閑話7 ある西塔第一側近の平穏(前)
第2章開幕です。
舞台の中心は貴族区域へと移りますが、引き続き平民区域の薬屋やギルドの常連さんたちも出てきます。
少しずつ広がり始めたミアの世界、そして意図せず関わり変わっていくものたちの葛藤に、ほんのひとつまみのミステリーを添えて。
どうぞ、第2章もお楽しみくださいませ。
「南塔に、目立った動きはありません。また、先程、例のものが貴族門を抜けました」
「報告は正確にするように。彼女は、生きて門を抜けたのですか?」
「はい、ベルセ様。申し訳ございません。生きて門を抜けました。平民街では、今回も待っていた冒険者達に囲まれていました。」
「ふむ、平民街での情報収集の進捗は?」
「……芳しくありません。どうも、狭く深い交友関係を築いているようでして、難航しています」
「ギルド長を使いなさい。使えるものは、使える時に使うのです。あとは、これを渡しておきましょう。……使う相手は、よく選ぶように」
「かしこまりました」
「東の状況は?」
「申し訳ございません。東の守りは硬く、塔内での情報が、集めにくくなっております。」
「分かっている」
「送り込む影を、増やしましょうか?」
「いや、今のままで十分だ。こちらから、藪を突く必要は無い。あれの問題は、今後向こうで対処するだろう。」
「承知いたしました。」
「そうですね。もう一つ頼みましょう。こう、噂を流しなさい。〝フィエスリントの娘は、レオルフェスティーノ様の目に止まるために、わざと平民街で目立つ事をした。そして、目論見どおり注目を浴び、東の塔に仕える事を許可された。浅ましいトレナーセンの田舎娘だ〟、と」
「はい、噂を流す範囲はどのように?」
「広く流せ。フォーティアーノの足跡は、広がる前に消さねばならない」
「承知いたしました」
そう宣い、足音もなく去っていった彼を見送る。
さて、どうしたものか。
彼女の情報は、薄い。半年前、ふらりと平民街へ現れて、薬屋で働き始めた。
交流があるのは、薬屋を除けば、工房とギルドと屋台街の一部のもののみ。……全く、面倒な事だ。
一番情報を集めやすいだろう薬屋から、情報を得られないことが、歯痒い。
エルフの中には、魔法に敏感なものがいる。こちらから接触するのは、危険だ。
私は苛々としながら、手元の資料をまくった。
そもそもの始まりは、ディーフェニーラ様が、平民街へ行きたいとおっしゃった事だ。
先代領主が突然に亡くなったのは、少し前のこと。
まだ若く、経験の足りない現領主では、大領地であるアディストエレンの、全ての仕事を捌くことができない。
その結果、ディーフェニーラ様にまで、大量の仕事が回ってくる。
現領主の不甲斐なさを、ディーフェニーラ様が、尻拭いしなければならない。なんと、嘆かわしいことだろうか。
持病の頭の痛みも、日に日に酷くなっておられるようだ。
そんなディーフェニーラ様が、平民街へ行きたいとおっしゃった。
山積みの書類に忙殺されている、ディーフェニーラ様からの気分転換の要望を、却下することなど出来るだろうか? 私には出来なかった。
とはいえ貴族が、ましてや領主の一族が平民街へ足を向けることは、あまり外聞がよろしく無い。
私は少人数で、忍び平民街へ向かうことに決めた。
当日は魔隠し用のベールを身に纏い、平民街へ向かった。
酷い匂いだ。ごちゃごちゃとして整然としない薄汚れた街並みにも、顔をしかめてしまう。
このベールは、無意識に漏れてしまう魔力を、万が一にでも平民に当てないため、と言われているが、それは建前だ。本当は、この汚らわしい光景を、直視しないためにある。
ディーフェニーラ様は、ミグラインの薬屋の視察をご希望された。
先日、取り寄せて使用したところ、頭の痛みに少しの効果があったそうだ。
平民の薬を使ったと聞いた時は驚いたが、使えるものは、使える時に使うものだ。私は、異を唱えることをしなかった。
今回は、もっと効く薬がないか、ミグラインに直接声をおかけになりたいのだろう。
しかし、薬屋に入るとミグラインはいなかった。
無駄足となったが、はたから大した期待はしていなかったのだ。よって、問題はない。
ところが、帰ろうとした私達を、店の中にいたものが呼び止めた。
……なんと不敬なことであろうか。
子供とはいえ、平民に声をかけられたことに、私は吐き気がした。
しかし、ディーフェニーラ様は違ったようだ。
不躾なことだと声を荒げることもせず、対話をしている。慈悲深いお心に、感嘆した。
最後にディーフェニーラ様は、少しばかりの薬を購入された。
これは彼女を認めたと、端的に表した行為だ。
平民にもお心を砕く姿に、私はさらに敬服した。
問題は、その後だ。
魔の群れ発生の可能性がある事が、ギルドより報告された。
場所はトレナーセンだという。
本来は、アディストエレンの中心街である、我々が関与するところではない。
トレナーセンのことは、トレナーセンが対処すべき問題なのだ。
だが、横槍が入った、中央と、その腰巾着の中小領地である。
彼らの魂胆はわかっている。
先の政変で勢いを落とした我々の力を、この機会にさらに削ぎたいのだ。
加えて今は、領主が交代したばかりだ。
年若く、根回しをする下地も無い領主により、アディストエレンの影響力は、更に弱っている。
彼らは、魔の群れ討伐を、「トレナーセンとアディストエレン街との合同依頼」という事で、強引に取りまとめた。全く意味がわからない。
「アディストエレンの要である、騎士団の力を少しでも消耗させたい」という考えが、見えすいていた。浅はかな猿知恵に、腸が煮えくりかえる。
しかし私は、憤懣遣る方無い思いを押し込めた。
逆にこの機会を使い、中央と彼らには、アディストエレンの力を見せつけるべきだと考える。
彼らが思いあがる前に、しっかりと叩く。
これは、我が領の立ち位置は今後も盤石である、と示す良い機会だ。
まず、騎士団の圧倒的な力を、見せつける。
そのためには、レオルフェスティーノ様の力が必要になるだろう。
しかし、あのお方もディーフェニーラ様同様、もしくはそれ以上に、大量の書類仕事を抱えている。
その事を言い訳に、大っぴらに出陣を渋るだろう。
レオルフェスティーノ様は、大変優秀だ。
昔は、その賢さをディーフェニーラ様のために、存分に生かしてもらっていた。
しかしある時から、危機管理能力にもたけはじめ、簡単に掌で転がってくれなくなった。
東の塔に腰を落ち着かせたことも、手を出しづらくなった一因だ。
だが、彼の大きな弱点は、今も昔も変わらない。
私は、情報担当の部下を使い、南の塔に情報を流した。
そして、ティアモローラ様を煽ることで、レオルフェスティーノ様を出陣させることに、成功したのだった。
合同依頼は、恙無く完了した。
騎士団とレオルフェスティーノ様の活躍により、圧倒的なアディストエレンの力を見せつけることも、私の目論見どおり成功した。
手の物を使い、既に噂も他領へと流している。
この成果は、迅速に国中へと広まるだろう。
当分は中央と腰巾着どもも、しのごの言うことはないだろう。
現領主様も、今後は理不尽な要求を、突っ張ねやすくなるに違いない。
大領地の領主であるにも関わらず、これだけのお膳立てをしないといけないとは、現領主様は、本当に手がかかるお方だ。
「まぁ、簡単に掌で踊ってくれる分、レオルフェスティーノ様よりは、ずっと扱いやすくて楽だが」
私は自嘲とともに、誰もいない廊下に向かい、そう呟いたのだった。
陰で暗躍するおじさまって、素敵ですよね。
本当はプロット的にも、もう少し後に出したかったのですが、どうしても、書きたくて書きたくて、、
我慢できませんでした。
笑顔の裏の性格の悪さ、最高です!
(個人の感想です。)
お読みいただき、ありがとうございます。
とても励みになります。




