問題整理の時間
「ベルクム粉がもう一袋。これってやっぱり、そういうことだよね?」
湯浴みを済ませ自室に戻った私は、いつもならベットにインする時間だがテーブルの上の2つの袋、ベルクム粉袋を交互に見つめながら独りごちていた。
そのうちの1袋はペチャンコ。理由はもちろん、昨日落とした拍子に全部お空に飛んでいったからだ。
おかげで魔に気がつくことができたんだけれど、あの襲撃が昨日のことだなんて不思議だ。なんかもう、すごい昔のことのように思える。
恐ろしい記憶を無意識に遠ざけようとするのは、脳の防衛本能だろうか。それとも単純に私の逃避癖が成せる技なのか。
そんなことを思いながら、もう一つの袋に目を向ける。こっちは未だパンパンに中身が詰まっている。
“ベルクム粉は製作者にとって必要量しか作れない”
ザラクス先生はそう言っていた。
もし彼の言葉通りだとしたら……というか、もうそうとしか思えないけれど。私はもう一度この大量のベルクム粉が必要になるほどの魔の襲撃、もしくはそれに近い事件に巻き込まれることになる。
いや、怖すぎでしょ。なにこれ。最悪の予言だ。
「予言、予言かぁ。昨日聞こえた声も、きっと予言や助言の類いだったんだろうなぁ」
蘇るのは平民街へ向かう途中、ベルクム粉から聞こえてきた声。
“全ては同じ光の元に繋がっている。真実が照らされ明らかになるのはもうすぐだよ”
あの時は空耳だと聞き流してしまったけれど、いま私が無事でいられるのはベルクム粉が隠蔽されていた魔を白日の元に晒してしてくれたおかげ。しかもその後、イリスフォーシアの圧倒的な力も目の当たりにした。
彼女と同じ陽属性であるベルクム粉から聞こえた声を、安易に無視することはもうできなかった。
“全ては繋がっている”とは、一体どういうことなのだろうか。
そっとベルクム粉に触れる。もう何も声は聞こえなかった。でも私にはそれが“ピースはもう揃っているのに、これ以上何を伝えることがあるの?”と、逆に問われているような気がした。
「考えなきゃ。何がどう繋がっているのか。そうしたらきっと、どうしてまた事件に巻き込まれるのか分かるはず。うぅん、どうして巻き込まれなければいけないのかが分かるはず」
思考放棄はもうしない。だってルディーにも約束したばかりだ。
自分がどの道を歩いているのか把握しなきゃ。そう思い、まずはベルクムの声が聞こえた時に考えていたことを思い出す。
消えていたルディーのこと。ロンルカストを縛る契約魔法のこと。夢で見た女の人のこと。東の派閥でレオ様の黒い思惑に利用されていることや水の部隊へ入隊させられたこと。リスペリント先生から受けたプ、プロポーズのこと。ザラクス先生に言われた不穏な忠告のこと。
「うー、バラバラでごちゃごちゃにしか見えないけど?」
全てが繋がっているだなんて、そんなの到底思えない。けど答えは自分で探さなきゃ。絡まっている糸をほぐすように、一つずつ考える。
最初はルディーのこと。彼は自分が消えていたのは作戦だったと言っていた。
西塔廊下での大喧嘩は作戦で、ワザと起こしたもの。ここで問題提起をする。じゃぁ何のための作戦だったのか。
ルディーはあの時、結構な大声を出していた。今思えば彼らしくないし、ちょっと演技チックだった気もする。
西塔の廊下には人気もあった。恥ずかしながら私の大号泣も相まって、私達の諍いは大きな噂になったんじゃないだろうか。
土属性が得意と有名な、元先先代領主の使い魔が怒って消えた。そんな噂を聞いて喜ぶのは誰か。単純に考える。その答えは私を襲いたい人間に違いない。ボディーガードがいなくなったなんて、ラッキーチャンスにしか見えないでしょ?
つまりあの大喧嘩は“ルディーが消えたことを広く周知させる”作戦で、その目的は“私を狙う敵を誘い出すこと”だった。
「あっ、でも、ルディーは“あんまり良い手じゃなかった”って言ってたよね。じゃぁ。作戦は失敗したってこと?」
……ん? あれれ? でもルディーの目論見通り、私は魔の襲撃という大事件に巻き込まれた。あれは人災だった。故意に起こされた事件。ルディーにも、“街がめちゃくちゃになっちゃって、あれって私のせいなんだよね?”って聞いた時、否定されなかったし。
ルディーが捕まえたかったのは、これを起こした犯人のはず。だとすると、“良い手じゃなかった”とは、作戦は成功して敵は攻撃を仕掛けてきたけれど、その犯人は捕まえられなかったってことかな?
そもそもだが、魔の襲撃は言うことを聞かない私を脅すために、レオ様が計画したことと予想していた。
だとしたら、ルディーが捕まえたかったのはレオ様ということになる。でも私がレオ様に反発したのは、ルディーが消えた後のことだ。これじゃ時系列がおかしい。
ルディーは遅かれ早かれ私がレオ様に襲われることを、予想してたってことなのだろうか。
「うーん。それに2人の仲が悪いのは充分に知ってるけど。罠にかけてまで自分の孫を捕らえたいなんて思うのかな? ここは身分差も激しいから、私みたいな平貴族がレオ様を捕らえたところで副領主の断罪なんてできなさそうだしなぁ。あっ、だからルディーは現行犯逮捕したかったってこと? うぇー、分かんない……」
煮詰まった私は手で弄っていたスラ時計をクルリとひっくり返す。テーブルの上に乗せ、中のオイルがゆっくりと下に落ちる様を眺めた。
熱くなってきた頭を冷やすため、一旦違うピースへと思考を移す。
次はロンルカストを縛る契約のこと。
これは簡単。リスペリント先生が、自分と一緒に私が中央へ行けば解決すると言っていた。
というかあの時、リスペリント先生からなにか大事なことを言われてたような。えーっとなんだっけ? 確か……
“今のアディストエレン領を見る限り、貴方にとってとても危険です”
“不確定分子の貴方が他の派閥に取られることを危険視した彼にとって、守護の役割を持った使い魔のいない今の貴方はとても狙いやすい”
うん。どうしよう。思い返せばものすごいはっきり警告してくれていた。もうこれ、さっきの問題の答えじゃん。
自分に言い訳をする。だってリスペリント先生について考えようとすると、片膝をついてこちらを見上げる彼の薄緑色の瞳やそれにププ、プロポーズされたことばかりを思い出してしまってわぁーっ!? また顔が熱くなってきたっ!
……ふぅ。こんな感じで頭の中がお花畑になってしまうので、重要なことがすっぽりと抜け落ちていました。
いつまでたっても免疫機能が働いてくれない。恋愛耐性が欲しいんだけど、ワクチン開発が進む気配もなかった。みんな自力で抗体を獲得してるのか……信じられないよ。
「はぁーぁ。こういうところがルディーに呆れられるんだろうな……」
冗談はさておき考えの浅さを痛感する。反省した。脳内のミニルディーが白けた目をしている気がするけど、えっと、そうだね。とりあえず3つ目のピースに思考を移そうか。
3つ目は夢で見た女の人について。
生きていればロンルカストの同級生で、同時に彼の隠れ信者だった人。
何故この人の記憶と繋がってしまったのか。ハリーシェアにぶっかけてしまったベルクム粉を回収した時に、この人の記憶も拾ってしまったのは分かっているけれど、どうして死んだはずの人の想いが教室に残っていたのか。この人が講義を受けたのなんて、ずっと前のことのはずなのに不思議だ。
今思えば私にかけられていた月魔法、ユニフィア先生やリスペリント先生曰く、レオ様が私を監視する為にかけた月魔法の影をベルクム粉が暴いてくれたのも、きっと偶然じゃなかった。だとすれば、彼女の記憶と繋がったのも必然のはず。ことベルクムに関して、意味がないなんてことはあり得ない。
「うん。彼女についてはもう一度、ロンルカストに聞かなくっちゃだね」
そして4つ目、東の派閥の黒い思惑に利用されていることと水の部隊への入隊について。
全く自覚はないけれど、私はレオ様がアディストエレン領の領主になるための計画の歯車にされているらしい。
でもこの前、水の部隊入隊へのやりとりで、私はレオ様に反抗してしまった。思い通りに動かない私に業をにやしたレオ様は、その警告として私が大切にしている人たちがいる平民街を魔を使って襲った。
「リスペリント先生は、レオ様は私が他の派閥に取られることも危険視しているって言ってた。もしかしたら昨日の襲撃は、警告じゃなくて平民街ごと私を殺すことが目的だったのかも。実際、風の講義でも命を狙われたし……」
恐ろしい考えにブルリと震えた。それに私1人を殺すために街ごと襲うなんて、頭がおかしいとしか思えない。
ただレオ様は月魔法が得意だし、やろうと思えば私くらいサクッと暗殺できるはず。なのになんでこんな大量殺人未遂事件をわざわざ起こしたんだろう。
魔を見つけて、月魔法で見えなくして、そして平民街まで誘導して、でも自分は騎士団の練習で知らんぷりをしてーーって、考えただけでも大変そう。
彼にとってのメリットは何なのか。それともやっぱり、抹殺じゃなくて私への警告の意味が強かった? もしくはこのくらいの労なんて意に介さないほどのサイコパスとか?
「うーん、また頭が痛くなってきた。ちょっとまた後で考え直そう」
五つ目はリスペリント先生から受けたプロポーズのこと。
彼といるとドキドキする。顔も熱くなる。初対面の時からそうだったし、ハリーシェアはこれが好きな人といる時の心境だと教えてくれた。
ロンルカストのためにも、私の身の安全の為にも、彼とともに中央へ行くのが良いのかもしれない。でもルディーは? この家を大切にしているルディーの気持ちをぞんざいにはしたくない。これについては、後でちゃんと話し合おうと決める。
最後はザラクス先生に言われた不穏な忠告のこと。ベルクム粉を沢山作ったということは、それだけ事件に巻き込まれる可能性が高いから注意しなさいってやつ。今まさに考えてることだ。
これでザッとだけど、全てのことについて考え終わった。誰とも無しに総論を述べる。
「うん。考えたみたけど、繋がってるような繋がってないような? 特に夢で見た女の人のことは、どう関係するのかサッパリ分かんないや」
あとなんでだろう。何かが決定的に抜けている気がするんだよね。モヤモヤするっていうか。しっくりこない。
こういう時は、原点に戻ってみるのがいいと思う。探し物だって、意外と一番最初に探したところにあったりするものだ。
持論に従い冒頭に戻る。ベルクム粉は“全ては同じ光の元に繋がっている”と言っていた。
全てが繋がっている ……もしかして、そういうこと? あの時考えてたことだけじゃない。もしも、全部が繋がってるのだとしたら。ここへ来てからの全ての出来事の中に、私が見えてなかったことがあるのだとしたら?
チラリと、見逃している大きなことが見えた気がした。更に昨日対峙したイリスフォーシアを思い出す。そういえば彼女との会話で、気がついたことがあった。同時にあり得ない仮定が脳裏に浮かぶ。そんなバカなっ!? 自分自身の考えに驚きすぎて、つい立ち上がった私は心のままに叫ぶ。
「えぇぇっ!? まさか、そんなことってないよ!? ……いや、でも、そうだとしたらあれの辻褄が合う。うぅー、でもでもやっぱり信じられないっ!」
ある事実が照らされたことにより、この難問へのヒントを掴んだ。
しかし全てが繋がったことへの喜びよりも、今まで見えていなかったある真相への衝撃が上回った私は、自分でたどり着いた答えを受け入れることができない。そして心の動揺が治るまでの間、視界に入ったスラ時計のオイルがゆっくりと落ちる様を特に意味もなく見つめたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




