同居人の紹介
「くわぁーあ…… 」
香箱座りをした前足関節の上に頭を置き、寛ぎはじめた黒猫は、大きな欠伸をすると耳を伏せ、金色の目を細めた。
このままスヤスヤと眠りだしてしまうのも、時間の問題だ。
ロンルカストに地面に落としてしまった金属板を拾ってもらうと、持っていた金皿をその上に乗せ、魔術具を預けた。
金皿から伸びた蔓の先では、蝶が飛び去った後も変わらずキラキラと青い花が咲き続けている。
私はさっきのロンルカストと同じように猫の前に屈むと、ご機嫌を伺った。
「えーっと、猫ちゃん。私達、家に戻りますけれど?」
「そう? じゃぁ、僕はここにいるよ 」
鰾膠も無く、プイっとそっぽを向かれてしまった。
私の声を聞いて一瞬アーモンド型に見開いた目も、再び細めだす。相当この場所が、お気に入りらしい。
困ったなぁ……。はい、そうですかと、放っておいて、気分屋な猫ちゃんがフラッとどこかに行ってしまいでもしたら、杖への道標がなくなってしまう。
そうなれば、杖結びは失敗だ。同時に私の人生も終了となる。うーん。それは避けたい。
無理やり連れ出したら、機嫌を損ねてしまうだろうか。
ぷっくりと膨らんだ、モフモフの口元を見ながら考える。あ、でも、さっき欠伸をしてたよね? もしかしたら、眠くて動きたくないだけかもしれない。
「そうだ! 動きたくないなら、これはどう?」
ゆっくりと腕を伸ばし、黒猫のお腹に両側から手を差し込む。
ふんわりとした黒い被毛の感触を感じながら、そのまま脇に手を移動し両手でそっと持ち上げた。
私に持ち上げられてデローンと体を伸ばした黒猫は、ピクリと耳先を動かしたものの、抵抗する様子はない。
腕を引き寄せ、体に密着させるように黒猫を抱き抱えると、右手をお尻の下に入れて支え、左手は前から回して体を安定させた。
しばらくそのままの体制を続けながら、視界の右下に捉えた黒猫の様子を窺っていると、私の腕の中でモゾモゾと細かく位置を調整しだした。
ピョィッと前足を出すと、私の肩に乗せ、再び目を細め動かなくなる。うん。 暴れないし、嫌がってないみたい。抱っこ作戦は成功したようだ。
そのままよいしょっと、ゆっくりと立ち上がり、ロンルカストの方を向く。
「これで、よしっと。じゃぁ、帰りましょうか? ロンルカスト」
「は、はい。 ミアーレア様」
来る時は3人で歩いた道を、帰りは2人と一匹で戻る。
私は黒猫を抱き、ロンルカストは青い花が咲いた不思議な金皿を持っている。うん、来る時も違和感があったけど、今はもっと変な感じだ。
すっかり冷たくなってきた風が、乾いた落ち葉を連れて通り過ぎていく。
抱きかかえている黒猫の温もりが心地良くて、つい湯たんぽがわりにギュッと腕の力を強めてしまった。
「んんっ ミア、ちょっと苦しいよ」
片耳を立ててピクピクと動かした黒猫が、抗議の声を上げる。
「あっ、ごめんね。暖かくて気持ち良かったからつい。あれ? 私、名前言ったっけ」
「僕、そんなに暖かいんだ? クスクス…… 魔力を食べたからね。ミアのこと、ちょっとだけ分かるよ」
「やっぱりあの蝶、食べちゃったんだね 」
「蝶? あぁ、うん。美味しかったよ?」
帰り道すがら蝶のことを尋ねると、美味しかったと返ってきた。まずいよりは嬉しいけど、なんだか複雑な気分だ。
離れにつく。両手が塞がっている私たちの代わりに、セルーニが中から玄関の扉を開けてくれた。
抱きかかえられた黒猫を見て驚いた顔をするセルーニに、導きの魔力ゴックン事件のあらましを話し、半分寝ている新しい同居人もとい、同居猫の紹介をした。
「セルーニは、猫アレルギーとかないですよね?」
「酷いなぁ。僕が、傷つかないとでも思った?」
念のため最後に質問をすると、片目だけ開いた黒猫が尻尾をパタパタと左右に揺らして、非難めいた声を上げる。
「あっ、ごめんね。でも、アレルギーは、好き嫌いとは違うから――」
顔を顰め眉間に皺を寄せた黒猫は、私の腕をすり抜け、シュタッと家の床に降りた。
「近づきたくないって意味では、同じじゃないか」
そう言って、ピンッと立てたしっぽの先を、ゆらゆらと揺らしながら廊下の奥へ歩いていく、黒猫のお尻を見送る。
「あ……。 機嫌を損ねちゃいました…… 」
「心配なさらずとも、大丈夫です。家の中を探検しに行っただけかと思われます」
「そうだといいのですが…… 」
セルーニの慰めを受けながら、反省する。確かにデリカシーのない質問だったな。
つい、薬局にはじめて来局された患者さんにする、新患アンケートのノリで聞いてしまった。しょぼん。
「はい、それほど怒っている様子でもありませんでした。それよりも、家の中が気になるといった気持ちの方が強いかと」
「あれ? セルーニは、黒猫ちゃんの気持ちが分かるのですね
「なんとなくですが、分かるようです。私も徨魔と接するのは初めてのことで、とても驚いています」
「セルーニは、やっぱりすごいのですね。あっ、もしかしたら家仕えは人よりも精霊に近い存在で、だから徨魔の気持ちが分かるのかもしれません」
「そっ、そんな嬉しいことを言ってくださるのは、ミアーレア様だけでございます」
「んー、そうですか? 他の家仕えの方にも、徨魔の気持ちが分かるかどうか、聞いてみたいですね。そうしたら、家仕えがすごいのか、セルーニが凄いのかがはっきりします」
玄関で家仕えの真実に迫った後は、お風呂で疲れと砂埃を流し、寝る準備を整える。
廊下の先に消えていった黒猫の様子が気になったので、どうしているかなと、着替えを手伝ってくれているセルーニに聞くと
「今は執務机の周りを見ているようです。窓や玄関の施錠は、しっかりと確認してあります。もし、どこかの窓を開けて出て行こうとしたならば、私が感知できますのでご安心ください。代わりに、猫ちゃんが心ゆくまで家の中を探検出来るように、各部屋の扉は少し開けたままにしてあります」
と、完璧な答えが返ってきた。ポメラ乾燥中の部屋だけは、いたずら防止のため、鍵をかけてあるそうだ。
抜かりがない。我が家は側近に加えて、家仕えも優秀だった。主に関しては、伸び代があると言える。
憂い事のなくなった私は、セルーニにおやすみの挨拶をして、厚手のカバーに変わっているベッドに潜り込んだ。
「あ、キャットフードとか、どうしよう? 」
ふと、黒猫の朝食事情について不安に思ったが、直ぐに明日セルーニに相談すればいいかと、思考をポイして目を閉じた。
意識はストンと、空気抵抗のない深い闇に落ちていく。
そうして私の長い長い1日は、終わりを迎えたのだった。
家に着くまでが遠足です。
次回は、黒猫との同棲生活がはじまります。
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