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城の汚れ



 テクテクと、殺風景な東の塔の廊下を歩いている。

 前を歩くロンルカスト様の華奢な背中を見ながら、ため息をついた。はぁ、憂鬱だ。


 今から、冷徹貴族のもとへ、行かなければいけないからだ。精霊の話を聞きながら、作業をすること鐘一つ分弱、ついにポメラのアロマができた。

 これをディーフェニーラ様へ献上して終わりかと思ったが、待ったがかかった。


 なんでも、レオルフェスティーノ様の管理区域で作ったものなので、一度レオルフェスティーノ様に見せる必要がある。

 彼の許可を得た上で、ディーフェニーラ様へ献上しに行かなければいけないらしい。貴族の手続き、面倒くさい。


 そんなわけで、冷徹貴族の部屋へ行くために、歩きたくない廊下を歩いている。



「本日は先触れも出していませんし、また今度に」


僭越(せんえつ)ながら、先程私の方で先触れをお出しいたしました。問題ございません」



 レオルフェスティーノ様に会う心構えのなかった私は、ささやかな抵抗をしてみた。だが、出来る側近ロンルカスト様はサラリと青髪を揺らしながら、私の言葉を遮る。柔らかな笑顔の前に、私の抵抗はあえなく失敗した。


 さっき、蒸留機を片付けている間、ロンルカスト様が一瞬部屋を出たけれど、あれは先触れを出しに行ってたのか。やられた!


 退路を塞がれた私は、彼に導かれるままに、背中を丸めて城の廊下を進んでいる。

 副産物である、大量のポメラウォーターは、ロンルカスト様が代わりに運んでくれた。中身のたっぷり詰まった幾つもの大瓶をひょいっと持ち上げ、軽々と持って歩いている。細身の体型にも関わらず、意外と力持ちなようだ。


 私は、出来立てほやほやのポメラアロマが入った小瓶を、手に持っているだけ。荷物は軽いはずなのに、足取りは重い。


 はぁ、行きたくないよ。


 自然と視線が、下を向いてしまう。


 また、嫌味の数々を言われるのだろうか。

 私だって、望んで貴族区域にいるわけではない。貴族の気分次第で、平民の私など簡単に殺されてしまうような恐ろしい場所だ。誰が好き好んで来たいと思うだろうか。


 ディーフェニーラ様の要望でアロマを作ることになった。

 私には拒否権なんて、無かったのに。


 欝々(うつうつ)たる思いを抱えて歩いていると、先に角を曲がったロンルカスト様が立ち止まった。下を向いていて、注意散漫だった私は、彼の背中にぶつかってしまった。


「わぁっ! 申し訳ございません、ロンルカスト様」


「ふん、穢らわしいな」



 聞いたことのない声が聞こえて、目を上げる。ロンルカスト様の前には、恰幅のよい男性が立っていた。50代くらいだろうか、濃いブラウンの髪と同じ色の軽蔑しきった目で、私を見下ろしている。



「御目汚しを、大変申し訳ございません」



 即座に、廊下の端により頭を下げた。怖くて、目線をあげられない。私に嫌忌(けんき)の念を持っているのが、はっきりと分かった。

 怖い、怖い、怖い、貴族怖い。



「失礼ながら申し上げます。ミア様は、レオルフェスティーノ様の訪客でございます」


「平民を城にあげるとは、さすがは東の塔だな」



 そう言い捨てて歩きはじめた彼は、私の横を通り過ぎようとした。頭を下げたまま下を向いている私は、彼の金ピカの靴が、私の前を通り過ぎるのを息を殺して見守る。その瞬間、ロンルカスト様が動いた。



「オローディオ!」



 目の前を、眩しい光が走り抜ける。突然の光に驚き、私は反射的に目をギュッと瞑った。


 何が起こっているのか分からなくて混乱する。

 瞼の裏にうつる光が落ち着いた後、恐る恐る目を開いた。ロンルカスト様は私の前に立ち、いつの間にか持っていた杖を濃いブラウン髪貴族に向けていた。腕に抱えていたはずの大瓶達は、なぜか廊下の端に並べられている。


 ロンルカスト様の持つ杖の先からは、透明なバリアのようなものが出ていた。貴族と私達の間を遮っている。

 空間が歪んでいるように見えた。バリアに何か液体が、かかっているせいだ。



 私、攻撃されて、ロンルカスト様が守ってくれたんだ。

 理解した途端、怖くて体が震えてくる。



「フォンルーブル様。これはレオルフェスティーノ様への攻撃と捉えて宜しいでしょうか」


「何を言う。私は城の汚れを、落とそうとしただけであろう?」



 床に唾を吐くようにそう言うと、彼は右手に持っていたコップのようなものを胸元へしまい、何事もなかったかのようにスタスタと去って行った。

 ロンルカスト様は、暫く(しばら)杖を構えた体制のまま彼が去って行った方を睨んでいたが、足音が聞こえなくなると静かに杖を消した。



「ミア様、まさか塔内でこのような事をするものがいるとは、、。いえ、行き届かず、大変申し訳ございません」


「とんでもありません、ロンルカスト様。守っていただき、本当にありがとうございます」



 ぐるりと振り返り、悔しそうな顔で謝罪をするロンルカスト様に、私は心からお礼を述べた。


 震えは、まだ止まらない。何をかけられそうになったか分からないが、体に良いものではないことは分かる。

 硫酸とか? もしあれがかかっていたら、顔が溶けていたかもしれない。


 突然襲われるなど、予想もしていなかった。まだ心臓がバクバクしている。


 何度か深呼吸して落ち着くと、ロンルカスト様に、「もう大丈夫です」と、笑顔で伝えた。

 ロンルカスト様は床の大瓶を抱え直し、ゆっくりと歩はじめたが、時々私をチラリと振り返っては、心配そうな顔をする。私も、角を曲がるたびに少しびくびくしてしまったが、その後は何事もなく、黒い扉の前についた。


 ふぅ、着いた。いや、着いてしまった。

 ラスボスに辿り着く前に、私のHPは瀕死である。物理攻撃をしてくる中ボスがいるなんて聞いていない。一旦セーブして電源を落としたい。


 私の願いも虚しく、水晶でのドアフォン通信を経て、黒い扉がギギッと開いた。


 扉の先の執務室では、ラスボスが最高に機嫌の悪そうな顔で迎えてくれた。執務机の両側には書類が山積みとなっている。今日も側近はいない。広い部屋にはラスボス一人だが、圧迫感で溢れかえっている。

 私が部屋に足を踏み入れるとすぐに、腕を組んで執務椅子に座るレオルフェスティーノ様は口を開いた。低い声が端的に響く。



「ロンルカスト、報告しろ」


「はい、レオルフェスティーノ様。先程、東の塔内、廊下にてフォンルーブル様より不意の攻撃を受けました」


「続けろ」


「オローディオにより防ぎましたので、ミア様には届いておりません。恐らく、クリーニかと思われます。」


「そうか」



 組んでいた腕を解いた冷徹貴族が、右手を執務机に置いた。タカタン、タカタン、と指先で、硬い机を叩く音だけが部屋に響く。


 雰囲気は、かなり悪い。ロンルカスト様を見るレオルフェスティーノ様の目つきは、報告を受けるごとに更に険しくなっていった。


 蒼い瞳に含まれる険の量が増すのを見ながら思う。これは、もしかしてロンルカスト様が、罰を受けてしまうのではないか。私の世話係を任されたのに、失態を犯したという扱いになってしまうのでは。

 背中に冷や汗が流れる。治まったはずの心臓が、またバクバクしてきた。


 平民だからと見下す事なく、いつも優しく丁寧に接してくれたロンルカスト様が、私のせいで窮地に立っている。さっきだって守ってくれた。今回の件は、彼にはなんの非もないのに。


 私なんかの世話係になったせいで、どうしよう、どうしよう、私のせいだ。


 私は決心して口を開く。



「ロンルカスト様は、わ、わたくしを守ってくださったのです」


「口を開くな」


「わたくしには、い、一滴も、かかっておりません!」


「其方は、耳が聞こえぬのか?」


「わ、わたくしには、なんの被害もございませんでした! フォンルーブル様は、城の汚れを落とそうとしただけなのです!」


「自分の立場も弁えられぬほど、愚かであったとはな」



 静かな言葉とともに、冷たい蒼い瞳にギロリと睨まれる。ロンルカスト様から顔の向きを私に移したことで、レオルフェスティーノ様の後ろに流していた黒みがかった銀色の長髪が、サラリと前に落ちる。


 刺すような視線から、私は必死で目を逸らさないように耐えた。ここで逃げるわけには、いかないのだ。




蟻が象に噛みついたようです。

大きな象も蟻の大群にはなす術も無く・・・え? あ、単騎ですか、そうですか。




初めてブクマ数が、話数を超えました!

とても嬉しいです! 感激です!!

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

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