表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

225/229

交渉とロンルカストの契約内容



「それらしい理由をつけているが、大方その姿を知られた中央の者に、脅される形でこの任を押し付けられたのであろう。違うか?」


「……ッ!」

 


 リリスティアさんは声を詰まらせていた。


 レオ様はその様子から、自分の予想が間違いではないことを確信する。

 動揺する彼女へ矢継ぎ早に疑問をぶつけた。



「ふむ、当たりのようだな。もとより個人技に頼るやり方からして、中央本部の総意とは思えなかったのだ。依頼元は小組織、もしくは個人か?」


「……話す道理はありません」



 リリスティアさんは回答を拒否するも、レオ様は構わず話し続ける。

 自分の質問に対して無意識に現れた彼女の些細な反応、瞳の揺れや指先の動きを読み取り、既に答えを導き出していたからだ。



「なるほど、個人か。だが最後まで増援の1人も寄越さぬとは、その者はよほどこの件を他者に漏らしたくないようだ。隠密にことを済ませたいと望む理由については、どう捉える?」


「……質問に答えるつもりはないと言っているのです。それに、このようなことを聞いてどうするというのですか?」


「そうか、理由は知らぬか」



 またしてもリリスティアさんの挙動から答えを得たレオ様は、彼女の観察をやめる。

 何かを思案するように「ふむ、ということは、やはり……」などと呟きながら、杖をくるくると回しはじめた。



 ほんの数秒そうしてから、レオ様は結論が出たのか上げていた杖を下げる。

 そして思い出したかのように彼女を見ると、冷たく言い捨てた。



「あぁ、“ このようなことを聞いてどうする”と言ったのだったな? それこそ、其方に“話す道理”がどこにあるというのだ?」



 レオ様の意地の悪い返しに、リリスティアさんは僅かに顔を(しか)める。

 しかし挑発に乗ることはなかった。

 

 大きく息を吸い込むと、そのままため息として床に吐き出す。降参とばかりに頭を振った。


 再び顔を上げた彼女の表情には、短いやり取りの間にレオ様に多くを悟られてしまった後悔と、同じように相手の心を読み返せない不本意さ、そして諦めが混ざっていた。



「……そうですね。推測の通り、この任務は中央本部からのものではありません。依頼元は私の月魔法を見抜いた、とあるお方です。……これは言い訳になります。若い蕾を落(子殺し)とす罪深さは分かっていました。しかし私には、拒否する術が無かったのです」


「私からすれば、そうまでしてリスペリントの姿を貫き通す其方の心持ちこそ理解不能だ。わざわざこの場で取り沙汰すことはせぬがな。……さて、話を戻そう。やはり其方は私の元へ来るべきだ。その理由を今から提示する」

 


 レオ様はピッと人差し指を立てた。

 何かを言いかけたリリスティアさんに、発言を許すことなく話し続ける。

 

 

「まず一つ。弱みを握られている限り、其方がその依頼者から解放されることはない。正体の露見(ろけん)危惧(きぐ)し単独行動しかとれぬ其方は、切り捨てが容易という意味で、その者にとって非常に都合が良いからな。今後も体よく、後ろ暗い任を押しつけられるだろう」


「……全ては覚悟の上です」


「愚かという意味では完璧な覚悟だ。イリスフォー(陽の精霊)シアの光も届かぬ道を、甘んじて選ぶというわけか」


「何を仰られようとも、私の答えが変わることはありません。これ以上は、互いに無駄な時間ではないでしょうか?」


「それは私が決める。いいから黙って聞け、二つ目の理由だ。いくら依頼者が中央に属するとはいえ、今の状況は中央に勤めているとは言えぬ。中央に身を捧げんとした其方やリスペリントが望んでいた形とも程遠いだろう。ならば何故、其奴に従う必要がある? まるで、首に輪をかけられた犬のようではないか」



 レオ様は2本目を立てた指を自分の首元に当て、ツイと横に動かした。

 依頼元の言いなりになっているリリスティアさんを小馬鹿にするように、口の端だけをあげている。



「お好きに嘲笑(ちょうしょう)していただいて結構。どう仰られようとも、首輪から伸びた手綱は既に握られているのです。それがどれほど仄暗(ほのぐら)い道だとしても、私は私が歩むべき道から目を背けるつもりはありません」


「であれば、その目は節穴なのだろう。其方が進まんとする道は(つい)えている。先の手合わせで私との実力差がわからぬとは言わせぬぞ」


「レオルフェスティーノ様こそ、ミアーレアを守りながらどう戦うというのですか? 不意をつかれた先程とは違うのです。……申し訳ありませんが私は貴方を(こく)し、この道を進むつもりです」



 空気が重い。

 一触即発とはいかないまでも、2人の間に一本の糸が張られたようだった。


 しかしお互い睨み合うのみで、一歩も動かない。

 陣の効果で魔法攻撃が無効化されているからだ。


 その時、不意に大きな音が響いた。

 ビクリと飛び上がった私の肩を、誰かが強く掴む。レオ様だ。

 リリスティアさんから隠すように、自分の後ろへ私を押しやりながら、口を開く。



「まぁ、そう早まるな。その手綱は切ることが出来る。依頼元が個人というのも幸いだな、交渉は私が請け負おう」



 奥の方で派手に粉塵が巻き上がっている。

 さっきの音は、損傷した壁の一端が崩れたようだ。

 レオ様の背中から少しだけ顔を出し、リリスティアさんを盗み見る。



「……その言葉を信じるとでも?」



 そう不信感を表したリリスティアさんは、ゆっくりと壁際へ移動していた。

 素人目には不利な位置取りに思える。


 後ろにスペースがない分、取れる行動が少なくなるのでは? いや、壁を破壊して逃げようとしてる?


 一瞬よぎった考えを、即座に否定する。

 私たちを見据える彼女の瞳に、逃走の意思はなかった。



「案ずることはない。その者が神の雫の一滴(ミアーレア)の逃走を、中央内で公にしたくない事情には予想がついている。その点を突けば、()()()()()()()解決できるだろう。この場で私と争い勝利するよりも、現実的な道だと思わぬか?」


「中央の飼い主から解放され、今度は貴方に使い潰される末路を選べと?」


「どう捉えるかは其方次第だ」



 ……歯痒い。交渉はまた暗礁(あんしょう)に乗り上げてしまった。


 ここまで2人の会話を黙って聞いていた私の中では、リリスティアさんと争いたくない気持ちが余計に膨らんでいた。

 彼女は私を手にかかることついて、何も思わなかったわけではなかった。

 自分の正体と私の命を天秤にかけたとはいえ、脅されて選択せざるを得なかっただけ。

 

 だが現状、会話は堂々巡り。

 彼女は頑なに、自分の立場を変えようとしない。


 床に目を走らせる。魔法陣の色は、かなり薄れていた。焦りと不安に襲われる。

 戦闘開始まで、残された猶予(ゆうよ)はあと僅かだ。 

 

 すると唐突に、彼女の声色が変わる。



「……ロンルカスト様と同じように、私のことも魔法契約で縛ろうというのですね」



 息を呑む。

 その声には、沸々と湧き上がるような怒りが現れていた。


 夢で追体験した彼女の記憶のうち、一番最後に見たものを思い出す。


 時系列で言うと、彼女の双子の兄妹であり、恋人だったリスペリント先生が亡くなった後のこと。

 あの時の彼女は、既にリスペリント先生に成り代わっていたはず。

 私は彼女視点でしか映像を見れなかったから、これは予想でしかない。でも周囲に死んだのは自分の方だと偽装していたのだから、きっとそう。

 


 成長したロンルカストとすれ違った彼女は、ロンルカストへヤジを飛ばす者たちを、心から憎悪していた。

 そして盲目的なまでにロンルカストを崇拝していた。


 リリスティアさんは、自分とリスペリント先生を同一視することで、彼を失った悲しみを麻痺させていた。

 でも、それだけではダメだった。彼女の弱った精神を支えるには、足りなかったに違いない。

 だから依存先をロンルカストへも振り分け、精神的な支柱を増やしたのだ。


 そんな彼女にとって、レオ様が契約魔法で無理矢理ロンルカストを従わせていることは地雷だ。

 それに普段静かな人ほど、キレたら怖いって聞く。


 危険を察知した私は、控えめにレオ様のコートを引っ張り「この話題はやめた方がいいです」と囁く。

 

 しかしレオ様のとった行動は、私の忠告を完全に無視したものだった。



「そうだな。其方が望むのであれば、ロンルカストと同じ契約でも構わぬ」


 

 途端に彼女の右半身が、ブワリと膨らむ。

 輪郭が大きくぼやけ、ザワリザワリと揺れはじめた。


 体から不吉な何かが漏れ出すような不気味さに、喉の奥が締まりヒュィッと鳴る。


 だだだ、だからやめた方がいいって言ったのに! 


 目の前のレオ様のコートを、ギュッと掴む。



「……私がその契約を望むと、本気で思われているのでしたら大きな侮辱(ぶじょく)です。いくら依頼元に脅され、使い捨ての手駒にされているとはいえ、私にも私なりの矜持(きょうじ)というものがあります」



 眉間に皺を寄せ憤りを露わにした彼女は、ギリリと杖を持つ手に力を込める。


 この局面にも、レオ様は顔色を変えることもなく平然としていた。

 私を眼線だけで制し、コートから手を離させると、その内側に手を入れる。

 小さな内ポケットから、絶対にそこに収まりきるはずがない大きさの紙を取り出した。

 ペラリと開き、見せつけるように彼女へ向ける。



 リアル四次元ポケットっ!?



 叫びそうになった口元を慌てて押さえる。

 そんな私に代わり、声を張り上げたのはリリスティアさんだった。

 


「まさか!? そんなはずがありませんっ!?」

 


 両者の間には距離がある。

 それでもリリスティアさんの瞳は、しっかりと紙の内容を捉えてきた。その表情は驚愕に染まっている。



「勘違いのないよう言っておく。契約書はこの一枚のみだ。ロンルカストが今現在、私に従うのは側近としての務めのみであり、契約とのしがらみではない」


「……で、ではロンルカスト様が貴方に仕えるのは、本当に彼の意思だというのですか? 中央に尽くすことに身を捧げていたロンルカスト様が、その志を曲げレオルフェスティーノ様に支えている? そんな……そんなことが……本当に?」

 


 少しだけ前に出て紙を覗き見る。大きな紙には細かな魔法陣が背景としてビッシリと描かれていた。

 しかしその上に書かれた肝心の文章は、紙の大きさに見合わずとても少ない。

 余白の多いそこには、自殺禁止の旨とロンルカスト、レオ様の名前だけがシンプルに記されていた。


 薄らと光るこの紙は、偽造ではない。

 何故かそう確信できた。紛れもなくこれは、ロンルカストがレオ様と交わした魔法契約書だ。

 それは理解できる。できるのだがーー

 


 ふぁっ!? ロンルカストの契約内容って、これだけ!?



 ロンルカストはレオ様に命を救ってもらう代償として、もっとガチガチに制約をつけられていると思っていた。

 それで私の見えないところで、無理やりレオ様に働かされているとばっかり。

 だからこそ、いつか解放してあげたいと、その方法を見つけたいと思っていた。なのにこれは……やっぱり、そういうこと……?

 


 顔を突き出したまま硬直していると、ギロリとレオ様に睨まれた。

 混乱しながらも、そそくさ彼の後ろへ戻る。



「私から其方に課す制約など何もない。だが今回は特別に、ロンルカストと同じ契約を結んでやろう。他にも加筆が欲しいようならば、いくらでも応じる。……そうだな。“私のためだけに身命を()せ”とでも付け加えるか? 其方が満足するというのならば、そう追記してやっても良い」



 リリスティアさんは杖を握る力を緩めていた。

 先ほどまで漂っていた剣呑な空気も弛緩している。



「……申し訳ありません。私はレオルフェスティーノ様のことを、少々誤解していたようです。貴方の派閥には、後ろ盾のない者が多く在籍していますので……そうですか。今までも貴方はそうして行き場のないもの達を派閥へ迎え、救ってきたのですね」


「救うだと? 馬鹿らしい、其方には私が聖人君子にでも見えるのか?」


「私の目はどうかしてしまったようです。先程までは程遠く見えていましたが、今はそれに近く見えます」


「やはり其方の目は節穴だな。良いか? ご立派な気概(きがい)など、持っていても何の役にも立たぬ。今回のことは、中央から有能な手駒を奪うためのもの。それ以上でも以下でもない」


「だとしても、多くのものにとって貴方の行為は救済に映るでしょう。……ですが私は違います。貴方のやり方では救われません」


「何度も言わせるな。救うつもりなどはないと言っている。そして、これが最後だ。其方が私の元へ来るべき、三つ目の理由を言おう」



 嫌そうな顔をしたレオ様はそう言って、コートから新たな紙束を取り出す。彼女へ向かってバサリと見せつけたのだった。




 

 お読みいただき、ありがとうございます。


 参考までに追記致します。

 ロンルカストとリリスティア(リスペリントに偽装済)が廊下ですれ違う夢の回は、168話となります。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ