受け入れた夢の終わり
「残念ですが私は中央に仕える身です。任務を途中で投げ出す不義理は、持ち合わせていません」
「ですが聞いてください。私がいることで中央に不都合が出たり、悪影響を及ぼすことなんて何もないと思うんです! そもそも中央にいた時の記憶が殆どないですし、それに今知ったことも決して口外しないと誓います!」
なんとか見逃してもらう手立てはないのか。
中央は内部事情が漏れることを恐れて私を始末したいようだが、その必要はないと必死で訴えた。
「ミアーレア。中央を中央たらしめているのは、“神の雫”を神から授かる聖地だからです。もし“神の雫”が人工的に生み出されているものであり、更には失敗を繰り返していると知れれば、たちまち今までの権威は失墜するでしょう。中央からすると、“神の雫の一滴”という貴方たちの存在自体が禁秘であり、他領には決して出てはならないものなのです」
「そんな……では契約魔法を使うのはどうですか? 中央のことは絶対に誰にも話さないと契約を結びます!」
「貴方に騙すつもりはなくとも、前例のない契約内容には粗ができやすい。交わした契約の穴をすり抜け情報が漏れる可能性やリスクがある限り、交渉材料には成り得ません」
「ではでは、その、えぇっと……そうです! 私に中央でのことを話せなくする魔法をかけてください! そうすれば情報は漏れませんよね?」
そんな都合の良い魔法、あるわけがない。
無茶な提案をしていると思いながら、勢いだけで畳みかける。
「酷な話でしょうが、たとえここで私の不意をつき、今の難を逃れたとしても同じことの繰り返しです。中央に存在をしられた貴方はもう、中央から逃げることはできません」
「繰り返し? まるで永遠に次の追っ手がかかるような言い方ですが……」
「聡い貴方は、自分の状況を充分に理解している。私を退けた先にいるのは、第二、第三の追っ手です」
「えっ!? そ、それじゃ私は、死ぬまで中央に狙われ続けるんですか?」
「中央で芽吹いた蕾は、中央の手によって秘されるべきというのが上層部の考え方のようです」
リスペリント先生の答えは、遠回しなイエスだった。
サァーッと血の気が引いていく。
たとえこの窮地を脱したとしても、私の未来にあるのは抜けられないループ。
背後で包丁を振り回す誰かに恐怖しながら、グルグルと円の周囲を走る終わらない追いかけっこだと突きつけられ眩暈がした。
その時。どこからかふわりと、甘い匂いがした。
立ちくらみを起こしていた私は、香りにつられて一瞬ボウっとしてしまいそうになるも、フルフルと頭を振り目の前のことに集中する。
(殺されるなんてごめんだ、私は立派な貴族になって、怖い魔からみんなを守るんだから!)
杖結びの時、ここで貴族として頑張ると決めた事を思い出す。
決意とともに目にグッと力を入れ、リスペリント先生を見上げた。
「どんな追っ手がきたとしても私、簡単にやられるつもりはありません!」
リスペリント先生は私の視線を受け止めたまま、丁寧に諭すように言葉を落とす。
「私も貴方の運命には思うところがあります。貴方は逃れたはずの過去に追いつかれ、そして囚われなければいけない。とても残酷で無慈悲なことです。ですが自分は違う、ここに居るべきではないということはミアーレア、貴方自身が一番良く分かっているのではないですか?」
「それはどういう意味ですか? ここには私の大切な人たちがいます。支えてくれる人たちも、守りたい人たちだっているのに、居るべきではないだなんて、そんなことは思いません」
「言葉そのままの意味ですよ。私はこの地まで辿り着いた貴方の幸運を、賞賛すべきだと思っています。しかしそれは、貴方が言う大切な人々にとっても、等しく幸運だったのでしょうか? 例えば先日彼らが受けた被害は、本来ならば受ける必要のなかったものです」
「私の動揺を誘おうとしても無駄です。魔による襲撃の顛末は、ギルドに確認しています。彼らに被害は出ていません」
「確かに今回は運良く、死者が出なかったですね。街の崩壊も免れました。しかし次はどうでしょうか。それを退けたとしても、その次は? 貴方がここに居る限り、貴方が大切に思う人々や貴方を支える人々の元へは、エーダフィオンの蔓が伸ばされ続けるのでしょうね」
「それは脅しですか?」
「まさか。次の刺客がどのような手を使うか、私には分かりませんので。可能性の話をしているだけです」
「まだまだ未熟な私にできることは少ないですし、考えも足りないことは分かっています。でも私には、それを補ってくれるロンルカストがいます。彼の助けがあれば、こちらにも打つ手はあります」
「なるほど。ですがその優秀な側近は、貴方を庇うため犠牲の道を進もうとしましたね。このようなことが続けば、ロンルカストは本当に貴方の身代わりになってしまうのかもしれませんよ」
「……ルディーも戻ってきてくれました。敵にどんな手を使われたとしても、みんなの力を借りてまた防いでみせます」
「土属性の守りを随分と信用されているようですが、貴方が平民街へ向かったタイミングで、平民街ごと吹き飛ばそうと考えるものが居ないとも限りません。そうなれば貴方の使い魔や側近には、非常に広範囲なカバーが求められます。主人への守りを薄めてまで、彼らにその選択が出来るでしょうか」
「そ、それは……」
“ロンルカストお願いです! 前みたいにこの障壁を伸ばして魔から皆んなを守ってください!”
“それはできません。土魔法は範囲を広げた分だけ強度が落ちます”
平民街での魔の襲撃。
平民と私のどちらかしか選択できなかった状況下で、迷わず自らの主を優先したロンルカストを思い出す。
彼は私がお願いしても、平民を切り捨てるという判断を曲げなかった。
もしリスペリント先生が予想した、平民街ごと吹き飛ばされる未来が現実になったら……
そうなればロンルカストはきっとまた、範囲を狭め強度を最大にした障壁魔法で私のみを守るだろう。
ルディーだって同じ。
あの時なかなか姿を現さなかったように、平民の命を助けるよりも犯人探しに執心するかもしれない。
さっきは強がって反論してみせたものの、ロンルカストとルディーが平民を守ってくれる確信はなかった。
周囲を巻き込んでしまう。
それは私が一番恐れていることだった。
魔による大災害によって、多くの人々が命の危機にさらされた恐怖が蘇る。
薬屋前の広場に運ばれた多くの重症者たち。
血と肉の焦げる匂い。悲鳴、混乱、助けてとあてもなく縋る声。
先輩たちに囲まれ、その中で横たわるミグライン店長の姿。足りない薬。無力な自分……
あの時は、イリスフォーシアが気まぐれで手を差し伸べてくれた。
でももし彼女の力がなかったら、いったい何人の死者が出ていただろうか。
それ以前に、ルディーが陽の眷属を呼び出していなかったら? 陽の眷属と一緒にイリスフォーシアが現れていなかったら?
一つでもピースが抜けていたら、被害は甚大だった。
それに「またお会いすることはできますか?」と聞いた私に対して、イリスフォーシアは「残念なことにその道が照らされる未来は訪れないわ」と答えた。
次の奇跡は期待できない。
(次は誰かが死んでしまうかもしれない。私は皆んなを守りたくて貴族になったのに、これじゃぁ私のせいで、皆んなが危険になるだけだ……)
核心をつかれ、返す言葉が見つからなかった。
「そのような悲劇を貴方が願っていないことは、よく分かっています」
ふわりと、甘い香りが強くなった。
とても良い香りで瞼が重くなる。
リスペリント先生は右手に持っていた杖を消し、両手を上げる。
掌を見せて敵意や攻撃する意思がないことを示しながら、スッと私へ近づいた。
彼は呆けていたせいで後退りができなかった私の目の前まで来ると、上げていた手をゆっくりと下げる。包むように私の髪を撫でた。
「や、やめてください、リスペリント先生!」
「私から逃れ、私以外のものに捕まるのが望みですか? ……私はただ、貴方の最後を悲惨なものにしたくないのです。粗暴なものたちの手になど、かかってほしくない」
香りがまた広がる。
呼吸とともに体に取り込まれた香りは、芳しい蜜のような甘ったるさになっていた。
頭の中で溶け、思考がじんわりと麻痺していく。
「でも私はまだ、皆んなと一緒にここにいたくて……」
辛うじて口だけでしていた抵抗は、弱々しく途切れた。
「貴方がこの地で過ごした一時は、夢のようなものだったのです」
そう言ってリスペリント先生は、私を見る。
「夢……?」
「そう、とても美しい夢です。ですがこれは夢。終わりの鐘は唐突で、離れがたく感じるかと思いますが、貴方は居るべき場所へ戻らなければいけません」
透き通るような薄緑色の左目に、吸い込まれそうになった。
「私が戻るべき場所? それはどこですか?」
「エーダフィオンの廻りです。……安心してください。痛みは感じさせません。私とともに、静かな夢の終わりを迎えましょう」
胸が苦しくなって、頭がぼうっとする。
脳が機能不全を起こし、思考が反対周りに動き始めた。
そうだよ、これは夢。私は廻りに戻らなきゃ……
あれ? でも、でもみんなのことは……?
「後のことを危惧する必要はありません。貴方がここを去れば、貴方が大切に思う彼らは安息を得るのですから。それに貴方を支えていたものたちも、新たな支えるべき柱を見つけます」
優しく頭を撫でられている。
とても心地が良くてボーっとした。
……うん。私がいなくなったからって、何にも心配することはないんだよね?
「知っての通り私の心も、秘するものを持っています。ですので貴方の気持ちはよく分かりますよ。偽りを抱えたまま振る舞い続けるのは、とても苦しかったですね」
苦しかった。自分だけ世界の外側にはみ出しているように感じていた。
その中で、知らない世界で、知らない土地で、私、頑張ったよね。
でももう十分。この世界で頑張ることも、ここに遺る意味だって何もない。
「どうか分かってください。これはせめてもの花向けなのです。貴方に安らかな終わりを迎えさせる役目を、私へ与えてください」
リスペリント先生の瞳から目が離せない。
知らない追っ手に惨殺されるのは嫌だ。
誰かを巻き添えにするのはもっと嫌。
(最後は好きな人の手で、眠らせて欲しい)
「……はい、お願いします」
私は、コクリと頷くことで、命の灯火を消して欲しいと伝えた。
小さく口角を上げたリスペリント先生は、私の頭に左手を添えたまま、反対の手に杖を出す。
これから殺されるというのに、恐ろしく現実感がなかった。
首元にそっと杖を当てられながら、顎を軽く上げ、抵抗の意思がない事を示す。
全てが夢か幻で、まるで他人事のように思えた。
「……おやすみ、ミアーレア。エーダフィオン蔓は、この地で見た幸福な記憶とともに、貴方を迎えにきてくださいます」
最後に大好きな人の言葉を聞きながら、ゆっくりと目を瞑る。
瞼の裏に暗闇が訪れた。終わりの時を待つ。
「長い口上であったな。聞くに耐えぬほどくだらん能書きであったが、やっと終わったか」
それは唐突だった。背中から聞き覚えのある冷たい声が響いた。
次の瞬間、強く肩を掴まれた私はベリッとリスペリント先生から引き剥がされる。
そのまま乱雑に後ろへ引っ張られ、強制的に彼との距離を取らされた。
穏やかな死を覚悟していた私は、急な乱入者への驚きに加え、手荒な扱いで転びそうになり慌てて閉じていた目を見開く。
自分の肩を掴む誰かの手を辿る。
顔を上げた先で、カチリと目が合ったのは蒼い瞳。
「ひゃぃッ!? レレレ、レオルフェスティーノ様っ!? どうしてここにいるのですか!?」
そこにいたのは、不満を表した言葉とは裏腹に、やけに機嫌の良さそうなレオ様だった。
お読みいただき、ありがとうございます。
気づけば連載から1年が経ち、3章も終わりに近づいて参りました。
ここまで物語を形にできたのは、ひとえに読者の皆様のお陰です。心からの感謝をお伝え致します。
本当に本当に、ありがとうございます。
ミアという1人の少女とこの物語を暖かく見守り、どうぞこれからも共に育ててくださいますと幸いです。




