最後の理由と交渉の終わり
「これは領内の神事、数年分の資料だ。当然、参列者の名も記録されている。だが其方の名だけは、どこを探しても見当たらぬ」
急に神事の話を切り出したレオ様に対して、リリスティアさんはその意図を掴みきれないようだった。
警戒しながら慎重に返事をする。
「そうですか。レオルフェスティーノ様が、形骸化した儀式に関心がおありだったとは意外ですね」
レオ様はそんな彼女の答えに、露骨に眉を顰めた。
「話を逸らすな。またこの領ではなく、中央で受けたなどという言い逃れはできぬぞ。その期間、其方が帰省の届出を提出していることは確認済みだ」
持っている紙束をバサバサと揺らすことで、わざとらしく不満を表す。
「……だとしたら、どうだというのですか?」
「認めるのだな?」
「えぇ。ですが、先程からいったい何を仰りたいのですか? わざわざ確認せずとも、否定しようのない証拠を、そこにお持ちではないですか」
渋々と認めたリリスティアさんを見ながら、私は彼女が神事へ参加していなかった、いや、出来なかった理由に気づき納得していた。
年に一回行われる神事には、貴族のほぼ全員が参加をしていると、ザラクス先生が言っていた。
“ほぼ全員”。普通に考えればありえない参加率の高さだが、これには理由がある。それは神事に備わっているらしい、あらゆる魔法における解術の効果だ。
このあらゆるというのがポイント。
魔法というとバチバチの攻撃魔法や、ロンルカストが得意な防御魔法を想像しがちだが、目に見えない魔法だって侮れない。
監視魔法、隠蔽魔法、加えて薬やその他諸々を巧妙に使えば、内側からの思考操作が可能なのだから。
私も相手の都合の良い方向へ誘導される恐ろしさを、今回の件で身を持って痛感した。
そんな気づかないうちに掛けられた魔法すらも、全て根こそぎ取っ払ってもらえる神事は、貴族たちにとって確実に参加すべき重要行事なのだろう。
信仰心もあるだろうが、一番は身の安全のため。そう考えれば高水準の参加率も理解できる。
でもリリスティアさんからしたら、その利益を上回るマイナスポイントがある。
だって神事に参加したら、全ての魔法が解けてしまうのだ。
そう、月魔法の偽装が解けたら正体がバレてしまう。それは大問題だ。
……ん? あれ? ということは彼女は、死んだのは自分だと偽りリスペリント先生に成り代わった時から、神事を受けていないことになる。
彼女が亡くなったのは何年も前のことだと、ロンルカストが言っていた。
んんっ!? これは、まずいのでは?
レオ様が言わんとしている事を悟る。
「ふむ。最後に神事を受けたのは、いつだ?」
「話の繋がりが見えませんが、参列の有無は極めて個人的な問題です。それに私以外にも、職務の関係などで神事を受けれぬものくらいいるでしょう」
「やむを得ぬ理由で、参加できぬものがいることは確かだ。そのような一度や二度の欠席は、何の問題もないが、しかし其方は違う。長期に渡り神事を受けぬなど非常に解し難く、また先例がない」
「神事への不参加は、確かに誉められることではありません。ですがその行為を敬虔の念と直結するのは、少々短慮ではないでしょうか。私は彼らへ対する敬意を、忘れたわけではありません」
「信仰心について説いているのではない。私は危険性について話しているのだ。其方も自身の体の変化には、気づいているはずだ」
「……危険性? それは、どういうことでしょうか?」
冷静な声とは裏腹に、彼女の顔からは血の気が引いているように見えた。
相変わらず右半身の輪郭は、静かにザワザワと揺らめいている。
いきなり大きく膨れ上がった先程のような恐ろしさはないにしても、不気味なことに変わりはなかった。
レオ様は持っていた分厚い紙束をコートの内側に戻し、手品のように消す。
真っ直ぐにリリスティアさんの顔を見ながら、口を開いた。
「端的に言うが、我々は常に魔の元となる物質を産み出している。そして儀式には我々が身の内に溜めた魔を体外、そして街の外へと祓う役割があるのだ。これは魔について独自の研究をしている者の見解であり、極めて信憑性が高い」
「儀式にそのような意味が? しかし私たち自身が魔を生み出しているなどーー」
「信じられぬか。しかし平民が我々の加護なしでは街を作れぬことは、其方も知っているであろう」
「我々貴族から独立し、街を作ろうとした平民たちの話ですか。七柱の精霊神の怒りをかい、街も人も滅んだという話は有名ですが?」
「簡略化されているとはいえ、平民街においても神事は斎行されている。しかしそれは、我々が授ける魔術具があればこそであり、独立した平民街は例外だ。推測するに、長期に渡り神事を行わず身の内に魔が溜まった彼らは、そのもの自身が魔となり、街もろとも滅んだのであろう」
「それは……恐ろしいですね。独立した平民街が滅んだ本当の原因は、人の身が魔に転じたからだったのですか」
「まるで他人事のような悠長さだが、これは其方自身の話でもある。先ほどからも、はっきりとその兆候が出ている。まさか、わざと目を背けているのか?」
えっ!? ちょ、ちょっと待って!
この話は初耳だ! 長期間神事を受けていないリリスティアさんは、魔が溜まりすぎて良くないなとは分かっていた。
輪郭のモヤモヤも、その影響からだと思っていたが、まさか魔になりかけていた予兆だったなんて!?
彼女の顔色が悪くなったのも、自分の状況がかなり深刻だと気がついたからかもしれない。
「この後、七冠くぐりの間を秘密裏に解放する。あの輪も神具だ。くぐれば例年の神事と、同等の効果を得られるであろう」
レオ様は、無言のリリスティアさんへ向かってそう告げた。
このまま放置したら、リリスティアさんは魔になってしまう。
でも自分の派閥に入れば、体に溜まった魔を取り除くことができる。周りに正体がバレることもない。
これがレオ様がリリスティアさんへ示した三つ目の、そして最後の提案だった。
拒否する理由なんて、ないように思える。しかしーー
「私はこの姿を解くつもりはありません」
「!? くだらん意地を張るな! 擬態もベルクムにより、既に半分解けているではないか。それに輪を潜り、解術されるのは一瞬だ。すぐに月魔法をかけなおせば、誰に見られることもない」
「これは意地などではありません。私にも譲れぬものがあるのです」
頑なに拒むリリスティアさんの様子に、レオ様はスッと目を細める。
明らかに雰囲気が変わった。
「……其方が魔に身を落とすは勝手だ。しかしこれ以上、このアディストエレン街を巻き込むことは許さぬ」
「そうですか。多大な提案をいただきましたが、ご期待に添えず心苦しいばかりです」
話し合いの時間が終わりを告げる。
彼らが交わす視線は、互いを完全に敵として認識していた。
床に目を落とす。攻撃魔法無効の魔法陣には、まだ薄らと光が残っている。
「ここで果てるのが望みとあらば、相手になろう。エーダフィオンの元へ還った其方の片割れも、さぞ喜ぶであろうな」
リリスティアさんがピタリと止まる。
「……先に還った片割れとは、どういう意味ですか?」
「其方が隠していたリスペリントの遺体だが、先日、発見し我々で葬した。そういう意味だ」
「……ッ!?」
言葉も出ないとはこの事だろう。
カランと音が響く。リリスティアさんが、床に杖を落としたのだ。
そして彼女自身も、膝からぐしゃりと崩れ落ちた。
「昨今、魔の発生率は増加の一途を辿っている。だがそれを鑑みても、我が領内での発生件数は異常であった」
「……リスペリントが? リスペリントがエーダフィオンの元へ還った?」
「この頻発は、其方がこの領に戻ってからの時期と重なる。加えて先の者の研究では、人の亡骸が最も魔を発生させやすいという結論が出ていた」
「私を置いて? そんな……そんなはずが、ありません……」
リリスティアさんは頭を抱えながら、譫言を繰り返す。
レオ様の言葉など、まるで耳に入っていないようだ。
「其方がリスペリントに拘ることも気になっていたのだ。それらからこの異常なまでの魔の頻発原因を、彼の亡骸が森の何処かに秘してあるからではと推測した。故に騎士団で大規模捜索を行い、発見に至ったのだ」
「彼は、彼はいつでも、私を待っていてくれた……えぇ、そうです。いまだって、 きっとまだあそこにいるはず……」
レオ様は口調を変えず、しかし彼女に気づかれないようゆっくりと杖を構える。
魔法陣の効果が消えた瞬間、彼女を拘束しようとしていた。
「あれはさすがに難儀であった。広範囲の森の捜索に加え、其方に悟られぬよう風の部隊は使えぬ。またリスペリントの亡骸周辺には、隠蔽魔法がかけられていたのだからな」
「彼は少し長く寝ているだけ、それだけです……リスペリントが私を置いていくなんて、そんなはずが……そんなはずがありませんから」
ぶわりと風が起こる。
リリスティアさんの高ぶった感情により、抑えきれなくなった彼女の魔力が巻き起こしたものだった。
倉庫内に粉塵が舞い上がり、視界が曇る。
爆発音。次の瞬間、リリスティアさんは私たちの目の前に迫っていた。
彼女がいたはずの壁際では、その壁が大きく陥没している。
足場にした壁を粉砕するほどの衝撃。
その蹴りの威力を加速に転換した彼女は、一瞬で私たちとの距離を詰めていた。手には杖ではなく、剣が握られている。
武器はどこから出てきたの!? そうか! 丸腰にみえていたのは、月魔法で武器を隠蔽していたから!だ? でも魔法陣はまだ光っているのにどうして!? 違うッ! 攻撃以外の魔法だから使えるのか!?
突然の展開に体が動かない。驚きに目を見開くことしかできなかった。
余計な思考に時間を割く中、目の前では低く構えられた彼女の剣先が、斜めに振り上げられる。それはレオ様の喉元へ迫りーー
ーーやられるッ!?
次の瞬間、私はレオ様に突き飛ばされていた。
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