貴族の心構え
薬屋での大号泣が落ち着くと、皆んなで白壁まで、見送ってくれた。
ワイワイ賑やかな常連さん達と、無言無表情の店長や先輩達が一緒に外を歩いているのは、すごく変な感じだ。でも、私は大好きな人達に囲まれて、とても嬉しかった。
道中では、さっき泣いたこともあって、少し変なテンションになっていたかもしれない。
最近泣きすぎだよね……
前世では、こんなに泣いたことあったっけ?
ふと、そう考えたが、よく思い出せなかった。
ロランさんとミグライン店長を握手させたり、常連さん達に今後もケチらず回復薬を使うように言い含めたり、いつか取りに来るから薬のデータをとり続けて欲しいとサルト先輩に頼み込んだりした。
ずっとこうしていたい、私の願いとは裏腹に、あっという間に白壁に着く。
最後に、一人一人とハグをした。
店長や先輩達が、おずおずと困惑しながら受け入れてくれるのが、面白くて笑ってしまう。
私達のお別れが一段落したのを見届けると、門番の騎士が、壁に向かってを操作した。
「どうぞ、お進みください」
溶けるように消えた白壁の向こうへ行くように促される。
私は頷いて、貴族区域へと足を踏み入れた。
二歩三歩と進んでから、くるりと振り返る。みんなを見た。
「今までありがとうございました。本当にお世話になりました。どうか、皆さん、お元気で」
最後は、笑顔でお礼を言うことができたと思う。
私と皆んなの間の何もなかった空間に、スルスルと壁が出来ていく。
地面と貴族壁の両側から生えるように伸びてきた白壁は、あっという間に元通りの継ぎ目のない一枚の壁に戻った。
あ、見えなくなっちゃった……
壁に阻まれて皆んなの顔が見えなくなった後も、私は動くことができない。
白壁の前で立ち尽くす私を、門を守る騎士は引っ張るようにして馬車へ誘導した。
馬車に乗り、バタンと扉が閉まる。
思ったよりも大きな音に、体がビクッとした。
グラーレがゆっくりと歩き出し、つられるように馬車もガタゴトと動き出す。
私は、窓から身を乗り出して、後ろの白壁を見続けた。
もう、壁が開かないのは分かってる。
みんなの姿が見えないのも分かってる。
馬車はガタゴトと進み、ついに白壁は見えなくなった。
それでも、あの向こうに皆んながいるって思うと、私は目を離すことが出来なかった。
ガタゴト
ガタゴト
ガタゴト
あの向こうに平民街がある、馬車がどんなに進んでも、そう思い揺れる窓から貴族の家々の先をジッと眺める。
どのくらいそうしていただろうか、ふいに馬車が止まった。
いつの間にか、離れに着いたようだ。
「お帰りなさいませ」
ロンルカスト様が、いつもと違う言葉で迎えてくれた。
そっか、私、今日からここで暮らすんだ……
心にポトリと、不安の雫が落ちた。
「ありがとうございます。ロンルカスト様」
「ミアーレア様、私はミアーレア様の側近でございます。敬称は不要でございます」
「あ、でも、ロンルカスト様は…… 」
「ミアーレア様、病弱で外へ出ることが困難でしたので、慣れないことも多いかと存じます。少しずつ、私とお勉強していきましょう」
「 ……はい、ロンルカスト」
貼り付けた笑顔で私を窘めるロンルカストは、どこか少し遠く感じた。
なんだか、私の知っているロンルカスト様ではないような気がする。
この前、心が通った気がしたけれど、あれは気のせいだったのかな……
それか、私を言いくるめて、貴族区域に戻ってくるように仕向けるための嘘?ジワリと、心に落ちた不安が広がっていく。
「どうぞ、此方へ」
笑顔のロンルカストに促されて、俯いたまま、離れの中に入った。
自分も中に入り、ギギッと扉を閉めると、ロンルカストは私の前に来て、膝をついた。
下を向く私に視線をあわせ、真剣な顔をしている。
「ミアーレア様、先程は申し訳ありませんでした。」
「あ、ロンルカスト、いえ、私こそ申し訳ありません。」
「 ……心に留めていただきたいことがございます。 何気ない一言でも、ここでは足をすくわれる危険があるのです。 私は、ミアーレア様の足元の氷を守りたく存じますが、ミアーレア様ご自身にも、守っていただきたいのです。」
「あ…… 」
そうか…… ロンルカストは貴族としての立場を失う辛さを、身をもって知っている。
だからこそ、私が同じ目に合わないように、細心の注意を払ってくれているんだ。
なんてバカだったんだろう。私は、ここで貴族として暮らしていく覚悟が全くできていなかった。
ロンルカストの優しさに気づかず、勝手に落ち込んで拗ねていた。甘ったれていた自分が恥ずかしい。
「 ……ロンルカスト、ありがとう存じます」
「いえ、平民街を離れたばかりで、御心が辛くいらっしゃるのも存じております」
「違うのです。私、甘えておりました。 ……分からないことだらけですが、これから貴族社会のこと、勉強致します。沢山、教えてくださいませ」
「勿論でございます。一緒に頑張りましょう」
大きく頷いたロンルカストの笑顔は、私の知っているものだった。ほっと安心していると、ロンルカストが口を開いた。
「では早速ですが、本日のご予定でございます。身支度を整えた後、東の塔のレオルフェスティーノ様へ到着のご挨拶。その後、西の塔のディーフェニーラ様へお会いになっていただきます。」
「え…… ?」
貴族として生きる心構えはできても、冷徹貴族に会う覚悟のできていなかった私は、その場で固まったのだった。




