閑話6 ある薬屋店長の平穏(後)
「ミグライン店長、先輩方、こんな私を受け入れてくれて本当にありがとうございました。私、ここで働けて本当に良かったです」
貴族からの召喚令を受けた日、あの子は目に涙を一杯に浮かべながらそう言った。私を見上げた拍子に、金色の髪がサラリと揺れる。
まるで、今生の別れを悟ったかのようだった。
体の横につけた小さな拳を握りしめることで、フルフルと震える体を少しでも落ち着かせようとしているあの子に、私はかけてやるべき言葉が見つからず、声をつまらせた。
私が彼女の出自に思い至ったのは、召喚状を受け取った明くる日だった。あの子が持つ不思議な空気は、昔会った貴族が纏っていたものと同じだ。
昔、貴族の機嫌を損ねたある村が、一瞬にして消滅したのを、目にしたことがある。恐ろしい程の個の力と、冒険者とは全く違う戦い方だった。
その雰囲気や、使う技術も全くもって異なっていたので、本当に貴族とは平民街の人間と同じ種族なのかと、目を疑ったものだ。
あの子には恐らく、貴族の血が流れている。
粛清にあった、貴族の末裔なのだろう。あの子の両親か、もっと上の世代かは定かではないが、彼らは処刑を逃れるために平民街へと流れたのだ。
もしくは、妾の子か何かで、貴族街に置いておけないと、外に出されたのかも知れない。
山奥でこっそりと身を潜めながら今日まで暮らし、あの子を育てたに違いない。
あの子の纏う独特な空気感、丁寧な言葉遣い、能力、妙な事を思いつく発想力、また平民街での知識不足、これら全てに説明がつく。
貴族に関するとこを知らなかったのは、自分の本当の出自に気付かせないように、わざと情報が隠されていたのかも知れない。
という事は、本人もまだ、自分の本当の身分に気付いていないのだろう。
なんという事だ。私がもっと早く、この事実に気がついていれば。万が一にでも、貴族に気づかれないように、目を光らせ、店番などやらせていなければ。そうすれば、そうすれば、あの日店にきた3人の貴族に、あの子の正体がバレる事は無かっただろう。
私は、悔やんでも悔みきれない思いに、押し潰されそうになった。
その後、私なりに色々と動いてみたが、平民の身分で貴族に対して出来ることなど、たかがしれていた。弟子1人も守れない、自分の無力さが憎い。
打つ手がないまま、運命の水の日になった。あの子が貴族区域へと旅立って行ったあの日、店はいつもと違う静けさに包まれていた。
私も想像に容易い平民落ちした貴族が受ける裁きのことが頭によぎり、全く仕事が手につかない。
あの子が遺していったヤゲンのゴリゴリという音だけが、調剤部屋に虚しく響いていた。
5の鐘が鳴り、陽が傾いてきた頃、冒険者に抱き抱えられてあの子は帰ってきた。綺麗な亡骸だった。
あの子に
「よく帰ってきたね、ミア」
自責の念に駆られながら、まるで生きているかのようなあの子に、声をかける。
「ただいまー」
その亡骸は半目を開き、気の抜けた声で返事をしたのだった。
次の日、あの子は旅立つ前はあんなに必死で堪えていた涙を、あっさりと流した。大決壊だった。
突然のことに戸惑ったが、店の表からサルトがサッと飛び出してきて、適切に対処していた。
私はあの子に、回復薬の作成方法を伝授することに決めた。
今回は運良く助かったが、今後、貴族街に取り込まれる事は、避けられないだろう。
どれだけ役に立つかは分からないが、私がしてやれる事など、このくらいしかない。
「回復薬の作り方を教える」と、伝えると、「店長が直々に教えてくれるんですか!」と、あの子は危機感のない呑気そうな顔で大層喜んでいた。
秘術である薬の製法は、一対一で教えるのが基本だ。何を言っているんだと首を捻ったが、あの子には教育係をつけていたのを忘れていた。
どう考えても手が掛かりそうだと思ったので、少し前に入ったサルトを、特例で世話係に任命したのだ。直感的に思い立ったのだが、私は自分の勘には自信がある。
その証拠に二階に住み始めて間も無く、スライムオイルのことで騒ぎたてるあの子を、サルトが宥めていた。
あの時私は、自分の判断が間違っていなかったと確信した。
ついこの前も、自分で作ったヤゲンを膝に落として、床をのたうちまわっていたが、サルトが迅速に薬を飲ませていた。
あの時私は、自分の判断が大正解だったと確信した。
他の従業員とは直で師弟関係を結んでいるが、彼女にその事を教える必要はないだろう。
とにかく、勤め始めて一年も満たない見習いに回復薬の作製方法を教えるなど、前代未聞だ。
当初は殆どの作業を私がやり、煮詰めや粉砕などのサポートをさせる予定だった。だが、一連の流れがわかるようにと、2度ほど回復薬を作って見せた後、あの子は一から全部を一人で調合しようとした。
やる気があるのはいいことだ。だが、回復薬を作製するには、スキルも時間も足りないだろう。
材料の量や、煮詰める時間の感覚を習得するためには、それなりの時間がかかる。
私が付きっきりで指導して、それでも何度も何度も失敗しながら、体に叩き込むのだ。初めから全て自分で行うなどとは、あまりに無謀だ。
自分で気づき、根をあげるのを待っていたが、あの子はまた妙な道具、ハカリをザリックに頼んで作った。
暫くはうんうんと唸りながら、ハカリをいじり失敗を重ねていたが、ある日、本当に回復薬の作成に成功してしまった。
「カゴの下に、真っ直ぐで薄い木材を何枚も重ねて置いて、それで両カゴの平衡を確認するのが鍵だったんですっ!!」
本人は興奮しながら騒いでいたが、私達はそれどころではなかった。いつもカウンターの端で回して遊んでいた、スライムオイルの入った瓶も、時間を測るものだったらしい。
この短期間で回復薬の作製に成功するなど、末恐ろしいことだ。
驚愕する私達を尻目に、本人は一頻り騒いだ後、「ダリツイチワリ、また夕食が」と、下を向きながらブツブツと、よく分からないことを言っていた。
あの日、改めて鑑定石に手を触れさせてみたが、薬師スキルの発現は、ないままだった。
本当に不思議な子だ。
何の反応もない鑑定石を見つめながら、私は独り言ちたのだった。
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私は無意識に見つめていた、調剤部屋の片隅に置かれた鑑定石から、目を離す。少し、考えに耽ってしまった。
陽も、真上からかなり傾いている。五の鐘が鳴ってから、随分とたったようだ。
いつもより、帰りが遅いのではないだろうか。
あの子が貴族区域に行くのは、今日でもう4度目になるが、慣れる事はない。弟子達も気になっているのか、調剤する手の集中が切れはじめている。
その時、ザワザワと話し声が外から聞こえた。送り迎えに付き添っている、冒険者達の声だ。
私は、店の表へと向かう。そこには、冒険者達と見覚えのあるギルド職員、そしてそのギルド職員にしがみ付き、泣きじゃくるあの子がいた。
良かった。今日も無事に帰ってきた。
私はしゃくり上げるあの子の声を聞きながら、愁眉を開く。何で泣いているのかは分からないが、これの対処法は、先日習得した。
小綺麗な布を探すためにクルリと後ろを向き、私は颯爽と店の奥へと向かったのだった。
店長から回復薬の作り方を教えてもらっているミアを、サルトは羨ましそうに見ています。
勿論ミアは、気付いておりません!
お読みいただきありがとうございます。
もうすぐ初投稿から1ヶ月がたちます、なんだかあっという間でした。
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