閑話11 ある東の離れ第一側近の平穏(後)
アルトレックスは、目にかかった紫紺色の前髪を、面倒くさそうにかきあげ、私を一瞥した後、視線を逸らした。
再び鍛錬に励もうと、右手に力を込め、土に突き刺した大剣を抜こうとする彼を見て、思案する。
やはりダメか。 ここは一旦引いて、興味のある話で気を引いた方がいいだろう。
「聞くところによると、先日の大規模演習では、新しい戦術を試したそうですね?」
「そうなのだ! 聞いてくれ、ロンルカストッ! 緊急の招集だったため、何事かと思ったが、あれは画期的な戦術だった。守りの部隊をわざと前衛に出し、魔の気をひきつけて、その隙に我らが撃破したのだ。今までにない素晴らしい戦法だと思わないか?」
「そうですか。それは、とても先進的な戦い方ですね」
「あぁ! さすが、レオルフェスティーノ様だ。はぁ、本当にあのお方は、いつになったら、南の塔においでくださるのか……」
「あの方は、特殊な生い立ちでございますから。全てを包むイリスフォーシアの光でさえ、影を照らすことまでは、できないでしょう」
「そうだな……。 誠に、おいたわしいことだ」
強さを求めることに真っ直ぐなアルトレックスは、力があるのに不憫な現状に甘んじているレオルフェスティーノ様に、納得がいかないのだろう。
目を伏せて、辛そうに顔を歪ませる。大剣に纏わせている紅の炎が、彼の心情を表すかのようにざわめいた。
さて、種は撒いた。
そろそろ本題に入る頃合いだ。
「ところで、アルトレックス。今度の水の日なのですが、貴方に杖結びの護衛をお願いしたいのです」
「杖結びの護衛だと? 子供のお守りなど、ティアバラックの名を持つ其方がいれば、十分ではないか」
「 ……アルトレックス、何度も言いますが、私はその家名を捨てたのです」
「はぁー、ロンルカスト。其方の辛さを捨てろとは言わぬ。だが、ティアバラック家の誇りまで捨てる必要が、どこにあるのだ? いつまでもエーダフィオンの廻りへ呼ばれたものを、羨むのはよせ」
「貴方と、その話をするつもりはありません」
話が思わぬ方向へ、進んでしまった。私は、アルトレックスの真っ直ぐすぎる言葉を、受け止めきることができない。
彼は昔からそうだ。 今の私には、眩し過ぎて毒のように思える。
強い光を放つ彼の赤い瞳を直視できず、たまらず目を逸らした。
「ロンルカスト。其方はなぜ、自ら影の中を進む道を選ぶのだ。強い日差しから、逃れることに慣れるな。木陰で休む時間はもう十分だろう?」
「 …………。 」
「影からでて、こちら側へこい。スコダーティオの声など、取るに足りない。お前は恥じることなく、イリスフォーシアの光の中を、堂々と歩くべきなのだ」
なにも言わない私に構わず、アルトレックスは、淡々と言葉を続けた。
押し込めたはずの胸のざわめきが、戻ってくる。
言いようのない焦燥感が、瞬く間に体中を駆け巡った。
アルトレックスは、なにをいっているのだ。私に、ティアバラック家を名乗る資格など、あるはずがない。
そうだ。私は、死すべきものだ。我々は守るべきあのお方と共に、死すべきはずだったのだ。
私は、私はなぜ、まだ、生きているのだろう?
抗いようのない罪責感に襲われる。
うまく呼吸ができない。苦しい、押し潰されそうだ。
胸の内でジリジリと燻っていたものが、形を成し、黒い炎となる。
炎は勢いを増し、私を内側から焼き尽くそうと、大きな口をガバリと開けた。
溢れ出した、漆黒の炎に飲み込まれそうになったその時、不意に、柔らかなポメラの香りがした。
……それに、もし実害があったとしても、ロンルカストが、また守ってくれるのでしょう?
子首を傾げ、ふんわりと笑いながらミアーレア様が言う。ポメラの枝葉の間から降り注ぐ光と同じ色の髪が、さらりと揺れた。
あぁ、これは、4日前の薬草園の光景だ。
ほんの少し、意識を救い上げることのできた私は、アルトレックスに言葉を返す。
「 ……私は、主を得ました」
苦し紛れにでた言葉だった。意識して言ったわけではない。
つい、口から溢れてしまったのだ。貴族としてあるまじき、不用意な発言だった。
しかし、その言の葉は、不思議と私の心に静かに響いた。胸にストンと落ち、ゆったりと波紋を広げていく。
そうだ、私は主を得たのだ。
震える小さな背中で、必死で私を庇おうとしてくださったあの姿を見た時、私はこのお方をお守りしたいと思った。
初めて貴族の名を冠し、不安で涙を流すミアーレア様を前に、そばで支え共に歩くと誓ったのだ。
全てを失った私だが、何も持たないあのお方に知識を与え、盾となることくらいはできるだろう。
その幹が倒れないように、大地にしっかりと根を張るまで、私は添え木となることを望んだ。
また、お守りしたいと思えるお方ができるとは、想像もしていなかった。 心を埋め尽くしていた痛みと不安が、波のように引いていく。
私は、深く深く息を吸い込み、何事もなかったかのように取り繕うと、視線をアルトレックスに向けた。
「尽くすべき方のため、側近としての命を捧げるのみです」
「そうか、ならば良いのだがな」
アルトレックスは、あっさりと、気の抜けたような返事をした。
先ほどの真剣さとはうって変わった態度に、面食らったが、私は当初の目的を果たす為に、話題を切り替える。
「それで、アルトレックスこそ、水の日の予定はどうなのですか?」
「あぁ、その話、本気だったのか。杖結びごときで、護衛とは大袈裟だな」
「ミアーレア様はトレナーセン出身ですからね。あちらは古の魔法が強く残る街です。それに何かあっては、フィエスリント家に顔向けができません。側近として万全を尽くしたいのです」
「確かにトレナーセンは古い街ゆえ、歴史はあると思うが、そこまで警戒する必要があるのか? フィエスリント家も、先の件で力を落としたばかりだ。こちらに圧力をかける余裕など、ないだろうに」
「……先ほどの大規模演習の話ですが、とても珍しいことに、レオルフェスティーノ様が、私の意見を求めていらっしゃいました。新しい戦法なので、客観的な意見が欲しいとのこと。誰を特攻部隊にいれるか、決めかねているようです。 ……私は火持ちが良いのではと、進言するつもりなのですが、アルトレックスはどう思われますか?」
「なに!? ロッ、ロンルカスト、それは誠か!?」
「アルトレックス、大事な友に、私が嘘をつくとでも?」
「ふむ……、そうだな。そういえば、先日、ミカディアスのグラーレが調子を崩したのだ。風持ちがグラーレの機嫌を損ねるなど、聞いたことがない。笑い草だと思わないか?」
「 ……あのミカディアスがですか。なんとも、奇妙なこともあるのですね」
「あぁ、全くだ。同様に杖結びといえど、何が起こるか分からぬ。側近として、其方が万全を尽くそうとするのは殊勝だな。 よし、その護衛、友として私が引き受けよう」
「良い友を持ち、心うれしく思います。では、此方に印をお願いします」
あれだけゴネていたアルトレックスは、レオルフェスティーノ様の特攻部隊に推薦すると伝えた途端、コロッと態度を変えた。
早口で護衛任務を引き受けると言い出した彼に苦笑しながら、サッと護衛契約の紙を差し出す。
まんまと彼を丸め込むことに成功し、彼の気が変わらないうちに、契約を結ばせた私は、軽やかに練習場を後にした。
アルトレックスの説得に、想定よりも時間がかかってしまった。足早に離れへ戻る。
なんとか四の鐘よりも早く、離れに着くことができた。
息を整え、玄関の扉を開ける。
「ロ、ロンルカスト様! 申し訳ございません! おっ、おかえりなさいませ!」
扉を開けた途端、バケツと古布を宙に浮かせたセルーニと、ぶつかりそうになった。ちょうど扉の掃除をしていたようだ。
「 ……ただいま帰りました」
鉢合わせになり、エプロンのポケットから覗くシャーラムが、嫌でも視界に入った。目を背けるように、そばを通り過ぎる。
すると背後から、セルーニの声が追ってきた。
「ささ、昨日はシャーラムを取る手助けをしていただき、ありがとう存じます。私は、ロンルカスト様のように、ミアーレア様をお守りすることはできません。ですが、ですが、少しでも! ミアーレア様が、この家で心安らかに過ごしていただけるよう、これからも心を尽くしたいと存じますっ!」
「 …………。 」
早口で言い切り、逃げるように奥へ去っていくセルーニを、呆気にとられながら見送る。
セルーニがいなくなり、魔力を失ったバケツがカラン、と床に落ちた。
続いて水を含んだ古布が、バケツの横におちる。ベシャリ、と鈍い音がなった。
……そうか。彼女もこの家を、彼女のとまり木に選んだのだ。
妙な納得感を抱きながら、部屋の扉を開ける。
机にかじりつき、落書きのようなものを書き散らかす、ミアーレア様がいた。どう見ても、地理の勉強とはかけ離れた行動だ。
「うぅー、 あっ、ロンルカスト! おかえりなさいませ」
「ただいま戻りました。ミアーレア様、それは、何をなされているのですか? 」
「うーん、ポッケがなくとも、ロンルカストが花を付けられるように考えていたのです。マグネットのようなものであれば、服の裏表から花を挟んで…… あっ、磁石ってあるのかな? それよりも安全ピンの方が、簡単に作れる? あぅー、でも安全ピンだと服に穴が開くし……むうぅー、悩ましい…… 」
なんと、ミアーレア様は、私に花を渡すための方法を、真剣に考えていた。
私のため、私だけのために……。
体の内側から、熱いものがこみ上げてきた。言葉が出てこない。何かが、胸にグッと詰まって苦しい。
先ほどとは違う、心地よくすら感じる胸の痛みを噛み締める。思わず破顔しそうになった口元を引き締めた。
私は、なんて単純なのだろう。自分でも笑ってしまう。
あぁ、でも…… この愛おしい気持ちは……。
机に向かって、あーだこーだと悩んでいるミアーレア様を見る。優しく小さな、儚くも強い、私の守るべき主がそこにいた。
「随分と余裕をお持ちのようで、安心いたしました。それでは、お伝えした範囲のテストをいたしましょう」
「へぁっ!? ちょ、ちょっと待ってくださいませ!」
私は、再び守りたいと思える主を持つことができた歓喜を、享受する。
自然と緩んでくる頬を戒めながら、事前に用意しておいたテスト用紙を、ミアーレア様へとお渡ししたのだった。
ウキウキで書き始めたロンルカスト回ですが、何度書き直しをしたことか、、。 本当に大変でした。
土日と睡眠時間が、あっさりと溶けました。
丁寧に心情描写したい気持ちと、そうすると話が進まない葛藤、説明回にならないようにしなければ、との思いの板挟みになり、原稿枚数だけが伸びた結果、30枚を超えてしまいました。
これは流石にと思い直し、この回で明かす予定だったことや、ロンルカストが裏であじわっていた想いなど、いくつかのエピソードをバッサリと切りました。
入りきらなかった物語は、また、どこかの機会に差し込めればと思います。
お読みいただきありがとうございます。
本当に嬉しいです。
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