魔力の伝導率と土の精霊
小難しい茶葉暗記タイムが、やっと終わる。
当初の予定からはだいぶ遅れたが、私とロンルカストは、ポメラ採取のため、薬草園に歩いて向かった。
茶葉の味を覚えるために試飲を繰り返したので、お腹はもうチャポチャポだ。
腹ごなしにお散歩がしたかったが、離れと薬草園の距離が近いため、程なくして園の入り口に着く。
色んな木々や花が生茂る薬草園の中を進むと、ポメラの一画が見えてきた。
今日も遜色無く見事なポメラが、一帯に咲き誇っている。
万が一、花が散っていたらどうしようと心配していた私は、満開のポメラを見て安堵した。
「良かった。 安心しました」
「どうか、なされましたか?」
不思議そうに首を傾げるロンルカストに、私は懸念していた理由を説明をした。
「ほら、以前ディーフェニーラ様のお部屋で、レオルフェスティーノ様が、花の命は儚いと仰っていたではないですか。それで、開花時期が終わっていたらどうしようと、少し心配だったのです」
なるほど、と小さく呟いたロンルカストは、顎に手を当てる仕草をとりながら、ぐるりと辺りのポメラを見渡して頷く。
「ポメラ達は、ミアーレア様の魔力をたっぷりと受け取っておりますゆえ、ご心配には及びません」
「私の魔力を?」
「さようでございます。そうですね。ミアーレア様は、先日花弁を採取なされた際に、何か不思議に思うことはございませんでしたか?」
おっと、勉強タイムに入ってしまった。
講師がすっかり板についているロンルカストを見ながら、ムムムと考える。
スルスルと上から伸びてきた細い蔓が、小指に巻きつき戯れてきた。
クルクルと指を回し、蔓の相手をしながら真剣に答える。
「うーん。もしかして、花を摘むと新しい花が咲くのは、魔力の影響とか?」
私の解答に、にっこりと微笑んだロンルカストは、補足をしながら答え合わせをしてくれた。
「ご名答でございます。ミアーレア様は花を摘む対価として、ポメラにご自身の魔力をお渡しになりました。ポメラは受け取った魔力を使い、新しい花を咲かせているのです」
「はぁー、そういう事だったのですか」
納得したような気になったものの、散々ポメラを摘んでいたのに、魔力を渡していた自覚が全くなかった私は、試しに近くのポメラを両手で包んでみた。
包まれた花弁は、解けるようにフワリと散り私の掌に落ちる。
同時に近くの小さな蕾達が膨らみ始め、新しい大輪が、二輪咲いた。
まるでタイムラプス動画のような、幻想的で思わず溜息が出るほどの美しさだった。
しかし、ディーフェニーラ様へアロマを献上するために、採取しまくった私にとっては、もはや見慣れた光景だ。
うーん、と唸りながら首を傾げる。指先に集中してみたが、意識してみても魔力を出してる感じはサッパリしない。
「ポメラは、摘むと増える不思議花かと思っていましたが、そういう事だったのですか。それにしても、魔力って自然に流れ出るものなのですね。もっとこう、集中したり呪文を唱えたりしてパーンと放出するのかと思っていました」
「一般的には、その認識で宜しいかと存じます」
「じゃぁ、ポメラは一般的ではないのですか?」
「驚かれるのも、ごもっともかと存じます。ポメラの魔力を通す力がこんなにも強く、無意識に魔力を流してしまうほどとは、私も先日初めて知りました。あとは、ミアーレア様がエーダフィオンの属性をお持ちな事も、関係があるかと存じます」
ごもっともも何も、魔力の一般常識を知らないので、何とも言えないが、ポメラは特殊だということは理解できた。
よし、ポメラは魔力伝導率が高いため、こっちの魔力が勝手に流れてしまう、と覚えよう。
私は残りのスペースが少なくなってきた、心のメモ欄に小さく書き記した。
やっぱりポメラは不思議花だなぁ、と思うとともに、ディーフェニーラ様に向かって、涼しい顔で「花の命は儚い」などと、シレッと嘯いた冷徹貴族の姿を思い出す。
あの言葉は、ディーフェニーラ様からの要求を断り、面倒な私を貴族街から追い出すためについた嘘、もしくはただの出し惜しみだった事が判明した。予想通りだったが、当たっても嬉しくはない。
「えーっと、エーダフィオンは確か、土の精霊?」
ポメラ採取のため、せっせと手を動かしながら、午前中の復習も兼ねてロンルカストに質問をした。
「はい。 エーダフィオンは、命を産み、育み、そして廻らせる土の精霊でございます。 土属性持ちの特徴を、お伺いしても?」
ロンルカスト先生にかかれば、会話の全てが教材になってしまいそうだ。
いつの間にか透明な蝶達が集まり、羽を陽の光の反射で虹色に輝かせながら、辺りをヒラヒラと飛び交っていた。
その一羽を人差し指の先に乗せ、ゆっくりと動く羽を繁々と眺めるロンルカストを横目で見ながら、なんとか午前中に頭に詰め込んだ事を思い出す。
「んーっと、確か、土属性は守ることに特化している、だったような?」
「さようでございます。土持ちは、守りの術に長けているものが多いのです。そのため騎士団では、防衛の要を担っております」
「ふぅー。あぁ、なるほど。騎士団では防衛と攻撃で、役割を分けているのですね。あっ! もしかして、ロンルカストも土属性ですか?」
「はい、恥ずかしながら私も土持ちの一端でございます」
「やっぱり! 以前、廊下で怖い貴族からの攻撃を、シュバっと防いで下さいましたものね!」
「あれは、むしろ、攻撃を許してしまった私の落ち度でございます。その節は、大変申し訳ございません」
「そうですか? でも、私は本当に嬉しかったのです。ロンルカスト、改めてですが、あの時は守っていただき、ありがとう存じます」
「 ……側近として、当然のことをしたまででございます」
あの時は、全てが私を害しようとする敵に見えた。恐怖しかなかった貴族街で、唯一ロンルカストの隣だけは安心できたのだ。
どこまでも謙遜するロンルカストに、そんな事はないと抗議の口を開こうとした時だった。
遠くの方から、ザワザワとした女性の話し声が聞こえてきた。
彼女達の声や足音は、だんだんと近づいてくる。
薬草園の外から聞こえるので、草木に阻まれてはっきりとは姿は見えないが、どうやら複数人いるようだ。
そばを通り過ぎる際、私に聞こえるように一際大きな声で話しだす。
「まぁ、ご覧になって? 田舎者の、恥知らずがいるわ」
「あまり目を向けない方が宜しくてよ。トレナーセンでは、平民として生きることさえ、厭わないようですもの」
「なんて穢らわしいのかしら。アディストエレンには、そぐわないのではなくて?」
クスクスと笑いながら、通り過ぎていく。
私は見えない彼女達に向かって頭を下げ、息を殺すようにして、遠ざかるのをジッと待った。
そんな私を、悲痛な面持ちで見つめるロンルカストが口を開く。
「ミアーレア様…… 」
「ロンルカスト。私はトレナーセンの田舎者ですし、平民街に身を置いていたことも事実です」
設定上の話だけれども、と心の中で付け加えた。
しかし、仮初の設定を剥げば、ただの平民なのでもっとタチが悪いと思う。
「ですが、ミアーレア様は、トレナーセンを治めるフィエスリント家のご出身。伯爵の名を冠するお方の御息女でございます。彼女達のあのような謂れ無き悪罵を、甘んじて受ける理由など、ないのではございませんか?」
「前にも伝えたことですが、実害が無ければ、言わせておけば良いのです。私は気になりません。それにもし実害があったとしても、ロンルカストが、また守ってくれるのでしょう?……私、伯爵家の娘でしたのですね」
「……明日の午前中は、領地内の街と街を治める家名のお勉強を致しましょう」
「え? また、お勉強!?」
覚えなければいけない課題を、自ら積み上げてしまった後悔で半泣きになる。
その後、余計なことを口走ってしまった悵恨を頭の片隅に追いやるかのように、一心不乱にポメラの花を摘んだため、茶葉の勉強にあてたロスタイムを賄えるほどの、なかなかの収穫量になったのだった。
口に出す前に考えましょう。
分かっていても、ぽろっと出てしまう。
そして、夜寝る前に思い出して悔やむのです、、。
うっ、、 ネガティヴが止まらない、、
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも続きが気になる、もしくは 「大丈夫、私も寝る前ネガティヴマンだよ」と、慰めついでに思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると嬉しいです。




