知識の大切さ
世の理を曲げた代償は、とても高くついた。
ロンルカストの静かなる怒り、という形で返ってくる。
「 ……と、このように、魔力の操作を誤ると、大惨事に繋がる可能性がございます。例えば、細いホースに勢いよく大量の水を流すと、どうなりますか?」
「……はい。えっと、ホースが、壊れる?」
「その通りです。はじめは、ホースの先から水が出るだけで済むでしょう。しかし、あまりに多い水量に、ホースが耐えられなくなったら? そうなれば、ホースは内から破裂します。これは何を例えているか、分かりますか?」
「……はい。ホースが魔法で、水が魔力、です」
「さようでございます。先ほども同じこと。魔力の操作が不適切で、使う魔法に見合わない魔力量を注いだ場合、離れが吹き飛ぶ可能性もあったのです。簡単な魔法だからといって、侮ってはいけません」
ロンルカストの例えを聞いて、ふと、あぁ高血圧と同じだなと、思った。
頭の中に、薬剤師時代の記憶が蘇る。
「なんで血圧が高いだけなのに、毎日毎日薬を飲まなきゃいけないの? 私、元気なのよ?」
これは、薬局で患者さんにお薬を渡す際、彼らがたまに溢していくボヤキだ。
「飲まなくてよくない? どこも悪いとこなんてないんだし」そんな心の声をキャッチした時は、よくこの例えを使って説明をしていた。
ポンプの役割を持つ心臓から、ドックン、ドックンのリズムで、押し出された血液が血管を通る。その時に血管壁にかかる圧力が、血圧である。
血管はゴム管と例えることが多い。それは、ドックンと血液が通るたびに、血管が伸縮を繰り返すという、ゴムのような特性を持つためだ。
血圧が高い、つまりゴム管を通る血液の量が多いと、ゴム管の負荷は大きくなる。
何故ならば、いくらゴムのように伸縮性のあるとはいえ、伸ばしすぎたゴムがやがてパチンと切れるように、無理な伸縮を繰り返せば傷がつくからである。
高血圧により定量オーバーした大量の血液の負荷に耐えきれず、ゴム管内部は次第に傷つき、ボロボロになっていく。しかし、中はボロボロでも、私達は気づかない。
血液は滞りなく通っていて、体も平常運転、何の自覚症状もないからだ。
そして高血圧が続き、ひっそりとゴム管は損傷を重ねていく。
やがて、劣化したゴム管が血液の圧力に耐えきれなくなる。
ついに破裂した時、私達はやっと事態の深刻さに気づくのだが、時すでに遅し。破裂した部分が脳の血管であれば、脳卒中となる。
このように、高血圧というのは自覚症状が出たときにはもう手遅れの病気だ。俗に、静かなる殺し屋、サイレントキラーと呼ばれる由縁である。
知らず知らずのうちに症状が進行し、「何にも体に悪いとこなんてないよ? ちょっと血圧が高いだけ。元気だし、薬なんか飲まなくっても大丈夫!」 と侮っていると、突然影から刺され、大変なことになるのだ。
無症状であっても毎日薬を服用し、日々の血圧管理をすることが大切なのは、このような理由がある。
「 ……ですので、ちゃんとお薬飲んで下さいね」
と、説明をすると、大体の患者さんは納得して帰ってくれる。
それでも、不満を言い続ける、ごくたまにいる患者さんについては、もうお手上げ。
ただのクレーマー、もしくは愚痴を聞いてもらいたいだけで、こちらの話を聞く耳など、初めから千切ってポイッと投げ捨てられているからである。
少し脱線してしまったが、ロンルカストの話も同じことだと思う。
自分では気づかないうちに暴走した魔力が、視覚化した時にはもう手遅れ。侮っていたら、大事故になる可能性があったということだ。
うぅっ……。ちょっと楽したいなって、思っただけなのに、こんなことになるなんて。
知らなかったこととはいえ、安易なことをしでかしてしまったと、深く反省する。
しょんぼりする私を意にも介さず、ロンルカストの、淡々としたお説教は続いた。
「また、危険度は魔力に関する知識の有無にも左右されます。 これは、魔法が世の理を曲げる上で、私達が基本の魔力と、魔力により何がどう変化するのかを、正しく理解する必要があるからです。ミアーレア様は諸事情により、特に魔力に関する知識に乏しくあられます。そのような状態で、魔法を扱うのは、とても危険な行為であると心に留め、さらには…… 」
カーン ゴーン カーン
カーン ゴーン カーン
「 ……ここまでに致しましょう。この機会が、安易な魔法使用の危険性と、魔力知識を持つことの大切さに気付くきっかけとなりましたら、幸いです」
六の鐘の音と共に、ロンルカストはそう言って締め括った。
やっと、終わった……。
長い長いお説教タイムが、ようやく終わりを告げた。
私は、ピンッと伸ばしていた背中を緩め、クタっとイスの背もたれに寄りかかる。
座って聞いていただけなのに、ものすごく疲れた。
ヘラの暴走家出事件も衝撃だったが、ロンルカストのお説教は、精神攻撃をされているようだ。
口調は丁寧で、表情も微笑んでいるが、なんていうか圧がすごい。
感情の起伏を抑えて、事務的に魔法の危険性を伝える話し方が、チクチクと胸に刺さった。
激情に任せて怒られるよりも、ずっと怖くて堪える。
「 ……はい。無知は罪だと、深く思い知りました。これからも、座学のお勉強に、誠心誠意、努めたいとおもいます」
「ご理解いただき、嬉しいです」
私のしおらしい宣言を聞いたロンルカストは、満足そうな顔で頷く。
魔力の危険性よりも、もう2度とロンルカストのお説教は受けたくない、という強い思いを込めて、杖が貰えるまでは、絶対に魔法なんて使わないようにしようと、私は心に誓った。
夕食の席につく。
運ばれてきた今日のメインは、サラサラとしたシチューのような、煮込み料理だった。
「ん? なんか、いつもよりも彩りが少ないような?」
疑問に思いながら、スプーンに手を伸ばそうとすると、ツンツンと左の手の甲をつつかれる。
目を向けると、ティーポットがカップに注ぎたそうにうずうずしていた。
最近、せっかちさんになってきたティーポットは、私がテーブルにつくや否や、ティーコジーを脱ぎ捨てちょこちょこと寄ってくる。
淹れていい?とばかりに揺れたり、早く早く!と、ちょっかいを出してくるのは、仔犬のようでとても可愛いが、今お茶をいただいてしまうと、夕食が食べられなくなってしまう。
丸くツルッとした陶器の体を軽く撫でて、また後でねパピー、食後にお願い、と嗜めながら、目の前のシチューを作ってくれたセルーニのことを考える。
先ほどまで、私と一緒にロンルカストのお説教をくらっていたセルーニは、夕食の準備があるとのことで、鐘が鳴るよりも前に戦線離脱をしていった。
去り際の、セルーニの心底申し訳なさそうな顔を思い出して心苦しくなる。
私が無理を言ったせいで、セルーニまでロンルカストからのチクチク精神攻撃を受ける事になったのだ。
このお料理も、セルーニの気持ちを受けて、いつもより色が欠けているのだろうか。
スープの中に沈んでいる野菜たちは、雰囲気まで沈んでいる気がする。
「セルーニに、後で謝らなきゃ…… 」
野菜達と一緒に私もしょんぼりしながら、スプーンを手に取る。 一掬いし、口に運んだスープのお味は、間違いなく絶品だった。
どんなに精神的にボロボロでも、仕事は手を抜かないセルーニ、プロの鏡です。
次回は、平民街へのお出掛けです。
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