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回復薬の作製



「なんで、大事なことを先に言わないんだい!」



 久しぶりに店長の落雷が落ちた。ブラウンのポニーテールも怒りで逆だっている。外は綺麗な夏晴れなのに、店の中で大きな雷に直撃した私は、体がビクーっとなった。

 感電して動けなくなっている私の代わりに、サルト先輩が私がギルド長室で話したことを、かいつまんで店長に報告する。



「すみません」



 口が動くようになった私は、しょぼしょぼと謝る。



「ミア、明日から薬の作り方を教えるから、そのつもりでいな」


「薬作り? どうしてですか?」


「あんた、今回だけでなく、今後も貴族と関わる可能性がある。戦場に、何も持たずに向かうのかい?」


「回復薬を作れることが、私の武器になるんですか?」


「この前貴族がこの店に来た。つまり、この店は貴族からの評価を、ある程度は受けているということさ」


「あっ、確かに、あの時ディーフェニーラ様は、この店の薬を使ったと言っていましたし、帰りにもたくさん薬を買っていきました」


「どれだけの効果があるか、分からないないけどね。丸腰で行くよりも、マシだろうさ」



 ポメラのアロマをディーフェニーラ様に献上するまで、少なくとも数回はあの貴族区域へ、足を踏み入れなければないない。

 しかも今度は、多少なりとも好意を持ってくれているディーフェニーラ様だけではなく、あの冷たい蒼い目をした冷徹貴族の管轄地(かんかつち)へ乗り込まなければいけないのだ。


 ちょっと虫の居所が悪ければ、私など簡単に殺されてしまうだろう。視線だけで人を殺せそうな瞳だった。実際、睨まれて動けなくなったし。今更だけど、自分の状況がとても怖くなった。


 ミグライン店長が貴族の街を戦場と例えたのも納得する。木の棒でも水鉄砲でもいいから、懐に入れて持って行きたい。



「一生懸命覚えるので、勉強させてください!」



 私は真剣な顔で、店長に指南をお願いした。



 次の日から、回復薬の作り方を学ぶために調剤部屋に入った。まずは、店長が回復薬を作るところを、見て学ぶのだ。


 ふんふん、ロンリエの枝を煮出したものにグラレの葉を入れて、色が変わるまでぐるぐる混ぜながら煮詰める。


 うん。次はスラ時計持ってきて、煮詰める時間を計測しよう。

 別の鍋で、パシロンの花を乾燥させたものと、ナロールの根っこを粉砕して煮詰める。モルテの実をいれてまた煮詰める。

 星型の黄色いモルテの実を見て思う。枝と葉は松みたいなのに、こんなに可愛い実がつくなんて不思議だ。


 焦げ付かないように混ぜるタイミングや、私の身長ほどもある大きなヘラを使っての鍋の混ぜ方のコツを店長から教わった。

 煮詰めてトロッとしたら二つをよく混ぜ合わせる。二層に分かれたら、黄金色の上澄を掬って、最後にレバーミンの蜜を加えたら出来上がりだ。


 さすが回復薬。高いだけあって素材の下処理も、制作も手間がかかる。ひたすら鍋を混ぜ続けていた店長の額は、薄らと汗が滲んでいた。同じことを私がしたら、きっと汗だくになるだろう。

 ふむふむ、と作り方を板に書き留めていたが、ふと疑問に思ったことを聞いてみた。



「店長、それぞれの素材の量はどのくらいですか?」


「ロンリエの枝は二掴み、グラレの葉はこのくらい。パシロンとナロールは3山ずつに、モルテの実は一掴み半だよ」


「え? 正確に量ったりは、しないんですか?」


「量る? あぁ、そういう道具を使う店もあると聞いたことはあるがうちは必要ないね。分量ってのは、やっていくうちに覚えるもんさ」



 愕然とした。エルフの調合は、めちゃくちゃ感覚派だった。

 寿司職人が、シャリを握るとグラム単位で同じ重さになるってやつ? エルフの感覚鋭すぎ! それとも薬師スキルの恩恵!?


 どうしよう、どう考えても私には無理な芸当だ。そんな職人技、習得するまでに何年もかかってしまう。



 薬局時代だって、小児用の粉薬を測るのが遅かった。

 先輩達は薬匙(やくさじ)3掬い4掬いでパパッと量っていたが、私はその感覚がなかなか掴めず、少しずつ少しずつ粉を足して量を微調整しながら量っていた。



「えっと、店長。私には難しそうなので、特例で量りを使ってもいいですか?」


「あれは、この辺にはないから難しいね。ザリックのとこでも見たことがないさ」



 取り寄せも不可能だった。いよいよ困った。

 でも、自分で正確な量の材料を揃えられなければ、回復薬は作れない。ミグライン店長にその都度、材料を揃えてもらうわけにもいかないし。

 うー、せめて、量りの取り寄せができれば良かったのに! ん? 量り? 秤? そうだ!



「店長! 秤を、作ってもいいですか?」


「はかりを? 作れるのかい?」


「はい! 精度の高いものは作れませんが、だいたいの重さを知ることができると思います」

 

「それがあれば、回復薬が作れるのかい?」


「はい、きっと!」


「時間がない、今すぐに工房へ行っておいで」



 秤を作る許可は、さくっと降りた。


 店長の許可も下りたので、ザリックさんの工房へ、走って向かう。いつもより急いだので10分くらいで着いた。

 絶えず火を扱う工房の中は、一夏を凝縮したような熱気と湿気であふれていた。カーンカーンと、鉄を打つ音がそこら中から響いている。


 はぁはぁと肩で息をしながら、奥の部屋で納品チェックをしていたザリックさんに制作依頼をすると、直ぐに快諾してくれた。

 いつも変なものばかり注文して困らせているだろうに、ザリックさんは嫌な顔一つしないで頼まれてくれる。本当にありがたい。


 最初にザリックさんを見た時は、厳つい見た目と、冒険者バリのムキムキボディーが怖かった。顔にも傷跡がザックリとあって、凄みに拍車をかけている。山賊のボスですって言われても違和感はない。多分、細身のギルド長なら、ザリックさんのワンパンで倒せると思う。


 でも、薬研の時も、子どもの私の説明を真剣に聞いてくれて、注文通りのものを作ってくれた。今日だって、「嬢ちゃんの頼みならしょうがねーな」と、ニカッと笑ってくれた。

 今では近所のおじさんみたいに思っている。


 五体投地して感謝したいが、最初に薬屋でミグライン店長に土下座をした時、変な顔をされたので我慢する。この世界に土下座文化はないようだ。私だって同じ(てつ)は踏まない。そして、日本人の必殺技は失われたのだった。



 作ってもらう秤について、ザリックさんに説明する。

 小学生の時、実験の授業で作った簡単な天秤だ。



 「天秤台となる瓶には、簡単に倒れないように、水か砂を入れてください。その瓶の上に秤の支点となる、棒を取りつけます。 

 棒が地面と平衡になるように、あと簡単に取れないようにしっかりと瓶につけてください。


 別の平たい棒を用意して、これが天秤の腕になります。平棒の真ん中に目玉クリップ…… こう、真ん中に穴が開くように加工したもののクリップ部分を取り付けてください。そしてクリップの上のこの穴を、さっきの支点となる棒に引っ掛けます。

 この時点で、天秤の腕の平棒が、地面と平衡になっているか、どっちかに傾いていないか確認してください。


 あとは、素材を載せる用のカゴを二つ、それぞれ四隅に紐を通します。その紐を、天秤の腕の両端につけて、カゴを吊り下げてください。


 カゴを吊り下げても、天秤の腕が地面と平衡になるように、支点から紐までの長さが同じになるように気をつけてください。」



 私が貴族に対抗するための、木の棒をゲットできるかどうかは、ザリックさんの腕にかかっている。袖をまくり上げ、工房の蒸し暑さによる汗でテラテラさせているザリックさんのムキムキの腕を拝む。

 説明を終えて注文書を書き、ザリックさんからの細かな質問に答えた後、「宜しくお願いします!」と、頭を下げた。ザリックさんは、「任せろ!」と、分厚い胸板を叩いてニッコリしてくれた。



「嬢ちゃん。この前、変なやつに嬢ちゃんのこと聞かれたから、気をつけな?」


 工房を後にしようとした時、職人見習いの1人から、不吉な事を言われた。



「え? 変なやつ、ですか?」


「あぁ、見るからに怪しいやつだった。見た目も言葉遣いも、この辺のもんじゃなさそうだったからな」



 怖っ! パルクスさん以外にも、幼女趣味の人がいるのだろうか。お店まで後ろに気をつけながら駆け足で帰った。


 注文した天秤が出来上がるまでの間、煮詰める時間をスラ時計で測ったり、素材の良し悪しの見分け方をマンツーマンで店長に教えてもらったりと、回復薬作りの勉強をして過ごした。







※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※







 あっという間に、約束の水の日になった。


 「気をつけるんだよ」と、物語っている店長や先輩達の目に向かって、「行ってきます!」と気を引き締めて挨拶をする。3種類のアロマを詰めた木箱を抱えた。


 今回は、特に時間の指定がなかったので、前回と同じように、四の鐘に間に合うように貴族区域の入り口へ向かう。

 出発しようと店を出ると、パルクスさんと数人の常連さん達が、店の前にいた。


 もう道は覚えたのに、みんな心配症だなぁ。と思ったが、心配してくれた皆んなの気持ちや、ザリックさんのとこの見習いが教えてくれた変質者の事も気になっていたので、とても嬉しかった。


 お喋りしながら歩いていると、あっという間に貴族区域の入り口、白壁に着く。見送ってくれた皆んなには、「行ってきます!」と、前よりも自然な笑顔で言えた気がする。


 スルスルと、溶けるように開いた白門を潜り抜ける。目の前には、前回と同じように馬車が用意されていて、門番に馬車の中へエスコートされた。


 ガタゴトと揺れる馬車の中、馬車を引いている馬を見る。


 あれ? この馬車、御者がいない。馬にハーネス? 馬車を牽引するための輓具も綱もついていない。前を歩いている馬に、勝手に馬車が付いていっているみたいだ。


 そんなバカな! と、思ってよく見る。馬車と馬の間に、キラキラと光る線が何本も繋がっていることに気づいた。目を凝らさないと見えないほど細い、蜘蛛の糸のようだ。


 わぉ、馬車一つとっても、平民の街中でみられるものとは違うようだ。


 先導する馬も、平民街でグミットって呼ばれているものとは、ちょっと違う気がする。真っ白でスラッとしてるし、なんか品があるというか、(まと)ってる雰囲気が違うというか。

 馬車の重さなど全く感じていないように、パカパカと颯爽と歩く様は、平民街のグミットなんかと同じにしないでくださる?と、言っているようだ。


 やっぱり餌かな? 高級な餌を食べていると、醸し出す空気も違うのだろうか。ベルセさんの溢れ出る気品を思い出しながら、食事の質の大切さを考える。


 街の様子も観察してみた。真っ白な石畳が今日も太陽に反射して眩しい。通りや立ち並ぶ家は、京都の碁盤(ごばん)の目のような、整然とした作りをしている。

 これ、外に放り出されたら、絶対に迷子になるな。どこを見ても同じような家ばかりだし、目印も標識も落書き一つどころか、壁の汚れも見当たらない。


 「平民に馬車は勿体無い。次から歩いて来い」とか言われたらどうしよう。行きは城が見えてるからいいけれど、帰りが大変そうだ。

 時計塔を目印にしてみようか? 何となくでも方角の目安になるかもしれない。そう思って、通り過ぎてしまった時計塔を振り返って窓から見つめていたら、ちょっと酔った。



 ガタゴトと動いていた馬車が止まる。城に着いたようだ。

 馬車の扉を開いたのは、ベルセ様よりも若い青髪の貴族だった。

 細身の男性で20代前半くらいだろうか。着ているものはベルセ様と同じで、深緑の執事服だ。薬草園であった騎士達と違い、腰に物騒なものはさしていなかった。薄いブラウンの目元は優しげだが、少し影があるようにも見えた。

 


「ミア様、お待ちしておりました」



 城の入り口まで、エスコートされる。前回とは違う塔へ案内された。黒くて重厚な造りの扉が、ドーンと目の前に構えている。


 木箱を抱えた私は、木の棒も持たぬ丸腰のまま、戦場への足取りの重い一歩をおずおずと踏み出したのだった。




ミグライン店長の回復薬を、木の棒呼ばわりするのは誰ですか!? ぷんぷん!



下手の横好きの文章ですが、お読みいただき本当に本当にありがとうございます。

とても嬉しくて励みになります。


次回は明日の夜、更新致します。

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