お互いの答えと答えない使い魔
「さて、そろそろ如何でしょうか。答え合わせの時間は十分にとりました。私は誠意を持って、本当をお伝えいたしましたよ。……あぁ、でもこれも私の意思ではなく、ベルクムの影響なのかもしれないですね。それで、貴方はこれからどうするつもりなのでしょう」
そう尋ねながら彼女はコテリと首を傾げた。
それはまるでレストランでともに食事を取った相手に、食後のデザートの追加注文をするかどうかを聞くような自然さで、また気安いものだった。
この世界の法律のことはよく知らないが、姿を偽ることがセーフとは思えない。それに騎士団の討伐対象である魔の誘導は、下手したら大罪に値するのではないだろうか。
だというのに彼女の言動は、自分の正体や犯行がバレた直後とは到底思えないほどに軽々しい。
その様子に嫌な予感を感じた。体の横で握った両手に、無意識にキュッと力を込める。軽く息を吸い込んでから慎重に答えた。
「先日の平民街での一件は運良く被害を抑えられましたが、本来であれば大きな犠牲が出るところでした。あのような混乱を招いた貴方を見過ごすことはできません。魔を誘導した犯人として貴方を告発します」
「私を断罪しようというのですね」
「……ですが、本当はこんなことしたくはありません。平民街でも実害は出ませんでした。もし貴方がこのまま静かに中央へ帰ってくれるのであれば、そしてもう何も事件を起こさないと誓っていただけるのであれば、私は今回のことの全てを黙したいと思っています」
殺されかけたくせに、とんだ甘ちゃんだと言ってくれて構わない。
このまま彼女がこの街から姿を消してくれるのであれば、私は全てを無かったことにしたかった。そして悪夢でも見たと思って、忘れてしまえばいい。
そう思っていると、彼女がスッと目を細める。
「とても魅力的で慈悲深い申し出を嬉しく思います。しかし残念ながら、その選択肢を掴むことはできません。私の存在を知る貴方を、このままにしておくわけにはいきませんので」
正体を知られたからには生かしてはおけない。ハッキリとここで殺しますよ宣言をされて、ツウっと背中に嫌な汗が落ちた。声が震えないよう気をつけて、口を開く。
「貴方のことは決して誰にも言いません。そうお約束してもですか?」
「許してください、ミアーレア。私はとても臆病なのです。それにこれは私の在り方にも関わってしまいます」
「な、なにか他に方法はないのでしょうか。例えば契約魔法で、貴方のことを話さないと誓うとか」
「そうですね。他の方法がないことへのこの嘆きも、貴方という蕾を手折ることへの罪悪感も全てが私の勝手なのでしょう。ですが、悲しいことにこれが私の唯一の答えです。変わることはありません」
私をここで殺すことはもう覆せないことなのだと、当たり前のように殺人宣言をする彼女にビビりながらも、やっぱりこうなってしまったかと思う自分がいた。
そういうことなら仕方がない。こっちとしても正当防衛をしなければ。ルディーさん、出番ですよ。いつもの障壁魔法で、サクッと取り囲んじゃって下さい!
「分かりました、私も自分の命は惜しいです。申し訳ありませんが貴方を捉えさせていただきます。ルディーお願い。 ……あれ? ルディー?」
おかしい。合図を出したら作戦を決行してくれるはずなのに、ルディーはその場からピクリとも動かなかった。
早くしないと逆に攻撃されちゃうよ!? 無言で佇むだけのルディーに動揺する私へ、彼女の声が静かに落ちる。
「彼は答えませんよ」
そう言って杖を持つ右手をあげた。
攻撃が来るっ! 咄嗟に後退りする。しかし予想に反して何の魔法も飛んで来ることはなかった。その代わり、足元でドチャリとルディーが崩れる。
「うわぁっ!? ルディーが溶けたっ!?」
輪郭を崩壊させたルディーは黒いグズグズとなり、落としたアイスのように冷たい倉庫の床へ沈む。その面積を広げながら水分だけ蒸発して床に黒いシミを残すも、その色すらも徐々に薄くなる。最後には跡形もなく消えた。
……え? どういうこと?
さっきまでルディーがいたはずの、もう何もない灰色の床をただ茫然と見つめる。
彼女は手持ち無沙汰から杖をクルリと回すと、状況を把握できない私へ哀れみの言葉をかけた。
「平民街で魔を御したのと同様に、使い魔の力で私を障壁の内へ囲むつもりだったのでしょう。彼の強い土属性を鑑みればとても良い作戦です。ただ一つ言えることはそれは彼がここにいればの話であり、残念ながらここに彼はいないようです」
「ルディーをどうしたんですか!?」
「さぁ、分かりません。彼にはここへ来る途中で、私の月魔法と入れ替わらせていただきました。さりとて霧の中を今も彷徨っているのではないでしょうか」
あれは最初からルディーじゃなかった!?
月魔法で作られた幻影だったと気づいた私は、いつから入れ替わっていたのかを考えるよりも早く、心の中でルディーへ呼びかける。
ルディーどこにいるの!? ここに来て!
しかし何度繰り返しても、ルディーからの反応はない。
講義室でメルカール先生にはめられた時は、あんなにすぐに出て来たのになんで来てくれないの!? 緊急事態だよルディー! お願い、すぐに来てっ!
「それは意味のないことです。先ほども言いましたが、いくら呼んでも彼が答えることはありませんので」
私のしていることを察した彼女からの言葉に更に動揺する。
「そ、そんなはずはありません! 使い魔のルディーと私は繋がってるんです! 呼べば来てくれます!」
「では随分と時間をかけて向かっているようですね? 説明が遅れましたが今、この場所は月魔法で隠蔽されています。そしてあの日、私の月魔法で覆われた魔は、易々と街中へ侵入することが出来ました。彼お得意の障壁魔法が平民街まで張り巡らされていたにも関わらずです。この意味が分かりますか?」
「障壁魔法があっても月魔法には効かなかった? あっ、そうか属性同士の相性だ!? まさかルディーは隠されているこの場所を、感知することが出来ないというのですか!?」
「えぇ。合わせて風の講師権限にて、建物内への立ち入りにも制限をかけています。私と貴方以外、もちろん貴方に連なるものの立ち入りも不承となっています。ですので、たとえ運良くここを見つけたとしても彼が貴方の元へ来ることは叶わないのです」
まずい、まずい、まずい! これはかなりまずいよっ! ルディーが迷子! それにここにも来れないって! 私1人でどうすればいいの!?
ルディーが守ってくれるって言うから、敢えて敵の懐に飛び込むような作戦をとったのに完全に仇となった。
防衛本能なのか、気づけば無意識に杖を握っていた。
そして演習場で見た彼女の実力を思い出す。軽く杖を一振りしただけで機関銃のように斬撃が連射され、分厚い的が木っ端微塵に破壊されたこと。また別の攻撃では杖先から飛び出した無数の風の刃が、ズラリと並んだ其々の的のど真ん中に、スパパパッと命中していたこと。
する必要もないのに彼女の攻撃の威力と正確性を再認識してしまい、この絶体絶命な状況にドバッと汗が噴き出る。
私の攻撃力なんて、風の副部隊長の彼女からしたらそよ風も同然。太刀打ちなんてできるはずがない
ずっと感じていた彼女の余裕にも納得だ。袋の鼠でも眺めている気分なのだろう。
だからといって逃げるのも無理だ。だって後ろ向いた瞬間サクッと殺されそうで怖すぎる。
わぁー! どどど、どうしよう!? もうパニックだ。せめてフィンちゃんがいてくれれば平民街の時みたいに攻撃力を爆上げしてくれるのにっ! ……ん? そうだっ! フィンちゃんだよっ!
フィンちゃん来てっ! 緊急事態だからほんと今すぐ飛んできて! あっ、違うのっ! いや、違くないけど飛んできてっていうのは大急ぎでって意味だから! とにかくお願いします早く来てくださいっ!
心の中で必死に呼びかけながら考える。
そうだよ、落ち着け自分っ! 月魔法で何らかの妨害をされるかもということは、事前にルディーやロンルカストとも話し合ったじゃん!
急にルディーが消えてちょっとテンパったけど、この事態は想定内だ。打開策も打ってあると、そう時間差で思い出した。うん、多分だけど大丈夫。
それにルディーと違って風属性のフィンちゃんならば、隠されているこの場所を特定できるかもしれない。
入室制限で建物には入れないにせよ、この場所さえわかればいい。なぜならば、有能ロンルカストがまさにこの事態も事前に推測していた。
ザラクス先生の部屋から講師権限でバーンッと手荒く追い出され、辛酸を嘗めた経験がいきたともいえる。もちろん解決する術も提案してくれていた。
どっちの策もあまり乗り気じゃなかったから頭の片隅に追い遣ってたけど、こうなってしまったらもう縋るしかない。
それに逸れたルディーだって、いつまでも迷子してるはずがないと気付いた。うちの子は、やられっぱなしで黙ってるような可愛い性格じゃないんだから。
打つ手が無くとも、脚なら4本もある。ルディーならきっとなんらかのやり方で、月魔法の幻影を突破してここへ向かってくれているはずだ。
うん。絶対にそうだ。皆んなが駆けつけてくれると確信した。それまでの間、私のやるべきことは一つしかない。作戦、“とにかく時間を稼ぐ”を実行します!
そう方針を固めた私は、杖を持つ手をダランと下げた。そして眉を下げ、観念したような表情を貼り付ける。
ふうっと小さくため息をついてから、か細い声を出した。
「……最後に教えてください。貴方はどうして、私なんかを狙ったのですか?」
ちゃんとそれっぽく聞こえているだろうか。
味方の増援を待っていると気付かれないように諦め切った姿を演出した私は、どうか彼女から返ってくるのが殺傷力の高い攻撃ではなく、何でもいいので言葉でありますようにと心の底から祈ったのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




