表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/229

涙の帰還



「はぁ、もう良い。これ以上、其方と無益な時間を消費する暇などない」



 レオルフェスティーノ様は、視線を執務机に落とした。額に右手を当てると、そのまま顔にかかった銀色の前髪をクシャリと掻き上げ、長めのため息を吐いた。


 か、勝った!? はぁっ、はぁっ、

 私は無意識に止めていた息を、吐き出す。血液が、ぐるぐると体中を駆け巡っている。

 気を抜くと、グラリと倒れてしまいそうだ。浅く呼吸を繰り返しながら、息を整える。



「さっさと本題に入れ、精油はできたのか?」


「あ、は、はいっ! こちらに!」



 両手で握りしめていたポメラアロマの小瓶を、ズイッと前に差し出すと、ロンルカスト様がスッと前に出てきて、私の手からアロマを受け取った。

 懐から出した銀の小皿で毒鑑定をして、レオルフェスティーノ様に渡す。

 クルッと回り控えていた扉の方へ戻る際、彼はブラウンの瞳で私をチラッと見ながらその視線を左奥に泳がせた。


 ん? なんだろう? 

 ロンルカスト様が示した視線の先を見ると、台の上にポメラウォーターの大瓶が置いてある。あ、完全に忘れてた。



「レオルフェスティーノ様、ポメラのアロマと共に、ポメラウォーターも献上したく思います」


「ポメラウォーターとは何だ?」


「ポメラアロマの、副産物でございます。ポメラの香りを移したお水ですので、お料理やお菓子などにお使いいただけます」


「ふむ」


「微量の甘味がございますが、そのままお飲みになる場合は、少量の蜜を加えていただくと、飲みやすくなるかと思います」



 ロンルカスト様がアロマと同じようにポメラウォーターを献上する。レオルフェスティーノ様は、アロマの瓶を手に取り、その横のポメラウォーターをジッと眺めた。反対の手の指先は机の上で、タカタン、タカタン、と先程と同じリズムを鳴らしている。考えるときの癖なのかもしれない。


 無言の時間が流れていく。


 あ、あれ? なんで、何も言わないのだろうか。心に灰色の不安が溜まっていく。


 もしも、もしもだけど、さっきの仕返しで、「こんなものディーフェニーラ様には渡せない」と、言われたら?

 もしそう言われたら、私はディーフェニーラ様にアロマを献上する事ができなくなる。献上すると宣ったものを、やっぱり出来ませんでした、すみません。と言って平民の私は許されるだろうか?



 顔から、血の気が引いていくのが分かった。私の頭の中が、不穏な未来でいっぱいになった頃、沈黙を破ったのはレオルフェスティーノ様の言葉だった。



「ふむ、これは私が一旦、預かる。次の水の日、ディーフェニーラ様に献上する。其方も登城するように」



 た、助かった。人心地もなかった状況から、解放された。


 ほぅっと息をついたが、はたと思う。

 あ、次の水の日に献上? 来週、ディーフェニーラ様にポメラウォーターを渡す?


 まずい。大瓶は熱湯殺菌済みだが、これには防腐剤も何も入っていない。賞味期限は1週間くらいだろう。ギリギリセーフだが、その日のうちにこの大量のポメラウォーターを使い切れるとは思えない。

 それに、献上したものを、「賞味期限は本日中です」というのも、失礼に当たるのではないだろうか。



「恐れながら申し上げます。ポメラウォーターを、安全にお召し上がりになることができる期間は、次の水の日まででございますので」


「問題ない。時間の無駄だ、退がれ」



 私は口を噤んだ。お貴族様が白だと言ったら、黒でも赤でも白なのである。私の目が曇っているだけなのだ。

 ディーフェニーラ様がお腹壊しても、責任とれとか言われないよね?


 心配になったが何かあった時は、レオルフェスティーノ様に期限のことは伝えた、と主張しよう。私、ちゃんと言ったもん!


 レオルフェスティーノ様に退出の挨拶をして、そそくさと部屋を出る。本日も無事にボス部屋を脱出できた。大勝利である。



 帰り道、城の廊下を先導して歩くロンルカスト様の足取りは、いつもより早かった。歩幅の小さい私は、早歩きをしないと彼について行けない。

 それに、いつもは何か話をしてくれたり、後ろを振り返って私を気遣ってくれたりするのに、今は無言でただ前を向きながらズンズンと廊下を進んでいる。


 憂鬱だったレオルフェスティーノ様との面会が終わり、鼻歌を歌い出したいほど高揚していた私の気持ちは、シャボン玉が弾けるように散っていく。揺れる青髪と、深緑の側近服の背中を見ながら思う。さっき口を出したのは、差し出ましかっただろうか。


 つい、ロンルカスト様が私のせいで罰を受けてしまうのでは、と不安になり飛び出してしまったが、よく考えれば、彼はレオルフェスティーノ様の側近だ。

 自分が仕える主にたてつくものに、良い気分はしないだろう。


 平民の癖に口を出して、ましてはレオルフェスティーノ様の機嫌を損ねてしまった。「平民如きが領主一族に牙を向くなどとは、なんておこがましい」と、怒っているのかもしれない。



 なんて、考えなしだったんだろう。ロンルカスト様も平民に余計なことされて、迷惑だっだろうな

 私は俯きながら、自分の愚かな行動を後悔した。



「またの御登城を、お待ちしております」



 ロンルカスト様は、いつものように馬車まで見送ってくれたが、いつものように私と優しいブラウンの瞳を合わせることはなかった。腰を折ってお辞儀しているので、顔色を伺うこともできない。


 私はしょんぼりと、馬車に乗り込む。

 ガタゴトと動き出す馬車の窓から後ろを振り返って見ても、彼は頭を下げたまま、最後まで顔を上げることは無かった。




 ガタゴト



 ガタゴト



 ガタゴト




 馬車が、平民区域と貴族区域を分ける白壁に着く。

 門が開くと、常連さん数人と、ロランさんが立っていた。



「うぅ、うっ、わぁあん! ロラン、さん!」



 優しく接してくれたロンルカスト様を不快にさせてしまった後悔、ボス部屋での緊張、知らない貴族からの攻撃、不安と緊張の糸が切れた私は、ロランさんに抱きつき号泣した。


 ロランさんは飛び込んできた私にびっくりした後、ギュッと抱きしめてくれた。「よしよし、よく頑張ったね」と、私の頭を撫でる。


 暖かい温もりと、優しい言葉に安心する。久しぶりに会ったロランさんからは、前に渡したモルテのアロマとは違う、甘くていい香りがした。



夜寝る前に、その日のことを思い出して、自分の行動に後悔することってありますよね。

あの時もっと上手な言い方があったのではないか、とか私の言葉で相手を嫌な気分にさせたかもしれない、とか思考がぐるぐるします。・・・そうです、我こそはあの有名な、寝る前ネガティブ思考マンなのです!




お読みいただき本当に本当にありがとうございます!

次回は明日の夜、更新したします。

弟子に面倒事を押し付けた、危機察知能力の高いあの人のお話です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ