お勉強の時間
「では、行って参ります。 四の鐘までには、戻りますので」
朝食後、渋々と座学の勉強を始めるとすぐに、用事があると言い残し、ロンルカストは外出していった。
そそくさと部屋を出るロンルカストを見送った後、長ったらしくて、ややここしい街名と、家名の暗記に孤軍奮闘する。
紙に書いて、書いたものを手で隠す。
隠した名を口に出して、手をどけてあっているかを確認する。
学生時代、試験前に実践していた、目と耳で覚える勉強方法だ。
正確に当てられるまで、何度も繰り返した。できるようになったら、地図で場所を確認して、またブツブツと口に出しては頭に叩き込んで、を繰り返す。
「うーー。 ソラベルンはーー ミランコメールの左下! よしっ! とりあえず覚えた!」
覚えられなければ、座学の時間が伸びる。
伸びた分だけ削られるのは、薬作りの時間だ。そんなのたまらない。なんとしても、回避しなければ。
その一心で、全く頭に入ってこない、呪文のようなカタカナの羅列と悪戦苦闘する。
激闘の末、なんとか指定された範囲分を、一通り覚えることができた。
「ふぅー 」
座ったまま伸びをして、固まっていた背中と肩の緊張をほぐす。首を回して一息ついた。
「頑張ったから、ちょっと休憩してもいいよね? 時間を置いてからまた復習したほうが、記憶が固定されて、頭に入るし。うん、そうしよう!」
自分に甘々の、都合の良い屁理屈をこねた私は、頭を休めるためという大義名分を掲げ、勉強道具を机の端に追いやった。
「うーん、何か楽しいことを考えよう。そうだ! ロンルカスト用のお花を考えよう! 今朝は断られたけど、やっぱり皆んなお揃いがいいもんね!」
るんるんと、ロンルカストのどこにお花をつけるのがいいかを考える。
エプロンをつけているセルーニと違って、ロンルカストの服には、ポッケがないのが問題だ。
「むむぅー。 頭につけるのは嫌そうだったし。っていうか、そもそも、男の人がお花をつけるってハードル高いよね? 結婚式とかの、セレモニーくらいじゃない? ……ん? 結婚式? そっか! 結婚式みたいに、胸元につけるコサージュにすればいいんだ!」
コサージュなら、ロンルカストがいつも着ている深緑の側近服にも違和感なく似合うだろう。良い案が閃いて、にんまりする。
明後日ザリックさんの工房へ行った時に、スラ時計と一緒に、コサージュの土台制作をお願いしよう。
「完成したら、ロンルカスト喜んでくれるかな? ふふっ! 楽しみっ!」
どんな土台にするか、ザリックさんに頼むための具体的な形を考える。
一旦、考えはじめると、楽しくてつい没頭してしまった。アイディアを紙に書き留めながら、実際に側近服につけたらどうなるかを想像する。
「うーん、邪魔にならないように、大きすぎないほうがいいかな? 磁石だと、落ちちゃう? それともバレッタ型にした方がいいのかな。むむぅー、難しい…… 」
構想にのめり込んでいるうちに、あっという間に時間が過ぎ去る。
気が付いたら、机の先に深緑色が見えた。目線をあげると、用事を済ませ帰宅したロンルカストが立っている。
うげっ! もう、そんな時間!? まずいっ!
宣言通り、四の鐘が鳴る前に帰ってきたロンルカストに、私は顔を引きつらせた。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ロンルカストは、右手に持った紙をポンっと左手に打ち付け、無情にも言い放つ。
「随分と余裕をお持ちのようで、安心いたしました。それでは、お伝えした範囲のテストをいたしましょう」
非常にいい笑顔を浮かべながら、一枚の紙を手渡される。
そこには、指定された範囲の街名と家名に関する質問が、ぎっしりと書き込まれていた。
ひゃあっ! テスト用紙だこれ! ロンルカスト、準備良すぎ! やばいよこれ。余計なことをしていて、勉強が疎かになってること、気付かれてる? 絶対、気付いてるよね!? わーん!
テスト用紙を前に、必死で頭の奥底で眠りかけていた記憶を、引っ張り出す。
頑張って回答を記入したものの、復習が間に合わなかったため、案の定いくつか間違えてしまった。
採点を終えた紙を見て、ふんふんと頷いたロンルカストは、にっこりと笑う。
「よく勉強なされていますね。本日は、ここまでにいたしましょう」
「え? 良いのですか? いつも、全問正解するまでダメでしたのに……?」
「はい。昨日のお疲れもあるかと思います。お昼をお取りいただき、午後からは書類仕事と薬作りの時間といたしましょう」
「わっ! やったぁ! 」
なんだか機嫌の良さそうなロンルカストの、気分により助けられた。ふーっと、胸を撫で下ろす
お情けの合格をもらい、諸手を挙げて喜んだわけだが、平生と違って甘い態度のロンルカストを不審に思う。
いつもは完璧に正解できるまで、勉強を終わらせてくれないのに、なんかおかしい。
さっきは否定していたけど、やっぱり、外でこっそり休憩してきたんじゃない?
ロンルカストだけ、ずるいずるいっ!
ふつふつと、休憩疑惑が湧き上がってきた。
だが、下手につついて藪蛇になりたくはなかったので、頬を膨らませるだけで我慢する。
そんな不満に膨らませていた頬だが、セルーニ特製ランチを前に、一瞬にして元の形に戻った。
「わぁっ! 今日もすごいです! セルーニ!!」
白いお皿にのって運ばれてきたのは、香ばしい匂いを放つ白身のフリットだった。フリットの周りは、グリーンとピンクのソースで鮮やかに彩られている。
香りに釣られて、お腹がぐぅーっと鳴った。
ウキウキで席につき、カトラリーを握る。
「うーんっ!!」
お味は、とっても美味しかった。お洒落で美味しい。最高か。
それに、後から出てきたデザートも豪華だった。あー、幸せ。
食事を堪能した後は、午後の書類仕事に精を出した。
美味しい料理で満たされ、絶好調に張り切ったため、今日分の書類の山は、あっという間に小さくなっていく。
ノルマはつつがなく終わった。待ちに待った、薬作りの時間だ。
「久しぶりの薬作りー! ふふふーん」
新たに任命された、調剤部屋に行く。
材料とともに、綺麗に整頓されて置かれた天秤と薬研を、頬擦りしながら引っ張り出す。
ゴロゴロ…… ゴロゴロ……
パシロンの花と、ナロールの根っこを薬研ですり潰す。
根に残っていた僅かな水分と、粉砕したパシロンとナロールが混ざった茶色いドロドロが右手の小指についた。
ピッピッと、手を振って汚れを払うと、想定外の方向に飛んだドロドロが、ベシャッと顔につく。
ふと、顔にモルテの実がくっついているのにも気がつかず、一心不乱に鍋をかき混ぜていたサルト先輩を思い出した。
「ふふっ。あの後、顔にお友達がついてますよって教えてあげたら、凄く嫌そうな顔してたなぁ」
顔についたドロドロを払う。土と植物の、青臭い匂いがした。
素材の下準備が終わり、全てを鍋に入れる。
焦げ付かないように、グルグルと鍋の中身を大きく混ぜる。
鍋から立ち昇る蒸気によって、たちまち部屋中に、甘苦い漢方のような匂いが充満した。
「あぁ……。 お店の匂いだ」
独特の強い匂いを、思いっきり吸い込む。
懐かしい薬屋の香りに、胸が切なくなった。
「大丈夫、大丈夫……。明後日になれば、みんなと会えるんだから」
感傷的にならないよう、自分に言い聞かせる。
蒸気で湿気を帯びてきた前髪を横に流した。
自分の身長ほどもある、大きなヘラを持つ手にグッと力を込め直し、私はフツフツと沸騰する鍋をかき混ぜ続けたのだった。
本人は表情を押さえているつもりですが、ミアには(部分的に)バレていました。
基本的に鈍いミアに勘づかれるなんて、相当です。
彼女の近くにいると、色々と緩くなる模様。 今後の仕事に差し障りがなければいいのですが。 大丈夫かなぁ、ロンルカスト、、。
次回は、初めて魔法を使います。
主人公が魔法を使う? これは、大魔法の予感!!
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