中央の蕾
新作小説が完結いたしました。
訳ありシスターへロマンスを ~死にたがりの変人勇者のせいで教会を追い出されたシスターのハッピーエンド~
https://book1.adouzi.eu.org/n2501ha/
また活動報告にて、この作品で描きたかった想いなどをしたためております。
宜しければこちらも、ご一読くださいませ。
「否定しなかったのは、その……、あの時は領主一族様や、沢山の方がいらっしゃいましたので、緊張していたんです」
私は苦しい言い訳をしながら、言葉を濁していた。
これまでは病弱で世事に疎いという設定で、常識知らずを誤魔化してきた。
でも生まれ育った故郷の気候を知らないのは流石におかしい。
突然はじまった審問に狼狽える。
リスペリント先生はそんな私をジッと見つめ、更なる追求をした。
「なるほど、私からは落ち着いて見えましたが、緊張していたのですか。ではもう一つ、教えてください。今しがた貴方は、北が温暖なことに驚いていましたね。貴方の中では、北は寒冷な場所なのでしょう。その認識を、一体どこで得たのですか?」
……まずい。
“北が寒い“のは、前世界の法則に準じたもの。
この世界では、道理が異なるのか。知らなかったとはいえ、口にする前にその可能性を考えなかったのは迂闊だった。
「それは、えーっと、勘違いをしていました。北が寒いなんて、おかしいですよね。勉強不足で変なことを言ってしまって、お恥ずかしいです……」
出身地の偽証に加えて、ポロリと零してしまった失言を誤魔化さなきゃと焦る。
しかし解決策は見つからず、私はモゴモゴと言い訳を重ねながら、視線を彷徨わせることしかできなかった。
「どうやら、“あの話”は本当のようですね」
静かな声でそう呟いたリスペリント先生は、ゆっくりと私へ近づく。
彼の中で、何かを納得したような言い方だった。
不穏な空気を感じた私は、彼が近づいた分だけ後退りをする。
「……“あの話”とは、何のことですか?」
「たった今、貴方が証明したことです。その不可思議な常識は、“貴方たち”を判別するための方法の一つだそうですよ」
ハッと息を呑んだ私は、それ以上の驚きが顔と言葉に出ないよう、慌てて口を結ぶ。
リスペリント先生は、私の正体が異世界者だと言外に示唆していた。
同時に私以外にも、転生者がいることを知る。
「……。」
「安心してください。私はこの任に付いたので、特別に情報開示されましたが、本来は中央の上層部のみが持つ機密事項です」
そう聞いても、安心なんてできるはずがなかった。
動揺が加速する中、七冠くぐりの儀式で中央から派遣されたお爺さんを思い出す。
(……そうかあの祭主、彼が全ての元凶だったんだ)
好々爺を装った彼は、問答の中に異世界者を炙り出すための罠を張っていた。
彼は罠にかかった私が異世界者だと気付き、リスペリント先生を差し向けたんだ。
その結果、平民街を巻き込むほどの大騒動へと繋がってしまった。
(あの時、ルディーの言う通りもっと発言に気を配っていれば……。そうすれば、こんなことには、ならなかったのに)
騒動の一連の流れと黒幕を把握し、悔しさと後悔が込み上げる。
ルディーが中央を警戒していた意味も、やっと理解した。
ただ忠告をくれたルディーでさえも、中央の上層部のみが持つ異世界者の判別方法までは知らなかったのだろう。
知っていたら、“質問への答えをはぐらかすように”なんて言わずに、もっと具体的な警告をしていたはずだ。
「……すみません。リスペリント先生の仰っている意味も、“貴方たち”と呼ぶ方々のことも、私にはよく分かりません。何かの間違いではないでしょうか?」
これで言い逃れができるだなんて、甘いことは思っていない。
「ミアーレア、貴方が何者であるかは、先の質問でよく分かりました。私が言った“貴方たち”とは、貴方と出自を同じくする者のことです」
案の定リスペリント先生は、分かりきったことを諭すような目をする。
その言葉を聞きながら、私の頭の中は中央が異世界者を判別しようとする目的、彼らに捕まったらどうなるかでいっぱいだった。
リスペリント先生は、“貴方を欲しているのは私ではありません。中央です。”と言っていたが、先日起きた平民街の魔物騒動では、命を落とす寸前だった。
“貴方を欲する”というオブラートに包んだ言い方の中身には、“身柄の生死は問わない“という意味が含まれているに違いない。
「……先生の誤解だと思います。私の出自は、トレナーセンです」
(中央が異世界者を……私の命を狙ってる。そんなの、どうすればいいのか分からないよ)
何も持たない自分が、大都市の権力者たちの足元で右往左往するちっぽけな蟻のように思え、くらりと眩暈がした。
「貴方がエーダフィオンの蔓を離れたのはトレナーセンの街ではありません。それどころかこの地でもないのですよね」
追い詰められた私は、自分の足が止まっていることにも気がつかず、ただ否定する。
「私は……私は、フィエスリント家の系譜に連なるものです」
「いいえ、それは違います。貴方は、“中央の蕾”です」
「……え、中央?」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。
「ミアーレア、貴方が中央から溢れた“神の雫の一滴”だということは、もう隠さなくとも良いのですよ」
「私が神の雫!? い、いえ、本当に違うんです! 私、中央へは行ったこともありませんし、神の雫だなんて、そんな大それたものではありません!」
“神の雫”は何十年かに一度、中央で生まれるこの世界の救世主の二つ名だ。
神の雫が現れると、魔の発生率自体も下がると言われている。
強い陰の力を持っている神の雫は、本当の意味で魔物を倒せる。
だから魔物の発生率も下がるというのが、ザラクス先生の推測だった。
比較するまでもなく、私は弱いし陰の力もちょっとしかない。
そんな私が重大な使命を担う“神の雫”だなんて、人違いも甚だしい。
声を裏返しながら必死で否定していると、リスペリント先生は眉を顰め悲痛な顔をした。
「私は中央で貴方たちの現実を見ました。ですので惨たる過去に忘れたふりをする貴方の健気さには、心が痛む思いです」
「忘れたふりだなんて、違うんです! そんな記憶は本当にありませんっ!」
「では無意識に、過去の記憶を胸の底に埋めたのでしょう。それも当然です。私も実際に働くまで、中央であのようなことが行われているとは、思いもしませんでしたので」
本気で私を憐れむ様子のリスペリント先生を見ながら、疑問が湧く。
神の雫って、この世界のヒーローなんじゃないの?
「あの、リスペリント先生。神の雫は、とても強い力を持っている貴重な人物なのですよね? 先生の言い方ですと、まるで神の雫が中央では酷い扱いを受けているように聞こえるのですが?」
長い前髪の奥で明らかに視線を落としたリスペリント先生は、暗い声を出す。
「貴方が何も知らずにあの地で過ごしていたのか、それとも忘れたふりをしているのかは分かりません。ですが私の口からあの実情を伝えるのは、少々憚られます」
忘れたふり? ……もしかして、この体の本来の持ち主の記憶が思い出せないのも、そうなのかも。忘れたふりをしているのかもしれない。
私になる前のこの子のことを思い出そうと、今まで何度も努力した。
知りたいと願ったのは、図らずも憑依してしまった罪悪感からだったが、どうしても無理だった。
唯一、掴むことのできた記憶は、冷たくて薄暗い視界の中でじっと壁を見ているという、よく分からないもの。
リスペリント先生の話は、この子のことを知る手がかりになるかもしれない。
彼の確信を持った話し方は、私にそう思わせた。
おずおずと彼を見上げる。
「……お願いします。リスペリント先生が知っている神の雫のことを、私に教えてください」
ふぅと、ため息をついたリスペリント先生は軽く頭を振る。そして重い口を開き話し始めたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




