交渉の始まり
「言葉を失う理由が、皆目分からん。この取引を持ちかけたのは其方ではないか」
レオ様は口を開けたままフリーズしている私を一瞥すると、早口で告げた。
話は終わりだとばかりに視線をリリスティアさんの方へと戻そうとするが、いやいや、ちょっと待って!
こっちは朝からレオ様が近くに潜んでいた衝撃を受け止めきれていないし、その言い分も納得できない。
「ま、待ってください! 取引にてそのような提案をした覚えはありません! レオルフェスティーノ様は私が家を出た瞬間から護衛してくださっていたと仰いましたが、ど、どうしてですか? 理由をお聞かせください!」
「それについてだが、風の講師権限により土の使い魔が交渉場所より弾き出された場合、付近で待機しているロンルカストが私へ伝令を飛ばす。伝令を受けた私が月の講師権限を行使し、立ち入り制限を相殺した後にロンルカスト、使い魔2体で其方の救援へ向かう。私への対価は魔法薬の無償提供。受け渡し期限は、取引成立より1月以内。以上がロンルカストより伝え聞いた其方の案だが、齟齬はあるか?」
「いいえ、その内容で間違いありませんが……」
……あ、あれ? この流れは、まずいかも?
レオ様が言わんとしていることを悟り、言葉の勢いを失う。だがもう遅かった。
「それで現状はどうだ? ロンルカストはおろか、使い魔すら見当たらぬが何処にいる?」
「それは、その……分かりません。レオルフェスティーノ様も見ていらっしゃったと思いますが、ここへ来る前にルディーが偽物と入れ替わってしまったんです。それでロンルカストへの次の連絡手段として、風属性の使い魔に救援を呼びかけたのですが、そちらも反応がなくて……。えぇっと、ルディーと違い、風属性の使い魔ならば月属性の隠蔽魔法を看破できるかもと思ったのですが、その……困難だったようでして……」
「言い訳はいらぬ。何一つとして其方の想定通りには進まなかった。そうであろう?」
「はいっ! すみません、その通りですッ!」
「良いか。そもそも事前に相手の月属性が露呈していたにも関わらず、そこに対しての対策が全く見えぬことが最大の過ちだ。側近と使い魔がリリスティアの隠蔽を感知できず、其方が孤立する可能性は第一に想定すべきこと。また交渉場所の安全性、交渉開始時間の変更、罠の隠蔽など懸念事項を列挙すれば枚挙にいとまがない。不確定な点が多い故、こちらも月魔法を行使し相手の出方を見定めた方が無駄がないと判断した。以上が私がここにいる理由だ。異論があるならば言え」
レオ様は一息に述べると、目を細めて私を睨む。
“貴重な時間を割いて、わざわざ説明してやった。これ以上余計な口を挟むのであれば、強制的にその口を閉じさせるぞ”
圧を込めた蒼い瞳は、ハッキリとそう言っていた。
ひゃぃっ!? こここ、怖いっ!!
作戦不備の話にすり替えられ、レオ様が私を守ってくれる根本理由は説明されていない気がする。
だが急に機嫌を崩したレオ様に、質問を重ねる勇気はない。
「異論はありませんっ! 立ち入り制限さえ取れれば何とかなると思っていました! 考えが甘く、属性への対策も軽視していたことを強く反省しています! 策を改めていただき、深く感謝いたしますっ!」
3秒で返事と反省、感謝。そして“黙ります”という意思表示をした。
レオ様は真上から圧迫面接並みのプレッシャーを放っている。
2人の会話に口を挟んでしまった自覚も手伝い、逃げるように視線を逸らす。
その先にいるのはリリスティアさんだ。
「……。」
彼女は私たちの様子を油断なく伺いつつ、時折床へ視線を走らせていた。
徐々に薄くなる魔法陣の色を確認し、攻撃無効の効力が完全に消えるタイミングを見定めている。
その両腕はダラリと下げているものの、右手には杖を握っていた。
逃走の意思はみえない。それどころか彼女からは薄らと、隠しきれない殺意が滲み出ていた。
不機嫌さを表すレオ様の怖さとは、段違いの恐怖。背中がゾクリとした。
まるで目の前に杖を突きつけられているかのような不安に襲われる。
……この魔法陣が消えたら戦闘が始まる。
さっきはレオ様が優勢だった。けれどあれは不意打ちだったからかもしれない。
怖い。どうすればいいの? 助けてルディー、ロンルカスト、フィンちゃん……。死にたくない。でもリリスティアさんにだって、死んでほしくない。
私にどうこうできることなんて、この場には何一つない。だというのに、不穏な未来で頭の中がいっぱいになった。
リリスティアさんはチラリと床へ視線を落とす。
魔法陣の色を確認した後、レオ様へ目を向けた。
「ミアーレアの為に策の立案と護衛をなされたのですか。レオルフェスティーノ様がそのようにお優しい方でしたとは、正直驚きました。知っていましたら、私もそれなりの手立てを取れましたのに残念です」
「勘違いをするな。私が策の内容を改めたのはこの取引を滞りなく完了するためだ。ミアーレアが其方の手にかかれば、発動した私の魔力が無駄になるばかりか、対価を取り立てることも出来ぬ」
「ご自身の善行を隠そうとなさるとは、貴方は本当に奇特なお方です」
……? なんだろう?
レオ様を挑発するリリスティアさんの姿が、不自然に歪んだ気がした。
不思議に思い、ジッと目を凝らす。
よく見ると右半身の輪郭だけ、ザワリと揺れる瞬間がある。
魔法は解けているはずなのに、なんで?
「ここへ足を向けたのは、何もこれとの取引だけが理由ではない」
「と言いますと?」
「とぼけるな、リリスティア。忘れたとは言わせぬ。演習場の続きだ」
「あまりその名を呼ばないでくださいますか? 私はリスペリントとして、ここにいるのです。それに私の講義にいらっしゃった時のことを仰っているのでしたら、あの場でお断りしたはずです」
「ではもう一度言おう。“この地に留まりたく思うのであれば私の元へ来い” 。今ならば、あの時とは違う答えも返せるのではないか? 私は其方がリスペリントでもリリスティアでも構わぬ。また今回のことは不問とし、今後その姿でいることも許容しよう」
ハッと息を呑む。
唐突に風向きが変わった。レオ様はリリスティアさんを自身の派閥へ勧誘している。
平和的解決の糸口が見えた! 彼女がこの提案を飲めば、私たちが戦う必要はなくなるんだ!
「レオルフェスティーノ様、僭越ながら私の答えは変わりません。私は中央に帰属しています。与えられた勤めを途中で投げ出すような不義理を持ち合わせぬことを、どうかお許しください」
「ふんっ。その献身ぶりだけは評価に値する。だが蕾を手折ることが己の果たすべき勤めだと、本気で思っているのか? だとしたら随分と立派な役目を仰せつかったものだな?」
全っ然、ダメっぽい!?
リリスティアさんは答えながら不快そうに顔を歪めていた。こちらの提案を受け入れる気は全くなさそうだ。
横柄で嫌味が多すぎるレオ様の言い方が原因、とかじゃないよね?
そう思ってしまうと、この人に説得を任せておいて大丈夫なのかと心配になる。
魔法陣の色はかなり薄くなっていた。
このままいけば交渉決裂。そして戦闘が始まってしまう。
黙ってろと言われたばかりだけれど、居ても立っても居られなかった。
私は心の中の応援旗を投げ捨てる。
後で怒られればいいだけだと腹を括り、自分なりの思いを告げる。
「リリスティアさん! 貴方は中央のやり方に忌避感を持っていらっしゃいましたよね? 仕える先へ忠誠心を持つことは大事だと思います! ですがそれはご自身の思いを殺してまで守るべきものなのでしょうか!?」
「ミアーレア、私たちは仕えるべき中央の為にこの身を捧げるのが役目です。忌避感や個人的な思いなど、本来ならば持ってはいけないのですが……どうやら私はまた、貴方へ“話しすぎてしまった”ようですね」
「本心を持つことさえいけないだなんて、そんなのおかしいです。私はもっと貴方の言葉が聞きたい! これからも貴方とお話ししたいし、私の話も聞いて欲しいです!」
考えを改めて欲しい。中央ではなく、こちらへ来て欲しい。貴方と敵対したくない。
リリスティアさんの心に届くように必死で叫ぶ。
しかし彼女の芯に響いたのは私の思いではなく、声色を低くして放ったレオ様の冷めた言葉だった。
「それらしい理由をつけているが、大方その姿を知られた中央の者に、脅される形でこの任を押し付けられたのであろう。違うか?」




