彼の正体
「風向きとはいつも唐突に変わるものですね。まさか貴方がこのようなことをするとは、思いもしませんでした」
チラリと視線を下に移し、自分の体を確認したその人は、ため息混じりの小声で独り言のようにそう呟く。
私がぶつけたベルクム粉の効果により、右半分だけ偽りの姿が解け正体を表した元リスペリント先生だったものは、顔や体が左右非対称というとても歪な姿となっていた。
「うまく誘導できていたと思っていたのですが教えていただけますか。私はいったい何処で風を読み間違えたのでしょうか」
正体がバレたのにも関わらず、動揺することも怒る様子もない。ただ淡々と話しを続けるその雰囲気に戸惑いながら、私は慎重に口を開いた。
「……見えているものがその人の全てではないと、そう教えてくれた人がいたんです」
「あぁ、イリスフォーシアの助言ですか。彼女の光はどこへでも差しこむ。あのお節介の性質は、本当に嫌になります」
正直なところ、イリスフォーシアが狸神職の正体を稲荷の使いだと教えてくれたのもあったけれど、朗らかなメルカール先生の中身を垣間見たのも結構な衝撃で大きかった。だが敢えてここで言う必要もないので、話を続ける。
「騙し打ちのようなことをしてすみません。でも私は本当のことを教えて欲しいんです。貴方はリスペリント先生ではありませんよね?」
杖を振り何度か呪文を唱えるも、ベルクムの効果が続いているのか、右半身へ再度魔法をかけ直すことはできなかったその人は、諦めて杖を持つ手を下ろした。そして暗い瞳で私を見ながら口を開く。
「さぁ、どうなのでしょう。今の私はいったい何者なのでしょうか。貴方の目にはどう映っているのか、宜しければ教えてください」
こんな状況なのに、まだはぐらかそうとしてる? それとも私がどこまで把握してるか試そうとしてるの?
真意は定かではないが、だらりと下げたままの杖を見るに、すぐさま攻撃を仕掛けてくる様子はない。会話を続けられそうな雰囲気を感じた私は、足元のルディーも戦闘体制に入っていないことを確認してから答える。
「貴方は以前、自分は二属性を持っていると言っていました。講師を務める風ともう一つ。それは、月の属性ですよね?」
“すみません、私は2属性しか持っていません。癒しを与えられないことを、許していただけますか?”
はじめて風の講義を受けた時のこと。大泣きをした私へ、そう言いながら眉を下げた顔を向けたリスペリント先生を思い出す。
「えぇ、そうです。ですが私の持つ属性については血の影響を色濃く受けているものであり、決して隠していたわけではありません。フレニアス家と言えば風。そして月の属性を持つことは周知の事実ですので」
あっさりと認めたその人は目を細める。
長い前髪の奥から覗く左側の瞳は、少し哀しげないつものリスペリント先生のまま。反対に偽りが解けた右側の瞳は、不思議なほど何の感情も宿してはいないように見えた。
「確かに貴方は、月持ちだということを隠していたわけではなかったのかもしれません。でもその強さについては違います。敢えて口外していなかったのではないでしょうか?」
「なぜそう思われるのですか?」
「私も初めは、ロンルカストがかつて彼の土属性を買われて中央にいたように、貴方が中央へ勤めていたのも、その強い風属性の評価によるものだと思っていました」
「その認識に間違いはありませんよ。以前もお話ししましたが、私は中央でもこの地での役割と同じく、風の副部隊長を務めています」
「そうかもしれません。でも、それだけではないのかもと、むしろ逆なんじゃないかと思ったんです」
「逆ですか。それは興味深い発想ですね」
「私の考えはこうです。貴方は中央へは、呼ばれたのではなく行かなければいけなかった。何故ならば強力な月属性を持つものは、特別な例外を除いて必ず中央へ行かなければいけないからです。貴方は本当は“とても強い月属性”を持っています。なのに風属性の強さを隠れ蓑にして、このことを黙しているのではないですか?」
ふぅと息をついたその人は、変わらないトーンで幼子へ諭すように話す。
「そうですね。中央への招致理由については、貴方の推察の通りです。強い月持ちが周囲に与える印象は、あまり良いものとは言えませんので。それよりも風の印象を前に出した方が、幾分か都合が良いと考えるのは当然のことでしょう。我がフレニアス家に連なる血族の者たちが、中央へ招致される真の理由を積極的に流布しない所以はそのところにあります」
「都合が良い? 月属性の強さを公表していないのは、お家の意向だったのですか?」
“陽と対をなす月は、隠すことが得意なの。香りや音や質感はもちろん、全く違うものに見せかけて欺いたり、反対に何も無いように偽りもするわ。それが高度な月魔法ならば尚更のこと。貴方や周りが気づかないのも仕方がなくてよ?”
そう言っていたユニフィア先生の言葉を思い出す。確かにこれを聞いた時は、なんて犯罪にうってつけの能力なんだと恐ろしく思った。
そんな私の考えを見抜いたかのように言葉が返ってくる。
「そうとも言えますね。察しの通り月はその性質により邪推されやすいのです。安易に月属性の強さををひけらかし稀有な月持ちとしての栄誉を得るよりも、裏で手を引いているのでは何か企みがあるのではと勘繰られるほうが、余程障りがあります。私の月属性の強さが公ではない理由は、お分かりいただけましたか?」
ベネフィットよりもリスクが上回る。だから家ぐるみで隠していていた。その理由に共感はできなくても納得した私は本題に戻る。
「はい、よく分かりました。ですが貴方は今回、自分に強い月属性の印象がないことを利用しました。自分自身に月魔法をかけることで、その姿をリスペリント先生に見せかけ周囲を欺いていたんですよね」
それはまさに、強い月属性持ちであり、更にその印象がないからこそできる芸当だ。
でなければ自分に魔法をかけ続け、別人のふりをするだなんて普通は思いつかないし、実行も出来なかっただろう。
「欺く? ……少し腑に落ちないのですが。月の性質を聞き及んでいたとしても、この地で私が扱うような月魔法に直に接する機会は、それほど多くはなかったことでしょう。月の講義を取っていない貴方は尚更のはずですが、どのようにしてこの魔法に気がついたのでしょうか」
軽く首を傾げたその人は、何故バレたのかと純粋な質問を向ける。
「貴方が月魔法を纏っているのではとの思いに至ったのは、ザラクス先生の月魔法を見たからです」
「ザラクス講師? しかし彼の月属性は、それほど強くなかったと記憶していますが?」
「貴方はもちろん周囲が知らないのも当然です。彼はこの数ヶ月で、一気に月魔法の習熟度を上げたのですから。理由は私を脅かすためでしたが、それにより私は月魔法が実体を持ち触れることが可能なこと、またその感触が人の体温にしては低いことを知りました。いつもひんやりとしていた貴方の手は、ザラクス先生に差し向けられた月魔法から受けた印象にとても酷似していました。それが疑念を抱いたきっかけです」
講義場所までの案内役。その役目を綺麗さっぱりと放棄し、ロンルカストの作る障壁をペチペチと叩いては、どうにかそれを崩そうと奮闘していた恐怖のゾンビを思い出しながら答える。
障壁を触るゾンビの行為は、月魔法が幻影ではなく確かな実態であることを示していた。
また私が思いっきり吹き出した紅茶を掃除するゾンビに肘が当たってしまった時や、講義終わりの帰り際に後ろから首筋を触られた時。ゾンビはとてもとてもゾンビらしくヒヤッとしていて、その感触はいつも冷たいリスペリント先生の手を連想させた。
ザラクス先生の精神年齢小4並の行為には言いたいことが山ほどあるが、結果的にこれらはリスペリント先生に月魔法がかけられていると見破るヒントになった。だからといって、素直にザラクス先生へ感謝するのは癪だけど。
「あぁ、なるほど。あれは相変わらず奇特な方だ。ですがそのような所から綻びがでるとは、私もいささか不運でした。月持ちだと言うのにツキに見放されたのですね。全く笑えない話です」
他人事のように、苦笑するその人にたたみかける。
「疑念はそれだけではありませんでした。貴方の伝令鳥は、男性のものにしてはやや小ぶりです。そこにも違和感を覚えていました」
はじめての風の授業で、同級生たちが作り出した彼らの伝令鳥。
ぼーっとしていて伝令鳥の代わりにポメラ型お手紙を生み出してしまった私が後ろを振り返った時。この世界に鷲という呼び方があるのかは分からないが男子の机上には鷲、女子の前には小鳥型の伝令鳥がちょこんと乗っていた。
そこにあったのは明確な男女差。現にロンルカストの伝令鳥も、無駄にシュッとしてスタイリッシュだが鷲に似ている。
だというのにリスペリント先生が作り出す伝令鳥はというと、やや大きめのスズメに似ていた。どう見ても猛禽類とは言い難い。
なぜ彼の伝令鳥は女性型なのか。この小さな疑問は絡んだ糸が解けるとともに、私を一つの真実へと導いてくれた。
改めて目の前の人物を見る。
覆い隠されていたリスペリント先生という皮を、ベルクム粉の効果で剥がされ正体を表したその右半身は、曲線的なラインと胸元にある小さな起伏により、彼女が女性であることを示す。それは私の考えを肯定していた。
しかし伝令鳥の大きさから、私が性別の違和感を感じていたと指摘されたのにも関わらず、彼女は何の反応も示さなかった。不思議なほど変わらぬ表情で淡々と話を続ける。
「確かに男性の伝令鳥は大型、女性のそれは小型となり現れる傾向は強いです。よく見ていますね。異なる属性の魔法を同時に発動する事はできませんので、こればかりは私も月魔法で姿を変えることができず、仕方がありませんでした。ですが伝令鳥の大きさが、一概に男女差によるとは限らないことも講義で教えたはずですよね?」
「はい、そうです。でも考えてみれば、最初からおかしかったんです」
「最初から、と言いますと?」
「私は初めて貴方に会った時、心拍数や体温の異常な上昇を感じました。それなのに次の水の輪くぐりを終えた時には、その症状はおさまっていたんです。後から分かったのですが、七冠くぐりの輪には、ほかの神具と同様に解術の効果があるそうですね。それを知って私はあの時の自分の状態が、何らかの術や薬を使われたせいではないのかと思ったんです」
これもザラクス先生が言っていた情報だ。
彼の非人道的な実験の話は、七冠くぐりの儀式で感じた不自然さを紐解く鍵となった。
あのクレイジーなおっさんに助けられたとは思いたくないけど、さすがに感謝せざるを得ない。ちょっと悔しい。
「あぁ、確かにあれも神具ですね。例年の神事で扱う神具とは形状が異なりますので、見落としていました。これは手痛い失態です」
そう言って顔を歪めた彼女に初めて人間らしい表情を感じながら、土の講義でメルカール先生の言っていたことを思い出す。
“ご安心くださいませ、振りかけたり飲ませれば良い他の薬と違い、媚薬は直接体の一部に塗り込まなければ、強い効果は得られませんもの”
「……あの時、貴方は隠し持っていた媚薬を私に塗布したんですよね? その後も貴方は事あるごとに私に触れました。基本的に接触の少ない貴族同士のコミュニケーションとして、貴方の行為はとても異質です」
私の頭を撫でたり手を握ったりしていた行為は、私へ接触し媚薬を塗り込むためのフェイクだった。ウブな私はまんまと策にはまり、薬による効果を恋と勘違いしたわけで、恥ずかしすぎる。
ルディー曰く、媚薬の材料は特徴的な香りがするそうだが、高度な月魔法ならば香りや質感も消せる。
だから気付かなかったのは私が迂闊だったからとかでも、男性免疫がなかったからとかでもなく、これはもうしょうがないことで、うん、絶対そう。脳内で自分の鈍さへの言い訳を行なっていると、彼女の声が聞こえた。
「私がそれを行っていたという証拠があるのですか?」
「証拠はありません。でも全ては私に好意を抱かせて、自分の計画を円滑に進めるためです。貴方は初めからその目的で私に近づいてきた。……そうですよね“リリスティア”さん。貴方はリスペリント先生の妹のリリスティアさんですよね?」
「…………。」
私に名を呼ばれた彼女は、ほんの少しだけ眉を上げることで不満を表すも何も答えない。
「貴方は妹さんはエーダフィオンの元へ還ったと話していました。でも本当に彼女のもとへ導かれたのは、妹ではなく昔から体の弱かったリスペリント先生ご本人だったのではないでしょうか。その事実を貴方は彼に成り代わることで覆い隠していた。本当の貴方は、リスペリント先生の双子の妹のリリスティアさんなんですよね?」
言い切った私は、目の前の人物をしっかりとみる。
先日、自分の推論を確かめるためロンルカストからリスペリント先生の家族構成を聞いた私は、彼の言っていた妹が、双子の妹だと言うことを知っていた。
偽りが解けた右半身。その髪色も瞳の色も儚げな顔の作りも、全てが中性的な顔立ちをしているリスペリント先生によく似ている。でも似ているからこそ分かる。
その鬱々とした雰囲気や笑うことを忘れたかのように下がったままの口角、そして光を失った虚な瞳は左半身に残ったままの儚げで優しいリスペリント先生の虚像とは全く違っていた。
まさに皮肉としか言えない。姿形が瓜二つであるからこそ2人の違い、また彼らが全くの別者であるということが、そこにはよく現れていたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




