閑話13 ある工房見習いの平穏(後)
「ちくしょう! あと少し到着が早ければ! 俺はあの拳骨を受けずに済んだのにっ!」
タリオの悲痛な心の叫びが聞こえた気がした。だが、俺はそれどころではない。諸手を挙げて、彼女を歓迎する。
「おぉー、お嬢ちゃんじゃないかっ!」
「皆さん、お久しぶりです! ザリックさんにお願いしたい事があって来ました。こんな格好で、驚かせてしまってすみません」
「いやいや、また会えて嬉しいよ! すぐに親方を呼んでくるから!」
奥の部屋で、渋い顔をしながら弟子が化粧研ぎした刀剣の検分をしていた親方は、俺の話を聞くや否や、飛ぶように入り口に向かう。
彼女の姿を捉えると、目を見開き厳つい顔を黄色満面にして迎え入れた。 ハグでもしそうな勢いだった。
もし、抱きつかれていたら、華奢な彼女の背骨はポッキリと折れていたことだろう。
「嬢ちゃん! もう来れないのかと思ってたよ! いやー、こう見ると、本当にお貴族様なんだな。今日は何の注文だって?」
「ふふっ、私もまたザリックさん達にお会いできて嬉しいです! 今日は、これの依頼をしたくて来ました」
コトリと、彼女がカウンターに置いた品物を見て、俺はブハッと、吹き出しそうになった。
これは、以前にも見た事がある。
なんてことはない。ただの、スライムオイルを詰めただけの瓶だ。
親方も、この2つの瓶を溶接してくれと頼まれた時は、流石に首を捻っていた。
因みにその後、困惑しながらも丁寧な作業で瓶同士を繋ぐ親方の姿に、俺はプロ意識を感じて尊敬を強めた。
「あー、これってアレか? 前と同じやつだろ?」
ポリポリと右頬を掻きながら、親方が眉を下げた目で尋ねる。
「はい。前と同じ、スライムオイルを詰めたものです。ただ、今回は、何でもいいんですけど、キラキラした綺麗なものをスライムオイルに混ぜて欲しいです。こう、クルッとして上下を入れ替えたあと、スライムが落ちきる時間は、こっちの見本と同じになるように調整してください。あと、瓶は質の良いものを使って、表面には彫りや装飾もいれて欲しいです」
「分かった、嬢ちゃんの頼みだ。任せときな、完璧に仕上げといてやるよ。 ……にしても、貴族ってのは、玩具にも随分と手の込んだ事をするんだな」
サンプルのスライムオイル瓶を手に取りながら、親方はニカっと笑って請け負った。
「はい。ディーフェニ…… えーっと、領主様のお祖母様に献上することになったので、出来る限り見た目の良いものを差し上げたいんです。それで、私が作るよりもプロのザリックさんに制作してもらった方が、いいものができるかなって思って」
「 …………ッ!? 」
「ミアーレア様。これはただの呟きでございますが、レオルフェスティーノ様への献上分も必要かと存じます」
「あっ、そうでした! レオ……領主様の弟君用と、あと、念のために保存用も欲しいので、同じものを三個お願いしますね! ……あれ? ザリックさん、どうかしましたか?」
「 ……お、おうっ!? 大丈夫だっ! 三個だな!?」
「はい! 宜しくお願いします」
領主一族への献上と聞き、笑顔のまま固まった親方は、お嬢ちゃんに顔を覗き込まれると、バッと意識を取り戻して返事を返した。
あー、そういえば。前も、貴族に献上すると突然言われて、親方は今と同じように笑顔のまま固まっていたな。確かあれは、二個目の蒸留機とやらを頼まれた時だった。
あの時の親方は、半日くらい上の空のままで、皆んな心配したものだ。2回目で耐性がついたのか、今回はすぐに立ち直ったようで良かった。
まぁ、貴族献上品の制作依頼に慣れるなんて、俺なら絶対にごめんだけどな。
作ったものがお気に召さないから処刑だ、なんて言われたら、どうするよ? あり得ない未来を想像して、震えた。
親方はすぐに注文書を取り出し、瓶の装飾について、二人で打ち合わせを始める。
たかが子どもの玩具と思っていたものが、領主一族への献上品に格上げされたのだ。親方の目は、真剣そのものだ。
俺も急にあのドロドロの瓶が、高級な逸品に見えてきた。
仕上がりのイメージが決まると、工房の奥へと行き、いくつかの鮮やかな色の鉱物と、例のスライムオイルを持ってくる。
鉱物を削り、オイルの中に入れた時の色合いや落ち方を確認する。
何故かコソコソと、耳打ちをしながら打ち合わせを進める二人は、仲のよい祖父と孫のようにも見える ……わけはないか。
ムキムキマッチョで強面の祖父から、こんな可憐な孫ができるはずがない。
「任せときな、嬢ちゃん! 完璧に仕上げといてやるよ」
「ありがとうございます。次の月の日にまた来ますね。急いでいないので、試作品だけでも大丈夫ですよ?」
「おぅ、次の月の日だな、分かった。 ……そういえば、薬屋には、寄ったのか?」
親方は覚悟を決めたような顔で、そう言い切った後、ふっと表情を緩めた。 まるで、本当に孫を心配する祖父のようだ。
普段工房で見せる表情とは、全く違う顔つきに少し驚いた。
「うっ、それは…… まだです。 ……ロンルカスト、この後、ちょっと寄りたいところがあるのですが…… 」
「当初の予定よりも、少々早めに終わりました。帰り際に、気になった店を視察なさるのは、何ら問題ないと存じます」
「はぁ、良かった……。 ザリックさん、薬屋にはこれから行きます」
「そうか、うんうん。よし、アズール! お前、嬢ちゃん達を薬屋まで送ってけ!」
「はっはいっ!?」
「あっ、そんなそんな、お仕事中に悪いです。それに、私たち馬車で来たので、大丈夫ですよ」
「いいんだいいんだ。馬車でも何があるかわからねぇからな。 アズール、念のため馬車の後ろにくっついて送ってけ!」
「はいっ!」
あー、びっくりした。急に指名されて驚いたが、なんだ、馬車の後ろについて行けばいいだけか。見送りがてら休憩できると思えば、役得だ。
ついでに薬屋で、美人エルフ達と、お友達になれるかもしれない。
あ、でも、そういえば前に、お嬢ちゃんについて色々と尋ねてきた変なやつがいたな。
下心丸出しでニヤつきかけたが、変な服装の不審者が彷徨いていたという、不穏な記憶を思い出す。姿勢をピッと正し、気を引き締めた。
いつもは、持ち場を片付けないまま席を外すと、どやしてくる親方だが、今は早く行けと目線で圧をかけてくる。
俺は、道具や作りかけの刀剣を散らかしっぱなしにしたまま、立ち上がった。
再び布を被り、顔を隠したお嬢ちゃん達に続いて外に出る。
店前には、立派な馬車があった。
「おー、すげぇ! さすが、お貴族様だ」
馬車の前方には、二頭のグミットがいる。
ん? このグミット達、紐で繋がれてないぞ?
「逃げたらどうすんだよ。危ないなぁ」
グミット達を見張っていると、お嬢ちゃんが馬車に乗り込み、ロンルなんとかと呼ばれていた男の方が、御者席に乗り込んだ。
おいおい、大丈夫かよ。 グミットと馬車に縄をかけるの、忘れているぜ?
「あっ!」
男に伝えたいが、話しかけても大丈夫だろうかと悩んでいるうちに、グミット達が動き出してしまった。
やべぇ、逃げちまう! 慌ててグミット達を追いかけようとすると、俺よりも先に馬車が動き出した。
「 ……えっ!?」
まるでグミット達の後を追うように、馬車はガタゴトと動いていく。 ロンなんとかも御者台に座ったまま、平然としていた。
「なんだ…… これ?」
理解不能なことが、目の前で起こっている。
呆気に取られてポカーンとしてしまったが、角を曲がって見えなくなった馬車に、置いていかれては大変だと、急いで走って追いかけた。
縄がかけられていないグミット達と、その後ろを勝手についていく馬車は、かなり人目を引いている。
ロンなんとかの姿を見て、ギョッとするやつもいれば、関係者だと思われたのか、馬車の後ろについて歩く俺に、これは何なのかと話しかけてくるやつもいた。
「久しぶりに工房にきた嬢ちゃんが、薬屋に行くって言うから、俺はその見送りだよ」
「嬢ちゃんって…… これ、お貴族様でしょ? あ、もしかして、ミアちゃんって子のこと?」
「あー、確かそんな名前だったかな?」
「やっぱり! うちの旦那が、この前の依頼の時、その子のお陰で命拾いしたってよく言ってたの! 一言、お礼を言いたいから、私もついていってもいい?」
「え? ミアちゃんだって!? おい、聞いたかお前ら! ギルドに走るぞ!」
「分かった! そっちは森に行った奴らを呼び戻してこい、まだ間に合うだろ!?」
「あぁ、ミアちゃんね! 前はよくピムソムを買いに来てくれたのに、最近とんと来ないから、心配してたんだよ」
世話になっただの、最近見ないだのと口々に言い出したやつらが、次々と馬車についてくる。さらにギルド前を通った後は、冒険者達が加わった。
チラリと後ろを振り返って、その大所帯にギョッとする。
ちょっとした、テニグリード祭のような大行列になっていた。
先頭は俺だ。なんだこれ、すげぇ恥ずかしい。
再来年のテニグリード祭の時は、絶対に旗持に立候補しないようにしよう、そうしようと、俺は心に誓った。
ようやく薬屋に着く。旗頭から解放されて、ホッとした。
俺たちの喧噪に気づいた、薬屋の従業員達数人が、不審げな顔をしながら店先の幕から顔を覗かせる。
うわっ、すげぇなエルフ! どの子も美人揃いだ!
想像していたよりもお堅そうで、クールビューティーって感じだけれども、それもまた良い。特に、あの緑髪緑目のスラッとした子が良い。めちゃくちゃタイプだ。
エルフ達が店前に止まった馬車を見て、固まっていると、ロンなんとかにエスコートされて嬢ちゃんが馬車から降りてくる。
地面に足を付けた嬢ちゃんは、ぐるりと周囲を見廻し、沢山の人達に囲まれているのに気づくと、ピシリと固まった。
俺以外の奴らも、頭からかぶった布と、高そうな衣服を纏った人物が本当に嬢ちゃんか分からないようで、チラチラと俺に困惑した視線を向けてくる。
え? 俺!? どうしたら、いいんだ!?
誰もがどうしたら良いのか分からず、次の行動が取れずにいた。
乾燥した木の葉が風に吹かれ、カサカサと転がる音が、背後から響く。
そんな時、ブラウンの髪をひとつ結びにした、一人の美人エルフが静かに口を開いた。
「 ……ミア、お帰り」
「!? ……ミグライン店長!!」
ゆっくりと手を広げたその腕の中に、嬢ちゃんはフルフルとその場で震えた後、迷うことなく飛び込んだ。
思わぬ勢いに面食らい、少し後ずさったエルフにも構わず、嬢ちゃんはぐいぐいとその胸に頭を押し付ける。
飛び込んだ拍子に外れたベールが、地面に落ちてコロリと、転がった。
内側には複雑な模様が書いてあったが、俺はそれよりも目の前の光景に目を奪われている。
騒ぎを聞きつけて店から出てきた美人エルフ達に、嬢ちゃんは次々と抱きつき、抱擁を交わしていった。
エルフ達も馬車に着いてきた奴らも、皆んな目を潤ませている。そんな感動的な場面に、俺も心を動かされ、強く思う。
羨ましい……。 ひじょーに羨ましい。そして、けしからん。俺も、あんな美人たちに抱きついて、胸に顔を埋めてぇよ! 心の中で地団駄をふむ。
……ん? そういえば、さっき嬢ちゃん、あのピチピチ美人のこと、ミグラインって言ってたか?
ミグラインって、あのミグラインか? この前、ギルドの職員が、特急料金でぼられたって酒屋で泣いてた、あの伝説のミグライン!?
親方がガキの頃から面倒見てもらってて、100歳は余裕で超えてるって言われてる、あのミグラインなのか!?
まじかよっ!!? エルフの顔面詐欺に、俺の甘い夢はあっさりと砕かれた。
緑髪の俺の好みドストライクなエルフが紙束を嬢ちゃんに渡すのを、死んだ目で眺める。
どうせ、あの子だって、見た目通りの年じゃないんだろ……。
お嬢ちゃんと集まった奴らとの再会を、心の涙で霞んだ目で見守り、その後はなんとか馬車を貴族壁まで見送った。
ぐったりとしながら工房に戻った俺を見て、心配して声をかけてきたタリオに、神などいなかったのだと、この世の真実を伝える。俺のありがたい忠告を聞いたタリオは、不思議そうに首を捻ったのだった。
アズール、惜しい。
緑髪緑目の子の声を聞いていたら、もっとこの世の真実に近づいていたことでしょう。
ミグラインの見た目はイケイケでした。
人物の姿を後出しできるのも、小説の醍醐味だと思うのです。
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