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合格のライン



「頭と同じく、其方の口は飾りのようだな? さっさと本題を話せ」



 初手でカウンター攻撃を受けた。

 一瞬にして霧散した勇気を、必死でかき集めて答える。



「は、はいっ! ディーフェニーラ様へ、時を知る道具を献上したく存じます」


「 ……それは、どのようなものだ?」



 ススっと前に出てきたロンルカストが、スラ時計を乗せた板を持ち、レオルフェスティーノ様の元へと運ぶ。

 薬屋では皆んなから見向きもされず、子供の玩具扱いだったスラ時計が、偉そうに板の上に乗って運ばれる姿を見て、こいつ出世したなと余計な事を思った。

 板がコトリと小さくぶつかる音をたてながら、スラ時計は、執務机に置かれる。

 


「素人の手慰みで恐縮でございますが、スライムオイルを瓶へ詰めたものでございます。オイルが下に落ち切るタイミングを見ることで、鐘一つを6等分にした時間を、知ることが出来ます。 ディーフェニーラ様へ献上するため、平民街の工房へ作成依頼に行く許可をいただきたく存じます。 ……また、大変申し訳ございませんが、そちらは試作品でございます。お渡し出来ない事を、ご容赦頂けますと幸いです」



 スラ時計は一つしかないので、レオルフェスティーノ様に渡す事はできない。

 これをもとに、ザリックさんに作ってもらうのだ。

 完成品があるかないかでは、仕上がりにかかる時間も変わってくるだろう。

 私のように、鐘の音を聞きながら、クルクル何度もひっくり返して、一から微調整を重ねるのも大変だしね。

 


「 …………。」



 スラ時計を手にとり、私の説明を聞きながら無言で眺めていたレオルフェスティーノ様の目線が、私に向いた。


 ジッとこちらを見つめる。

 冷たい青い視線に射抜かれ、冷や汗が止まらない。

 先日、あれだけ沢山の人達が忙しそうに仕事をしていたのに、今日は1人も側近がいない。

 静まり返った空気の中、人が少ない分だけ部屋の温度も低く感じる。



「其方が考案したと、聞いたが?」


「は、はい、子供の玩具のようなものでございますが、わたくしが考案致しました。 ディーフェニーラ様が頭痛でお悩みとお伺いし、お役に立てればと思い、献上のご提案をした次第です」


「ふむ……」



 私が答えると、何故か視線の鋭さが増した。


 受け答えを何か間違えただろうか? 

 機嫌を損ねる事を、言ってしまっただろうか? 

 何も言わずに只々冷淡な眼差しを向けられ続け、とても不安になる。


 私の背中は、もうビシャビシャだ。胃もキリキリしてきた。

 キリキリを越えて、そろそろ穴が開きそうだ。

 回復薬が欲しいと思い始めた頃、ようやく視線が外れた。



「 …………ふっ」



 レオルフェスティーノ様は、ほんの僅かに口の端を上げると、すぐに表情をもとの不機嫌顔に戻す。

 だが、その一瞬の笑顔を見てしまった私は、ピシリと固まった。


 ひゃっ!? それは、おぞましくも、暗く深い笑みだった。

 人間が人間たる為に無意識に理性の奥底に沈められた、決して開けてはいけない感情の入った箱の中身を、煮詰めて凝縮して真っ黒のドロドロになったものが、ついに箱から溢れて滲み出たような悲痛と凄惨さを秘めていた。

 


「卑賎なものの考えなど、理解するに及ばぬな。制作のための平民街への外出は、月の日にのみ許可する。これ以上、貴族の品位を貶める事は看過できぬ。冒瀆は其方だけで充分だ」


「あっ! はっ、はい! ありがとう存じま――」


「また、ロンルカストから受けている杖結びについての申請だが、次の水の日の夜に行うように。 ……無能は必要ない。失敗した時は、貴族街に身を置く事は叶わぬと思え。処分する手間をかけさせるな」



 えぇ!? 失敗したら、処分!?

 暗に脅されたのではなく、はっきりと処分するぞと言い渡された。突然の処刑宣告に再びフリーズする。

 動けない私の代わりに、後ろで仕えていたロンルカストが、スススと前に進み出た。


 腕に抱えた大量の書類を執務机に置き、恭しく一礼すると、クルリとこちらを向いて後ろの扉の位置に戻っていく。

 すれ違い様、レオルフェスティーノ様からは見えない角度に来た時、私に向かって小さく微笑み頷いた。



 ……ありがとう、ロンルカスト。

 ロンルカストのサポートで、意識とやるべき事を思い出した私は、浅く二回深呼吸をして、息を整える。



「私が保持するには、少々荷が重い書類がございました。恐縮ですが、レオルフェスティーノ様に預かっていただきたいと存じます」



 本当は、この前床に落とされ持ち帰った書類の全てを渡したのだが、これは形式上の建前だ。

 「要らないから、お前が持って帰れ」と言われたものを、「ノシをつけて全部お返しします」とは失礼にあたり言えない。

 なので、「重要な一部だけ、どうか返却させてください」と、形だけ頼んでいるのだ。


 この部屋には私達とレオルフェスティーノ様の3人、当事者しかいないのだから、こんなまどろっこしいやり取りは不要なのではと思うが、そうもいかない。

 この茶番は、貴族間に於いて必要なものらしい。 

 改めて、貴族って面倒くさいなと思う。


 因みに文言は、ロンルカストに教えてもらい、練習したものをそのまま言っただけだ。

 ロンルカストに丁寧に説明してもらうまで、文言の意味もこの手続きをする意味も、さっぱり分からなかった。ほんと貴族社会、難しすぎるよ。

 


「ふむ…… 」



 レオルフェスティーノ様は、ロンルカストにより執務机の右側に新たにできた書類の山を一瞥する。

 無造作に山の中から一枚を抜き出し、内容を確認すると、興味なさそうに目を離した。


 抜き出した書類を山の1番上に戻すと、執務机の反対側に積み重なる、違う山の一つを左手で押し、机の端からその先へ押しやる。バラバラと音を立て、紙と羊皮紙が床に散乱した。



 また、これかぁ……

 もっと、普通に渡せないのかな?と、諦めまじりに思う。

 前回と同じく、落ちた書類を拾いに行くため、一歩前に踏み出そうとした時だった。


 ロンルカストが、足早に私の横を通りすぎた。

 私は、慌てて踏み出しかけた足を戻し、急な体勢の変化でぐらついた姿勢が転ばないように堪える。


 正面を向くと、レオルフェスティーノ様の目線は、私ではなくロンルカストに向いていた。

 前に出てきたロンルカストが、ササっと落ちた書類を拾い両手で抱える。レオルフェスティーノ様に一礼して、私の後ろに戻った。

 その時こっそりと、さっきよりも大きな頷きを送ってくれた。


 良かった。書類に関してのお咎めは、なかったようだ。



「去れ。聞くに耐えぬ挨拶は不用だ」

 

「はいっ! 失礼いたします!」



 唐突な退出命令に、最後まで、ビクビクしながら扉を出た。

 来た時と同じくらいの書類を抱えたロンルカストの後ろに続いて、廊下を歩く。



「はぁー、緊張致しました」


「お疲れ様でございます。特に問題がなく事が進み、嬉しく思います」


「えぇ? 問題なく、とは?」


「はい。平民街への外出申請も、杖結びの許可も通りました。 書類にも不備がないとご判断いただいたようですし、何も問題はないかと存じます」



 何という事だろうか。

 同じものを見ていたはずなのに、受け取り方の違いが凄い。

 私は、何度も心臓が縮み上がる思いをしたし、精神的消耗も激しかった。処刑するぞとはっきり脅されもした。


 だが、ロンルカストは涼しい顔で、何の問題もなかったと言う。

 私がギリギリの綱渡りだと思っていた今日のやりとりは、ロンルカストにとっては、十分な合格ラインに見えたようだ。


 分かってた。分かってたけれど、やっぱりこれが、レオ様のデフォルトなのか……

 これからも、毎回このレベルで精神力を使い果たしながら、全く合格とは思えないほど手応えのない合格を、ビクビクしながらもぎ取らねばならないという、恐ろしい事実が判明した。



「そ、そうですか。」



 私は上擦った声で返事を返すのが、精一杯だった。

 


上司の気難しさを再認識。

パートから正社員になり、気合を入れて出勤しても扱いが変わらないことにも、ガックリしているようです。



お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価をしていただけると嬉しいです。

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