シャーラムの花
むぅー! レオ様を、こんな鬼畜設定にしたのは、一体誰!?
いつか絶対に、恨み言を言ってやる!
と、息巻いてみたものの、色々疲れすぎて精神力がゼロになっていた私は、すぐに脱力した。
その場にへたり込みたい気持ちを我慢し、頑張って廊下を歩く。
何人かの貴族とすれ違った。無遠慮にジロジロと見られたり、ヒソヒソと話しながら、明らかな侮蔑の色を含んだ目を向けられる。
だが、レオ様と対峙した恐怖や氷の視線と比べたら、他の貴族からの嘲など、取るに足らない。蚊に刺されたようなものだ。
早く離れに帰って、休みたい……。
それだけを考えながら、重い足を動かす。
ヘロヘロになりながら、離れについた。
まだ日が沈む前で、六の鐘も鳴っていないが、ロンルカストの勧めにより早めに夕食と、お風呂を取る。
ベッドに入ると、堪えていた眠気に一斉に襲われ、私は泥のように就寝した。
朝になり、目が覚める。
「うーん、 よし!」
昨日はすごく疲れたが、今朝はとても目覚めがいい。
早めに寝て、ゆっくり休んだからかな?
起床の合図をする為、花瓶の花に手を伸ばそうとして、その手を止めた。
いつも、色とりどりのカラフルな花達が生けられている花瓶が、今日はふんわりとしたピンクの花一色に彩られている。
うわぁー、可愛い! そして、いい香り!
ラベンダーのような、甘くてフローラルな香りがする。
思わず顔を近づけて、深呼吸した。
一本を手に取り、そっと花瓶から抜く。
近くで見ると、不思議な形をしていた。花弁がまるで鳥のように見える。
花弁を摘んでしまうのが勿体なかったが、起床の合図をしないとベッドから出られない。
割り切ってサッと花弁を摘み、もとの形を崩さないように小皿に浮かべた。
うー、可愛い! 鳥が水辺でダンスしてるみたい!
鳥のような花弁がクルクルと回る姿に、癒される。鳥は、回りながら水の中へ沈むように溶けていった。リーンと、細く高い合図が鳴り響く。
水面に残ったピンク色の残像をぼんやりと眺めていると、セルーニが部屋に入ってきた。
「おはようございます。昨日はお疲れのようでしたが、お加減は如何ですか?」
「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫です。それにしても、今日のお花は、可愛くてとてもいい香りですね?」
「喜んでいただけて、良かったです。これはシャーラムという、この時期に咲き始める花です。オケアノードルに愛された花で、もう直ぐ訪れる、長い冬に籠る私たちに癒しを与えると伝えられています」
「だからですか。優しい香りで、すごく心が落ち着きました」
私の言葉を聞いて、嬉しそうに、そしてちょっと誇らしそうにセルーニは微笑んだ。
もしかして、昨日私が疲れているのをみて、わざわざ用意してくれたのかな?
セルーニの心遣いに、じんわりと心が暖かくなった。 嬉しくて、少しむず痒い。
緩んでくる口元が恥ずかしくて、セルーニの視線を逸らすために、花瓶から二輪のシャーラムを手にとった。
一つを自分の胸元に挿すと、もう一つをセルーニのエプロンのポケットに挿す。
「ふふっ、可愛い。ポケットから小鳥が覗いているみたいですね? 」
セルーニは、自分のポケットに挿されたシャーラムを目をまん丸くしながら見つめた後、小さくフルフルと震えた。
お揃いなんて、子供っぽくて恥ずかしかったかな?
「ありがとう存じます。 ……私、これからもずっと、ミアーレア様のお側でお支えしても宜しいですか?」
「勿論です。これからも貴族社会のこと、色々と教えて下さいませ」
「はい!」
ふふふっと、お互い照れながらも手を動かすセルーニの匠の技により、いつの間にか私の支度は終わっていた。
一階に降り、朝食をとる。食べ終わって一息つきながらお茶を飲んでいると、ロンルカストがやってきた。
「ミアーレア様、そちらの胸元の花は、どうなされたのですか?」
「ふふーん。どうですか? セルーニとお揃いなのです。可愛いでしょう? ロンルカストの服には、花を挿すポッケがないですね。うーん、頭につけますか?」
「 ……大変、お似合いでございます。またの機会に、私も是非、ミアーレア様のお花をいただきたく存じます」
「そうですか、残念です」
冗談は、軽くいなされた。
うーん。爽やかなロンルカストなら、耳のところにシャーラムをつけても、違和感なく似合いそうだけどな。
中性的な顔つきだし、青髪との対比でピンクの花が目立って可愛いと思う。
セルーニはピンク髪だから、髪飾りとしてシャーラムをつけても同化しちゃいそうだ。
うん、セルーニは、ポッケから小鳥風シャーラムが覗いてるのが可愛くて1番いいと思う。
「さて、本日のご予定でございます。本日は陰の日のため、午前中は座学、午後は昨日いただいた書類仕事を…… 」
2人のどこにシャーラムを付けるのが、1番似合うか妄想していると、ロンルカストがスラスラと今日の予定を告げはじめた。
急いで待ったをかける。
「あ、ロンルカスト。その事でお願いがあります。私、薬を作りたいのです」
「薬、ですか?」
「はい、薬屋で学んだ回復薬です。出来れば、毎日鐘一つの半分の時間でいいので、薬作りに当てたいのですが…… ダメですか? 」
平民街への外出許可が出て、喜んだのも束の間、皆んなへの手土産がないことに気づいた。
でも貴族街のものを、迂闊に平民街へ持ち込むことは出来ない。前に、レオ様にもダメって言われたし。
とても難しい問題に頭を抱えたが、奇跡的に閃いたのが、回復薬だ。
ちゃんと薬作り続けてるよアピールにもなるし、折角教えてもらったのだから、私も腕が落ちないように練習したい。
それに、ちょっとだけど薬屋の売り上げの足しになれば、店長達への恩返しにもなると思った。
まさに一石三鳥、これ以上ない完璧なお土産だ。
材料も、全て平民街のものだから、貴族街のものを平民街へ持ち込めないという規則にも引っかかって無いはずだ。うん、問題ないはず。
顎にを当てて、考えるそぶりを見せたロンルカストが口を開く。
「そうですね。鐘一つの半分であれば、問題はないかと」
やった!! ありがとう、ロンルカスト!
予定管理係のロンルカストの許可が出て、お土産確保の目処がたった。平民街への外出が、楽しみでたまらない。
外出日は月の日だから…… 2日後だ!
今日明日で頑張れば、何本か出来るよね!
尚、材料や道具も既に揃っている。
餞別として、ミグライン店長がプレゼントしてくれた。
引越しの当日に持っていって、持ち込めないと言われたら困るので、何日か前に白壁の門番のところへ持っていって、持ち込み申請と運び込みをした。
申請はあっさりと通り、材料と道具達は、私よりも早く、離れに前乗りすることとなったのだ。
「ありがとう存じます。わたくし、その分頑張って勉強と書類仕事をいたしますね!」
「はい。とてもご立派な、心がけでございますね。では早速、地理のお勉強をいたしましょう」
「うっ……地理、ですか」
「はい。地理、です。どうかなされましたか?」
「地理は、昨日も一昨日もその前もしたではありませんか。 今日は、精霊の復習を…… 」
「あぁ、申し訳ございません。もし、今日分の範囲が午前中に終わらなければ、薬作りの時間を削らねばなりませんね。このような事を申し上げるのは、私も大変、心苦しいです」
「ロッ、ロンルカスト! そんな酷いです!」
「全ては、ミアーレア様の為でございます」
領地内の街名と、街を治める貴族達の家名の勉強を初めてした日、私は完全に悟った。
ややこしい……。 無理だ。どれも長くて似通っている。それに家名なのか街名なのか見分けがつかず、こんがらがる。
そうだった。昔から社会の授業、世界史や日本史が苦手科目だったのを忘れてた。
聞き覚えのない異世界の地名や家名なら、尚更だ。完全に、お手上げ状態である。
ロンルカストは、私がこの分野が苦手だと把握するや否や、すかさず講義時間を伸ばした。
そして、毎日どこかしらに街名と家名の勉強時間を差し込んでくる。爽やかな見た目に反して、ネチネチとしたやり方だ。
堪らず抗議するも、「街名や家名の把握は、社交において必須項目ですよ」と、取りつく島もない正論と笑顔で返されたのは、つい、昨日のことだ。
むぅ、地理、やりたくない。でも、できなければ、薬作りの時間がなくなる。そうなったら、皆んなにお土産を持っていけない。むぐぐぐぅー……
「うぅー、やりますよ! やってやりますよっ! 地理なんて、覚えるだけなんですから!!」
「はい。とてもご立派な、心がけでございますね。では早速、地理のお勉強をいたしましょう」
崖っぷちに立たされた私が、決心して宣言した魂の叫びに、ロンルカストは、数分前と同じ発言、同じ笑顔で返事をした。
いつもと変わらないはずなのに、何故だろう。
その時のロンルカストの笑顔が、私には少し黒く見えたのだった。
ロンルカストの、掌コロコロ回でした。
次回は閑話、そんなロンルカストの、爽やかな笑顔の裏のお話です。
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