ピカピカの蒸留機
「ごめんなさい。ロランは今日、お休みなの」
お昼の休み時間を使って、ギルドに顔を出してみたのだが、ロランさんはいなかった。休憩中かもしれないと思い、念のため顔なじみのない紫髪で長身の受付お姉さんにも聞いてみたが、やっぱりお休みのようだ。
「そうですか。ありがとうございます」
お姉さんのたわわな部分を凝視しながらお礼を言った。
ロランさんといいこのお姉さんといい、このギルドの受付の採用条件には巨乳の項目でもあるのだろうか。それともギルド長の好み? この前ギルド長室で会った体調の悪そうな男性を思い浮かべて、ベーッと舌を出した。全然羨ましくなんかないし!
最近ロランさんがギルドにいないことが多いって、アトバスさんが言ってたけど、本当に休みがちなんだ。
体調悪いのかな、大丈夫かな。ロランさんを心配しながらとぼとぼとギルドの入り口に向かうと、ちょうど同じタイミングでギルドを出ようとしていたパルクスさんに声をかけられた。
「お! ミアちゃん、久しぶり。薬屋に戻るなら、途中まで送ってくぜー? 今からザリックのとこに、武器の手入れを頼みにいくんだ」
パルクスさんは腰につけた剣をポンポンしながら話す。
いつの間に装備を新調したのか、ボロボロの皮の胸当ては新しいものになっていた。ところどころ銀ギラ装備も混じっていて、アトバスさんの装備と混ざったような印象に見える。2人は冒険者としてパートナーを組んだって言ってたし、お互いに良い影響を与え合ってるのかな?
装備は新しくて綺麗だが、くしゃっとした赤茶髪と無精髭はそのままだった。
「あ、それなら、私もザリックさんに用があるので、一緒に工房に行きたいです」
ピカピカ新装備のパルクスさんに同行を願い出て、一緒に工房まで歩く。道すがら、パルクスさんがザリックさんについて話してくれた。
ザリックさんは、元冒険者だそうだ。
冒険者として進む中、かなり危険な目に遭い、いかに日頃の武器の整備が大事かを、思い知った。そして冒険者の命とも言える、武器の手入れをする職人の大切さと、職人魂に魅了され、迷う事なく冒険者から職人の道に転身した、異色の経歴の持ち主らしい。
冒険者から職人になるのは、かなり異例のことだったようで、
無理を言って弟子入りした工房でも、周りから白い眼で見られたり陰口を言われたりと、色々と苦労をしたそうだ。
だが、もともとの凝り性で細かい性格が職人の適正とマッチし、また本人の冒険者業で培った根性と、努力の成果もあり、グングンと頭角を現した。ハンデを乗り越え、親方にも実力で認められる。遂に、店を持つまでに成り上がり、今ではザリックさんの工房は、冒険者達からの絶大な人気を誇っている。
冒険者にとって、どれほど武器が大切かを知っているザリックさんは、武器の整備に一切の手を抜かない。この真摯な仕事ぶりと、確かな実力に、彼らは惚れ込んでいるのだ。
「ザリックさん、見た目が冒険者っぽいなって思ってたんですけど、本当に冒険者だったんですね」
「あぁ、ランクもそれなりに高かったって噂たぜー?」
「その辺の冒険者より、強そうですもんね」
「毎日、あれでどやされてる弟子達は、可哀想だよな?」
「え? ザリックさん、怒ったりするんですか? いつも、ニコニコの笑顔ですけど?」
「はぁ? あぁー、なるほどな。弟子達が言ってたホーマの女神っていうのは、ミアちゃんのことか」
「え? なんて言ったんですか?」
ククっと笑いを堪えながら言ったパルクスさんが、聴き慣れない単語を言った。聞き返しても教えてくれない。わざとらしく話を逸らしてきた。
「ミアちゃん、ザリックに、いつも何頼んでるの?」
「えっと、スライムオイルを入れた二つの瓶を、くっつけて貰ったり?」
「スライムオイル! の、瓶!」
堪えきれなくなってアッハッハ! と、装備をガチャガチャと揺らしながら大声で笑い出したパルクスさんは、工房に着くまでの間、もう何を聞いても笑うばかりで教えてくれなかった。パルクスさん、感じ悪い!
「嬢ちゃん、例のやつ、今日中には出来るから、明日にでも取りにおいで。」
工房についた。ザリックさんは私をみるといつもの笑顔で迎えてくれる。
隣のパルクスさんを見ると、ニヤニヤとしながら腰の剣を外し、整備をザリックさんに頼んでいた。
むむっ!なんか、小馬鹿にされてる? ちょっと悔しかったので、この前、不穏な情報を私に通報してくれたお弟子さんに声をかけた。辛子色の髪に大柄な体で、確かアズールって呼ばれてたのを聞いたことがある。
「こんにちは、アズールさん。この前教えてくれた、幼女趣味の不審者って、あの人じゃないですか?」
「ちょ、ちょっと、ミアちゃん!??」
アズールさんは、パルクスさんを見てハッと目を見開いた後、ブンブンと首を大きく振って否定した。パルクスさんも慌てて周りに弁明している。
ふふん。仕返しを成功させた私は、溜飲を下げた。
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月の日、工房に新品の蒸留機を受け取りに行き、例の如くサルト先輩に運んでもらう。
ちょっと遠回りして、貴族壁の白門まで行き、水曜の4の鐘で参じる旨の先触れを門の騎士にお願いした。
「こんなのも、持っていく予定です」
「平民街から持ち込むには、事前の精査が必要だ」
先ぶれついでに新作蒸留機のお披露目をしたら、なんとそのまま怖そうな騎士達に没収されてしまった。
うー、私のピカピカ蒸留機が! さっきザリックさんから受け取ったばっかりなのに! 薬屋で試運転しようとウキウキしていたのに、ひどいっ!
新しいおもちゃを親に取り上げられた子供の気分だ。ガックリとうな垂れた私はサルト先輩の流し目に慰められつつ薬屋に帰る。しょうがなく調剤部屋で、ちっとも上達しない回復薬作りに精を出したのだった。
そして憂鬱な水の日が、またやってくる。
常連さん数名に見送ってもらい白壁を抜け、貴族区域に入った。
「お待ちしておりました。蒸留機は、お部屋にお運びしてあります」
「よかったです。安心いたしました」
離れに着きいつものようにロンルカスト様が迎えてくれる。
ガタゴトと揺れる馬車の中で、そういえば蒸留器の精査の結果がダメだったらどうしよう、アロマ作れなくなっちゃうと、不安になったが杞憂だったようだ。よかった。これでアロマ作りの素材と道具が揃った。
庭を抜けて、玄関をくぐる。現代アート的なお部屋に入った。巨匠は私だ。
花弁は綺麗な真っ赤な色を保ったまま乾燥され、床一面に広がっていた。前回みたいな色の変化がなくて良かったけど、血の海みたいでちょっと怖い。
そして部屋の中央にはドーンとピカピカ蒸留機が置いてあった。私の蒸留機! 駆け寄って鍋に頬をすりすりした。
「よし、やりますか!」
新品の蒸留機にやる気が出た。気合を入れて、まずは床にとっ散らかっている大量の花弁をせっせと集める。うー、ちょっと腰が痛い。
中腰の体勢が辛い。ミレーの落穂拾いの人達って大変だったんだな。因みにあの絵画、宗教的に見るとちょっと哀しい意味合いがあったなぁなんて豆知識を思い出しつつ、集めた花弁をギュウギュウと蒸留機に詰め込んだ。
そして、水が無いことに気がつく。しまった! 用意し忘れてた。
「えーっと。すみません、ロンルカスト様。蒸留する為のお水を汲みたいのですが、どこに汲みにいけばいいですか?」
「水ですか、どれ程の量が、必要ですか?」
「量は、この鍋の底にこのくらいの高さまで入れたいです」
「承知しました」
ロンルカスト様の手元がふわっと光る。光が収まった時、その手には私の掌2枚分ほどの長さの杖が握られていた。流れるような動作で、杖の先をカンカンと軽く鍋に打ち付ける。
「ティスヴィーリス!」
ゴポゴポゴポッ、っと、鍋の中から音が鳴った。
うぇ!? なにぃ? 突然のファンタジーに、頭がついていかない。私は、呆然とその様子を見つめた。
「この量で、如何でしょうか?」
如何でしょうかと、ロンルカスト様は杖を持っていない左手を鍋にスッと向けた。ハッと我に帰った私は、鍋に近づき恐る恐る覗き込み中を確認する。鍋の底には、数センチ程度の水が揺らめいていた。
「……はい、大丈夫、です。ありがとう、ございます」
ロンルカスト様は、魔法使いであられたようです。開きっぱなしになっていた口を動かして、私はなんとか返事をしたのだった。
薄々そうかな?って思っていても、実際に見るとびっくりする事ってありますよね。
ぬいぐるみ好きの友人のお部屋に遊びに行って、100体以上のぬいぐるみで埋め尽くされた部屋を見た時の衝撃が忘れられません。なんか怖かった。




