褒賞の行方
冷徹貴族は、笑顔も凶器だった。
夢に出てきそうだと、不謹慎な事を思う。想像してブルッとした。
そんな私の横を、ロンルカスト様が通りすぎる。
先程と同じように、レオルフェスティーノ様の横へつくと、跪いた。
手に持っているものをスッと前に差し出す。
今度は木の板の上に、グラスがのっていた。ポメラウォーターだ。
再び前に出てきたベルセさんの毒チェックを経て、グラスはディーフェニーラ様の前に、コトリと置かれた。
「レオルフェスティーノ、これは?」
「ポメラアロマの副産物、ポメラウォーターにございます。ポメラの香りを移した水で、仄かな甘みがあります。こちらには、飲みやすくするために、少し蜜を加えております」
「……爽やかな口当たりね。 お客様の好みは、お好き好きです。気にいる方も、いらっしゃるかもしれないわね」
繁々とポメラウォーターを眺めた後、グラスに口をつける。
一口飲んで、コトリとグラスを机に戻したディーフェニーラ様は、笑顔で感想を言う。
「……ディーフェニーラ様は関心をお持ちでないかもしれませんが、ポメラは古来より、不老不死の秘薬の原料の一つとも言われております」
「えぇ、存じております」
「恐れながら、このポメラウォーターを調べましたところ、誠に微かではございますが、不老の効果がございました」
「……レオルフェスティーノ。 準備は間に合うかしら」
「ディーフェニーラ様、 花の命は美しくも儚いものでございます。 わたくしは、スコダーティオの足音が聞こえぬよう、願うばかりでございます」
レオルフェスティーノ様の言葉を聞いたディーフェニーラ様は、クルリとこちらを向いた。
ひぇっ! 突然ディーフェニーラ様と目があった私の心臓は、ヒュッとなった。
さっきまで、私がいないかのように2人で話していたので、急に視線を合わせられて、戸惑う。
私も空気と化していたから、もしかしたらディーフェニーラ様に認識されていないかも、と期待していた。
残念ながら、見えていたらしい。透明人間にはなれなかった。
「……ミア、褒賞を渡していなかったわね。 4枚分でどうかしら」
ディーフェニーラ様に、質問をされてしまった。
暗い赤色の瞳は、真っ直ぐにこちらを見ている。私は、答えを返さなければならない。
ディーフェニーラ様は、何かを4枚くれると言った。
「どうかしら?」と、にっこり私に微笑みかけ、首を傾げているが、何を聞かれようとも、私が発する事ができる言葉は限られている。それも、間違えたら自縛する、呪いの言葉だ。
一度、頭の中で反復し、確認をする。
深呼吸した後、間違えないようにゆっくりと発言をした。
「……平民の私には、身に余るお言葉です。 恐れ多くも、お受けする事は出来ません」
「そうね、ミア。では6枚分ではいかが?」
私の答えに間髪入れず、ディーフェニーラ様が言った。
ひゃっ! 何か分からないけれど、6枚に増えたでござる!
前を向いていたはずの冷徹貴族は、半歩足を引き、私に視線を向けていた。
さっきと同じ凶器の笑顔だが、その瞳のの奥には「絶対に、受けるな!」と言う、無言の圧力を感じる。
こ、ここ、怖い!受け取ったら、殺される!
「平民の私には、身に余るお言葉です。 恐れ多くも、お受けする事は出来ません」
わたしは鸚鵡のように、さっきと同じ言葉を繰り返した。
私の言葉を聞いた、ディーフェニーラ様の笑みが深まる。
「では、8枚と、薬屋の薬を、私の公認にするのはどう思って?」
断るごとに、どんどんと褒美が積み上がっていく。私は目眩がしてきた。
これ以上、ディーフェニーラ様の申し出を断るのは、大丈夫なのだろうか
褒美に不満を持つなど不敬だ! と、逆に罰せられるのではないか。不敬罪という文字が、頭にチラつく。
「……。」
口が、カラカラに乾いている。
緊張で、目の前の光景が、グニャリと歪んだ。全ての輪郭が溶け出し、混じりあっていく。
やがて、それらは円を描くように捻れ始めた。
グルグルと回る色に酔い、立っていられなくなる。耐えきれず、ギュッと目を瞑った。
まぶたの裏にうつる、暗闇。
その先に、ジッとこちらを見つめる、冷徹貴族がいた。
受け取れば、殺す。
氷のような視線は、そう物語っていた。
ピキリ、と恐怖で飛びそうだった意識が、戻る。パッと目を開いた。
クリアになった視界に、いつの間にか、完全に私の方を向いたレオルフェスティーノ様がうつった。
ディーフェニーラ様から、見えない位置なのを良いことに、完全に笑顔を消し去っている。いつもの冷淡な表情だ。
ディーフェニーラ様の質問に答えなければと、ハッとする。
私は、体の横につけた拳に力を込める。
握りしめすぎた手からは、何の感覚も感じられなかった。
奥に座るディーフェニーラ様に目を向ける。
貼り付けたような笑顔が恐ろしく見えて、直視することが出来ない。
かといって、質問されているのに顔を逸らすことは、失礼にあたるだろう。
私はディーフェニーラ様越しに、後ろの飾り棚にピントを合わせた。棚の上には、さまざまな動物の置物が並べられている。
「平民の私には、身に余るお言葉です。恐れ多くも、お受けする事は出来ません」
私のおうむ返しを聞いたディーフェニーラ様は、今度は何も答えなかった。
私から視線を外し、執務机の端に積み重ねられた、書類の山をゆっくりと見あげる。
軽く曲げた指先を揃え、ゆるく口元を隠した。
無言の時間が流れる。 ……今度こそ不敬罪?
ディーフェニーラ様に、今からでも、謝った方がいいの?
でも、でも、口を開いたら冷徹貴族に殺される!
どうすればいいのか分からずに、断罪の時を待った。
「……先の政変による、アディストエレンの人材不足は、困ったものだわ。 フィエスリントの末娘か、ブロンキールの長女。側近として迎え入れるのであれば、どちらが宜しいかしら」
唐突に口を開いたディーフェニーラ様は、なぜか側近の話をし始めた。まっすぐに私を見ている。
急に、側近の話?そんなの、私に聞かれても分かんないよ!
「平民のわたくしに」
「さようでございますね。側近として取り上げるのでしたら、 フィエスリントの末娘が宜しいかと存じます。トレナーセン出身ではこちらの生活に、戸惑う事もあるかと存じますが、世渡りにたけていらっしゃる方々よりも、幾分か扱いやすいかと存じます」
私の言葉を遮るように、レオルフェスティーノ様が話し出した。ディーフェニーラ様はコクリと頷く。
「そうね。では、フィエスリントの末娘を側近として迎えましょう。あら、イリスフォーシアとセリノーフォスのすれ違う時が近いようですわね」
「ディーフェニーラ様、セリノーフォスの悲しみは、日に日に彼の足を早めるように感じられます」
「えぇ、そうね。悲しい事だわ。ごきげんよう、レオルフェスティーノ」
話の流れについていけなくなった私を置き去りに、レオルフェスティーノ様は、跪いて最後の言葉を述べた。
立ち上がると、バサリとマントを翻しながら振り返る。スタスタと、私の横を通り過ぎた。
彼の真似をして跪いた私も、慌てて立ち上がる。
縺れる足をなんとか動かして、無事に部屋を脱出したのだった。
お貴族様と、褒賞の示談交渉
平民には辛い口上と禁断症状
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