ポメラアロマの献上
装飾過多な廊下を、レオルフェスティーノ様が、ツカツカと歩いている。
私は口を一文字にギュッと結んで、彼の背中に続く。
速度が早く、早歩きしないとついていけない。
私の後ろには、ロンルカスト様が、一定の距離を空けて続いている。
私が肩で息をし始めた時、やっとディーフェニーラ様の執務室についた。
「ディーフェニーラ様、レオルフェスティーノでございます。只今、参上致しました」
「入りなさい」
ドアフォン通信を介して、扉が開く。
以前見たときと同じように、書類が山積みになった執務机の奥に、ディーフェニーラ様が座っていた。
さっき、ボス部屋まで案内してくれた、ベルセ様もその横に控えている。
レオルフェスティーノ様は、スタスタと部屋に入った。
執務机の前まで行くと、豪華な執務椅子に座るディーフェニーラ様に向かって、サッと跪く。
私も慌てて執務室に入り、レオルフェスティーノ様の後ろに跪いた。
彼なら真似をして片膝をつき、視線を下に落とす。
落とした視線の先に、膝の上に乗せた、自分の指先が見えた。
さっき脅された恐怖で、まだプルプルと小刻みに震えている。
「ディーフェニーラ様、ご無沙汰いたしております」
「レオルフェスティーノ。ごきげんよう」
「アディストエレンにイリスフォーシアの光が満ちる良き日、お会いできて、嬉しゅうございます」
「慈悲深いイリスフォーシアに感謝を。イリスフォーシアの光がよく届いた薬草園では、エーダフィオンの恵みも、大きな実りをもたらしたのではなくて?」
「ディーフェニーラ様のグラーレは、まことに天高く駆けていらっしゃるように存じます。 エーダフィオンは、例年と変わらぬ賜物を、園に授けてくださいました」
「さようでございましょうか、レオルフェスティーノ」
突然始まった貴族言葉の応酬を、私は跪いた体制のまま、じっと聞いた。
よく意味はわからないが、お上品で和やかな2人の会話が流れていく。
私の頭の中では、さっきレオルフェスティーノ様に言われた言葉が、ぐるぐると回っていた。
「……私の命に背いてみろ、 生きてここから出る事は叶わぬと思え」
小さな声だったけど、本気だった。
喋ったら、殺される。確実に、喋ったら殺される。
床の一点ををじっと見つめながら、祈る。
お願いです。 ディーフェニーラ様から、何も言われませんように。 何も、聞かれませんように。
私は空気、透明人間、ただの置物。
存在値よ 薄まれ!
「エーダフィオンの恵により、今年も園には美しいポメラが花開きました。 本日は、ディーフェニーラ様に、ポメラから作成いたしました、アロマを献上したく存じます」
2人の長い挨拶が、終わった。やっと、本題に入ったらしい。
レオルフェスティーノ様が、スッと立ち上がった。
動作に合わせて、白地に金の刺繍が入ったマントが、目の前でふわりと揺れる。
後ろに控えている、ロンルカスト様に、指示を出した。
私も急いで立ち上がろうとする。
ずっと跪いていたのと、焦っていたので、立ち上がる時に少しふらふらしてしまった。転ばないように、グッと踏ん張って耐える。
そんな私の横を、アロマの小瓶を乗せた木の板を持ったロンルカスト様が、通り過ぎた。
レオルフェスティーノ様の横へつくと、跪いて板をスッと前に差し出す。
ディーフェニーラ様の横に控えていたベルセ様が、静かに前に出て、板を受け取った。
ベルセ様は、懐から出した銀の小皿に、アロマを1滴、2滴と垂らし、頷く。
クルッと振り返り、ディーフェニーラ様のもとへ戻ると、執務机の上に、コトリとアロマを置いた。
「どうぞ」
ディーフェニーラ様は、目の前に置かれたアロマの小瓶を、少し眺めた後、手に取る。
小瓶の蓋を開け、顔の前に持っていくと、うっとりとした表情を浮かべた。
「あぁ、これは良い香りね。まるでポメラに囲まれているようだわ」
「ご満足いただき、光栄に存じます」
「春の社交界までに、お願いできますこと?」
「ディーフェニーラ様、僭越ながら、花の命は美しくも儚いものでございます」
「あら、困ったことだわ。 でも、エーダフィオンの恵は、廻りゆくのが宿命。 大きく枝葉を広げた大木さえも、永遠の命を持つ事は叶わないのですもの」
ディーフェニーラ様は手を頬に当てる。
ふぅっと息を吐くと、悲しげに顔を横に振った。結い上げられた暗めの赤髪が、一房落ちて頬にかかる。
ディーフェニーラ様の、残念そうな顔を見て思う。
会話の意味の分からないところが多いが、今のは何となくは雰囲気で分かった。
どうやら、アロマの増産を頼まれた冷徹貴族は、素気無くそれを断ったようだ。
アロマを、欲しいと言ってくれた人は、ロランさんとディーフェニーラ様だけだ。
頑張って作ったのに、店内で冒険者からの評価は散々で、ショックだった。
でも、ディーフェニーラ様は、もっと欲しいと言ってくれた。
やっと認められた気がして、かなり嬉しい。
嬉しい…… けれども、これ以上、危険な貴族とは関わりたくはない。
これまで、寿命が縮むような思いを、何度もした。
今回だって、口を開いただけで殺すぞ、と理不尽に脅されているのだ。
私は、レオルフェスティーノ様がディーフェニーラ様の申し出を断ったことに対して、残念と安心が入り混じった、何とも言えない気持ちになった。
それにしても、レオルフェスティーノ様は、「花の命は短いから、アロマの増産は無理だ」と言っていたが、ポメラの咲く時期は、そんなに短いものなのだろうか?
採取すればするほど増える、不思議花だ。
頑張って摘めば、アロマを沢山作ることもできそうなのに。
……もしかして、平民の私を、早く貴族区域から追い出すためかもしれない。
アロマを作るとなると、平民街へは持ち込めないポメラを加工する為に、私はまたここへ通わなければならない。
でも冷徹貴族は、これ以上私に、塔内をうろついて欲しくない。
だから、適当な理由をつけて断ったんじゃないか、と思う。
私のこと凄く嫌ってるし、ありそうだ。
「……ロンルカスト、ここに」
「はい、レオルフェスティーノ様。」
レオルフェスティーノ様は、振り返るとロンルカスト様に、再び指示を出す。
その時、前に立つレオルフェスティーノ様の表情が、チラッと見えた。目を細め、口元は柔らかい弧を描いている。
私は、初めて見るレオルフェスティーノ様の笑顔に、目を丸くする。
……この人、笑えたんだ。
エルフよりも、表情筋死んでるのかと思ってた。
たが、一見、柔らかな笑顔だけれども、細めただけの目の奥の蒼い瞳が、笑っていない気がした。
いつもの仏頂面も殺人級だが、笑顔も恐ろしいとは。もう、顔面凶器じゃん。衝撃で脳裏に焼き付いてしまった。
……夢に出てきたら、どうしよう。
チンプンカンプンな貴族の会話に置いてきぼりになった私は、緊張のせいもありこの場から半分意識を飛ばしながら、今夜の夢見を心配したのだった。
存在値が薄まる魔法は、どこの賢者に聞けば教えていただけるのでしょうか?
ボスに怒られそうな時とか、面倒な人に捕まりそうな時とかに使いたい。
習得したら、結構な頻度で使い倒すので、レベ上げ早そう。
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