彼女のピロートーク
新作小説を執筆致しました。
10話完結の短編です。
「訳ありシスターと死にたがり勇者へロマンスを」
https://book1.adouzi.eu.org/n2501ha/
宜しければこちらも、ご一読くださいませ。
「“私なんか”というその発言は看過できませんね」
ただの時間稼ぎの発言だったにも関わらず、返ってきた予想外の答えに私はハッと息を呑んだ。
聞き覚えのあるフレーズは、演習場の片隅で受けたプロポーズを思い出させる。
その時の光景と交わした会話がぶわりと蘇った。
“私とともに、中央へ行きませんか? 私の婚約者としてならば、ともに中央へ行くことが可能です”
“ここっ、婚約者っ!? 婚約ってその、夫婦になるということですか!?”
“私からの申し出は、それほど不快でしたか?”
“そそっ、そんなことないですっ! ちょっと驚いただけで、あのっ、でも、先生は私なんかで良いのでしょうか!? だってまだ3回しか会ったことが無いのですよ!?”
“「私なんか」というその発言は看過できませんね。また貴方に惹かれる理由に、回数は必要ではありません”
“惹かれる!? いや、だって、えぇっとそのぉ……で、ではリスペリント先生が私を選んでくださった理由をお聞かせください”
“はい。喜んでその理由をお伝えいたします。貴方といると私は話しすぎてしまうのです”
ふわりと笑いながら、私を選んだ理由を話したリスペリント先生。その顔を思い出しチクリと胸が痛んだ。リスペリント先生はもういない。だって全ては幻影だったのだから。
そして何より、恋が成就したと舞い上がっていた自分を思い出し猛烈に恥ずかしくなったが、命の危機に瀕した今はそれどころではなかった。
少しでも会話を引き伸ばすために口を開く。でも動揺からか、声が揺れてしまった。
「あ、あの、その……なぜ今、その言葉を言ったのですか?」
「そうですね。お答えするのが難しいですが」と前置きした彼女は、斜め上の何もない宙を見ながら理由を話し始める。
「私から貴方へ紡いだものの全てが真実というわけではありませんでした。ですが、全てが違うというわけでもなかった。とでも言えばいいのでしようか。……今更こんなことを言っても、信じられないかもしれないですが」
最後に小さく苦笑した彼女は視線を戻し、私を見る。
「それは、“本当のこともあった”ということですか?」
「えぇ、そしてたとえ嘘と本当が入り混じっていたとしても、貴方と言葉を交わした時間は、私にとって確かに心地の良いものだったのです」
そう言った彼女は、何故だろうか。まるでリスペリント先生そのもののように見えた。私はリスペリント先生に語りかけているような気分を感じながら、口を開く。
「……私もです。最初の講義のことを、覚えていらっしゃいますか? 居残りで伝令魔法を教えていただいた時のことです」
「もちろん覚えていますよ、ミアーレア。私は貴方に、何のために立派な貴族になりたいのか、“貴方の中身”について尋ねました。この質問に対して貴方は、“模範回答ができない”と、とても苦しそうな表情をしていましたね?」
「はい。……私の答えはとても歪で、それを貴族らしくないと否定されることが、とても怖かったんです」
でもリスペリント先生になら、話せると思った。それに私は、絶対に分かってもらえないと諦めたフリをしながら、本当はずっとずっと、聞いて貰える誰かを渇望していたのだ。
“わ、わたしっ、わたしはっ、立派な貴族になって、お世話になった平民街の薬屋のみんなや冒険者の常連さんたち、ギルドや屋台や工房の皆んなを、恐ろしい魔から守りたいんですっ! それに私が頑張ると喜んでくれるロンルカストやセルーニにも、もっともっと誇ってもらえるような主になりたくて、いざという時には守られるだけじゃなくて、2人を守れるようにもなりたくて、だからたくさん勉強して立派な貴族になりたいとっ、はぁっ、はぁっ、なりたいと、思って、いるんです……”
一気に吐き出した思いに、リスペリント先生はこう応えた。
“……君は本当に優しい。君が守ろうとしているもの達も、守るべきものを持つ君も、それはとても幸せなことです“
あの時、彼に受け止めて貰えたことが、どれほど私の心の支えになっただろうか。
認めて貰えた。否定されなかった。
嬉しかった、ホッとした、吐き出せた。まるで柔らかな木綿で包まれたような安心感を確かに感じた。
「私、とてもとても嬉しかったんです。例えそれが、貴方の計画の一部や、私へ好印象を与えるための策でしかなかったとしても。“私の中身”が救われたのは、真実でした」
「その言葉は私にとっても嬉しいものです」
計画の一部であることを否定されなかったことへの失望は、ほんの些細なものだった。
「……ありがとうございます」
「私たちはきっと、似ているのでしょうね。ミアーレア、貴方は理解されないものを抱えながら、一人で歩かねばいけません。でもその道の険しさを、私だけは知っていますよ」
おかしい。目の前にいるのはリリスティアさんで、リスペリント先生ではない。
頭では分かっているのに彼女がリスペリント先生にしか見えなかった。
今が、助けが来るまでの時間稼ぎであることや、命を狙われている状況であることは、とう頭から抜けていた。私はリスペリント先生とお話をしている。
混乱し始めた私へ、彼は言葉を続ける。
「貴方がエーダフィオンの元へ戻る前に、少しだけピロートークをしましょうか。……貴方を欲しているのは私ではありません。中央です。私は中央のものからこの任務を受け、アディストエレンへ戻って来たのです」
彼が話し始めたのは、私を狙う黒幕についてだった。でも中央から狙われるなんて、それこそ身に覚えがない。
「中央? 分かりません、どうして中央が私を狙うのでしょうか?」
「その理由は七冠くぐりの儀式にあります。祭主として派遣された中央のものと、言葉を交わしたことを覚えていますか?」
そう言われて、真っ白な顎髭のお爺さんを思い出す。
“北に位置するトレナーセンの冬は、重く辛い。ここでユールの時を過ごすことは、さぞ喜ばしいであろう?”
“はい。甚大なるご配慮に、心から感謝しております”
“あぁ、ユールといえば、私はトレナーセンのトラコルが好物であった。昔はよく古い知人が送ってくれたものだ。確かトレナーセンでは、あれをユールの席でプディングにすると聞いたが、如何かな?”
思い出話のついでといった感じで、トラコル?についての質問を受けた。
だがルディーから、質問への答えをはぐらかすようにと忠告を受けていたので、全て有耶無耶に答えたはずだ。
“ありがとう存じます。大変恐縮ですが、わたくしは病弱でありました故、世間に疎くございます。トラコルにつきまして明るくございませんことを、どうかお許し願いたく存じます”
うん、多分そう答えたはずだ。
「はい。料理について尋ねられました。ですが、それがどうかしたのですか?」
「確かトラコルについて話していましたね。ですが、どうして否定しなかったのでしょうか?」
「否定? なんのお話ですか?」
「トレナーセンの冬についてです」
「トレナーセンの冬?」
「えぇ、そうです。あの街の気候は、この地と比べ温暖です。それは北に位置する土地の特徴でもあります」
彼からの説明に、一瞬遅れて私は「え? お、温暖? 北なのに温暖?」と声を漏らす。
そして料理と気候、二重で鎌をかけられていたと気付いた私は、しかし今漏らしたこの声さえも、自分の出身を偽っていた確たる証拠になると気づき、慌てて口を押さえたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




