閑話12 ある工房見習いの平穏(前)
「お前、これ持って魔の中に飛び込めんのか? これにてめぇの命、預けられんのかって聞いてんだよ!?」
「はいぃっ! できませんっ! すみません!」
「すみません、じゃねぇんだよ! おい、戦いの最中、この剣が、ボキッと折れたらお前、なんて思う? これを作ったやつを呪うだろ? 職人がヤワなもん作ったせいで俺は死ぬんだ! って、恨むだろ!? 俺たちの仕事は、そういうものなんだよ、分かってんのか!?」
同僚のタリオが、何かしでかしたらしい。
親方の怒号が、工房に響き渡る。あいつ、最近彼女ができたって、浮かれてたからなぁー。
ガツンッ!と、特大の雷の後には、特大の拳骨が落ちた。
冒険者あがりの鉄拳だ。音が違う。
まじで頭が割れたんじゃないかな? あいつ、大丈夫かな。
うちの工房は、老舗じゃないし、長い歴史もない。
だが、冒険者達に圧倒的な人気を誇る、新進気鋭の工房だ。
一代でこの店を築き上げた叩き上げの親方は、とにかく厳しい。
やり方も見て学べ、盗め、といった従来の古風なやり方ではなく、ガンガンだめ出しが飛んでくる。
「冒険者の命を預かってると思え! お前らの一打ち一打ちが、あいつらの命を救う。そして奪うことを肝に銘じろ! 冒険者は命がけだ、お前らもその金槌に、てめぇの命をかけろ!」
これは、親方の口癖だ。かっこよくて痺れるだろ?
親方のもとにいると、この仕事に誇りを持てるんだ。
熱い思いと厚い胸板に憧れて、この工房の見習いを希望する若手も多い。かくいう俺も、その1人だ。
「一流になるまでは、客の前にはだせねぇ。それでもいいってんなら、雇ってやる」
「はいっ! ぜひ、お願いします!」
一年前、見習い許可を求めに行った時に言われた言葉だ。
その後、めでたくこの工房の見習いとして働くことになったが、親方はデカい図体に似合わず、兎に角要求が細かくて繊細だった。
求められる技術や水準も、他の工房に比べて段違いに高くて、一切の甘えも許されない。
あまりの厳しさに辛くなる時もあるが、同じ時期に入った同僚たちと共に、歯を食いしばりながら耐え、時に自棄酒をして慰め合いながら、尊敬する親方に認めてもらえるよう、汗水流して技術を磨いている。
そんな俺たちの努力と、やる気と、男臭さに満ち溢れたうちの工房だが、ここ1週間ほどは、ちょっと空気が重い。
「ホーマの女神が恋しい…… 」
ため息と共に、つい呟きが漏れた。無意識に、彼女の姿を求めてしまう。
彼女がいた時は、本当に良かった。
何が良かったかって? そんなの、決まってるだろう。親方の機嫌だ。
※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※
初めてホーマの女神がここに降り立った、いや、あのお嬢ちゃんがこの工房に現れたのは、太陽が厳しく照りつけ、草木さえもぐったりと項垂れるような、ある夏の日だった。
ほぼ冒険者達の武器専門の俺たちの工房では、常に窯に火を入れている。夏はまさに、地獄そのものだ。
その日の工房も、例に漏れず、むせ返るような暑さだった。
誰もが顔を顰めながら、作業をしている。
ジリジリとした、嫌な雰囲気が充満していた。
可燃性のその空気感は、だれかがミスでもしようものなら、それがどんなに小さく散った火種だろうとも、閾値の下がった親方の逆鱗に触れて大爆発させてしまうだろう。
俺は、熱した鋼を大槌で打ち延ばしながら、鋼の先端から刀剣の切先となる部分を作るため、四苦八苦していた。
首筋をポタポタと汗が伝う。意味がないことは分かっていたが、不快な汗を手で拭おうとした、その時だった。
「こんにちはー!」
工房に、鈴のような声が響いた。
振り向くと入り口には、小さな女の子が立っている。俺は、咄嗟に誰かの妹が来たのだろうと推察した。
むさ苦しい冒険者御用達のこの店に、子どもが来ることは珍しい。
親から何らかの伝言を預かって、この店で働く兄のもとへ、お使いにきたのだろう。
ちょっと強い風が吹けば、飛んでいきそうなほど小さくて細い子だった。
良く言えば男らしい、本音だとかなり人相の悪い親方の顔を見たら、泣き出してしまうかもしれない。この湿気と暑さで、今日は特に機嫌が悪いしな。
親方が来る前に、この子のお兄さんを呼んであげよう。
そう思った俺は、親切心を持って彼女に声をかけた。
「こんにちは、お嬢ちゃん。お兄さんを探しているのかな?」
「こんにちは。薬屋見習いのミアと言います。実はザリックさんという方に、制作依頼をお願いしたいんです。あ、ミグライン店長からの紹介で来ました」
依頼? って、客か? こんな小さな子が? 見習いになるような年頃にも見えない彼女の言葉を聞いて驚いたが、ミグラインの名を聞いて、慌てて親方を呼びに行った。
「冒険者時代にお世話になったから、ミグラインには頭が上がらない」と言っていたのを、いつだったか聞いたことがあったからだ。
「あぁん!? ミグラインの客だと!?」
奥の部屋で刀剣の研磨をしていた親方は、作業を中断させられ、途端に機嫌が悪化する。
そして依頼者が小さい子だという俺の話を聞いて、怪訝そうに顔を歪めながら彼女のもとへ向かった。
機嫌と眉間の皺が相まって、物騒な顔つきに更に拍車がかかっている。
親方は女こどもだからと、手加減してくれるような生温い人じゃない。怒鳴りつけられて、追い返されては可哀想だ。
幼い妹がいる俺は、他人事に思えず、ハラハラしながら成り行きを見守った。
「おい、嬢ちゃん! 依頼だって!?」
「はい。ザリックさん、はじめまして。薬屋見習いのミアと申します。今日は、ミグライン店長からの紹介で、ザリックさんに調剤道具の作成をお願いしたくてきました。作って欲しいのは、素材を粉砕する道具です。このくらいの大きさの――」
冒険者時代に受けた顔の大きな古傷のせいで、凶悪な犯罪者と間違われても仕方のないような風貌の親方に物怖じもせず、彼女はツラツラと依頼内容の説明をしはじめた。
親方も、冷やかしではないと分かり、真剣に彼女の話を聞きはじめる。
勝手に張り詰めていた俺は、拍子抜けをした。
エルフっていうのは、変わってんなぁー。俺の妹があの顔で凄まれたら、絶対に大泣きするだろうに。
説明を終えた彼女に、親方が細かい質問を繰り返す。
依頼注文書には、サラサラと設計図が書きこまれていった。
親方の神経質な質問に、時折うーんと、考える素振りを見せながらも、しっかりと答える彼女を繁々とみる。
真っ白で透けそうな肌に、青と紫が混ざった不思議な色の大きな瞳。鞘に施す飾り細工のような色の髪が、彼女の頭の動きに合わせてキラキラと揺れている。
ほとんど交流がないから、知らなかった。
エルフっていうのは、美しいもんだな。
薬屋に行けば、俺もこんなエルフ達と仲良くなれるのか? ……いや、残念ながら、薬屋に行く用事なんてない。あー、行ってみてぇ! 男臭いここと違って、薬屋ってのはさぞ華やかな空間なんだろうな。
キャッキャ、ウフフと黄色い声をあげる美女エルフ達に囲まれている自分を夢想する。
くそぉっ! 何で俺は、体が丈夫に生まれてきてしまったんだ!
「 ――では、そのようにお願い致します」
「おぅっ! 任せとけ!」
いつの間にか依頼は終わったようだ。一礼した彼女は、屈託のない笑顔で工房を去っていった。
さっきまでのピリピリはなんだったのか、急に機嫌の麗しくなった親方も、ウキウキとした足取りで奥の部屋へと戻っていく。
途中だった、刀剣の研磨をさっさと弟子に預け、積み上がっている冒険者達からの修繕依頼に見向きもせずに、彼女から受けたばかりの調剤道具の制作に取り掛かる。
「あー、くそー! どうすりゃいいってんだよ、この部分!!」
注文書を見て、ガリガリと頭を掻きながら文句を垂らしている親方の口元は、大きな弧を描いていた。
薬研という、不思議な調剤道具が完成して引き取りに来た後も、彼女は時たまひょっこりと工房に顔を出しては、親方に不思議な依頼をしていった。
初めて見るものが書かれた注文書に、頭を抱えながら挑む親方の目は輝いている。
「あの嬢ちゃんが、まためんどくさい注文を持ち込んできたんだ。俺はこっちで手一杯だから、お前らそれちゃんとやっとけ!」
口では悪態をつきながら、すこぶる機嫌がいい。
親方が、こんなに新しいもの好きだったとはな。
さすが頭が硬い他の工房長達と違って、冒険者上がりの変わり者といわれているだけあるなぁと、俺は妙な納得感を得たのだった。
彼女が工房に現れるようになって暫くたった、ある日の工房終わりのこと。俺は同僚たちとともにローゼン亭で一杯やりながら、仕事のグチを酒に溶かしていた。
「お前、今朝のあの打ち損じは、さすがにヤバかっただろ?」
「確かに、アレはヤバかった……。こっそり修正しようと思って打ち直ししてたら、親方にバレて血の気が引いたよ」
「馬鹿だな。あんだけ、金槌で派手な音響かせてたんだ。バレるに決まってんだろ。なぁ?」
「あぁ、そうだぜ。心鉄造りしてた俺たちの方まで、聞こえてたよ」
「そんなに響いてたか? ……まぁ、そうか。とにかく、今日の親方の機嫌が良くて助かったよ」
「くくっ。昨日、あのお嬢様ちゃんが来てなかったら、お前きっと壁の向こうまでぶっ飛ばされてたな」
「お前ら、他人事だと思って笑いやがって…… 本当に肝が冷えたんだからな。 あの嬢ちゃん様様だよ、全く。冷たいお前らと違って、あの子は俺のホーマの女神だ。毎日来てくれたっていい。いや、むしろ、毎日来て欲しい! 俺の救世主、ホーマの女神に乾杯してくれ!」
彼女の依頼を手掛けている間の親方は、すこぶる機嫌がいい。
俺たちの危機レベルもグッと低下する。
いつもなら拳骨制裁レベルの失敗も、軽く怒鳴られるくらいで済むのだ。
頭に受けるどぎつい衝撃から俺たちを守ってくれる彼女を、誰かが酒の席で、「守りの女神」に喩えたが、これは俺たち見習い一同の大きな頷きを持って総意となった。
それ以降俺たちは、影で彼女を「ホーマの女神」と呼び、厚い信仰をもって崇めているのだ。
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そんな彼女だが、最近めっきりと姿を現さない。
ついつい、彼女の二つ名を呟いてしまったのもしょうがないだろう。
親方の機嫌も通常に戻ったのだが、女神の御加護ありきの上機嫌に慣れてしまっていた俺たちにとっては、結構辛い。
噂では、彼女は実は貴族で、貴族街へ帰ったそうだ。
夢のような平穏な日々は失われ、もう2度と戻ってこないということを悟った俺たちは、ひどく落ち込んだ。
あの日の酒の席は、荒れたなぁー。 酒場のローゼン亭には、ちょっとばかし迷惑をかけてしまった。
親方が奥に籠もった事を左目の端で確認した俺は、握っていた金槌を置き、休憩がてらひとりごちる。
それにしても、あのお嬢ちゃんが貴族だったとは。
他の貴族を見たことがないからピンとこないが、小さい頃、よく寝る前に親に聞かされた話では、貴族はもっと危険で恐ろしいイメージだった。
知らずに話しかけたら平民が一瞬で火達磨になったとか、機嫌を損ねてしまった平民街が次の日には水没してたとか。
いつもフワフワとしていて危険とは対極にいるお嬢ちゃんとは、どうしてもリンクしない。
「貴族って言われてもなぁ…… 」
「ん? どうした、アズール?」
「タリオか。あーすまん、ただの独り言だ。いや、ほらホーマの女神が、実は貴族だったってやつ思い出してさ。 ……それよか、おまえ、頭大丈夫か?」
「死ぬほどいてぇよっ! あぁ、お嬢ちゃんのことか。まぁ、あんなに小っこいのに、うちの親方の顔見てビビらないどころか、親方に鼻歌歌わせるくらいだったからな。やっぱ貴族ってのは、普通の平民とは違うんだな」
「それは違いねぇな! 俺も親方の鼻歌聞いたのは、あん時が初めてだったぜ」
側頭部を押さえながら顔を顰めるタリオを見ながら、疲労が溜まった右手を摩っていると、工房に声が響いた。
「失礼いたします」
それは、若い男の声だった。
冒険者達や俺たちのぶっきらぼうな掛け声とは違う、丁寧で畏った言い方だ。
聴き慣れない物言いに、見習い達の注目が店の入り口に集まる。俺も、粗雑な工房に似つかわしくないその声が聞こえた方向に目を向けた。
入り口には、2人の人物が立っていた。
頭に布を被っているので顔は分からないが、背の高い細身のやつと、そいつの身長の半分ほどの背丈しかない小さいやつだ。
その姿に工房内は、一瞬ざわりとした後、水を打ったかのように静まり返った。
見るからに高級そうな身なり。聴き慣れない言葉遣い。
なによりも、平民とは一線を画す佇まいと、顔に布を被った独特な姿。まさしく、小さい頃母が寝物語に話してくれた、危険な貴族がそこにいた。
俺たちにピンッと緊張の糸が走る。誰もが声を失い、動けずにいた。
「ミアーレア様。大変申し訳ございません。本日はどうも、私のグラーレが天高くかけているようでございます」
「ロンルカスト、どうしたのですか?」
「迂闊にも、セリノーフォスの影に入ってしまったのかもしれません。 ……ミアーレア様がベールをお取りになっても、気付かないほどに」
「 ……ありがとう存じます」
貴族達は、よくわからない事をボソボソと小声で話し合う。
青いドレスを着た小さい方の貴族が、コクリと頭を動かした後、ふるふると体を震わせた。
手を頭に伸ばし、ゆっくりと被っていた布を取る。
ベールに隠れていた、美しい金細工のような髪が、サラリと流れた。続いて俯いていた顔をあげる。
そこには、青と紫の不思議な色を携えた大きな瞳が、涙で潤み揺らめいていた。
その日、ついに俺たちの工房に、待ち望んでいたホーマの女神が降り立ったのだった。
色々と試行錯誤した結果、久しぶりの平民街へは、他の人の目線で書くことに致しました。
視点を変えて描くのは楽しいですが難しく、思ったよりも長くなってしまいました、、 すみません。
次回は、薬屋にも顔を出す予定です。
お読みいただき、ありがとうございます。
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