ポメラの花
「こちらが、離れでございます」
案内された先にあったのは、立派な庭付きの一軒家だった。まじですか。扉を開けて中に入る。中も広くて綺麗だった。階段があるから二階もあるのか、一体何LDKなんだろう。
1番近い部屋に入ってみると、豪華な家具つきで埃ひとつない。きちんと手入れがされていた。
広っ! 〝低俗な其方には十分だ〟とか冷徹貴族に言われたので、ボロのあばら屋を想像していた。
普通に立派な建物で、リアルに平民には十分すぎる代物です。
こんなのポンッと貸せちゃうなんて、貴族との価値観の違いが深すぎる。
「ロンルカスト様、先に薬草園の場所を確認することは可能ですか」
「承知いたしました。ご案内いたします」
家の中を探索していたら鐘が鳴ってしまいそうだったので、先に薬草園の場所を確認したい。ロンルカスト様にそう伝えると、ふんわりと笑って了承してくれた。入ってきた玄関から外へ戻る。
「あちらでございます」
城とは逆の方向へ導かれる。
少し歩くと、すぐに薬草園に着いた。あの家、立地も良いのか。ただの優良物件じゃん。城にも薬草園にも近くてありがたい。
1週間ぶりの薬草園に、足を踏み入れる。色々な植物や花が植えられていて、薬学部時代の薬用植物園を思い出した。温室にはバナナの木もあったなぁ、美味しくなかったけど。
広い薬草園をロンルカスト様に続いて歩いていると、ふんわりと甘い香りが漂ってきた。ポメラの香りだ。
イングリッシュガーデンのような、アーチ状の柵の中に入る。青々とした葉に囲まれて、大輪中輪の色とりどりのポメラが見事に咲き誇っていた。上を見ても横を見ても鮮やかな光景に圧倒される。
ポメラの周りでは、透明な蝶達がアーチの隙間から漏れた太陽の光で、虹色に輝きながら飛び回っていた。華やかに咲き誇るポメラと、幻想的な蝶の姿が相まって他の花々とは別格の美しさだった。改めて、ほわぁーと感動する。
ポメラに触れようと近づく。細い蔓がスルスルっと伸びて、戯れるように手をつついてきた。ツンツンされてくすぐったい。
そっと花弁に触れてみる。薔薇に似ているが、薔薇よりもさらに艶やかで、花弁自体が微かにキラキラと光っていた。
「ポメラの花をいくつか採取して、離れで乾燥させてみても宜しいでしょうか?」
「勿論でございます」
炎が踊る不思議世界だ。乾燥させたら花びら無くなっちゃったとか、まさかのアンビリーバボーがあるかも知れない。とりあえず一度試してみなければ。
「ごめんね?」
声をかけてから手を伸ばし、真っ赤なポメラの花の一つを両手で包んだ。
力を込めて茎から取ろうとすると、ホロホロと花弁が独りでに崩れて掌の中に落ちる。同時に、その横の小さかった蕾達が膨らみはじめ、ふわりと真っ赤なポメラが二輪咲いた。
美しすぎて、声も出なかった。テレビで見たタイムラプス映像のようだ。なんという事でしょう、楽園は実在した。ここにあった。
ボス部屋、お化け屋敷ときて最後に楽園。もしかしたら、私のライフはとっくに消えてしまって、今は天国にいるのかもしれない。
そんな事を思いながら感動に打ち震えていると、不意に遠くから話し声が聞こえてきた。現実に引き戻される。
「クスクス、ご覧になって? 平民が土に紛れているわ」
「まぁ、卑賤なものにはお似合いですこと」
「ご自分の立場を、よく弁えているのではなくて? 」
彼女達は明らかに私の事を話していた。好意的な内容でもない。私は背中に冷や汗を流しながら、両手の中のポメラをそっと包み込むようにして隠しながら、声のする方向へ頭を下げた。
声達はだんだん近づいてきたが、私に話しかけることなく通り過ぎて行く。頭を下げているので彼女達の顔は見えなかった。ビラビラのスカート達が、視線の端からいなくなったのを確認して、息を吐く。
ふぅ、絡まれなくてよかった。額の冷や汗を拭うと、私は再びポメラの採取に戻った。黄色、ピンク、緑、オレンジ、青、それぞれの色を一輪ずつ集めていく。
あの紫色のも取りたいな。んっ、ちょっと手が届かない。ロンルカスト様に、手伝いをお願いしてもいいだろうか? そう思い横を見ると、ロンルカスト様は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
……あぁ、さっきの私に向けて言われた悪口を気にしているのかな? 彼は仮にも私のお世話係だし、お世話している人が貶されて、嫌な気分になっているのかも。
「ロンルカスト様、私は見ての通り平民でございます。本当の事を言われたまでですので、なんの問題もございません」
「ミア様。塔主様の訪客であるミア様への無礼な態度、不快な思いをさせてしまいお詫び申し上げます」
「こちらに危害がなければ、良いのです。……ん? レオルフェスティーノ様は、塔主様でございましたのですね」
「寛大なお心、ありがとう存じます。はい、レオルフェスティーノ様は、東の塔の当主であり、現領主様の領主補佐の立場であられます」
「え、あ、領主補佐様でもあるのですか。あの、ちなみに、ディーフェニーラ様のお立場もお伺いしても宜しいですか?」
「ディーフェニーラ様は、先代領主様の母君でございます」
なんと権力の中枢も中枢、ど真ん中のお方達だった。冷徹貴族の偉そうな態度も納得する。領主補佐って、アディストエレンで2番目に偉い人だ。そりゃぁ、私なんて虫ケラ以下に見えるよね。
ディーフェニーラ様は現領主の祖母様だった。そんな立場のお方が、ふらっと平民街の薬屋に顔を出していて良いのだろうか。上皇后様が下町をふらついているようなものでしょう?
いや、顔は出していなかったか、布被ってたし。とにかく宮内庁が騒ぎそうだ。許可は降りているのだろうか。
機嫌を損ねたロンルカスト様にお願いできる雰囲気でも無かったので、紫色のポメラは諦め、薬草園を後にした。離れに戻り、失礼しますと中に入る。玄関を抜けてすぐの部屋が、なかなか広くて良さそうだったので、調剤部屋と決めた。
ロンルカスト様に断りを入れて、大きなテーブルの片隅に摘んできたポメラの花弁を並べる。色ごとに分けたポメラで彩られたテーブルの一角は、そこだけ華やかになった。
よし、今日の作業は終わりだ。もう出来ることもないしね。
帰り際、馬車まで見送ってくれたロンルカスト様に、先触れの出し方について尋ねてみた。何を聞いても丁寧に教えてくれたロンルカスト様が、少し驚いた顔をした。
きっと、先触れの出し方も知らないなんて、平民はなんて下賤なんだと、驚いて呆れられたんだろうな。
「平民街との境界を守る騎士に、伝言をなさるのが宜しいかと。水の日の4の刻に登城されるのであれば、月の日までにお伝えなさるのが良いかと存じます」
「ありがとうございます。本日採取した花弁の乾燥に問題なければ、次回は精油作製のために、大量のポメラ採取をしたいと思っています。宜しくお願いします」
「承知いたしました。ミア様、またの御登城をお待ちしております」
そう言ってふわりと笑ったロンルカスト様は、頭を下げて見送ってくれた。最後まで優しい。恐ろしかった貴族区域が、ロンルカスト様のおかげで、ちょっぴり怖くなくなった気がする。
馬車に乗り込んだ私は、そう思いながらガタゴトと一定のリズムで揺れる馬車に体を預けて、目を閉じたのだった。
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走り去っていく馬車を、ブラウンの瞳が見つめる。
馬車が見えなくなると彼は、胸元から羊皮紙と羽ペンを取り出し、その場で何かを書きつけた。書き終えた羽ペンを深緑の胸元へしまう。
羊皮紙に小声で何かを呟く。彼の手の上で羊皮紙はカサカサと丸まっていき、小さな黒いカラスのようなものになった。ふっと息を吹きかける。烏は漆黒の羽を2度ほど震わせた後、音も無く薬草園とは反対の方向へ飛び立った。
彼は烏の黒い体躯がスーと空に溶け、見えなくなるまで見送ると、薬草園の方向へと静かに歩き始める。青い髪が風を受けて、さらりとなびいた。
タグのハイファンタジーに近づくとともに、タイトルから遠ざかってしまうジレンマです。
お読みいただき本当にありがとうございます。
感謝と感激でいっぱいです!!




