りましたね。魔力の余量も十分ですので、そろそろ御部屋に火を入れようと思うのですが、宜しいでしょうか?」
「ぜひに、お願いします! 最近、寒くて起きるのが億劫になっていたのです!」
「はい、承知いたしました」
やった!セルーニが暖炉に火を入れてくれるらしい。
今朝の黒猫との攻防も、元をただせばこの朝の冷え込みがいけないんだ。
部屋が暖かくなれば、朝寝坊の心配もなくなるし、湯たんぽ兼抱き枕から解放される黒猫の機嫌も良くなるだろう。
部屋にそれっぽいものは見当たらないけど、また魔法でちょちょいっと、暖炉か何かを運んできてくれるのかな?
エプロンのポッケから、大人の掌二枚分ほどの長さの杖を取り出したセルーニに、期待の目を向ける。
ルンルンッ! 暖炉っ! あったかい、暖炉っ!
心の中でチアガール宜しくボンボンを振りながら応援していると、セルーニは一度目を瞑り、ゆっくりと深呼吸をした。
杖を若葉色の壁に軽く当て、そのままスゥッーと、横に動かす。
「サース パゥローラ フォーティアーノ!」
セルーニが呪文を唱えると、杖で撫でられた壁がポワッと光った。
ズズズズズズズ…………
何かを引き摺るような音とともに、セルーニの杖が通った部分から、樺色が滲み出てくる。
色は部屋中に広がっていき、あっという間に柔らかな若葉色だった壁の色は、温かみのある樺色に変化した。
「わわわっ!?」
今度は足元に違和感を感じて、右足を上げる。
フワリと浮き上がった絨毯は繊細な刺繍を浮かび上がらせたかと思うと、毛足を伸ばし私の足を優しく撫でた。
変化はそれだけでは止まらない。
ミシッ……ガコンッ! ミシッ……ガコンッ! ミシッ……ガコンッ!……………………
「ぇうわっと!? 柱が!?」
壁に半分埋まっていた柱達が、ミシッと重量感のある音をたてて壁からその身を剥がすと、ガコンッと裏返り、何事もなかったかのようにもとの壁の中に半身を沈めた。
無理やり柱が動いた衝撃で壁に走ったひび割れも、ズズズズ…… と巻き戻しのように直っていく。
部屋中の柱が裏返った後も、音は鳴り止まず、でもだんだんと遠かっていく。これ、廊下や他の部屋の柱も、全部裏返ってるんだろうな。
草花が絡みついたデザインの、華やかなルネサンス様式だった柱は、裏返り更に豪華なバロック調へと様変わりしていた。
「はぁー…… すごい」
セルーニが言った〝部屋に火を入れる〟の意味は、私が想像していたものとは全く違った。
大行進させたポメラの花弁のように、魔法で浮かべた暖炉を持ってくると思っていた、自分の貧相な発想力がおこがましい。
もはや、模様替えってレベルでもないね。家中、丸ごとリフォームされちゃってるよ。
全く変わってしまった部屋の様子に呆けていると、セルーニがパンパンと2度手を叩く。
すると、全ての柱の上方にズルズルズル……と、粘土のような突起物が生えた。
突起物は子どもの泥遊びのように不定型に何度か形を変えた後、体の上半身を柱から突き出した男が大剣を構える姿の彫刻へと変化した。
フランスのルーブル美術館に飾ってありそうな、バキバキの裸体だ。
彫刻の形が定まったことを確認したセルーニが、今度は指揮をするように杖を振る。
小さな彫刻たちが構えた大剣に、フワリと一斉に火が灯った。
炎は踊るように大剣に絡みつき、クルクルと回りながら楽しそうに彫刻で遊びだす。あの彫刻は柱についた燭台だったようだ。
ん? このデザイン、なんか既視感があるなぁ。
柱に近づいて、剣を振りかざす半裸の男をまじまじと見上げる。
「うーん、なんか見覚えのあるような? しかも、最近見たような気が…… あぁっ!?」
「しょ、少々、斬新なレイアウトになりましたね?」
燭台のモチーフの正体に気づいた私の横で、同じく、正解に辿り着いたセルーニからも困惑の声が上がる。
家中の柱に現れた、何十体もの小さな半裸アルトレックス像を見上げながら、私とセルーニは無言で顔を見合わせたのだった。
大規模リフォームで1番衝撃を受けていたのは、半裸の友人がニョキニョキと柱から大量出現したのを目撃してしまった、ロンルカストでした。
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