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“神の雫”と“神の雫の一滴”


「『“神の雫”とは神より(たまわ)る雫。信仰の中心である神殿を有する中央へ贈られる祝福の蕾である』と中央は公表しています。しかし内実は、そのような神聖なものではありません。“神の雫”は神から(ほどこ)されているのではなく、中央がもつ研究施設により産み出されているのです」



 そう切り出したリスペリント先生の口調と表情は、その研究を忌み嫌っていることをありありと示していた。


 

「“神の雫”と呼ばれる子は、信仰により授かるものではなく、中央の研究により作為的に創り出されているのですね」

 


 リスペリント先生が言わんとしていることとは違うと思うが、日本では珍しくもなくなった不妊治療による体外受精。いわゆる試験管ベビーを思い浮かべながら、彼の話についていっていることを示した。


 21世紀地球育ちのリケジョからすれば、“この子は神様から授かりました”なんて言われるより、“この子は研究所で産まれました”と言われた方が、全然リアリティがある。

 まぁ、どこかの神狐に拉致された私が言うのもあれだけど。

 


「えぇ。まず“神の雫”とは、生まれながらに異なる知識と、絶大な魔力を持つマレビトのことを示します。そして中央は長年、自らの権威を保つために“神の雫”を生み出す研究に尽力してきました」


「そんなに力を入れているのに“神の雫”の出現は、数十年に一度だけ? 中央の研究は、あまりうまくいっていないのですか?」


「貴方の推測の通り、研究の成功率は限りなく低い。膠着(こうちゃく)した現状を打破(だは)するためなのか、元々そういうものだったのかはわかりかねますが、私が中央の施設で目にしたのは、人の尊厳を無視した悪辣な研究を推し進める、研究者の異常さでした。……いえ、やはりあれは研究などとは呼べません。非人道的な方法で蕾を得ることと引き換えに、その変則さが奇跡的に“神の雫”へ至ることを期待した、神頼みに近いやり方です」



 常にテンションは低空飛行ながら、基本的に穏やかなリスペリント先生がこんなにも露骨な不快感を表すのは珍しい。


 非人道的なやり方で子どもを作るという意味は具体的に理解できないまでも、その研究は相当に酷いものなのだろう。



「長い時間をかけても願う成果が出なかったので、研究者たちの思考も、色々とねじ曲がってしまったのかもしれないですね」


「そうですね。私も彼らが初めから曲がっていたわけではなかったことを願うばかりです。自らの領地を聖地と(うた)いながら、その中で冒涜(ぼうとく)を犯すとは、なんとも皮肉ですから」


「リスペリント先生は、中央やそのやり方があまりお好きではないのですね」


「何故そう思うのですか?」


「あっ、いえ。ただ、リスペリント先生がそのように感情を出されるのは、とても珍しいと思ったので」


「あぁ、すみません。中央というわけではなく、あの施設に忌避感(きひかん)があるのかもしれません。私は今回の任につくまで、施設の存在すらも知りませんでした。ですので、まだうまく飲み込めていないのです。……少し、話しが逸れてしまいましたね。“神の雫”に戻りますが、そこでは研究が重ねられた分だけ“神の雫に至らなかった数多の蕾”が生み出されています。そして彼らのことを、中央では“神の雫の一滴”と呼んでいるのです」

 

「“神の雫の一滴”? さきほどリスペリント先生は、私のことをそう呼びましたよね? “神の雫”になれなかった沢山の失敗作が“神の雫の一滴”で、私もその中の1人だと言いたいのですか?」


「明け透けに言うとその通りです。貴方は私たちとは異なる知識を持っています。それは明らかに中央の研究施設による産まれであることを証明していますが、しかしながら中央からは“神の雫“ではなく“その一滴”と判断されています。おそらく、“神の雫”と称するには、貴方の魔力量が不十分だったのでしょう」



 私が“神の雫“の失敗作だと判断された理由は、魔力量が云々というよりは、陰属性が低すぎるからじゃないか。


 七冠くぐりの儀式で中央から派遣されたお爺ちゃん祭司は、私が持つ板上の精霊石も、バッチリと確認したはずだ。

 陰属性の精霊石は小指の爪程度の大きさしかなく、他の石が大きかっただけに、板上に並べられると余計に小さく見えた。


 お爺ちゃん祭司は小粒の精霊石から陰属性の低さを推し量り、私へ“神の雫”の失敗作である“神の雫の一滴”の烙印(らくいん)を押したのだろう。


 彼とのやり取りの中身は、和やかだった表面上の雰囲気とは真逆。鎌をかけられていたのに加え、品定めもされていた。貴族の笑顔は怖いと改めて思った。


 また同じ中央に勤めるものでも、持っている情報に違いがあるようだ。

 陰属性について全く触れないリスペリント先生の様子からそう思うも、口に出すことはしなかった。


 “陰属性”と“神の雫”に大きな関係性があることを、不用意に広めるのはご法度。

 情報元のザラクス(陰の講師)先生からも、口止めをされているし、騎士団では完全に魔を倒しきれていない話に繋がると不要な混乱を招いてしまう。


 自分の研究成果を見せびらかしたいオッサンにしか見えなかったが、中央の上層部しか知らない極秘情報までも、自力で突き止めているザラクス先生の知見が異常なんだよね。

 加えて一生徒でしかない私へ、あっさりとその禁忌に近い情報を開示してしまうあたり、変人が極まっている。

 

 そんな余計な事を考えていたせいで、返事が遅れてしまった。

 中途半端に間を空けてしまった私に代わり、リスペリント先生が話を続ける。



「“神の雫の一滴”の運命は、彼らの研究の礎となるのみの過酷なものです」


「過酷? 先ほども、私が“(さん)たる過去に忘れたふりをしている”といっていましたよね。“神の雫の一滴”の扱いは、それほどに酷いものなのですか?」


「私たちには到底、理解できない醜悪さとだけお伝えします。これ以上のことは、とても言葉にできません」



 研究の失敗作として生まれた子供たちの扱いは、口にするのさえ(はばか)られるのか。

 中央のヤバさだけが、頭にインプットされていく。



「……中央はとても恐ろしいところなのですね」


「えぇ。貴方は自身の環境に堪えきれず、中央から脱走を試み、そして成功したのでしょう。ですのでミアーレア、当時のことを無理に思い出す必要はありませんよ」



 リスペリント先生は、私が神の雫の成り損ないの1人と確定している。

 もちろん私はこの体の持ち主に、途中から乗り移っただけなので、中央の出身でも、“神の雫の一滴”でもない。


 でもこの体の持ち主が、本当は何者であるかも覚えていなかった。

 彼の言う通り、この子が“神の雫の一滴”で、中央からの脱走者という可能性は残っている。

 でも、もしそうだとしたら大きな疑問が浮かぶ。



「仮にですが、私が中央から逃げた“神の雫の一滴”だと仮定します。ですが中央からここ、アディストエレン領までは、かなりの距離がありますよね。覚えていないのでなんとも言えませんが、自力で逃亡できる距離とは思えません」


「おそらく、自力ではなかったのでしょう」


「それは私に逃亡を手助けする協力者がいたと言いたいのですか?」


「いいえ、そうではありません。少し前、ある事件がありました。中央から出荷された“神の雫の一滴たち”を乗せた馬車が、道中で魔物に襲われたのです。それはこの街に隣接した森で起きた出来事でした。貴方がミグラインの店に現れた時期とも、重なります」


「あ、馬車……!」



 初めてこの世界に来た時のこと。

 訳もわからず森で彷徨う途中、派手に横転した馬車を見かけたことを思い出す。


 ……そうか。中央から何処かへ輸送されていたこの子は、魔物に襲われた馬車が横倒しになった衝撃で、開いた扉から飛び出してしまったのかもしれない。

 そのまま事故の混乱に乗じて逃げ出そうとして、途中で力尽きたとか?



「思い当たることがあるようですね。“神の雫の一滴”の存在は、他領には隠匿(いんとく)されています。それ故に、中央はあの事件に関して無関係の姿勢を貫いていましたが、しかし水面下では生存者の存在を探っていました。そして貴方を見つけたのです」

 


 リスペリント先生は目を伏せ、物憂(ものう)げな顔をした。

 彼も上からの命令に仕方なく従っているだけで、私を捕まえることは不本意な任務なのかもしれない。

 それに“神の雫”の研究施設のことも、苦手って言ってたし。

 


「リスペリント先生の言う通り、私は“神の雫の一滴”かもしれません。でも中央でのことは、本当に何も覚えていないんです。その、どうか見逃してもらえませんか?」



 一縷(いちる)の望みをかけて、真っ向から命乞いをする。

 そんな私へリスペリント先生は、哀しげな視線を返したのだった。



「残念ですが私は中央に仕える身です。任務を途中で投げ出す不義理は、持ち合わせていません」



 



 お読みいただき、ありがとうございます。

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