お別れの挨拶
薬屋に帰った後、ミグライン店長に報告をした。
本当は貴族であること、平民と偽り見習になったこと、城に仕えることになったので、見習いをやめなければいけないこと…… 作られたストーリーを粛々と話す。
さっき、ロンルカスト様に気持ちを吐き出したおかげで、冷静に説明することができたと思う。
だが、貴族のことを知らなかった私が、「実は、自分も貴族でした」というのは、明らかに矛盾している。
おかしいと気づいた店長は、なんと言うのだろう。
深く突っ込まれたらどうしよう。でも、何とも思われないのも悲しいな。
話終わった後、不安になり、じっと店長を見上げた。
静かに私の話を聞いた店長は、目を閉じて下を向き、小さく顔を左右に振った。 一つ結びにしたブラウンの髪が揺れる。
「……そうかい」
目を開くと、小さく呟いた。
すべてを察したような紫色の目に見つめられ、胸がぐっとなる。
「こんな話、本当は嘘です! 私、ずっとここに、いたいです!」 と、叫びたくなる気持ちを我慢した。
真実を知ることで、冷徹貴族からどんな制裁を受けるか分からない。私のわがままで、そんな危険な目に、合わせるわけにはいかない。
「 ……ミグライン店長、短い間でしたが、本当にありがとうございました。後3日ですが、最後まで勉強させてください」
「ミア、調剤部屋にきな。最後の手土産だ。月の日までに、回復薬の作り方を体に叩き込むよ」
「!! ……はい!」
店長の言葉通り、付きっきりのスパルタ指導を受けることになりった私は、3日間回復薬作りに邁進した。
夜になり、店長と先輩達が帰った後も、特別に調剤部屋を使う許可をもらう。
一人でいると、どうしても悲しくなってしまう。だから、眠るギリギリまで、調剤部屋でアロマを作った。
出来上がったアロマウォーターは、お世話になったお礼として、店長や先輩達に配ろうと思う。
私にできる、これまでの感謝を伝える方法が、そのくらいしか思いつかなかった。
一番お世話になったサルト先輩は、私の話を聞いた後、
「……思ったより、でかい箱だったな」
と、言っていた。
「? 箱って、何ですか?」と聞いても、無言で教えてくれない。
エルフ独特の言い回しかもしれないと思い、他の先輩達にも聞いてみたが、皆んな頭を捻っていた。
常連さんやロランさん、お世話になった工房のザリックさんにも挨拶と、今までのお礼を伝えに行きたかったけど、やめた。
きっと大泣きして、また皆んなを困らせてしまうだろう。急に貴族と言われて、戸惑うかもしれない。
私も、貴族だからと、急に余所余所しくされたら悲しい。最後の最後に、ギクシャクしたくない。
「混乱を避けるためだもん、仕方がないよね」
自分に言い訳をして、皆んなに会うことを避けた。
離れるのが分かってるのに、会うのが辛い。チクチクと痛む胸はそう言っていたが、気づかないフリをして、交流のあった一人一人にお礼と、離れることになった経緯を綴った手紙を書く。
私が貴族街に向かったあとで、ギルドと工房に届けてもらう予定だ。
やる事が沢山あって良かった、と思う。
作業に没頭している間は、ここを離れなければいけない悲しみを紛らわすことができた。
あっという間に、3日間が過ぎた。
今日は、月の日だ。
私は身支度を整えると、日用品と、ここに置いておけないアロマを詰め込んだ袋を持って、目の前の部屋を見回した。
住み始めて数ヶ月、初めてこの部屋を見た時の衝撃を思い出す。
埃まみれの屋根裏部屋は、小さな先住民の方々のお城とかしていた。
同居人がいるとは聞いていないと、びっくりしたが、他に行くあてもない。
トトトト…… カサカサ…… と、走る彼らの足音を聞きながら夜を過ごしたのは、いい思い出である。
因みに、たくさん歩いて疲れていたので、その日の夜は、ぐっすりと眠れた。
何日かかけて蜘蛛の巣を払ったり、砂や埃を外に出したり、拭き掃除をすると、彼らはいつの間にか転居していた。
その後は、「使ってないから、やる」と、サルト先輩に、毛布がわりの布と、哀れみの目をもらったり、二階に住んでいると聞いて目を見開いた先輩達から、棚や大量のタオルなどの日用品を分けてもらったりした。
いつの間にか、ボロボロだった屋根裏部屋は、快適なお部屋になっていた。とても落ち着く、私のお城だ、
そして今、ガランとしてしまった元、自分の部屋を見回す。
殆どのものは処分したし、先輩達に借りていた家具や、サルト先輩もらった毛布も洗って返した。
昨夜、部屋中に雑巾掛けしたので、壁までピカピカだ。
「ありがとうございました」
声をかけて部屋を出た。
薬屋の皆んなにお別れの挨拶をする為に、階段を降りて、一階のお店に向かう。
中に入ろうとすると、いつもと違うことに気づく。看板がわりの店頭幕が降りていなかった。
朝当番の人、準備し忘れてる。店長に怒られる前に教えなきゃと、思いながら店に顔を出す。
「え……?」
店内には、見たことないほど沢山のお客さんで、埋め尽くされいた。常連さん達だ。ロランさんやザリックさんもいる。
驚いて、一歩店に足を踏み入れた体制のまま、立ち尽くす。
「ミアちゃん、黙って行っちゃうなんて、ダメだからね?」
「あ、ロランさん、なんでここに……?」
「俺、護衛依頼は、最後までやり遂げるタイプなんだよなー」
「えっと、パルクスさん…… 私、皆んなには言ってないのに、どうして?」
常連さん達は、「そんなの、皆んな知ってるよ」と笑いながら、奥に目を向けた。
視線の先を見ると、店長と先輩達がいる。私と目があった店長が、サッと目を逸らす。
「あ…… 」
私が、皆んなにお別れを言いだせないのを察した店長が、手を回して皆んなを集めてくれたんだ
ツウっと、涙が、頬を伝った。うぅっ、ずっと、我慢していたのに……
流れ始めた涙は、すぐに大粒になった。
3日間溜め込んだ分、大きな感情となってしまったようだ。
堪えきれなくなって嗚咽が漏れる。涙で前が見えなくなった。
「おっ、ミアちゃん。 またロランに泣きつくか?」
「うっ、グスッ…… ロラン、さん、パルクスさんが、いじわる…… 」
「もうっ、パルクス! これから依頼、回さないからね!」
「くくっ、パルクスお前、ミアちゃんに抱きついてもらえるロランが、羨ましいんだろう?」
「兄貴は、ほんとに小さい子が好きっすからねー!」
「おい! やめろよ、お前ら!」
「ふふっ、グスッ…… ふふふふっ」
ぐすぐすと、涙が止まらなくなった私に、綺麗な布を差し出してくれたのは、紫の瞳を心配そうに揺らしたミグライン店長だった。
今度はサルトより先に布を渡せた店長。
心の中はドヤ顔です。
ちょこちょこと、これまでの文書を手直ししました。
ストーリーに関係する事は変わっていませんので、読み直さなくても大丈夫です。
お読みいただき、ありがとうございます!




