初めての魔法
ガチャガチャッ……
鍋を混ぜていると、扉のノブが回る金属音がした。
すぐにギギッ、と重い扉が開閉される音が鳴る。
音に反応して後ろを振り返ると、部屋に入ろうとしたセルーニと視線が合う。
「あっ、申し訳ありません、ミアーレア様。こちらで作業をなされていたのですね。お部屋の掃除をと思ったのですが、また後ほどに致します」
「待って、セルーニ! 是非、お掃除をお願いします。そのぉ、すり潰したり刻んだりした薬草を、少し床に落としてしまって…… お部屋を汚してごめんなさい」
「はいっ、承知いたしました! お任せくださいっ!」
「え? わわっ!」
やる気スイッチの入ったらしいセルーニは、エプロンからサッと杖を取り出して、ブンッと一振りした。
ポッケに手を入れた拍子にあたったシャーラムが、揺れる。鳥がコテっと、首を傾げているように見えて可愛い。
そんな事を思っていると、開けっ放しになっていた扉の向こうから、バケツとモップがヒュンッと、飛んできた。
踊るように、私が散らかした床を掃除していく。
「ふわぁー。やっぱりセルーニはすごいのですね」
「そんな、このくらい、お褒めいただくようなものではないのですが……ありがとう存じます」
照れて赤くなるセルーニが、可愛い。ピンクの髪と、赤く染まったほっぺが、非常に可愛い。
もじもじするセルーニに、癒されながら、私はちょっといいことを思いついた。
「もしかして! その魔法で、この鍋も自動でぐるぐる混ぜるようにできるのですか?」
「えっと、できます。できますが、私の魔力が混ざってしまうため、あまり宜しくないかと」
ありゃ。楽できるかと思ったのにダメか。
大きな鍋をかき混ぜ続けるのは、結構大変な作業だ。
横着が失敗して、しょんぼりする。腕を摩りながら肩を落とす私を見たセルーニは、少し考えた後、口を開いた。
「あの、私の魔力が混ざるのは宜しくないですが、ミアーレア様の魔力なら問題ないかと思います」
「うーん。ですが、私はまだ杖を持っていないのです」
「そうですか。それは少し難しいですね」
「難しい? 出来ない、ではなくて?」
「あ、はい。杖がなければ魔法を使えないというわけではないのです。もちろん、杖を使ったほうが良いのですが」
「んん? 杖を振るから魔法が出てくるのではないのですか?」
「はい。一般的にはですね……」
セルーニ曰く、魔法は自身の魔力を変換する事で世の理に干渉するものであり、杖は魔力を扱いやすくするための、補助具の役割を担っているそうだ。
魔法が、魔力を使ってこちらの部屋から、隣の部屋に移動することだと例えると、杖は扉についたドアノブである。
まず、魔力を持たない平民は、部屋を移動することができない。
対して魔力を持つ貴族は、扉を開くための権利をもっている。
杖に魔力をのせることで、扉についたドアノブを回すのだ。 扉はスムーズに開いて、貴族は部屋を移動することが出来る。
平民から見れば、それは奇跡に見えるだろう。
しかし、魔力があっても杖がない。ドアノブがない扉はどうすれば良いのか?
取手が無ければ、開かずの扉になるのではと思ったが、そうではない。
無理やり扉を開けることは可能だ。思いっきり、蹴破ればいいのである。
杖の補助がないため、細かい調整や加減ができず少々乱暴なやり方になるが、魔力を無理やりねじ込むことで、隣の部屋に移動することができるという原理だ。
なるほどと、セルーニの説明を聞き、とりあえず分かったような気になった。
「分かりました。一度、試してみたいです。杖なしのやり方を、教えてもらえますか?」
杖なしの私でも魔法が使えて、グルグル鍋を混ぜる作業が楽になると聞けば、これを逃す手はない。とりあえず、一回試すのみだ。
「はい、まずは混ぜたいものの中に、混ぜる道具をセットします。そして道具の先に手で触れて、このように3回円を描いてから……クラーテル!」
セルーニは、バケツの中に入れたモップの柄を軽く手で触れた後、バケツの縁をなぞるように宙に緩急をつけながら、3回円を描いた。
「クラーテル!」と、呪文を唱えると、カタカタっとモップが震える。
すぐに静かになったモップは、少しだけ浮くと、バケツの中をクルクルと回り始めた。
「わぁ! すごいですっ!」
「いえ、そんな……。簡単な生活魔法ですので、杖がなくとも危険はないかと思います。魔法が成功するまで、微力ながらお手伝い致します。練習と思ってお試しください」
「はい! 早速、やってみますね!」
クツクツと薬草を煮詰めている、鍋の前に立つ。
なんだかドキドキしてきた。 だって、私の初魔法だ。
本当にできるのかな? 魔力あるって言われたけど、ちょびっとだけだったらどうしよう。
セルーニは簡単な魔法って言っていた。もし失敗したら、こんな簡単なのもできないのかって、幻滅されちゃうかな?
魔法を使うというワクワク感と、もし失敗したらという不安、ピンク色の瞳でジッと此方を身守るセルーニを前に、急に緊張してきた。
「ふぅー…… 」
ゆっくりと、息を吐いた。気持ちを、落ち着かせる。
大丈夫、大丈夫。できなくても、練習すればいいんだから。
失敗したら、セルーニにアドバイスしてもらって、何度も練習しよう。
もう一度、今度は深く息を吸い込んだ。
甘苦い蒸すような匂いが、口いっぱいに広がる。
「よしっ! いきます!」
記念すべき、初魔法を行使する。杖がないので不格好だが、気にしない。
鍋に入れたヘラの先に、ちょんっと手で触れる。
鍋の淵をなぞるようにセルーニの真似をして緩急をつけながら、手で三回、宙に円を描いた。
クルーン、クルーン、クルーン
そして、呪文を唱える。噛まないように、アクセントを間違えないように、緊張しながら、はっきりと発音した。
「クラーテル!」
唱えた途端、ヘラがブワッと光りを放つ。
「え? えぇ!?」
驚きと、いきなりの眩しい光で頭がクラッとなった。そんな私をよそに、一瞬で光が収まったヘラは、なんの予備動作もなく、突然動き始めた。
ギュルギュルーッ……! ギュルルルルルーッ!!
目で追えない速度で、壊れた洗濯機のように勢いよく鍋をかき混ぜる。
「えぇええっ!? うわわっ! 危ないっ!」
高速で回るヘラの遠心力によって、煮詰めていた薬が周りに飛び散っていく。火傷しそうになり、慌てて鍋から離れた。
鍋もヘラの勢いに耐えきれず、ガタガタと大きく揺れる。
ガチャガチャッ! ガチャガチャガチャガチャッ!!
暴挙と化したヘラは、鍋の中身を掃除してもらったばかりの床に撒き散らかした。
そして鍋の中身が無くなると、「こんな狭いところ、やってられねぇよ」とばかりに、ヒュンッと、勢いよく鍋から飛び出す。
パリンッ!!
「「 あっ…… 」」
窓を突き破り、空の彼方まで飛んでいき昼の星になったヘラを、私とセルーニは茫然と見送った。
「ミアーレア様っ!! ご無事ですか!? 」
窓が割れた音を聞きつけて、ロンルカストが真っ青な顔で部屋に飛び込んできた。それはまさしく、扉を蹴破る勢いだった。
大丈夫そうな私を見て安心したロンルカストに、木っ端微塵になった窓と、散らかし尽くされた床の説明を求められる。
しどろもどろになりながら説明する私とセルーニから、ヘラがお逝きになった一部始終を聞くと、ロンルカストは一度ゆっくりと頷き、口角をだけを上げた笑顔をこちらに向けた。
あ……。これは、すごく、怒ってる。
薬屋で、無表情エルフの先輩方に鍛えられたお陰だろうか。
いつの間にかロンルカストの笑顔を見分けられるようになった私は、その後セルーニとともに六の鐘がなるまでの間、長い長いお説教を聞くこととなったのだった。
ミアの初めての魔法は大失敗。
良かれと思って教えたセルーニは大失態でした。
うん、知ってた。
この子、いきなり大魔法を使って皆んなから尊敬されるような、正統派チートじゃないのです。
ロンルカストに怒られて、床を見ながらしょんぼりとしています。
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