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書類の山



「ふふふん、ふふんー 」


 

 この前のことを思い出しては、小声で出鱈目なリズムを口ずさむ。

 久しぶりの平民街、すごく楽しかったなぁ。

 みんなに会えたし、また来週も会いに行くねって言えたし、あとこれも!


 私は締まりのない顔で、手元の紙束を眺める。

 平民街を離れる日、いつか取りに来るので、冒険者から薬の情報を集めて欲しいと、サルト先輩に頼んだ。

 ダメ元のお願いだったのだが、律儀なサルト先輩は、本当に冒険者達から薬の使用感についてのデータを取ってくれていたらしく、私が平民街に行った4日前、この紙を手渡してくれたのだ。


 はじめ、ポイッとこの紙束を渡された時は、何のことか分からなくて首を傾げてしまった。

 サルト先輩に嫌そうな顔で、「お前が頼んだんだろ」と言われ、やっと思い出したのは、ご愛嬌。

 

 あんな口約束を守ってくれたんだと思うと、嬉しくて嬉しくて、ついガバッと抱きついてしまった。

 サルト先輩も、私の背中をポンポンっと叩いて応じてくれたから、感謝の気持ちは伝わったと思う。



「ふふふーん、るるるんー 」



 紙に箇条書きされた、薬の情報を眺める。

 自然と口元が緩み、メロディーだけの歌が溢れでた。



「ミアーレア様。また、作業が滞っているようですが?」


「……え? そうですか?」



 ロンルカストが度々注意をしてくるけれど、浮かれた足は、なかなか地に着こうとはしてくれない。

 サルト先輩が書いてくれた分は、今までのと合わせて、後でデータ化しようっと。

 あ、ここ、回復薬についても書いてある!

 貴重な情報ゲット嬉しいな! らららん、ららー



「ミアーレア様?」


「はい? ロンルカスト?」


「ミアーレア様。私が、其方の紙を没収したいなどと思わないよう、ご配慮いただけますと嬉しいのですが?」



「ぼぼ、没収!? はっ、はいっ! 勿論です!」



 驚いてお薬情報から目を離し、顔を上げる。

 不吉な黒い笑顔のロンルカストが、真っ直ぐに私を見ていた。



 ひゃぁっ!?いつから、その笑顔でこっちを見てたの!?

 サルト先輩メモに夢中で、全然気がつかなかったよ!

 シュバッと、紙を机の奥底にしまう。

 ロンルカストに取られたら最後、なかなか返してくれない気がする。 

 「あの仕事と、この仕事が終わったら、お返し致しますね」とか言いながら、結局延び延びにするに違いない。


 ここへ来て、まだそんなに日は経っていないが、流石に私もロンルカストが優しいだけではなく、少しいじわるなことに気がついてきた。



「お仕事っ! お仕事を致しますね!」


「ご理解いただき、大変嬉しく思います」



 言葉とは裏腹に、監視するような目でこちらを見るロンルカストに狼狽(うろた)えながら、私は机の上に積まれた書類の山に集中する。

 冷徹貴族から床に落とされた、もとい、一応手渡された仕事だ。


 委託された当初は、「領主補佐の仕事なんて私に回されても困るよ!」と、びびり倒したが、書類に目を通してみると、どれも単純な計算処理だった。

 私でも出来そうな内容に、ホッと胸を撫で下ろす。


 前回の内容は、各地の農作物の収穫量や貯蔵量、消費量についてだった。

 サクサク計算して、念のため間違いがないか再計算をした。一人二重チェックも終え、この前の登城の際に、冷徹貴族に返却済みだ。


 返却して終了かと思いきや、更に大量の別の書類が返ってきた時は、なんの嫌がらせかと思ったが、ロンルカスト曰く、期限はないからゆっくりやればいいらしい。その言葉を聞いて、少し気が楽になった。


 今回の書類をみる。前回と同じような、領地内の街ごとの収穫量の計算に加え、今回はアディストエレン領の財務に関する会計処理も入っていた。


 え? いいの? 私なんかが、財務処理に関わっちゃって?

 実際にお金を扱うわけではないが、領地の懐事情に関する仕事だ。

 来たばっかりの新人に任せるようなことではない気がする。

 とは言っても、回されたものはしょうがない。新人にノーと言える権利はないのだ。


 フンッ! と気合を入れてから、一心に計算処理に勤しんだ。

 昔から、数字は嫌いじゃないんだよね。

 小学校の頃は、作文を書けと言われる国語の授業よりも、数字と向き合う数学のほうがずっと簡単で好きだった。

 薬剤師、バリバリのリケジョ脳は、答えがはっきりクッキリ分かる、計算問題が大好きなのである。

 それに、働き始めた薬局でも、薬剤師に暗算スキルは必須だったなぁー。



 その理由は、錠剤やカプセル剤が入った「ヒート」と呼ばれる銀色のパッケージが、10錠だけではないからだ。

 基本的には10錠ヒートが多いけれども、14錠ヒートや、21錠ヒートなんていうのもザラにある。

 なぜ、ヒート数と暗算が関係あるかを具体的にいうと、こんな感じだ。


 患者さんが来局して、受付に処方箋を渡す。

 処方箋には、「A薬を、一回一錠、1日3回毎食後、30日分」と書かれている。


 A薬は21錠ヒートだ。この場合、何ヒートと何錠が必要なのか。その答えを、瞬間的に出すことが求められる。


 3×30=90なので、全部で90錠が必要。

 1ヒートが21錠なので、4ヒートで84錠。90-84=6錠 よって、正解は4ヒートと6錠だ。 


 棚のA薬に手を伸ばし、5枚を取り出す。

 4枚を上下で互い違いに合わせながらまとめ、最後の一枚はハサミでチョキチョッキンして6錠分だけ切り離す。 パチンッと、全てを輪ゴムで止めて完了だ。

 処方箋を見てからここまで、10秒以内に用意できると、患者さんもニッコリすると思う。


 仕事の日は、こういった頭の中の掛け算、足し算、引き算を調剤室で、一日中繰り返していた。

 そんなわけで、私は昔から計算が好きだし、職業柄慣れている。 

 机の上に山積みされた書類を見ながら、電卓かエクセルが欲しいなー、なんて、全然そんな事は考えていない。


 電卓願望を頭から追い出し、山の頂上から一枚の紙を手に取る。ズラっと並んだ数字達を、ふんふんと眺めた。

 んっと、まずは、項目別に分かれた会計の、縦系からはじめようかな。

 なるべくロンルカストの方を見ないようにしながら、シャカシャカと計算処理を進めた。


 

「んー? なんか祭典項目の収支決算の桁が、おかしいような?」



 暫くすると、違和感を感じる箇所があった。

 少し前のページに戻って、前年度分を確認する。

 やっぱり! 去年に比べてだいぶ減ってる。桁も違うし、計算間違えたかな?


 その後、3回計算し直してみたが、答えは同じだった。

 むむぅー。 3回も計算し直したのに、意味なかった! この時間があれば、もう一枚分の書類ができたのに!

 モヤモヤしたので、前年度と細かく比較してみる。

 収入は変わらないが、支出がグンと増えているようだ。


 うーん、今年は大規模な祭典だったから、例年よりも物入りだったとかかな? 

 知らないくせに部外者が口を挟むなって怒られそうだけど、とりあえず注釈だけ入れておこうっと。3回もけいさんしなおしたしねっ!


 計算結果にグリグリっと丸をつける。

 前年度比と、極端に増えていた、いくつかの支出を追記しておいた。これで、よしっと。


 ロンルカストによるサルト先輩メモの没収回避のため、その後もペンを走らせ続け、電卓と化した。

 気がつくと、右側の未処理の山が小さくなり、左側の処理済みの山がこんもりとなっている。 

 部屋を見回す。いつの間に部屋を出て行ったのか、ロンルカストは居なくなっていた。 

 頑張った成果と、ロンルカストのジトっとした監視の目を逃れたことに満足した私は、うーんと大きく背伸びをする。


 ディーフェニーラ様も、ずっとこんなお仕事をしてるのかな? そりゃ肩も凝るし、頭痛も酷くなるわけだ。 

 それに、私はこういうの結構好きだから苦じゃないけれど、もし苦手な人だったら、一日中机に座って数字と格闘するのは辛いだろうな。


 クルクルと腕を回していると、いつの間にか部屋を離れていたロンルカストが、シレッと戻ってくる。



「お疲れ様でございます。今夜は、杖結びがございますので、早めに夕食を取りましょう」



 そうだ! 杖結びを水の日の夜にするようにって、レオ様から言われてたんだった!

 毎朝、朝食の後にロンルカストが1日の予定を伝えてくれるのだが、今朝はサルト先輩メモに夢中で上の空だった。

 私は、すっかり聞き流していたことがバレないように、取り繕った笑顔でコクコクと頷いたのだった。




 窘める程度で許してくれるロンルカストは、結構寛容な方だと思ったり。

 次回は、杖ゲットの儀式、杖の大きさは、大人の掌二枚分のくらいのイメージとなります。



 お読みいただき、ありがとうございます。

 とても嬉しいです。


 少しでも続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや、下の⭐︎を押してくださると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一度に、三話更新とかしてほしいくらい、続きが気になります。
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