トレナーセンの三女
「入れ」
ロンルカスト様に促されて、恐る恐る部屋の中へ入る。
目の前のラスボスは、最大級の嫌悪感を示していた。無言の時が流れる。
わ、私から挨拶した方がいいのかな?
でも、喋ったら殺すぞ命令が出てるし……。
もしかして、罠? 私がが口を開いて、罰を受けるのを待ってる? ……でも、でも、この空気は、もう、無理!
沈黙の恐怖に耐えきれなくなった私は、決心して口を開いた。
「・・・・れ、レオルフェ」
「極めて遺憾であるが、離れに居留する許可を与える」
「へ? あ、あの?」
「これ以後、ミアーレア・フィエスリントと名乗れ」
「ど、どういった事でしょうか? わたくしには、」
「覚えられぬか? 確かに、其方には分不相応な名であるな」
「あの、レオ」
「聞け。トレナーセンのフィエスリント家、三女のミアーレアだ。病弱であったため、家から出ることはなかった。アディストエレンの薬屋の評判を聞き、取り寄せたところ回復した。ミグラインの薬屋に傾倒した其方は、忍び平民と偽り薬屋の見習になった」
一方的な会話がつづいて、私は目を白黒させた。
さっきから、いったい何の話をしているのだろう?
会話のキャッチボールができないので、頭の中はクエスチョンマークだらけだ。
「えっと、その?」
「其方の名を言え」
「へぁ?あの」
「名を言え。其方の頭には、何も入っておらぬようだな」
「あ、ミア、ミアーレア・フィエ、フィエスリント? でございます」
「出身は?」
「えっと、トレナーゼの三女です」
「トレナーセン、だ」
「はいぃっ! トレナーセンのフィエスリント家、三女です!」
「何故、平民街の薬屋にいた?」
「あ、えーっと、その、病弱で家から出れませんでした。アディストエレンの薬を使ったところ、回復いたしましたので、傾倒して、平民と偽り見習になりました」
「忍びだ、間違えるな」
「は、はい! 忍び、平民と偽り見習いとなりました!」
「ふむ、月の日までに、準備を行え。」
「え?、 あの」
「以上だ、去れ。目障りだ」
射抜くような目で、退出を命じられる。
「はい!」と、返事をして、部屋を出た。ギギッと閉まった扉の前で、立ちすくむ。
離れに住む許可? トレナーセンの三女? 準備ってなんの?
いくつもの疑問が、頭に浮かぶ。
私の知らないところで、何かが起こっているが、何がどうなっているか分からない。混乱する。
途方に暮れた私は、目の前のロンルカスト様を見上げた。
「ロンルカスト様、あの……」
「ミアーレア様、此方にどうぞ」
ロンルカスト様は私から目を逸らし、歩き始める。
ミアーレアという、いつもとは違う呼び方に、距離を感じた。
そうだ、わたし、嫌われてるんだった。
助けてくれるはず、ないよね。
お腹の中に重い鉛が入ったような感覚になった。喉の奥にも、何かがつかえている。
青色の髪を、ぼやけた視界で見上げながら、私は長く暗い廊下を歩いた。
塔を出ると、いつもの馬車はいなかった。
案内されるがまま歩く。着いたのは離れだ。
無言のまま、離れの中に誘導され、私が調剤部屋に任命した、広い部屋に入る。
部屋の真ん中には蒸留機が、置かれたままになっていた。
テーブルの一角は、最初に採取した鮮やかなポメラの花弁が並んでいる。
ロンルカスト様はクルリと振り返り、跪いた。
私に、目の高さを合わせる。淡い茶色の瞳が、心配そうに揺れていた。
「ミアーレア様、此度のこと、突然でお心が追いついていないかと存じます」
ロンルカスト様が、目を合わせてくれた。
私は安心と嬉しさで、胸がグッとなった。
「あ、あのロンルカスト様。 これはどういった事なのでしょうか。」
「ミアーレア様は、ディーフェニーラ様より褒賞として貴族の身分をを賜りました」
「えぇ!? 褒賞として貴族に?」
混乱する頭を、整理する。
そうか、私が頑なに褒美を断り続けていたから、吊り上がってカンストした結果、貴族の身分をもらうことになったのか。
冷徹貴族の機嫌が悪かったのも、納得できる。
嫌いな平民の私に、褒美を受け取らせたくなかったのに、よりにもよって貴族になってしまったのだから。
貴族となった実感は1ミリも湧かないが、モヤモヤとしていた部分が晴れて、ストンと腑におちた。
真剣な表情で、ロンルカスト様は続ける。
「平民が貴族になるのは、稀代な事でございます。無用な混乱を避けるため、ミアーレア様は、平民の生まれではなく、フィエスリント家の三女、ということになっております」
「ロンルカスト様、フィエスリント家とは?」
「ディーフェニーラ様の遠縁でございます。 此処より北の、トレナーセンという緑が豊かな土地を治めております」
「トレナーセンは、土地の名前でしたのですね。 病弱、というのはこれまで表に出てなかったのを隠すため、ですか?」
「さようでございます。また、ミアーレア様が、貴族社会に疎くいらっしゃること、さらに、平民街の薬屋で、平民と偽り見習いをしていた理由付けでございます」
「わ、分かりました。あと、あの準備とは?」
「貴族としての身分を持った今、平民街で暮らすことは叶いません。こちらの離れで生活をしていただきます。その準備でございます」
「……え?? 私、此処で暮らさなければ、ならないのですか?」
「貴族が平民街に居を持つことは、許されておりません」
「えっと、私、もう、皆んなには、会えないということですか? あの! 貴族の位を、返上する事は出来ますか?」
「それは、領主一族の決定に、異を唱えることと同等でございます。」
「……もし、もし万が一ですが、私が平民街に隠れて、出てこなければ?」
「ミアーレア様、イリスフォーシアの光は、平等に満ちております」
「……。」
「逃げ切れると思うな」そう言われたのだと分かった。
突として、降りかかってきた事態に絶句する。体の中心に、ポッカリと穴が開いてしまったようだ。
もう、みんなと会えない……?
こんな、魔の巣窟のような場所で、私は一人で生きていくの?
お読みいただき、ありがとうございます!
感謝でいっぱいです!




