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火の講義と夢の回顧



「ねぇ、ミア。僕は君が自分の足で歩く様をすごく嬉しく思うよ」



 急にスロートーンでそう切り出したルディーに、首を傾げる。



「ん? ありがとう。でも急にそんなこと言って、どうしたの?」


「別に。ただ自分で歩くのと自分で全部しようとするのは全然違うことだと思うんだ。それにミアは僕らのことが見えなくなっちゃったのかなって、そう思っただけ」



 ……あ、そうか。私はどうして1人で抱え込もうとしていたんだろう。相談できる相手がちゃんといるというのに。

 そう気づいた途端、肩の力がフッと抜けた気がした。



「ありがとう。うん、そうだよね。ルディーに相談したいことがあるの。少し長くなるんだけど、聞いてくれる?」


「もちろん。ミアの進む道を守るのが僕の務めだからね」



 そうして私はルディーへ話し始めた。

 お腹に溜め込んでいたものを吐き出しているうちになんでだろう。散らかっていた頭の中が整理されていく。そして自分がどうしたいのかも、明確な形へと昇華されていくのを感じた。

 長い時間をかけてルディーへ心の内を伝えた私は、大事な日になるであろう明日へ向けて緊張から重くなっていた心の負担が軽くなる。

 また新たな道へ歩み始めることから不安定に揺らいでいた気持ちの中心も、支えとなるルディーという土台を得たことで、真っ直ぐに保つことができたのだった。







 翌日、火の講義。

 演習場では、前回と同じく運動部さながらの練習が行われていた。

 あ、前言撤回。部活動では生徒に真剣なんて危険なもの、持たせるはずないか。



「柄を握る両手の間隔はしっかりと開けて! 親指と人差し指は軽く、薬指と小指は強く締めるように意識しろ! あと30回っ! 29っ! 28っ!」



 声を張り上げ、残りの素振り回数を生徒たちへ伝えるアルトレック(火の講師)ス様の熱血指導が演習場の空に響く。

 しかし早々に体力の尽きた私は、固い地面に体育座りをして、荒い息を整えながら同級生たちの訓練風景をぼんやりと眺めていた。

 そんな私の隣では、長い髪を高い位置で一つ結びにしたハリーシェアが重い真剣をしっかりと握りしめ、他の同級生たちと共にブンブンと素振りを続けている。



 火持ち(火属性)ってあれかな。体力お化けの集団か何かなのかな?



 魔法世界は何処へやら。エンドレス素振りのこの講義は、やり方としては基礎を重要視した部活動強豪校のキツめの新入部員用メニューと謳った、実際はただのシゴキとしか思えない。

 ロンルカストからは、この講義の出席者のほとんどは火の部隊への入隊希望者であり、そうではない私が無理してこの講義についていく必要はないと言われている。

 なのでおとなしく地べたにへたり込んで休んでいるのだが、そんな人は私以外にいない。ハタから見れば冷やかし、もしくは講義をサボっているように見えるんだろうなと思うと、肩身が狭かった。


 ブンブン素振り中の彼らはきっと、就職希望先の部隊長であるアルトレックス様から直々に教えを受ける喜びや、彼へのアピールのためやる気に溢れているのだろう。

 でもそれだけで同級生たちとのこの愕然とした体力差が埋められるとは、到底思えなかった。


 食生活が改善されたおかげか、私の身長も平均弱程度まで伸びてきた。なので体格もそこまで変わらないのだが、へばっている私と大違いの彼らから溢れる底なしのエネルギーは、いったい何処から来ているんだろう。

 もしかしたら体内に火力装置でも持っているのかもしれない。火持ちだけに。うん、全然上手くないね。


 ハリーシェアの内側で、小さな抱き枕のエアリが、動力炉にセッセと石炭を詰め込んでいる妄想をしていると、アルトレックス様の声が聞こえた。



「にぃっ! いちっ! よしっ、これより小休憩っ!」

 


 ノルマを終えて剣を鞘に戻す生徒たちと同く、ハリーシェアが素振りの手を止める。最後にブンッと大きく揺れた彼女のクリーム色のポニーテールは、今日も毛先だけ燃えるように赤かった。

 額の汗を拭うハリーシェアへ声をかける。



「お疲れさま。この講義についていけるなんて、ハリーシェアはすごいね」


「これくらい当然よ。私、家でも訓練してるもの」



 影の努力をひけらかすでもなく、当たり前のように答えたハリーシェアに、体力格差の理由がわかった私は納得する。



「訓練……そっか。やっぱりハリーシェアは凄いなぁ。他の皆んなも、ハリーシェアみたいに頑張ってるからアルトレックス様の指導についていけてるのかな?」


「さぁ、他の人のことは分からないわ。それにしても、さっきは大変だったわね?」



 少し顔を赤くしたハリーシェアが、照れ隠しでわざとらしく話を逸らした先は、講義が始まる前のことだ。そう。私が座り込んでいるのは体力面の疲労からだけではない。


 平民街にイリスフォーシ(陽の精霊)アが現れたことは、騎士団の定時報告とともに各方面へ広まってしまっていた。

 そして精霊神の一柱を呼び出したことで重要度が爆上がりした私と、何とかコンタクトを取りたいと考えるのは貴族として当然のこと。


 その結果、我が家には庭木が折れるんじゃないかと思うほど、山のような伝令鳥が押し寄せることとなった。

 昨日一昨日と、ただでさえ上への報告で忙しいのに伝令鳥の返信対応に追われたロンルカストは、それはそれは大変そうだったが、休んでって言っても聞かないしセルーニの特製ご飯も拒否されたしで、悲しいかな主として私が彼にしてあげられる事は見守る以外になかった。

 

 彼はほぼ全ての鳥に対して、私の疲労や心的負担を理由にした面会拒絶の内容を、貴族的なやんわり文章で真綿の如くお綺麗に包み書き記した手紙を持たせ、素気無(すげな)く追い返したのだがその弊害(へいがい)がさっきのこと。


 手紙が無理なら子を使う。

 火の講義場所である演習場に現れた私の元へは、親から私との繋がりを持つようにと指示を受け、待ち構えていた同級生たちが殺到し、大変なことになったのだ。


 もちろんこの事態を予測していたロンルカストからは、平民街でのことは無闇に話さないようにと、来る時の馬車の中で念を押されていた。

 だけどあまりの同級生たちの勢いに押されて、さっきはちょっとテンパってしまったのだ。でもロンルカストに言われた通り、何にも話してないと思う。……うん、多分だけど。


 講義前のもみくちゃ事件をハリーシェアに指摘された私は、苦しい言い訳をする。



「あー、うん。事前にロンルカストからこうなる事は聞いていて、心構えもするようにとは言われてたんだけど、まさかあそこまでとは思わなくて。その、少し混乱しちゃったみたい」



 剣を鞘に戻したハリーシェアが私を見て口を開く。私は精神的な疲労、ハリーシェアは身体的な疲労により言葉遣いは自然とラフになっていた。



「呆れた。側近から忠告を受けていたのに、あの対応だったのね。アルトレックス様が時間よりも早くいらしてくださったから良かったけれど、貴方あのままだったら、周りに押されてペラペラと色んなことを喋り出しそうだったわよ?」



 あ、うん。やっぱり結構危なかったよね。反省、反省。まぁ、でも喋り出しそうだったってことは、まだ喋ってなかったってことだから、結果はセーフでしょ? うんうん。よし、この件はオッケーということで。

 自己弁護を終えたは私は、ハリーシェアへ言葉を返す。



「それは、だって。あんなに沢山の人から話しかけられたの、初めてだったし」



 逆に言えば、ずっと願っていた沢山の同級生たちとお友人になれる大チャンスだったのかもしれない。

 でも、なんか違った。私が欲しかったものとは程遠く思える。

 だって皆んな、先週までは私のことなんか、見えないフリしてたんだよ? 陰口だってお祭り状態だったし。それなのに急にニコニコしながら前のめりで近づいてくるんだもん。驚くよ。



 “俺なんかに話しかけなくても、お前には大勢の友がいるじゃないか”



 ふいに、聞き覚えのある声とセリフが頭に響いた。

 噛み付くような話し方と甲高い少年声。いつかの夢で見た、幼い頃のアルトレックス様の声だ。

 家柄に見合った属性が得られず親からは嫌厭され、講義室でも小さく身をかがめていたアルトレックス少年。そんな自分とは対照的で人気者なロンルカスト少年のことを、(ひが)んで遠ざけていた白髪アルトレックス少年を思い出す。




 “そう見えるのか?“



 今度はとぼけたように答える、ロンルカスト少年の声が聞こえた。私の思考は夢で見た2人の過去へと落ちていく。アルトレックス少年が再び噛み付く。



 “馬鹿にするのはやめろ。正直、恵まれたお前を見ていると自分を呪いたくなる。属性も高く、人付き合いも上手い。皆んながお前の味方だ。……これ以上、嫉妬させないでくれ”


 “アルトレックス、何か勘違いをしているようだけど。君が羨むロンルカストは、ただの通り道に過ぎないよ”


 “どう言う意味だ? まどろっこしい言い方は、よく分からない”


 “彼らが話したいのは私じゃない。中央との繋がりが深いティアバラック家さ”


 “……そうなのか?”


 “あぁ、もちろん。私は橋渡しの連絡係。全ては友人ごっこのおままごとなんだ。君の嫉妬に値するものなんて、初めから何も持っていないよ”


 “信じられない。いつも大勢の友に囲まれていたお前が…… 本当に?”



 驚きのままにそう言ったアルトレックス少年の声を聞きながら、私は今ならばロンルカスト少年の言っていた意味がよく分かると思った。

 今日の彼らも話したいのは私じゃなかった。私を通して精霊神の情報を得たいだけ。親に言われてそうしてるだけ。私はただの通り道だ。


 再びアルトレックス少年の声が響く。今度は(いぶか)しげだ。



 “前に、俺のことが羨ましいと言っていたな。まさか、あれも本当だったのか?”


 “そうだな。……私はきっと、本心でしか話さない、貴族的な仮面を被らない君と話がしたかったんだ”


 “そんなこと、別にーー”


 “それだけじゃない。私自身も、ティアバラック家の仮面を外し、君に私という個人を見て欲しかったんだ。 ……ははっ、何故あんなことを言ったのか、私も今、やっと気が付いたよ! 本当に友が欲しかったのは、私だったんだ! あぁ、馬鹿は私だな、笑える。どうかしてるとしか思えない。こんなことを口にするなんて、私は相当疲れているんだ“



 

 自嘲しながら早口で話すロンルカスト少年の声が頭から消える。でも消えたはずなのに、私の心には彼の言葉が深く刺さったままだった。

 

 そうだよね。本当の友人は、数なんかじゃない。今日沢山の同級生に囲まれたけど、仲良くしてねと数え切れないほどの挨拶を受けたけど、何にも嬉しくなんてなかった。むしろ、なんか怖かったかな。


 ロンルカスト少年もきっと同じ。

 彼はいつも沢山の人に囲まれていた。けど表面を取り繕っただけのその関係で、心が満たされているとは限らない。ただ彼はアルトレックス少年が勘違いするほどに、その虚しさを悟らせない術に長けていただけだった。


 でも心の奥底では自分という個人を理解してくれる誰かを渇望し、ずっと望んでいた。そして無意識の中で、それを満たせるアルトレックス少年に手を伸ばしたのだろう。


 確かにあの時ロンルカスト少年は、自分を卑下していたアルトレックス少年を認め、彼に新たな道を示した。貴族的な価値の少なかった当時のアルトレックス少年は、爪弾きにされていた自分を認めてくれたロンルカスト少年の言葉に、どれだけ救われたことだろう。


 でも実際のところ、本当に救い上げられたのはロンルカスト自身の心だった。だって冷遇されていることで、家からの思惑の一切が絡んでいないアルトレックス少年でしか、名家で分厚く覆われた本当のロンルカストを見ることなど、できなかったのだから。



 “たとえ中央へ行ったお前が今と違っても、俺は今日のお前を知る友であることを、生涯忘れない”



 アルトレックス少年がロンルカストへ向けて言った言葉。

 火持ちの特性なのだろうか。真っ直ぐで純な彼の言葉は、なによりも熱く心を刺す。あの日、しがらみ無く自分自身を認めてくれる存在を得たことで、ロンルカスト少年は期せずして自分自身を救うことができた。


 幼い頃のロンルカストとアルトレックス様。

 望んでいた存在を得ることができた彼らだが、お互いにとってそれはきっとたった1人で良かった。



 私にとっては少し前の夢であり、彼らにとっては遠い過去の記憶。でも友人という概念については、時を超えて通じるものがあった。

 本当の友人とは自分を肯定する一部であり、また構成するものでもあり、それは相手にとっても同じなのかもしれない。

 そう考えるととても愛おしくて、そして胸がちょっと苦しくなる。だってそれを得るためには、自分の内面も(さら)さなければいけないから。

 


 ノスタルジーに想いを馳せていた私の思考がふと、思う。そういえば前の世界の私には、そういう得がたい存在がいたのだろうか。

 中学、高校、大学、職場。どこかでそういう大切な友人を得ることが出来ていたのかな? もしそうだとしたら、今も連絡の取れない私のことを心配しているのではないだろうか。

 そう思った途端私も、その大切な誰かのことを思い出さなければいけない気がした。だというのに、


 ……うーん、あれ? なんでだろう。いくら考えても名前はおろか、顔も姿もその人の一切を思い出せない。いやいやっ、大丈夫! もう少し頑張れば、なんかちょっとくらいは思い出せるはず。

 


 

「ねぇ、ミアーレア聞いてるの? 私も平民街にイリスフォーシア様か降臨されたって聞いた時は物凄く驚いたけど、それが貴方の呼び出しに応えたからって聞いた時ほどじゃなかったわ」



 脳内にある記憶の古箪笥をあっちゃこっちゃ開けたり引っ掻き回したり、飛び出してきた職場だった薬局の残業地獄の思い出を慌ててしまったりしていた私は、少し怒ったようなハリーシェアの声が聞こえたことで現実の演習場へと強制的に戻されたのだった。




 ロンルカストとアルトレックスの夢については、122.128.138.145.146話です。

 ご参考になればと存じます。


 お読みいただきありがとうございます。

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