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気分屋の徨魔



 一瞬の出来事だった。

 神々しいまでに美しく羽を揺らめかせ、こちらに近づいてくる、金色の蝶。


 その(おごそ)かな姿に見惚れていると、どこからか光が猛スピードでヒュンッ! と飛んできた。

 高速で私たちの横を通り過ぎた光は、真っ直ぐに蝶へと突っ込んでいく。

 ぶつかるっ!と、思わず息を飲んだ瞬間、光と交差した蝶は真っ黒な闇の中へと取り込まれ、ゴックンと喉を鳴らすような音とともに、あっさりと姿を消した。


 蝶の軌道上に揺らめいていた天の川も、蝶の姿が見えなくなると同時にフッと消える。

 辺りを照らしていた光を失った薬草園は、夕暮れ時に相応しく、一気に薄暗くなった。


 残っているのは、突然やってきた謎の光だけだ。

 蝶を飲み込んだその光は、パッと二つに分かれ、勢いを緩めつつ生茂るポメラの葉の下に身を隠すようにシャッっと滑り込むと、地面から少し浮いた位置でピタリと止まった。



「え? 蝶が、きえた!?」


「ミアーレア様、お怪我はありませんかっ!?」


「今度は、なんだ!?」



 突如現れた二つの光を前に、素っ頓狂な声を上げて茫然立ち尽くす。

 そんな私を守るように、ロンルカストがバッと私の前に立ち、光に向かって杖を下へ向けた。


 光を挟んだ向こう側では、一瞬で間を詰めたアルトレックスが、抜いた大剣を前に構えながら様子を伺っている。

 ユラユラと揺らめく紅の炎が、大剣に絡みつき物騒な輝きを放っていた。

 二つの光は、そんな私達をグルリと見回すと、同時に数回点滅した。 んん? 点滅じゃなくて、瞬き?


 

「ふわぁーあ…… いい匂い。僕、この場所、凄く好きだな」


「光が喋った!?」



 緊張感が張り詰める中、光は欠伸をしながら、この場に似つかわしくない呑気な声を出す。

 一瞬糸のように細くなった2つの光の下に、小さく尖った白い歯が現れ、反射でキラリと光ると、またすぐに見えなくなった。


 なにが、いるの? 目を凝らして、正体を見定める。

 向こう側ではアルトレックスが、ジリジリと慎重に光へと近づきながら、間合いをはかっていた。

 大剣が纏う炎により、薄暗い薬草園の中で一際(ひときわ)光が届いていなかったポメラの葉の下の暗闇が照らされる。

 ぼんやりと浮かび上がったその正体は、金色の瞳を持った、一匹の黒猫の姿だった。



「ねこ?」



 上半身を起こし、両前足を揃えて行儀良く座る黒猫は、先程欠伸した顔を右前足でぐしぐしと2回洗い、その足をテチテチと舌で舐め始めた。



「ぐぅっ! なんてことだ! 徨魔(こうま)か!」


「これは…… 少々難しいことになりましたね」


「えっ、えっ? どういうことですか!?」



 手に持っていた大剣をガツンッと、地面に突き刺し天を仰ぐアルトレックスと、弱々しい声を上げながら眉を下げて困惑した表情を浮かべるロンルカストの2人に、何一つ事情が分かっていない私は戸惑う。


 な、何が起こったの? 誰かこの状況を、説明して欲しい。

 蝶はどこへ行っちゃったの? この喋る黒猫は、何か関係があるの? そもそも猫って、喋っていいんだっけ!?

 疑問が次々と浮かび上がる。頭の中はクエスチョンマークだらけだが、とにかく1番大切なことを聞いた。



「もしかして、儀式は、失敗ですか?」


「いいえ、失敗ではございません。ございませんが…… 問題は、いつ続行できるかでございます」



 おろおろする私に、ロンルカストは優しく言葉をかける。

 構えていた杖をしまい、表情を真剣なものへと変えるとスススと、黒猫の前に進み出た。

 ピシッとアイロンのかかった深緑の側近服が汚れることを気にかける様子もなく、そっと両膝を地面につき、黒猫に視線を合わせ丁寧に話しかける。



「私は、ロンルカストと申します。貴方様のお名前をお伺いしても、宜しいですか? 」


「名前? うーん、くわぁーぁ……あぁ、いい気持ち。少し、お昼寝してからにしない?」


「 ……私達は貴方様が取り込まれた、杖の導きを受けたいのです。どうか、案内していただけませんか?」


「うーん。今夜は、凄く月が綺麗で勿体無いから、お散歩はまた今度がいいよ 」


「 ……承知いたしました」


「ロンルカスト? どうしたので――」


「あー、ミアーレア嬢。ロンルカストは悪くない。これは、かなり稀な案件だ。いやもう、稀というかなぁ」



 黒猫と話した後、何やらガックリと肩を落としたロンルカストに、声をかけようとすると、その声を遮ったアルトレックスがロンルカストを庇うような目を向ける。

 あ、私がロンルカストを責めているように感じたのかな? アルトレックスって友人思いだね。ロンルカストと、本当に仲がいいんだ。

 ロンルカストにいい友人がいると分かり、なんだか嬉しくなったが、緩みそうになった表情を引き締めて、アルトレックスの誤解を解いた。



「御心を砕いていただき、ありがとう存じます。ロンルカストを責めているのではないのです。わたくし、その、状況がよく分からなくて」


「? ……あぁ、そういうことか。確かミアーレア嬢は、貴族社会に少々疎くあられたか」


「はい。言葉が足りず申し訳ございません。さっき仰っていた徨魔なるものと、この事態は、なにか関係があるのでしょうか?」


「ふむ、そうだな。徨魔とは緩く自我を持つ、精霊よりの魔力の塊だ。害はなく、森や魔力の多いところを彷徨っている。時折り、大きな魔力を得て形を成すものもいると聞くが、まさか、導きの魔力を取られるとはな……。 これは、かなりの曲者だ」


「説明をありがとう存じます。杖へと導いてくれるはずだった私の魔力が、この子に取られてしまった、という理解で宜しいでしょうか。えっと、それで、この場合、儀式はどうなるのですか?」


「あぁ、問題ない。そして、それは難しい質問だが……まぁ、そいつの気が向けば、案内してくれるはずだ。みたところ、だいぶ手強そうだけどな」


「そうですか。不可能ではなく、続行出来る可能性が残されていると分かり、安心いたしました。アルトレックス様、ありがとう存じます」


「ま護衛を請け負っていた以上、今回の件は、俺にも責任がある。そいつの気が変わった時は、また呼んでくれ」


「アルトレックス、14項のかくに――」


「ロンルカスト、依頼料のことは心配するな。火持ちの芯にかけて、契約は済んでいる。それで問題はない」


「 ……。 そうですか。では、護衛代は14項の通り、依頼が完了次第お渡し致しますね」


「おぃ!? つまり、それは、今夜はただ働きということか! はぁ…… 早くそいつを説得してくれ」



 最後に護衛代について、ロンルカストに言いくるめられたアルトレックスは、少し不満げな顔をしながら去っていく。

 それでも、離れの前に用意していた二頭のグラーレを、小屋まで戻しておくと去り際に言い残してくれた。



 とっても、ありがたい。火持ちの芯にはきっと、義理堅さがぎゅうぎゅうに詰まっているに違いない。

 アルトレックスの騎士道精神に感謝しつつ、私とロンルカストは、前足を舐め終わり、香箱座りで早くも寛ぎ始めたこの猫ちゃんをどうするかという残った問題に、頭を悩ませたのだった。




 2話を少し改稿致しました。

 変更点につきましては、活動報告にて記しております。

 最新話までお読みいただいている皆様には、勝手に直すのではなくご報告したいと思い、後書きにて書かせていただきました。

 

 いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。

 深く感謝申し上げます。

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