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自供の時間



「性別を偽っていたことは謝ります。言い訳ですが、家督を相続する上で仕方のないことだったのです。薬の使用も貴方の心を得るためとはいえ、浅はかでした。今更言葉を尽くしたとて、失ってしまった信頼を取り戻すことが容易では無いことは分かっています。ですがこれだけは分かってください。貴方に贈った私の心は変わりません」



 本当の名を問いた私の言葉に応える代わりに、彼女は(まく)し立てるように言葉を紡ぎ出す。


 

「……リリスティアさん」


「私と連れ添っていただけるのであれば、不自由をさせるつもりはありません。性別による不備も超えてみせます。そうです、例えば貴方が嫡子(ちゃくし)を得たいと思うのであれば、それも心配する必要はありません。中央は私たちの属性に見合った子を授けてくれます。私たちならば新たな蕾を共に健やかに育てていけるはずです。そうは思いませんか?」



 それらは明らかな虚言だった。

 何が目的かは分からないが、彼女が最初から自分に好意を持たせ都合の良いように私を誘導しようとしていたことは、もう分かっているのだから。

 ついさっきそのことは見破ったと伝えたばかりだというのに、今更誤魔化そうとするなんてお粗末すぎる。

 


「リリスティアさん聞いてください」



 正体がバレながらも空言を言い続ける彼女に困惑する。さっきまで落ち着きはらっていたのに、急にペラペラと早口で話し始め、既に破綻した計画を推し進めようとする姿にも様子がおかしいと感じた。



「ミアーレア、どうか分かってください。私は貴方を危険なこの地から助け出したいのです。そして私にも貴方が必要です。共に中央へ行き、新たな道を歩んではくれないでしょうか?」



 何度か声をかけるも、彼女の口は止まり方を忘れてしまったようだ。

 これでは埒があかない。そう思った私は意を決して叫んだ。



「リリスティアさんお願いです、聞いてくださいっ! 貴方はもう偽りの姿を脱いでいます。もう嘘の言葉を重ねる必要は無いんです。この地に危険なんてありません。だって私に危害を加えようとしていたのは貴方なのでしょう?」



 私がそう言った瞬間、彼女は(すが)るように尽くしていた言葉をピタリと止める。再び開いた口から出たのは、先ほどまでとはまるで違う声だった。低く黒い声。粘度の高い声が広い倉庫内を埋めるように響く。



「……()()? この姿をそのように呼ばれるのは心外ですね。私と彼は元来こうあるべきもので、私はそれを体現しているだけなのですから」



 急に影を落としたその言い方に、ゾワリと背中が粟立った。

 しかも彼女は自分の犯行を指摘されたことへは何の興味も示さず、その姿に関しての言及のみに憤慨していた。常識とはかけ離れたその思考回路。狂気を感じずにはいられない。


 また彼女の鬱々とした雰囲気も急激に濃さを増していた。強い危機感を感じた私は、バッと足元のルディーへ目を向ける。

 ボディーガードを兼ねてここへ付いてきてくれたルディーは、いつもの気だる気な表情を引っ込め、珍しくキリッとした顔で前を向いていた。



 え!? 逆に怖いんだけど。ルディーってばどうしちゃったの!?



 真面目な顔をしていることに違和感を覚えるというのもどうかと思うが、魔に襲われていた時でさえ呑気だったルディーの精悍(せいかん)な様子に虚をつかれる。尻尾も先っぽまでピンと立っていた。

 そういえば、ルディーが全く口を挟んでこないのも珍しい。もしかしたら見守ってるから自分で決着をつけろ、ということなのかもしれない。


 とは言っても、いざとなればルディーが何とかしてくれるから大丈夫。対処方法は事前に打ち合わせ済みだ。


 さすがに私だって危険と分かっている相手の元へ、無計画で飛び込んだわけではない。彼女に何かされそうになったら、この前の魔みたいに障壁魔法でグルッと囲って捕まえてくれるとルディーは言ってくれた。その安心感があったから、今回は敢えて敵の策にハマる形でこの本丸へと乗り込んだのだ。


 因みにロンルカストにも全てを説明済みで、今はフィンちゃんと一緒に近くに待機してもらっている。

 万が一ルディーでも対処し切れなかった場合は、メルカール(土の講師)先生の講義でルディーとフィンちゃんを呼び出してしまった時のように、心の声的な何かでフィンちゃんを呼び出し、そしてロンルカストも駆けつけてくれることになっている。うん、完璧な手筈だ。


 使い魔と側近に100パーセント頼った布陣だが、自分の戦闘能力のなさは自分が一番分かっている。私、弱っちい。うん、改めて言わなくても知ってるよ!


 自分の弱さと、やけに頼もしいルディーを確認した私は目線を上げる。深呼吸してから様子のおかしい彼女に視線を合わせた。そしてちょっと怖いけど、本当は嫌だけど、話を戻すためにおずおずと口を開く。



「……月魔法で私を監視しようとしていたのも、貴方ですよね?」



 生ぬるい空気が満ちている無機質な倉庫内。私は彼女の計画の核心に近づいた。自分に尻尾があったならば、さぞかしグルングルンに丸まって縮こまっていることだろう。



「その言葉は質問なのでしょうか。貴方の中では結論であり、私がこの場でいくら否定しようとも意味のないことのように思えますが?」



 私からの追求に彼女はまたしてもあっさりと犯行を認めた。元に戻った彼女の声色に安心しつつ、言葉を重ねる。


 

「はい、その通りです。意図しないことでしたが、私はベルクム粉で私にかけられた月魔法を拾ました。そして誰かと繋がり、その人の過去の記憶を夢として見るようになったんです。以前、貴方へもこの夢の話をして、“ロンルカストと同級生であるはずのその記憶の持ち主が誰なのか”と尋ねたことがありました。貴方はあの時、“分からない”と答えましたが、覚えていますか?」


「とても面白い質問をするのですね。私があの時のことを忘れるには、忘却の魔術具が必要になります」


「そう、ですよね。だってあの記憶は、貴方のものなのですから」



 そう。陽の講義で明らかになった私に付けられた月魔法。あれの犯人、私を監視しようとしていた人物はレオ様じゃなくて彼女だ。付随して夢で見た記憶も彼女のもの。


 リスペリント(風の講師)先生の正体が女性で強い月属性持ちなのではと気づいてしまえば、これとの関連性も簡単に紐づいた。レオ様が月魔法をかけた犯人で、全く関係ない第三者の記憶と繋がったと考えるよりはずっと自然だ。


 時系列で整理すると、どこかで彼女が私へ監視用の月魔法をかける。

 そして陽の講義で私が派手に転んでばらまいたベルクム粉が登場。粉を回収した際、陽と月の相性の良さからくっついてきた月魔法は、ベルクム粉の隠されている物を明らかにする効果で、その姿を表し私に床の埃と間違えられる。

 そしてこの世界への拉致魔である神狐のせいで何かと繋がりやすい性質になっている私がベルクム粉の効果を強めてしまう。月魔法に残っていた彼女(リリスティア)の魔力と反応した結果、彼女の記憶(隠されていた心)を深く深く覗く形となったのだ。



「あれは大きな誤算でした。まさかユニフィア(陽の講師)が一年目の蕾にベルクムを教えるとは思いませんでしたので。昔からあれは勘がいい。おかげで大幅に風向きが狂ってしまいました」



 大きな誤算と言ったその言葉とは裏腹に、小石に躓いちゃった程度の軽い調子で話す彼女を見つめる。



「講義内容を変えたのは、貴方も同じではないでしょうか。ザラクス(陰の講師)先生が今年の講師はカリキュラムの変更ばかりをしていると言っていました」


「必要は無いでしょうが敢えて反論をしましょう。講義には規範となるものが定められていますが、属性に大きく外れるものではない限り、ある程度の構想はその年の講師に(ゆだ)ねられています。私が行った講義もその許容範囲内のことです。つまり何もおかしなことはありません」


「ですが講義内容を演習場で行う攻撃魔法へ変更した()()は、その規範の範囲外のことですよね?」


「セオリーに従うのであれば、私はここで()()()()を問うべきなのでしょうね。どうしてそう思われたのですか?」


「それは貴方が生徒の誤射にみせかけて、風魔法で私を襲うためです」


「あれはレオルフェスティーノ様が、貴方を他の派閥へ取られることを危険視し放ったものではなかったのですか? あの場ではそう納得していたではないですか」


「いいえ、彼の仕業ではありません。後から気づいたことですが、わざわざ演習場でそのような真似をしなくても、彼には私を消すチャンスなんていくらでもあったんです」



 例えば、執務室で回復薬の評価を受けた時とか。あの時はルディーもいなかったし、部屋には私とレオ様とロンルカストだけだった。

 殺そうと思えば隠蔽工作すら必要ないほどに、簡単にやれたはずだ。

 


「では誤射でないとすれば、貴方を襲ったのは一体誰の仕業なのでしょうか」



 私の言葉を促すためだけに、彼女は口を動かす。自分の犯行を隠す気なんて全くないんだと分かった。



「あれを放ったのは貴方です。私が“守りの術具”を身につけていないか、その確認をしたかったのですよね?」


「そうですね。貴方の言う通り、当初は軽い確認のつもりでした。ですが、まさかあれほど強力なものをつけているとは流石に想定外でしたね」



 サラサラと自供する彼女の左半身に残るリスペリント先生の虚像を見ながら、どうしようもなく悲しくなる。そして演習場での講義中、風の刃に襲われた後のことを思い出した。



 “本当はどこか痛むのではないですか?”



 そう言って全身をチェックしだしたリスペリント先生と、赤面して硬直していた自分。あれは私に怪我がないかの確認と見せかけて、自分の攻撃を弾いた私の魔術具がどんなものかを確認する行為だった。


 チラリと自分の左手首を確認する。そして、そこに何もついていないことを心許なく思った。


 いつも付けていたプラックパールみたいな二代目のブレスレット。あれを先日の魔の襲撃で無くしたのは偶然じゃない。

 だって1個目のブレスレットだって、杖結びで魔の襲撃にあった時に壊れた。どちらも私を守ったが故に壊れたのだ。



 “守りの魔法とは、本来であれば受けるはずの打撃や損傷を、魔力を盾にすることで防ぐ魔法です”



 メルカール(土の講師)先生の講義で説明された守り魔法。

 それを魔術具としたものは、攻撃された人が受けるはずだったダメージを術具が肩代わりして全受けするという、一見するとチートアイテムだ。

 だがその内情は、術具が受け止め切れなかった分のダメージが製作者に転送されるという意味不明な特典付き。つまり製作者は不意の攻撃かつ回避不能な負傷を受けることになるという、ちょっと考えられないような危険な代物だった。


 そもそもこの危険物が公になったのは、生前のルディーが装飾品に見せかけた守りの魔術具をディーフェニーラ様へ贈ったからであり、それに(なら)って今でも装飾品に加工した術具を婚約の印として渡すのが流行っているらしい。

 ただしメルカール先生曰く、ダメージを受け止めきれなかった故の製作者の死も多発しているそうだ。恐ろしすぎる。


 それも含めて土属性持ちの偉大さを広めるためのルディーの計略だったんじゃないの? なんて怖いことが頭を掠めるが、話を戻す。まさしくあのブレスレットがその守りの魔術具だった。


 ルディーのいない丸腰の私を彼女がサクッと殺さなかった理由。それを考えた末に辿り着いた結論だ。

 あのブレスレットは高級そうな見た目で田舎者の私に花を添えてくれただけでなく、信じられないほどに高機能だった。そして2度も命を助けてくれた。もはや最大限の感謝しかない。土下座して拝みたい。2つとも壊れてどっかいっちゃったけど。


 あれが守りの魔術具だと言うことを、ロンルカストが何故黙っていたのか真意は分からないが、誰から贈られたものなのかは想像がついていた。


 ブレスレットの残骸が散らばっているだろう森と平民街の方向へ、心の中で祈りを捧げながら思考を元に戻す。

 


「平民街での一件もそうです。本当はあの日、貴方もあの場にいたんじゃないですか?」


「えぇ。私はあの日、月魔法を行使して魔と私自身を隠しました。そして自分の魔力を囮に魔を貴方の元へと誘導したのです。あの術具を壊すほどの魔法をここで行使するのはリスクが大きいと判断しましたので、わざわざ魔に襲わせるというあのような手を使ったのですが、それなりに苦労しました。ですがその甲斐はあったようで法悦です」



 自供ごっこが煩わしくなったのか、ブレスレットが壊れたことで自分の作戦が成功したのが嬉しいのか彼女は口角を上げる。

 ここへ来た時に片膝をついて私の手に触れたのは、その確認のためだと分かっていた。



「貴方は全てをレオルフェスティーノ様のせいに見えるように私を誘導していました。でも、彼じゃない。本当に私を狙っていたのは全部全部、貴方だったんですよね?」


「ここまで信じていただけていたのに最後に気づかれてしまうとは、非常に残念です。彼の性質は、いかにもそれ(犯人)らしかったので」


「私、貴方のことを信じていたかった……こんなにも悲しくて苦しくて、辛い気持ちになったのははじめてです」


「私も同じ気持ちですよ、ミアーレア。全ての言葉を鵜呑みにしてくれていた素直な貴方は、もうどこにも居ないのですね。とても悲しく辛いことです」



 同じ気持ち?

 その彼女の言葉に、違和感と妙な納得を感じた。


 裏切られたとかではない。私は初めて好意を持った相手が、その人に付いていこうとまで心を決めた相手が、最初から全て幻で嘘だったと知った。

 そして彼女は騙せると思った相手から、万全の策を持って臨んだ世間知らずの小娘から最後の最後に唾を吐かれた。


 方向性は真逆ながら、お互いを思い最後にその手を握れなかった悔しさはきっと同じだ。

 私は漠然と“彼女のいう同じ気持ち”と“私の気持ち”には天と地ほども差があり、また目と鼻の先ほどに近いものなのだろうと思ったのだった。




 お読みいただき、ありがとうございます。

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