最後の登城
貴族区域の疲れから熱を出した私は、2日間寝込んだ。
2日間といっても、熱は1日で下がったので、2日目はベッドでゴロゴロしていただけだ。うん、至福の時間だった。
店長から「念のため休養しな」と、命があってのことなので、決してずる休みではない。
3日目の月の日に出勤した私は、病み上がりだったが、1日のんびりと休みを満喫したおかげで、普段よりも調子が良かった。
それで、絶好調とばかりに回復薬作りを勤しんだのだが、調子とは裏腹に結果が全くついてこない。
この4日間で10本作ったが、成功したのは1本だけだった。
そして今、11本目の廃棄認定を受けた。
全く上達する気配のない回復薬作りに、私のやる気は急降下している。
「明日、ディーフェニーラ様にアロマを渡したら、もう貴族区域に行く必要は無くなります。 だから回復薬作りも、こんなに根詰めてやらなくても、いいのではないでしょうか?」
そんな念を込めた視線を、奥で在庫チェック中の店長に飛ばした。
店長は私の視線に気づくと、パシロンの花を数えていた手を一瞬止め、半目で私を凝視する。
「あんた、やり始めた事を途中で投げ出す気かい?」
粘度の高い視線は、そう物語っていた。諦めて店長から視線を外す。
むむぅーー、店の表で店番してるサルト先輩が羨ましい。
私もカウンターでのんびり日向ぼっこしたいよー!
視線のみでの交渉に失敗した私は、薬研にナロールの根を入れ、八つ当たり気味にゴロゴロとすり潰した。
翌日、水の日の朝、二の鐘の音ともに起きると、いつもより丁寧に顔を洗い髪を整えた。
対貴族用に任命した、持っている中で1番ましな服に着替える。
ラスト貴族区域に向けて、気合は十分だ。
サクッとディーフェニーラ様にアロマを渡して、おっかない貴族の住処から、金輪際おさらばしなければならない。
まだ時間があるので店に降り、昨日やりかけだった、ナロールの粉砕の続きを行う。
三の鐘が鳴り少しすると、いつもの常連さん達がやってきた。
「ミアちゃん、迎えにきたぜー?」
「はーい! 今、行きます!」
粉々にしたナロールを、パパッと袋に詰める。使っていたマイ薬研を、調剤スペースの端にぐいぐいと寄せた。
蒸留機やら天秤やらで、私の調剤スペースはかなりカオスな状態になっているが、気にしたら負けである。
ナロールをいれた袋を、ポイッと薬研の横に投げると、急いで常連さん達の元へと向かった。
「ミアちゃんの見送りも今日で最後かー。あっという間だったなぁ」
「そうですね。本当に、ありがとうございました!」
「おうよ。 そういえば、護衛代貰ってなかったな? 俺のは高いぜー?」
「えっ? 夕食代減らして払うので、分割払いでいいですか?」
「ハハハッ! ミアちゃん、俺たちはそこのケチ野郎と違って、無料だからな。パルクスへの支払いは、ギルドのロランに相談しといてやるよ?」
「おい、フロガー! ロランにいうなよ! あいつが聞いたら、めんどくせーことになるだろ!」
「あーあ、何年払いになるんだろう……。 明日から一日一食にしなきゃです」
「ミアちゃん! 冗談だって、金なんか取らないよー!」
ワイワイと話しながら歩いていると、あっという間に平民街と貴族区域を分ける白壁に着いた。
「皆さん、それでは、行ってきます!」
見送ってくれた皆んなに、そう言い残し、門を守る騎士のもとへ向かう。
今回も事前に先触れを伝えていたので、騎士はスムーズに案内してくれた。
溶けるように開いた白壁を抜ける。見慣れた不思議な馬車に乗り込み城へと向かった。
ガタゴトと進んだ馬車が止まったのは、いつもの黒扉が待ち構える東の塔ではなかった。貴族区域に初めて入った日、ディーフェニーラ様に召喚を受けた日に見た場所だ。
たった1ヶ月前のことを、懐かしく思い出す。あの時は、緊張と恐怖でいっぱいだった。
この扉を入ったら、もうここから生きて出ることはできないと、覚悟していたのだ。
感傷に浸りながら馬車から降りると、ロンルカスト様ではなく、ベルセ様が迎えてくれた。
以前と同じ、ヒラヒラとした深緑の服を着ている。
私は自分のペラペラの服が恥ずかしくなって、ピッピっと後ろ手で皺を伸ばした。
「ミア様、お待ちしておりました。此方へどうぞ」
「ベルセ様、ありがとう存じます」
ベルセ様に続いて城の中へ入る。
前に来た時は、周りを見る余裕もなかったので気づかなかったが、入り口の扉はこれでもかと金の装飾がなされていた。
壁や廊下にずらっと並んだ棚も、豪華な造りだ。
どこを見ても贅沢な飾りと、ゴテゴテとした置き物が並んでいる。
キラキラ、ギラギラしていて、いかにも領主一族が住んでいます! って感じだ。あの冷徹貴族がいる東の塔とは、全く違う。
あそこの扉は真っ黒だったし、廊下には変な鎧まであった。まるでお化け屋敷だ。
廊下も全体的に暗い雰囲気で、ドラキュラの館です。って言われても納得できる。
少しはここのセンスを、見習った方がいいんじゃない?
冷徹貴族のナンセンスに、心の中でダメ出しをしていると、ベルセ様がある部屋の前で止まった。
「恐れ入ります。少々、此方でお待ち下さい」
案内されるがままに、待合室へと足を踏みいれる。
中に入ると、此方を睨み付ける、蒼色の瞳と目があった。
ひぃぃっ!!!!
殺人級の視線を受けて、悲鳴を上げなかった私を、誰か褒めて欲しい。
「レ、レオルフェスティーノ様、本日はお時間をいただ」
「これ以後、口を開く事を禁ずる。 ……平民風情と言葉を交わすなど、不快だ」
震える声でなんとか挨拶をしようとすると、突然の閉口令を敷かれた。私は口をギュッと結び、コクコクと首振り人形のように頷く。
「よいか、ディーフェニーラ様に何か聞かれたらこう答えよ。“平民の私には、身に余るお言葉です。恐れ多くも、お受けする事は出来ません” だ。いくら迂愚とて、そのくらいはできるだろう。言ってみろ」
「平民の私には、身に余るお言葉です! 恐れ多くも、お受けする事は出来ません! 平民の私には、身に余るお言葉です! 恐れ多くも、お受けす」
「もうよい、やめろ。何を言われても、そう言え」
レオルフェスティーノ様は、直立不動で頷く私を、最後にギッと睨みつける。
「私の命に背いてみろ。生きてここから出る事は、叶わぬと思え」
呟くように、しかしはっきりと言い捨てると、部屋を出て行く。
後ろに控えていたロンルカスト様に促され、私は慌てて後を追う。恐怖で固まっていた体を、ブリキ人形のように動した。
前を歩く冷たい背中には、暗い銀色の長髪が、揺れていた。
開けたらボス部屋でした。
ラスボスの扉は、黒色とは限らないのです!
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