家仕えの立場
「まずは、お仕度をどうぞ。セルーニこちらへ」
「はい、ロンルカスト様」
想定外のラスボスダンジョン行きに動揺していると、ロンルカストは“セルーニ”と、初めて聞く名前を呼んだ。
声をかけた方向に目を向けると、ギギッと調剤部屋の奥の部屋の扉が開く。
スススと、中から出てきたのは、小さな女の子だった。
ロンルカストと同じ深緑色だが、ピラピラのないシンプルな服にエプロンを付けている。二つ結びのおさげにしたピンク色の髪が、ふわふわと揺れていた。
「ミアーレア様、こちらは家仕えのセルーニでございます。セルーニ、ご案内しなさい。お仕度を手伝うように」
「はい。此方へどうぞ、お嬢様」
「あ、はい。宜しくお願い致します」
私の声を聞いて、小さく肩を震わせたセルーニは、先導しながら足早に階段を上る。
トントントンと、木製の階段を上る2人の足音が響いた。
あれ? 私、嫌われてる?
案内するセルーニは、ずっと下を向いたままで、全く目が合わない。
今まで、周りは年上ばかりだった。
薬屋の先輩達は、見た目こそ20代に見えるが、実際はもっとずっと年上だ。年齢を聞いた時は本当にびっくりして、外見詐欺だ! と叫びたくなった。
サルト先輩とは、1番歳が近かったけど、雰囲気が落ち着きすぎてて、同年代には思えなかった。ママみもぐんぐんUPしていったし、もうただのお母さんだ。
ミグライン店長に関しては、いつから生きてるんだろうレベルらしい。
「少なくとも、私のお母さんが子供の頃から、あのまんまだったらしいよ」
と、ロランさんは耳を疑うことを言っていた。エルフ恐るべし。
常連さんはベテランばっかりだったし、ロランさんも大人なお姉さんって感じだ。
セルーニは私と年が近そうだし、身長も変わらない。
出来ればお友達になりたいけれど、嫌われてるみたいだし難しいかな……
階段を上がり、二つ目の扉を開いたセルーニは、腰を折り右手を部屋の方へ向けながら、此方へどうぞのポーズをした。
あれ、口も聞いてくれなくなっちゃった……。
沈黙を悲しく思いながら扉の中に入ると、浴室があった。
浴槽には、たっぷりとお湯が張ってあり、柔らかな湯気が立ち上っている。
「わぁっ! お風呂! セルーニが用意してくれたのですか!?」
「!? わ、私は、このような簡単な生活魔法しかできませんので――」
ギギッと扉を閉めたセルーニは少しの沈黙の後、下をむいたまま答えた。
対して私は、此方にきて初めて見たお風呂にテンションが爆上がる。
ずっと水に浸したタオルで体を拭いて、誤魔化していたけど、お風呂好きの日本人としては、やっぱり肩までお湯に浸かって温まりたい。
お風呂! ないのかと思ってたよ、お風呂!
あぁ、あったかいお湯まである! すごい! すごいよ貴族!
頭の中で大興奮していると、私の両肩に何かが触れた。
「わわっ!? なにっ!??」
びっくりして肩に乗る何かを振り払い、蹲る。
体育座りのまま、恐る恐る後ろを振り返ると、目を見開いたセルーニが、両手を伸ばした状態でフリーズしていた。
「もも、申し訳ありません!! お嬢様!」
バッと手を下ろし体の側面につけると、震えた声で謝罪をしながらセルーニは深く頭を下げる。
蹲ったままの私は、床を見つめるセルーニの瞳が見えた。
ピンク色の瞳に、ありありとうつっていたのは恐怖と動揺だ。
私は、その目に見覚えがあった。
自分の命の軽さに恐怖しながら、決死の想いで貴族に対面していた時の私だ。
ロンルカストはセルーニを〝家仕え〟と言っていた。
セルーニは貴族ではない、もしくは貴族の中でも凄く低い身分なのかもしれない。
平民の私が貴族に恐怖を感じるように、同じ貴族区域で生きるものの中でも、身分社会は厳しく根付いているのかもしれない。
そう考えると、セルーニがずっと下を向いたままで目が合わないのも、おどおどとした態度で、私から話しかけないかぎり口を開かないのも頷ける。
セルーニにとって、私は、私の気分次第でセルーニを不敬罪にできるような、彼女の生死を握る畏怖べき存在なのだ。
私は、ゆっくりと立ち上がると、下を向いたまま動かないセルーニのもとへいった。
先日ロンルカストがしてくれたように、かがんで目線を合わせる。
私に見つめられて、涙で潤んだセルーニの瞳が揺れた。
「セルーニ、驚かせてごめんなさい」
「わわ、私に謝罪など、不用です!!!」
「あのね、私、病弱だったから、あまり貴族社会のこと、詳しくないのです」
「そ、それは――」
「さっきは、慣れてなかったので、ちょっと驚いてしまいました。それだけです。それに、お風呂、用意してくれてありがとう」
「この程度、感謝されるようなことでは」
「いいえ、私のために用意してくれたのですもの。とても嬉しいです」
「か、過分なことでございます」
「セルーニ。 良かったら、これから私に、貴族社会のこと、色々と教えてくださいませ」
「そんな、恐れ多い――」
「貴族のことは、セルーニの方が先輩ですもの。私からの質問以外にも、普通に口を開いてくださいませ」
「……。はい、お嬢様」
「ふふふっ、私同年代のお友達、初めてなのです。 沢山おしゃべりしましょうね!」
「 ……。 お嬢様、僭越ながら申し上げます」
「はい、セルーニ。ふふっ、何ですか?」
「大変申し訳ございません。私は…… お嬢様の、初めての同年代のお友達に、なることができません」
「え? セルーニ?」
「その、私、おそらく、お嬢様の10倍以上の年月を生きておりますので」
「へぇぁっ!!!!?」
絶句して目の前の彼女を見つめる私に、「申し訳ありません」と、恥ずかしそうに小さく呟いたセルーニは、続けて「お手伝い致します」と言い、テキパキと私の服を脱がし始めたのだった。
セルーニはミアーレアのことを7-8歳くらいだと思っています。
ということはセルーニの年齢は……? っと、女性に年齢のことを聞くのはマナー違反ですよ!
お読みいただき、本当にありがとうございます!




