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一時的な停戦と状態の把握



「……あれ? 全然濡れてない? それに冷たくもない?」



 頭から豪快にかけられた瓶一本分の液体は、体に触れたそばからスゥッと染み込む。

 まるで魔法のように跡形もなく消えていった。


 ビシャビシャにならなくて良かった。そう安堵しているうちに、頭の動きを鈍らせていた麻痺もとれていく。


 冷静さが戻ってきたことで、それが知らないうちにどこかへお出かけしていたこと。合わせて、さっき感じた冷たさは皮膚に感じる表面体温の低下ではなく、気付かずに上気せていた頭と体が内側から冷えたからだと気づいた。


 どうやらこの液体は、状態異常を治す薬のようだ。



「問題はないようだな」



 レオ様は一瞬だけ私を見ると、すぐに目線を前へと戻した。

 私もレオ様の声と視線に釣られて前を見る。



「えぇっ!?」



 そして唖然(あぜん)とした。

 リスペリント先生が居たはずの場所。そこに立っているのが、彼ではなかったからだ。



(……あっ! そうだ! この人はリスペリント先生じゃなくて、彼の双子の妹のリリスティアさんだ!)

 


 しばしフリーズした後、そう思い出す。

 自然と疑問が湧いた。

 


(……あれ? 何でこんな勘違いをしてたんだろう? それにさっきまで、リスペリント先生になら殺されてもいいとか思っちゃってたよね?)



 混乱したまま、改めてリリスティアさんを見る。

 彼女はまるで縦半分に雑に切った2人分の人間の片側づつを取って、無理やりくっつけたような異様な姿で私たちを見据えていた。



 いやいや、おかしいよね?



 今までの遅れを取り戻すかのように、脳が急速回転を始める。

 そもそも彼女がこうなったのは、私がぶつけたベルクム粉で、中途半端に月魔法の幻影が解けたからだし。

 こんな違和感しかない見た目の彼女のことを、リスペリント先生そのもののように勘違いしていたなんてあり得ない。


 ついさっきまで、ここで死ぬのが最良だと思い込んでいたことも同じ。

 全然死にたくなんかないのに、そんな考えになっていたのは変だ。


 それに、たまたまレオ様の登場で助けられたから良かったものの、彼がくるのが少しでも遅ければ、この首は胴体と永遠にサヨナラしていた。 

 急死に一生を得たギリギリの状況だったことに、今さらながらゾッとする。


 鳥肌がたった両腕を摩りながら、この2つの不審な認識のズレが何処からきたのかと考えるも、答えは既に出ていた。

 

 原因はリリスティアさんとの会話途中で感じていた微風と甘い匂い。

 考えてみれば、閉じた空間の倉庫内で風が自然発生するはずがなかった。


 おそらくリリスティアさんは魔法でこっそりと風を紡ぎ、その風に乗せて媚薬もしくは精神作用のある薬を流していた。

 風下にいる私は、薬の効果を受けて軽い酩酊状態(めあていじょうたい)となる。


 そして彼女の目論見通り、リリスティアさんをリスペリント先生と誤認したのだ。

 自ら死を望むような流れへと誘導されたのも、薬で思考能力が落ちていたせい。


 そういえばレオ様も、“不用意に近づき、これの二の舞になる趣味など私は持っておらぬ。その手には、あとどれ程の薬を仕込んでいるのだ?”と言っていた。


 私みたいに薬で惑わされるのを警戒したと考えれば、不意打ちの攻撃を仕掛けたのも、リスペリント先生から速攻で距離をとるためだったと頷ける。

 あとは、そっちの手はバレてるぞっていう牽制も含んでいるのかもしれない。


 とはいえ、こんな危険な薬を簡単に個人が所有できるなんて、この世界はどうかしてる。

 海外から奇跡の国と評されるほど、違法薬物へ規範意識の高い日本育ちの私には言うべきことがある。

 


 危機管理意識、甘すぎか! 乱用半端ないよ!? 身をもって効果を体験した被害者もここにいますー! 薬事法の規制や取り締まりを強化せいっ!!



 心の中で、思いっきり不満を叫んだ。

 叫んだからといって、この鬱憤(うっぷん)が晴れたわけではない。

 だが一頻(ひとしき)り吐き出せたし、現状も把握できた。

 今度は現実に向き合うべく、恐る恐るレオ様を見上げる。

 

 

「あの、レオルフェスティーノ様? さっきは危ないところを助けていただき、ありがとうございます」



 レオ様は殺される寸前の私を助けてくれた。

 しかも薬でボヤけていた私の精神も治してくれるという、有難いアフターフォローつき。


 なんでここにいるのかは謎だけど、味方と思って良いんですよね? そう思いながら感謝を述べる。

 


「礼には及ばぬ。今回其方が引き出した情報は、非常に有益であったからな」

 


 何ということでしょう!?

 悪口でも不満でもない。まさかの感謝が返ってきた。口調も威圧感、少なめときた。

 


「私が引き出した情報? えぇっと、それは何のことでしょうか?」


「”神の雫”と“研究施設”についてだ。内部のものからの貴重な証言を得ることができた」



 はぁ、なるほど。中央の情報をゲット出来て、ご機嫌なんですね。



「あのお話は、そんなに価値のあるものだったのですか」


「本来、中央でのことは程度の高低に関わらず外部に出ることはない。中央に勤める際に交わす契約により、その一切を口にすることができぬからだ。だが此奴には、その縛りが効いていない。リスペリントの契約後に本人と入れ替わったのか、契約締結の際にリスペリントの名を騙ったのかその詳細は解らぬが、魔法契約をすり抜けているのだ。稀な事案であることに(たが)わぬだろう」



 いつものレオ様ならば鼻で笑って切り捨てそうな質問に対しても、今日は普通に説明してくれた。


 ありがたい。

 けれど機嫌の良いレオ様からは、いつもの不機嫌オーラの恐ろしさとは違う種類の不気味さというか、不謹慎にもなんていうか、これはこれで怖かった。


 もしかして、これ本人じゃなくて誰かがレオ様に化けてるとか? 


 リリスティアさんからの騙され経験があるので、自然とそう疑ってしまう。

 


「……少しでもお役にたてたのでしたら、光栄です」

 

謙遜(けんそん)することはない。あのような策に(はま)るなど、其方の正気とは思えぬ愚行には気が知れぬ思いであったが、しかし結果として、相手からたっぷりと情報を引き出すことに繋がったのだ。その身を()して相手の油断を誘う心構えと、零幸(こぼれさいわ)いには(いた)く感心する」

 


 感心? でも内容的に褒めてるわけじゃなさそうだ。

 脳内通訳さんに仕事をしてもらう。



 “あんな罠にかかって死にかけるなんてバカにもほどがある”。貴重な情報を得られた偶然に感謝しろ”

  


 ……うん。直訳した結果、やっぱり悪口だった。

 悲しいかな下手を打った自覚がある分、その言葉が刺さりまくる。


 とはいえこの棘のある嫌味を聞いて、彼が偽物ではなく本人だと確信した。

 だってこんなにもサラリと、“最後だけ褒める風にして、中身はめちゃくちゃ悪口”を言える人は、レオ様以外にいない。

 


「……はぁ。月魔法でご自身を隠していたのですか。不覚にも全く気がつきませんでした」



 私たちのやりとりを静観していたリリスティアさんは、大きなため息とともにそう吐き出した。


 いくらリリスティアさんとリスペリント先生が双子とはいえ、性別差や個体差はある。

 彼女の左右非対称で歪な姿は、本能に訴えかけるレベルでの不穏感を発していた。


 彼女の杖を持つ手は下がっている。

 それにさっきレオ様も、“攻撃を無効とする術”を使ったと言っていた。


 今は一時停戦中。のはずなのだがリリスティアさんの瞳の奥は、仄暗く不気味に光っていた。

 不要な発言をしてしまった自分の失態への後悔と、標的を殺し損ねた悔しさから、今にも攻撃してくるのではないかとハラハラする。



「当然だ。例えるならば経験豊富な騎士団員と初めて杖を振る()が同魔法を行使しても威力が異なるように、同じ属性持ちであっても習熟度や適性の差による優劣が現れる。つまり私の隠蔽(いんぺい)魔法を感知出来なかった理由は、其方の月魔法が脆弱(ぜいじゃく)だった故に他ならん」


「脆弱、ですか。私もそれなりの水準を納めているのですが……そうですね。レオルフェスティーノ様とは、埋めることのできぬ大きな隔たりがあることをよく理解することができました」


「では妙な気など起こさぬことだな。言うまでもなく、セリノーフォスに近い(月属性の習熟度が高い)私は其方の月魔法を感知することが出来る」



 レオ様も同じ不穏を感じているのか、リリスティアさんへ釘を刺す。


 時間経過により、戦闘の余波で辺りに舞い上がっていた粉塵は落ち着いていた。

 2人の会話を聞ききながら、私は視界の曇りが無くなった倉庫内の現状に軽く引く。


 2人が放った魔法が被弾した壁や天井は豪快に破壊され、床に至っては瓦礫が山積みとなっていた。

 その散乱した大量の瓦礫の隙間という隙間から、何かがキラキラと光っている。


 何だろう? そう思い、目を凝らす。

 それらは何本もの細い光の線で、よく見れば複雑な紋様を描きながらレオ様の足元を中心に放射線状に広がっていた。


 魔法陣? あ、この陣がレオ様が発動した攻撃無効魔法なのかも。

 少なくともこのキラキラが消えるまでは、レオ様とリリスティアさんの戦闘は始まらないはず。

 そう理解した私は、少しだけ安心して2人の会話に集中する。



「そのように牽制なさらずとも、分かっています。今更、月の光に隠れる(月魔法を仕掛ける)気などありません。貴方様相手に小細工が通用するとも思っていませんので。……それにしても、まさかレオルフェスティーノ様がミアーレアの為に助けに来られるとは意外でした」



 リリスティアさんは、軽く首を傾げて私を見た。



「勘違いしているようだが、好んでここへ来たわけではない。私はこれと結んだ取引に応じたまでだ」



 レオ様も声のトーンを落として、嫌そうな目線を私へ向ける。


 急に2人分の視線を受け反射的に姿勢を正した私だが、実はレオ様の言う通り、彼とは事前にある交渉を済ませていた。 

 


「私は貴方が風の講師権限を使用して、私を側近や使い魔から孤立させるのではと考えました。実際、予想通りになったわけですが、レオルフェスティーノ様と結んだ取引はその場合の対抗策です。レオルフェスティーノ様にも同じ場所に月の講師権限を行使してもらい、立ち入り制限を相殺してもらうお約束をしていたのです」



 その交渉には、ロンルカストとルディーが行ってくれた。

 帰ってきた2人から取引成立と聞いて胸を撫で下ろす私とは反対に、ルディーは不満そうに床のカーペットを前足でタシタシしていた。

 なんでも対価としてこっちが提案した回復薬無償提供を、想定の倍量で要求されたらしい。


 薬でアホになっていたから、すっかり忘れていたけれど、元を正せばリリスティアさんとの会話を伸ばして時間稼ぎをしていたのも、この策が実行されるのを待っていたからだった。

 


「なるほど。レオルフェスティーノ様はそういう体裁でここへいらっしゃったのですね」


「体裁ではない。取引に応じただけだと言っているだろう」


「そう仰るのでしたら、聞き方を変えましょう。お話を聞く限り、レオルフェスティーノ様は随分と前からここにいらっしゃったようにお見受けします。副領主様ともあろうお方が、いったいいつから私たちの会話を盗み聞きなされていたのでしょうか?」



 敵ながら私もリリスティアさんと、全く同じ気持ちだった。


 さっき話した講師権限だが、範囲と立入許可者を指定して呪文を唱えれば発動する。

 それはこの魔法が、不審者を排除して講義の安全を担保する為のものだからだ。


 横着(おうちゃく)なザラクス先生以外の講師は、いつも事前にこの魔法を使用し、生徒たちが集まった後でゆっくりと講義室へ来る。

 

 現代にあったら警備会社とか貸金庫会社とかが倒産しちゃうだろう便利魔法だが、私が言いたいのは、魔法使用者が魔法を発動する場にいる必要がないということ。

 つまりこの取引は、この倉庫へ来る理由にはなっていない。


 なんでレオ様がここにいるのか。

 純粋な疑問を抱きながら彼を見上げ、答えを待つ。



「無論、初めからだ。何か問題でもあるのか? むしろ其方たちのくだらん問答に無駄な時間を費やされた私には問題しかなかったのだが、注意を欠いた誰ぞのおかげで、図らずも使える情報を得ることができた。深く礼を言おう」


「それは驚きです。以前からミアーレアへは随分と厚い庇護(ひご)をかけているとは思っていましたがーー」


「えぇっ!? ちょ、ちょっと待ってくださいレオルフェスティーノ様! 今、“初めからこの倉庫にいた”と仰いましたか!?」



 私は思わず、リリスティアさんとレオ様の会話に割って入る。

 レオ様はやや表情を顰めるも、ごく自然に答えた。



「いったい何を聞いていたのだ? そんなわけがないだろう」


「あ、そ、そうですよね! 一瞬レオルフェスティーノ様が、この倉庫に来た時からずっと隠蔽魔法で私のそばにいらっしゃったのかと勘違いをしてしまいました。すみません、私の聞き間違いです」


「もう一度言うが、いったい何を聞いていたのだ? まず質問に対する答えの、根本的な捉え方が間違っている。良いか、私は“其方たちの会話を聞いていたのがいつからか”という問に対して“初めから”と答えたのだ。よって、私は“初めからこの倉庫にいた“と答えたわけではない。また其方の言った“ この倉庫に来た時から、ずっと隠蔽魔法でそばにいた”という認識も違う。私が魔法を行使したのは、“其方が家を出た瞬間”だからだ」



 そのあまりにも想定外な答えに、私はポカンと口を開け、しばし無言でレオ様を見つめる。



 え? 家を出た瞬間から隠蔽魔法を使ってた? えっ、えっ? じゃぁレオ様は今日一日中、隠れて私を見てたってこと? 何でそんなことを? あれ? ってことは風の行使権限も、最初から相殺されていた? そっか、だから“神の雫”の話とか、“研究施設”の話もきいてたのか。 ん、あれ? だったらあんな殺されるギリギリじゃなくて、もっと早く助けることもできたのに放置されてた? 



「……はい?」



 私は呆然と立ち尽くし、湧き上がる疑問に脳内を埋め尽くされながら、そう答えるのが精一杯だった。




 お読みいただき、ありがとうございます。

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