使い魔との一時と事後処理
「うぅーん、おっ、おもい……」
重苦しさで目覚めれば、真っ黒い毛玉が私の胸の上に乗っかっていた。ルディーだ。
私が起きたことに気がついた彼は金色の瞳を開く。そして私を上から覗きこむと、ゆっくりと瞬きをしながら口を開いた。
「おはよう、ミア。体の調子はどう?」
「う、おっ、重くて、調子も何もないよ。ちょ、ちょっとごめんね、ルディー。……はぁっ、はぁっ、あぁー、苦しかった」
この辛さの元凶であるルディーを横にずらし体を起こした私は、自室のベッドにいることに気がつく。部屋内は暗く、燭台に灯る光が優しい。
あれ? 私いつの間に家に戻ってきたんだろう?
口に出したわけでもないのに、私の様子からその疑問を察したルディーが答える。
「覚えてない? あの後ミアは倒れたんだよ。魔力を使った疲労や緊張、あとは彼女の神気に触れたせいもあったのかもね?」
「そっか。んー、でもあんまり覚えてないや。えぇっと、イリスフォーシアのおかげで平民街の皆んなは無事だったんだよね?」
念のため確認する。まさか全部、私の都合のいい夢だったなんてことはないよね?
「うん、負傷者も死者もなし。っていうか量も力も増した回復薬は街全体を覆うし、あれはやりすぎなくらいだったよ。今頃、魔の襲撃を受けなかった人も持病が治ったって喜んでるんじゃないかな? まぁ、彼女が出てきたのは想定外だったけど、結果は良かったんじゃない?」
「そっか、良かった。……でも、街がめちゃくちゃになっちゃって、あれって私のせいなんだよね? どうしよう、もう皆んなに顔向けできないよ……」
胸を撫で下ろすも崩壊した街並みを思い出し罪の意識に苛まれる私に、ピンと尻尾を立てたルディーは得意気に言う。
「あぁ、それなら問題ないよ。レオに直させといたから」
「へ? レ、レオ様に?」
「そ。レオに」
「ええぇえっ!? どどど、どうやって!?」
「どうやっても何も、回復薬はまだ騎士団に譲渡前だったでしょ? あれを使用した対価を、金銭じゃなくて街の修復って形で貰っといたから。七冠くぐりの儀式の間は直せるのに、この範囲は無理なのかーって煽った時のアイツの顔、ミアにも見せたかったよ。ククッ、傑作だったんだから」
そう言って面白そうに笑うルディーに、胸の中で何かが膨らんでいく。
ワザと冗談めかして悪ぶっているけど、私が街のことを気にかけると思って動いてくれたんだと分かった。
イリスフォーシアのことだって想定外とは言っているけど、彼女が現れることもきっと万が一として想定していたに違いない。その上で、自分の命が消える危険性を分かった上で、私の希望を叶える為にルディーはピラフィティーリを呼んでくれた。
膨張しすぎた何かが内側から胸を圧迫して苦しい。この気持ちをなんと呼べばいいんだろう。自然と手が伸びていた。ルディーをギュッと抱きしめる。
「ありがとうルディー。平民街を直してくれたことも、蝶たちを呼んで皆んなの命を救ってくれたことも、私たちを魔から助けてくれたことも、全部全部ありがとう」
「……僕こそお礼を言わなきゃ。ありがとう、ミア。今僕がここにいられるのは、ミアが繋いでくれたおかげだね」
照れたようにそう言うルディーに、私も自分の心を返す。
「ルディー、今までごめんね。私、この家がルディーにとって大切なものだってこと、やっと分かった。これからは色んなこと、ちゃんと自分で考えるようにする。だからもう消えないで。ルディーがいない間、すごく寂しくて心細かった」
「あれは作戦だって言ったじゃないか。別に言ったことが嘘ってわけじゃないけど」
「うぅん、言われて気づいたの。私、きっとこの姿に甘えてた。姿に引っ張られて、考えも浅くなってたんだと思う。それに貴族の常識なんて、そんなの分からなくて当然だって、どこかで思考を投げ出してたんだと思う。まだその癖は残ってるけど、でも頑張って治すから。だからルディーにはもう少し見守ってて欲しいなって思ってて……ダメかな?」
「……世界に飼われるのはやめたんだね。うん。今のミアからは、すごくいい匂いがする」
「あ、でも、もちろん自分でも頑張るけど、ヒントくらいは欲しいかも……」
「クスクス……僕が何者か忘れちゃったの? 僕は守護者。ミアが進もうとする道に落ちる石を弾く障壁であり、君を見守るもの。誰かの背中に乗ってた君がやっと自分の足で歩き始めたんだから、その道に助言を落とすくらいはするよ。まぁ、フィンみたいに露骨に導いたりはしないけどね」
私ってそんなに周りが見えてなかったんだ。改めてルディーに指摘されて恥ずかしくなるも、最後の言葉が引っかかった。
「フィンちゃん? そういえば確かにフィンちゃんて、ちょっとだけ強引なとこあるよね」
薬草園ではピラフィティーリたちを押しのけて焼き菓子を欲しがったり、ロンルカストから御者席を奪ったりしたことを思い出しながら同意した。
あとはルディーのお尻を突いて私の元まで誘導したこともあったよね。でも昨日の魔の襲撃の時は、羽を広げて自己アピールしてくれたから私も全力でフィンちゃんに頼れた。そう考えると、その性格には助けられている。
「あいつは見た目も派手だし、存外に主張が激しい。風の誘導したがりは困ったものだよ。……いや、中身よりも見た目があれだから行動にもそれが現れるのか? ミアと同じ? そうすると、僕も知らぬ間にこの見た目に引きづられた行動を取ってる可能性があるな……」
ブツブツと一人で考え出したルディーを抱きながら、瞼の重さを感じる。燭台の炎がゆらゆらと揺れていた。
「ありがとう、ルディー。ルディーがいると、なんだかあったかいな」
「今日はいつも以上に魔力を使ったからね。フィンに無理やり取られた分もあるだろうし、体に残る魔力が少ない分、僕の中にある自分の魔力を知覚してそう感じてるんだよ」
「そうなの? でもそれだけじゃ無い気もする。もっとこう、内側が満足するっていうか安定するっていうか?」
「それが僕の本質だから。君が最初にくれたものの根っこだって、僕はちゃんと守ってるんだよ?」
「私が最初にルディーにあげたもの? 薬草園で出会った時にルディーが食べちゃった、杖結び用の魔力のこと?」
「それは僕が君から奪ったものでしょ。僕を最初に形つくったもののこと、忘れちゃった?」
「ルディーを形作ったもの? ルディーがルディーになったもの? ……あっ、名前?」
そうだ。私はディーフェニーラ様のために心を尽くし続けるルディーのために、自分には中身がなくて空っぽだと嘆いていた彼のために、心を意味するカルディアーという言葉の一部からルディーと名付けた。
与えたつもりの名だったが使い魔となったルディーは、その性質から自分と繋がっている私の心も守ってくれていたということなのだろうか。
燭台の灯が滲む。もっと話していたいが眠気に逆らえない私に、ルディーの声が落ちる。
「イリスフォーシアの目覚めまでは、まだ時間があるよ。今日はもうお休み」
「……うん。お休み、ルディー」
目を開いているのに限界を感じた私はそう言って瞼を下ろす。モゾモゾと彼がシーツの中に入ってくるのが分かった。安心する温もりに、彼が帰って来てくれたことを改めて実感する。
心の底からの安堵を胸に抱いた私は、久しぶりに深い深い眠りについたのだった。
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1日が終わる。
昨日の疲れと回復薬の全消費を考慮して、今日はお薬の調合をするのみのまったりデーだった。一日中薬草や薬の香りに包まれながら鍋を混ぜ混ぜしていたおかげで気分はルンルンだ。
そんな私とは対照的に、夕食時に顔を見せたロンルカストは朝と比べてげっそりとしていた。
それもそのはず。自分が気を失っている間の出来事やイリスフォーシアとのやりとりの全貌を私やルディーから確認したロンルカストは、ほうぼうへの連絡や説明、また庭木に集まりすぎて鶏団子状態になっている伝令鳥たちへの対応で見るからに忙しそうだった。
事後処理丸投げでごめん。せめて彼に何かしてあげられることはないかと考えた私は、ふと思いついたことをセルーニへ相談する。
「セルーニ、明日の食事でお願いがあるのですが、リクエストしてもいいですか? もう決まっているのでしたら、無理にとは言わないです」
「勿論です。ミアーレア様がお食事の内容を気にされるのは珍しいですね? どのような献立が宜しいでしょうか?」
「私じゃなくてロンルカスト用なんです。彼が元気になるようなものを作ってもらってもいいですか? 具体的な提案じゃなくて申し訳ないのですが。ほら、色々と大変そうなので、少しでも食事から補えたらと思って」
「承知致しました。そういうことでしたら明日はロンルカスト様用に、滋養強壮のお食事を別メニューでご用意いたします。その手のものは慣れておりますので、お任せください!」
慣れている? セルーニの前の主人は、あまり体が丈夫ではなかったのだろうか。少し疑問に思いながらも、やけに自信のありそうなセルーニの様子に安心する。
「セルーニに相談して良かったです。では明日のロンルカストには、元気盛り盛りメニューでお願いしますね」
「はいっ! ご期待に添えるよう腕によりをかけます!」
テンション高めのセルーニの返事に、食事のリクエストがそんなに嬉しいのだろうかと少し驚いた。
そういえば“今日の夕飯何がいい?”と聞いて“なんでもいい”と帰ってくるのが一番困ると聞いたことがある。
セルーニのお料理はなんでも美味しいのでお任せにしていたが、こんなに張り切ってもらえるのであれば、今度からはリクエストするようにしてみよう。
情事ごとに疎い私は、セルーニが“ロンルカストの元気”という言葉をどう捉えたのか、男性にとっての“滋養強壮”にどんな意味が含まれるのかを履き違えたまま、明日の食事により彼が心の英気を養えることを疑わなかったのだった。
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