最後の確認
“騎士団の定時報告にて、平民街での顛末を知りました。
魔の襲撃に貴方が巻き込まれたと聞いた時の心境、また事なきを得たと分かった時の胸中を、どうしたら貴方に伝えられるのでしょうか。筆紙に尽くしがたい思いです。
そして同日ですが、騎士団の演習中にてレオルフェスティーノ様が不審な動きをしていたとの情報を得ました。他の魔力持ちがいない平民街へ誘導した魔を放ち、貴方を狙った可能性が高いように思えます。
ミアーレア、以前もお伝えしましたがこの街は貴方にとって大変危険です。彼が再び何らかの工作をする可能性は充分に高く、今回のように次も無事で切り抜けられる確実な保証は、何処にもありません。
貴方の身が心配なのです。動くのであれば早い方がいい。
明日火の講義の後にて、この前の返事を聞かせてください。演習場の裏手にてお待ちしています。 リスペリント・フレニアス”
リスペリント先生からの手紙を何度か読み直した私は、やっぱりそうなんだと納得する。
ふぅと小さなため息をついて下を向くと、手紙を運んできた伝令鳥と目があった。遠目でも分かりやすいドピンクのフィンちゃんと違って、落ち着いた色に少し大きめのスズメに似たフォルムのその鳥は、私の腕をツンツンと突くことで、返事を催促した。
リスペリント先生とはコッソリと何度か手紙のやりとりをしているが、返事を求められたのは初めてだ。
私は心を決めなければいけない。そう感じた。もう先延ばししてちゃダメだ。
あまり鳥さんを待たせるのも申し訳ないので、“分かりました。明日お会いしたく存じます”とサラリと返事を書き、その嘴に咥えさせた。
パタパタと飛んでいく鳥を見送りながら、ちょっと文章が短くて淡白だったかなと心配になる。でもリスペリント先生のことを考えるとドキドキしてしまって、お返事どころではなくなってしまうのでしょうがなかった。
文章的には失礼じゃないから大丈夫だと言い聞かせる。そして起床を告げる音泣きの魔術具に花弁を落とした。
魔の襲撃から翌々日の何でもない日の朝。私はこうして自分の道を決めた。
朝食を終え、座学の時間。
苦手な暗記項目にうーうーーと頭を悩ませる。そんな私の苦悩の声さえも子守唄にして、ルディーは部屋の真ん中で、のんびりとお昼寝をしていた。機嫌を損ねないように、恐る恐る話しかける。
「……ねぇ、ルディー。今からもしもの話をするんだけど。もしもの話だから怒らないで聞いてくれる?」
右耳をピクリとさせたルディーは、閉じていた両目をゆっくりと開き半目で私を見た。
「急になに? そんなに予防線を張らなくても、僕は意味もなく怒ったりはしないよ。意味があれば怒るけど」
「え、それって結局怒るってことだよね?」
「必要があればね」
「……やっぱり言うのやめたくなってきた」
「ねぇ。僕を怒らせたいのなら回りくどいことなんてしないで、そう言ってくれればいいんだよ? 今だって安眠を邪魔されて、充分にその意味に含まれてるんだから」
ルディーはそう言うと口を横にイッと開き、小さな犬歯を見せつけてきた。
「じょ、冗談だって! 言う前から怒んないでよ。……あのね、その、もしもだよ? もしも私が中央へ行きたいって言ったら、ルディーはどう思う?」
慌てて先の言葉を否定した私は、その流れと勢いのままにものすごく聞き辛かった要件を伝える。そしてルディーの反応をドキドキしながら待った。怒っちゃうかな?
「どうって別に? ミアの行く場所が僕の新しい家になるだけだけど?」
意外にも呆気なく返ってきた、普通についてきてくれるという返事。特に怒る様子もなさそうだ。
張り詰めていた緊張が、心の中でビヨーンと変な音を立てて切れた。
「え? でっ、でもルディーにとってはこの家が大切なんじゃないの?」
「大切なのは“その場所が何処にあるのか”じゃなくて、“大切な場所がある”ってことだから。居るべき場所があることで、僕は存在を許されるんだよ。人だって同じでしょ?」
「居場所があるからルディーも私たちも生きてるってこと?」
「そういうこと。僕らの場合はそれが少し顕著なだけ」
分かったような分からないような? モヤモヤしてるんだけど、ルディーはこれ以上説明をしてくれる気がなさそうだ。
仕方がないので彼を横目に、具体的にハリーシェアとエアリの関係に置き換えて考えてみる。
幼い頃のハリーシェアは、両親のいない寂しさを一人で抱え込むことができずにいた。そして夜な夜な、自分の思いを抱き枕にぶつけていた。
そんなある日、彼女の心の一部が抱き枕に移る。それができたのは、その抱き枕に火の精霊が糸として編み込まれていたからで、またハリーシェアのお母さんの想いも込められていたからだった。偶然が重なり合い、抱き枕は仮の使い魔としての命を得る。エアリが生まれた。
でもハリーシェアが成長していくにつれて、彼女は自分の心に自分で折り合いがつけられるようになる。抱き枕に預けていた心も少しずつ彼女の元へ戻り、それに伴いエアリは力を失い消えてしまった。
うん、そっか。エアリはハリーシェアの心のサポートという居場所が無くなったから、存在できなくなったんだ。実際、彼の一部はハリーシェアの心に取り込まれたわけだから、完全に消えたわけじゃないけど。
「……うん。ルディーの言いたいことが、分かった気がする。でも私と一緒に中央に行ったとしたら、ディーフェニーラ様のことはどうするの?」
「彼女にはこれでもかってくらいの強固な護り魔法をかけてくから、心配ないよ」
「守り魔法? なんかルディーが仕掛けるそういうのって、えげつなさそうだよね」
「彼女を害しようとする奴らに、手加減する理由があると思う?」
多分、なんかヤバい魔法なのだろう。
ルディーの言い方からそう察した私は、ふと同じ守りの術ということで思い出したことを尋ねる。
「そういえば、ルディーはディーフェニーラ様と婚約した後、守りの魔術具として装飾品に見せかけたポメラを渡してたんだよね? それが発動したことってあるの?」
「正確にいえば、それをしたのは僕じゃなくて彼だよ。けど、まぁそうだね。見せしめの意味がないと他のものへの牽制にならないでしょ? だからちょっとだけ派手にやったかな。悪意を持って彼女に近づいたやつが、どうなったか知りたい?」
「えっ、こわいから聞きたくない」
「そう? 聞きたくなったらいつでも言ってよ。そうだなぁ、今度作るんだったらアイツにギミックでも仕掛けようか。アイツ、守りだけじゃ飽きてるだろうから、攻撃できるようになってきっと喜ぶよ、クスクス……」
「えー、絶対怒るって。変なことするのやめなよ。“何で止めなかったんだ”って、私が怒られそうだし」
「ん? ミアはアイツの気持ちが分かるの?」
「あ、うん、なんとなく。私の勘違いかもしれないけどね」
前に、死に際のラジェルティートレオン様がその魔力の一部を猫の置物に移して見守っていたことをディーフェニーラ様にバラしてしまったことがあった。あの時、彼の目が呆れているように見えて、居た堪れなくなったのは懐かしい。
まぁ、私の罪悪感が見せた幻想かもしれないけどね。でもエルフの先輩たちと働くことで、無表情の中から心情を汲みとるスペックも培ったので、その賜物かもしれない。経験とはどこで役に立つか分からないものだ。
「まぁ、アイツとは一度、繋がったせいもあるのかもね」
「あ、そっか。その影響かもしれないよね。……そういえば、イリスフォーシアの話で、私をこの世界に連れてきたのはエーダフィオンの眷属って言ってたよね? “縁を作るのが得意な神狐”の仕業で、ルディーと繋がったのも彼の影響かもしれないから、ルディーのことを見逃してくれたやつ」
使い魔として私の記憶を多少なりとも共有してるらしいルディーは、私が違う世界から来たことも勿論知っている。
前の世界の話をすると自分の異分子感を見つめるようで嫌だったので極力しないようにしていたが、少し勇気を出してその話を振ってみた。
「あの時のことなんて、思い出したくもないよ」
しかしルディーは私が異世界人だったことなど1ミリも触れずに、端的に自分の命が奪われそうになったことへの感想のみを嫌そうに言った。その様子にちょっと安心しつつ話を続ける。
「思い出させてごめん。でも、ルディーと繋がったのは勿論なんだけどね。ルディーの過去を見ちゃったのも、彼の心と話せたのも、講義室でベルクム粉をばら撒いてハリーシェアと仲良くなれたのも、その時にベルクム粉が女の人との繋がりを拾って夢でその人の記憶を見ちゃったのも、全部そうなのかなって。うまく言えないんだけど」
「それはあるだろうね。多分ミアはそういう性質になってるんだと思うよ」
「そっか。やっぱり私って、神狐の影響で繋がりやすいっていうか、そういう縁を作りやすいんだ」
「一応言っておくけど、それらの縁の全部が全然、僕らにとって良いものとは限らないんだからね? 彼女も言ってただろ? 彼女たちにとっては僕らの“良縁も奇縁も悪縁ですら全ては等しく尊い”ものだって。精霊や神からしたら、人間の機微なんて取るに足りないんだよ」
忠告するようにそう言ったルディーは、言い方は素っ気なかったけれども私を心配してるんだと分かった。
それでも私は、例え悪縁因縁ですら無碍にできないと思えた。なんでだろう。言葉にならないこの気持ちを、ゆっくりと言葉に還元する。
「……でも私、あまりいいものではなかったとしても、繋がれた“縁”は全部大事にしていきたいなって思ってるんだ。ルディーと出会えたのもそうだし。それに前の世界ではね。なんだか、こういう繋がりに疎かった気がして――」
そこまで話した時だった。勉強部屋のドアがガチャリと開く。慌てて口を閉じた。
「失礼致します。少々遅れまして申し訳ございません。進捗はいかがでしょうか?」
そう言って部屋に入ってきたのはロンルカストだ。少し前、私に課題を出して自分は外出していった彼が帰ってきた。
まずいっ! ルディーと話していて全然課題が進んでいない。
焦る私は、言い訳をしようと彼を見てハッとした。顔は赤いし、足元はフラフラしている。昨日も疲れた顔をしていたが、明らかにロンルカストの体調は悪化していた。
昨日心配だったので、今日の昼食にはセルーニに頼んで、疲労回復料理をロンルカスト用には作ってもらったのだが、足りなかったのだろうか。夕食も引き続きそれにしてもらおう。
「ロンルカスト、体調が優れないように見えますが大丈夫ですか? あまり無理をしないで休んでください。あとセルーニには、ロンルカストが元気になるように特製の昼食をお願いしたのですが、夕食もそれにしてもらいますね。沢山食べて英気を養ってください」
「クスクス……あぁ、そういうことか。ミア、心配しなくても彼の体調は良好だよ。むしろ問題なのは元気すぎることでーー」
「ゴホンッ! ……いえ、何も問題はありません。体調もご心配には及びません。お気遣いも嬉しく思いますが、しかしながらあのメニューは私には効果が高すぎるようですので、今後はお気持ちだけいただければと存じます」
ルディーの言葉を遮ったロンルカストは、有無を言わさぬ様子でヤケにはっきりとそう言い切った。
効果が高すぎる? 元気になりすぎて逆に顔が赤いってこと?
謎だが本人が問題ないと言っているのだからいいのだろう。
「そ、そうですか? ならいいんですが」
「えぇ、ご心配なく」
ロンルカストの笑顔は少し引き攣っている気がするが、もう何も言うまい。
あと話が全然終わっていない課題に向いてしまうのを避けるため、気になっていたことを聞く。
「ロンルカスト、そういえば一昨日の襲撃でブレスレットを無くしてしまったんです」
「さようでございますか。激しい戦闘でしたので、紛失または破損なされても仕方のないことかと存じます」
「そうですよね。これはしょうがない事ですよね。それで、もしかしてトレナーセンの両親は、また新しいブレスレットを送ってくれるのでしょうか。これで2回目ですし、高価なものだと思うので申し訳なくて」
最初のブレスレットは、森の中で魔に襲撃された杖結びの時に壊れてしまった。
そのあと少ししたら新しいブレスレットが届いたと聞き驚いたのだが、実物を見たらキラッキラが上乗せされていて更にビビったのは懐かしい。
次に届くものも、また豪華さが増しているのだろうか。何もお返しできなくて心苦しいのでやめていただきたい。
「そうですね。直ぐに手配できるものではございませんので、暫くかかると思われますが、新しい宝飾が届く可能性は高いのではないでしょうか」
「うーん、そうですか。では彼らはまた、新しいブレスレットを持ってこのアディストエレンの街に来るんですね?」
「確定ではございませんが、新たな宝飾が届くのかもしれません。またトレナーセンのご両親も、この地へいらっしゃるのかもしれません」
「……そうですか。よく分かりました。あと、もう一つ聞きたいことがあります。ある家の家族構成について教えてください」
ロンルカストからその答えを聞いた私は、やはりそうかと納得する。ベルクム粉の言う通り、全ては繋がっていた。
どう決断すればいいのか、どう決着をつければいいのかはもう決めていた。しかし果たして私にできるのだろうか。ゴチャゴチャに絡まっていた糸が解けた私は、頭の中でその両端を持ちながら1人で立ち尽くしたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




