プロポーズの答え
「えっ、あ、うん。えーっと彼女を呼び出したのは、私じゃなくてルディーだけどね」
脳内の古びた記憶を引っ掻き回していたせいでボケっとした返事をする私へ、ハリーシェアが瞳を細める。
「ねぇ。それって、言っても大丈夫な情報なの?」
「あっ!? たっ、たぶん大丈夫かな?」
「もうっ! ミアーレアは危機管理がゆるゆるなのよ! さっきだって見てる私の方が不安になったじゃないのっ!」
「うっ、心配かけてごめん。今度から気をつけるから」
「その言葉、忘れないでよね!? それにしても今日はルディー様も一緒なのね。講義に来られるなんて、珍しいんじゃない?」
そう言ってハリーシェアは、私の横で丸くなっているルディーを見た。
さっきまで生徒たちのやる気に満ちた掛け声や、アルトレックス様の熱意に満ちた指導の声が響いてかなり煩かったというのに、プープーと呑気な寝息を立て続けているルディーは、かなりのお昼寝マスターだ。
因みに私が同級生たちに囲まれてテンパっている時も、我関せずで寝ていたのにはちょっと怒ってる。昨日、自分は私の道を守るものだってあんなに豪語していたのに、全然守ってくれなかったじゃん。酷くない?
そんなことを思いながら、少し声を小さくしてハリーシェアへ耳打ちする。女の子同士の秘密のお話だ。
「実はね。今日は大事な日だからルディーにも見守ってもらおうと思って付いて来てもらったの」
「大事な日? これから何かあるの?」
「うん。……あのね、ハリーシェア。私、この講義の後、自分の想いを告白してくる。それがどんな結果に繋がるとしても、自分の気持ちをちゃんとぶつけて、それで相手の本当の気持ちも受け止めようってそう思ってるんだ」
「わぁっ、そうなのね! お相手は前に言ってたあの人なんでしょ? 頑張ってね! ミアーレアが私の道を応援してくれたように、私も貴方を応援するわ!」
そう言って手で鳥の羽のジェスチャーをするハリーシェアが、風の属性を強く持つ誰かのことを示しているのに気づき顔が赤くなる。
「……うん。でも本音を伝えるって怖いね。前にハリーシェアは家の方針に背いても、自分の意思を貫いたり私との繋がりを守ってくれたでしょ? あの時も勿論すごく嬉しかったけど、自分がその立場になった今、あれは本当に凄いことだったんだなって改めて分かった。だから、本当にありがとう。これ以上、どう言ったらいいのか分かんないけど、ハリーシェアには沢山感謝してるの」
「何言ってるのよ。感謝なら私の方がしたいわ。私にこの道を教えてくれたのは、貴方なのを忘れてるんじゃない?」
「それは私じゃなくてルディー。あとフィンちゃんだよ」
「ばかね。貴方がいるからルディー様たちがいるんでしょ? それにね、大事なことは溜め込むものじゃないと思うの。だって言わずに後悔するよりも、言って後悔する方がずっといいと思うもの。まぁ、ミアーレアのことだから、今日の告白はきっと上手くいくと思うけどね」
「……うん、そうだよね。ありがとう。聞いてもらえてよかった。ハリーシェアにそう言ってもらえて、なんだかうまくいく気がしてきた」
前よりも赤みが強くなった気がするハリーシェアの真っ直ぐな瞳と言葉を受け止めながら、彼女と初めて会った日のことを思い出す。もしあの陽の講義で転んでベルクム粉を彼女にぶちまけていなかったら、どうなっていたんだろう。
私はこんな風に、貴族的な柵を外して本音を話せる友人を作る事は出来なかったかもしれない。
自分でも気付かないほど胸の奥底に溜め込んでいた想いを吐き出した時の、本当の友が欲しかったと言った時の、ロンルカスト少年の歪んだ口元を思い出しながら、それはきっとすごく辛くて苦しい事なんだろうと思ったのだった。
講義が終わる。
いい汗をかいた生徒たちが、疲労とともにそれぞれの迎車が来ている南塔正面へと向かう。
講義時間の半分くらいは地面にへたり込んでいた私は、彼らの背中を見送る形で演習場に残っていた。ハリーシェアだけは最後に振り返り、頑張ってねとアイコンタクトをおくってくれた。
うん、頑張るね。
右手でそう合図を返した私は、クルリと踵を返して演習場の裏手へ向かう。
「くわぁーぁ。芝生の上っていうのも、なかなか悪くはなかったね」
足元では講義中たっぷりと寝たルディーが、昼寝場所の感想とともにあくびしたりない顔でトコトコとついて来た。
普段と変わらないルディーとは違い、私は歩きながらも緊張で落ち着かない。気を紛らわすため何か話しかけようとルディーを見るも、何を話していいか分からなくて諦めるた。
スーハーと深呼吸をしてから視線を前に戻す。少し先にリスペリント先生が立っているのが見えた。
彼の襟足の長い緑髪がサラリと風に靡く。
前髪の奥では、いつもは節目がちな瞳が真っ直ぐに私を捉えていた。口角を少しだけ上げたリスペリント先生が、その口を開く。
「ごきげんよう、ミアーレア。不思議ですね。貴方の顔を見るのは、なんだかとても久しぶりな気がします」
彼からの視線に目を合わせることが出来ない私は、講義の時よりもややラフに着崩している彼の首元を見つめながら言葉を返す。
「ごきげんよう、リスペリント先生。……私も同じ気持ちです。今もどんな顔で先生を見ればいいのか分からなくて困ってます」
「それは困りました。貴方を困らせるのは私の本意ではありません。ですが貴方に会えて、大変嬉しく思ってしまう私を許してください。……このような形で返事を急がせてしまい申し訳ありません」
「いいえ、リスペリント先生。私こそお返事を先延ばしにしていてごめんなさい」
「謝罪は不要です。襲撃の件を聞いてからいてもたってもいられず、一刻も早く貴方を安全な場所へ連れ出したい旨は手紙にも綴りましたが、本当は無事なあなたの姿をこの目で確認したかったのです。どちらも私の勝手で、貴方に非はありません」
「それは……」
こんな時、何と言ったらいいのだろう。うまく言葉が返せずに更に俯く。意味もなくルディーの真っ黒な背中を見つめた。
「ここは人目があります。少し歩きましょう」
言葉を失った私の代わりに、そう言ってリスペリント先生は私の手を取る。その手はやっぱりひんやりとしていた。反対に私の手と顔は、燃えるように熱い。
スタスタと歩き始めた彼に手を引かれる形で誘導され、慌ててついていく。
「彼の息のかかったものが、今もどこかから監視している可能性があります。用心のためここへ入りましょう。大丈夫、安心してください。この中は事前に安全を確保してあります」
そう言って案内されたのは、大きな倉庫のような建物だった。中へ入ると、いくつかの棚や天井から吊り下げられた謎の布があるものの、割とガランとしている。
広い倉庫なのに空間を持て余しすぎ。いらないなら住居やお店でギュウギュウの平民街に、少しは土地を分けてあげて欲しい。
平民街との格差からついそんなことを考えていると、サッと私の前に歩み出たリスペリント先生が片膝をついた。先日のプロポーズを思い出して、頭の中がボンっと弾ける。
ソッと私の両手を取ったリスペリント先生は、その手をまじまじと見つめてから視線を上げる。そして口を開いた。
「貴方に怪我がなくて安心しました。改めて言います。私の伴侶として、これからの道を共に歩んでいただけませんか? 危険なこの地に足を留める貴方の枷を解き、共に中央へ向かいたいのです。ミアーレア、貴方の返事を聞かせてください」
他に音のない倉庫内に、リスペリント先生の声が静かに響く。
視線に逃げ場のない私は、彼の透けるような薄緑色の瞳の中に、真っ赤な顔をした自分が映っているのが見えた。
相変わらず冷たい先生の手とは反対に、自分の手の温度は上昇の一途を辿っている。心臓の音が、やけに煩さかった。
私の言葉を待つ彼に、今こそ返事をしなければいけない。この心臓の音が止むはずないと分かってはいるが、少しでも自分を落ち着けるために深呼吸をした。最後にスゥッと息を吸い込む。グッと一度ためてから、決意とともに自分の思いを一気に吐き出した。
「……リスペリント先生。私、先生といると心臓がドキドキして、顔も体も熱くなって、胸の中もいっぱいになります。こんな気持ちは初めてで、自分でもどうしたらいいのか、どうしてこんな風になるのか分かりませんでした。でも、これが相手を好きと思う感情だということを教えてもらって気づいたんです。……私、貴方のことが好き、みたいです」
声に乗った自分の言葉は、とてもか細かいものだった。さっき吸い込んだ分の空気はどこに行ってしまったんだろう。
消え入りそうな私の返事を受け止めたリスペリント先生は、優しく言葉を返す。
「ありがとうミアーレア。貴方の正直な気持ちを聞くことができて、とても嬉しく思います。今のお返事は、私とともに中央へ向かってくださると捉えても宜しいのでしょうか?」
「その前にお願いがあります。もう一度、もう一度だけ、貴方の気持ちを聞かせていただいても宜しいですか?」
「私の気持ちですか? もちろんです。貴方が望むのでしたら、何度でもお伝えしたく思います」
「ありがとうございます。では教えてください。……平民街では、私をエーダフィオンの元へ送れずに悔しかったですか? それとも、私の手首にはめていたブレスレットが壊れたと分かって安心していますか?」
「……ミアーレア? 急に何を言い出すのですか?」
「ごめんなさい。でも私は例えこの気持ちが偽りのものだったとしても、私の本当を言いました。……今度は、貴方の本当を教えてくださいっ!」
バッと彼から振り解いた手をポッケへ突っ込む。ベルクム粉の袋を掴むと、えいやっと彼へ投げつけた。
「これは!? なにをっ!?」
驚きの声とともに反射的に顔を背けたリスペリント先生だが、近距離で上方向から向かってくるものを完全に回避することはできない。彼の右のこめかみ辺りにぶつかった袋は、予め袋の口を緩められていたことで、その衝撃による袋の変形からボフッとベルクム粉を吐き出す。
そのまま地面に落ちたベルクム粉袋は、私の足元に転がった。
まん丸く保ったその形から中身の大半が残ったままであることと、吐き出されたベルクム粉の量がそれほどではないことを示しているが、しかしそれで十分だった。
追撃を恐れて一瞬にして後ろへ飛びのいたリスペリント先生は杖を構えているが、私からすべき事はすでに終わっている。
“ 簡単に言うと原初の2柱であるイリスフォーシアとセリノーフォスの睦まじさに起因しますわ”
ユニフィア先生はそう言っていた。
ベルクム粉のキラキラに包まれた彼の右半身をジッと見つめる。私の思惑に気づいたリスペリント先生は杖を振り、自身についた異物を取り払おうと風を生み出すも、それは叶わないと知っている。
“ 睦まじさ? 精霊同士の相性がとても良い、ということですか?”
“そうよ。陽と月は殊更にそれが顕著なの”
私の問いにユニフィア先生はそう答えていた。
そう。これは陽の講義でぶちまけたベルクム粉を回収した時に、私を監視するために付けられていた月の魔法まで集めてしまったのと同じ。
貴方にかけられた月の魔法に固く結びついた陽の魔法は、もうどうしたって剥がすことはできない。そう思うと同時に、彼の半身が歪みだす。
……うん、分かってた。でも、やっぱりそうなんだ。この人の本当はーー
それはあっという間の出来事だった。形を保つことの出来なくなった彼の半身がそのままズルリと剥ける。リスペリント先生だったものの半分はグシャリと下へ落ちた。そして覆っていた中身を曝け出すと、そのままズクズクと冷たい倉庫の床へ溶けていったのだった。
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