表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/229

帰還の挨拶



 目が覚めたら、自分の部屋のベットにいた。


 ものすごくよく寝た気がする。

 最近、店番終わった後も、店の裏で精油作りしてたので寝るのが遅かった。久しぶりに睡眠不足が解消されて頭もスッキリしている。


 立て付けの悪いオンボロ窓から外を見る。懐かしい景色と、懐かしい空の色にホッとした。いや、空の色は同じなんだけど、気分的にね?


 雲ひとつない空には太陽が、高い位置で輝いていた。

 え? 太陽が、高い位置?


 やってしまった! 大遅刻だ!


 四の鐘も、鳴ってしまっているかもしれない。急いで服を着替え顔を洗い、濡れた手で髪を撫でつけた。屋根裏部屋改めマイハウスを飛び出すと、バタバタと外の階段を降りて一階のお店に降り、開口一番大きな声で言った。



「すみません! 寝坊しました!」



 遅刻した場合は、大きな声で素直に謝った方が見逃してもらいやすいと、新社会人用の啓発本に書かれていた。いざという時のために、本屋で立ち読みしておいて良かった。

 私は思い出したマニュアル通り、店頭幕をくぐった瞬間、ハキハキと大声で遅刻の謝罪して頭を下げた。



 「……」



 おかしいな、返事が無い。誰もいないのかな?


 ソロソロと顔を上げると、カウンターで店番中のサルト先輩の緑色の瞳と目があった。キョトンとした顔をしている。



「あ、すみませんサルト先輩! 寝坊して遅刻しました」


「ミア。お前、今日のシフトは休みだ」


「え? そうでしたっけ?」


「あぁ。なかなか降りて来ないから、皆んな心配していた」


「わっ、心配をおかけしてすみません。最近寝不足だったので、たくさん寝てしまいました」


「店の裏に、顔を見せに行ったほうがいい」


「はい! ありがとうございます」


「それと」


「それと?」


「……お帰り、ミア」


「 !? はいっ! ただいまです、サルト先輩!」



 普段はクールなサルト先輩が見せた精一杯の感情表現。顔はいつもの無表情だが、いつもより瞳の色が穏やかで、目元も優しげな気がする。

 なんだろう、恥ずかしいのと嬉しい気持ちでこう、胸の辺りがうずうずする。頬も緩んで、自然とによによとしてしまう。

 なんともむず痒い気持ちを抱えたまま、私は店の裏の調剤部屋へ顔を出した。



「お疲れ様です! ミグライン店長! 先輩! 恥ずかしながら帰ってまいりました!」



 変なテンションのまま、ビシッと揃えた指を額に当てて、一等兵よろしく挨拶してしまった。敬礼をやめて調剤部屋を見回すと、店長も先輩達も作業の手を止めて固まったまま、誰一人動こうとしない。素材を煮出している鍋が沸騰する音だけが、グツグツとやけに大きく聞こえた。


 あ、完全に滑った。 やってしまった。


 高ぶっていた気持ちもシュン、となる。


 サルト先輩が柄にもないことを言って、感傷的な気分にさせたせいだ。つまりサルト先輩が悪い。この空気は、全部サルト先輩のせい!


 自己嫌悪とサルト先輩への責任転嫁を心の中で叫ぶ。調剤部屋が沈黙で包まれる中、不意にミグライン店長が口を開いた。



「ミア、よく帰ってきたね」



 感情の高低差が、半端ない。

 萎んでいた胸の内側に、再び嬉しさが込み上げてくる。鼻がツンとなって、ブワッと溢れてきた涙で、顔がぐしゃぐしゃになる。



 私、帰ってきたんだ

 生きて、ここへ帰ってこれたんだ


 嬉しい、嬉しい

 

 皆んなとまた会えて、嬉しい

 

 ここにいることが出来て、嬉しい

 

 どうしようもなく、嬉しい



 ここに立っている実感と、安心と嬉しさと、ミグライン店長の言葉と、ほんのちょっとだけ下がった目尻と、もうよく分からない感情で押しつぶされるがまま泣いた。


 私が泣き出したことにぎょっとした店長と先輩達が、煮込んでいた鍋や、刻んでいた包丁などの作業道具を放り出して、オロオロしながら寄ってきてくれた。

 皆んなどうすればいいのか分からないのか困りながら、でも目は私を心配してくれているのが分かった。嬉しくてさらに泣いた。


 調剤部屋の動揺を察知して、店番を放り出し何事だと店の表から顔を出したサルト先輩が、急いで涙を拭く布を持ってきてくれたのを皮切りに、皆んな一斉に布を探して差し出してくれる。エルフの不器用な優しさが嬉しくて、私はまた泣いてしまった。


 両手に大量の布を抱えながら、一頻り泣いて落ち着いた後、紺色のワンピースの腰部分に手を当てながら、やれやれという表情をした店長から「ギルドにも顔を見せにいきな」と言われた。



 確かに、常連さん達には、貴族区域の入り口まで見送りをしてもらった。帰りも送り届けてもらった記憶が、ぼんやりとだが蘇ってきた。

 本当に私の帰りを待っててくれたんだ。皆にお礼言わないと、だね。



「はい! ギルドへお礼を言いに行ってきます!」



 店長に促され、勢いよく店を出たのはいいものの、ギルドの場所を知らないと気づき、すぐにくるりと元の道を戻った。

 一回店に戻り、ギルドの場所も知らないのかいと、呆れ顔の店長から許可をもらい、店番中だったサルト先輩にギルドへの案内兼付き添い役をお願いする。


 さっき大泣きしたばかりで、サルト先輩の隣を歩くのが恥ずかしかったので、後ろから静々(しずしず)と付いて行った。

 スラリとした背中と長い足に続く。サルト先輩の緑の後髪は、いつも通りツンツンしていた。


 サルト先輩は、時々ちらりと振り返っては私の顔を確認してまた前を向く。さっきまで泣いていた私の事を、まだ心配してくれているようだ。

 嬉しくて綻ぶ顔を隠すために、私は下を向いてサルト先輩の黒いズボンだけを見ながら歩いた。

 目が霞んできたが、夏の暑さで汗が目に入っただけ。全然、涙がぶり返してきたとかじゃないんだから。

 


 ギルドに着いた。想像よりも大きくて立派な建物を、はぁーっと、見上げる。

 横長でヨーロッパの王宮っぽい。荒くれ者の冒険者達の巣窟というよりは、ギリシャの国会議事堂って感じがする。


 絶対に一人じゃ尻込みして入れなかったな。なんたって私は、デパートや駅ビルのちょっとお高そうな服のショップに入るのも、勇気が出なくて諦めたりする小心者だ。美人なショップ店員さんがいたら尚の事足がすくむ。


 標準顔の店員さんの方が、絶対に親近感が出てお店に入りやすくなると思うけど、何故に美人を揃えるのだろうか。社長の好み? 世の中はなんて不条理なんだろう。

 スタイル抜群の店員さんに、私も今着てるんですけどと、一押し商品を紹介されても全く参考にならない。スタイルが違いすぎて、買うのが億劫になるだけだ。

 ファッション業界に異議を唱えつつ、サルト先輩に付き添ってもらって良かったと心から思った。


 重い入り口の扉を、サルト先輩にギギッと開けてもらって中に入る。受付カウンターに座っていたロランさんと目が合った。

 ロランさんは、「ミアちゃん!」と言いながら、ふわふわのオレンジ髪をなびかせて受付から飛び出すと、ギュッと私を抱きしめてくれた。モフっとロランさんの柔らかい胸に頭が埋まる。暖かい抱擁に安心感を感じて、私もロランさんの背中に手を回してギュッと抱きついた。


 受付カウンターの右奥には、沢山のテーブルと椅子が並び、壁には依頼書らしき紙が一面に貼りつけられていた。壁の依頼書を指差しながら、隣の人と何かを言い合ったり、テーブルで情報交換をしたりと、冒険者達でガヤガヤと(にぎ)わっている。


 ロランさんの声で私が来たことに気がついた常連さん達が、ある人はテーブルから立ち上がり、ある人は壁の依頼書から目を離して、ゾロゾロと私の元へ集まってきてくれた。

 皆、目尻を下げた優しい笑顔でお帰りと口々に言いながら、ロランさんから離れない私の頭をポンポンしてくれたり、肩をギュッとしてくれた。

 エルフの不器用さとはまた違う、ダイレクトで暖かい優しさに当てられて、私はまた大泣きしてしまった。


 さっきあんなに泣いた筈なのに、涙って枯れないんだね。泣いている私を慰めるために、皆がわざと明るい話をしてくれる。



「ミアちゃんを待っている間、俺達、門を守る騎士様と仲良くなっちまったよ。見た目おかたそうで、ぜってぇにお近付きになれねぇとおもってたけど、この前の調査隊の話とか魔の話、結構盛り上がったよな?」


「ロランのやつ、寝てるお前を死んでると勘違いして、大泣きしてよー。そのあと、腰抜かしたんだぜ? ミアと違って、おぶって帰るの重くて大変だったなぁ?」


「グズグスッ、そうなんですか? ロランさん?」


「もうっ、あれは誰でも勘違いするでしょう!? それに重くないし! 訂正しなさいよっ、パルクス!」


「ふふつ、ぐすっ、ふふふっ」



 最後は、泣き笑いになった。

 皆んなも笑っていて、真顔なのは私の横にいるサルト先輩だけだった。でもその緑色の瞳と前髪は、楽しそうに揺れている気がした。

 私が泣き止むのを待って、背中をさすってくれていたパルクスさんが言う。



「ミアちゃん、貴族からのお咎めが無くて、本当に良かったなー?」


「パルクスさん、ありがとうございます。 ぐすっ、なんか、お咎めじゃ無くて、お礼を言われました」


「えぇ? 貴族からの礼?」


「はい、ずずっ。この前、お店に来た貴族が頭が、痛いって言ってたから、アドバイスしたら、ぐすん。そしたら、痛みが楽になったって」


「それほんとかよ、ミアちゃん」


「感謝なら感謝したいって、そう、手紙に書いてくれたら良いのに、ぐすっ、人騒がせ、ですよね!」


「ま、まぁ平民が召喚状を受けること自体、滅多にない事だからなー」


「あんなの、しょっちゅう貰ったら、スンっ、 寿命が縮まりますよ!」


「まぁ、そうだな。とにかく、ミアちゃんが無事に帰って来れて、良かったぜ」


「あ、そういえば、来週も来いって言われました」



 私の言葉に、常連さん達の笑顔が固まった。和やかだったムードがピシリと凍りつく。

 急いで、「もう道順は覚えたので、見送りは大丈夫ですよ!」と、ちゃんと1人で行けますアピールをした私だが、元の空気が戻ってくることはなかった。

 その後ギルド長室に呼ばれ、ロランさんに案内されてカウンターの左奥にある木でできた傾斜の急な階段をトントンとのぼる。中で待っていたギルド長と呼ばれた年配の男性に、貴族区域でのこと、再び登城する理由などを詳しく説明するはめになった。


 私とサルト先輩にソファーを勧め、自分はその対面のソファーに座ったギルド長は、水色髪で細身の男性で、顔色があまり良く無い。さらになぜか私の話を聞くごとに前屈みになっていった。


 ギルド長ってお仕事が大変なんだろうな。忙しいのに、私の話も聞かなきゃいけなくなって、申し訳ないです。書類が山積みになった奥の机を見ながら、ごめんなさいと心の中で謝罪した。


 ギルドへの報告が終わり、ギルド長室まで一緒に来てくれたサルト先輩と、お店へ帰る。体調の悪そうだったギルド長に、何かお薬を渡した方がいいかな?と、考えるうちに薬屋についた。


 数時間前に大泣きした手前、皆んなと顔を合わせるのが照れ臭くて、おずおずと店に戻る。

 そして、サルト先輩から来週も貴族街へ行くことを報告されたミグライン店長からめちゃくちゃ怒られた私は、さっきまでとは違う意味で涙が出そうになったのだった。




エルフは前髪でも語るのです。(ミア個人の感想です)


ミアの子守が盾についているサルト先輩、流石です。エルフ界では役に立ちそうもないスペックだけど、きっといつか何かに役立つことがある・・・といいね!

ギルド長はお疲れ様です!




お読みいただき本当にありがとうございます。

当初は、自分がこんなに毎日投稿できるとは思ってもみませんでした。

読んでいただいている皆様に支えてもらっているおかげだと実感しています!本当に感謝です。


次回は明日の夜、更新いたします。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] >恥ずかしながら帰ってまいりました ほとばしる戦後感……!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ