東の薬草園
頭の中がお花畑の状態だった私は、突然の敵意剥き出しの声に、ビクッとして後ろを振り向いた。
そこには2人の騎士が立っていた。
2人とも銀ギラの全身甲冑を着ていた。体にピタリと添うようなデザインで、その上から金の刺繍が施された白いマントを付けている。動けばガチャガチャと重そうな音が響きそうなのに、どうしてこんなに近づいていた事に気づかなかったんだろう。
2人のうちの1人、紫紺髪の騎士は腰につけた大きな剣の鞘に手をかけ低い姿勢で構えている。大柄な体躯に、燃えるような真っ赤な瞳が私を睨みつけている。彼がその手を横に振り抜けば、それだけで私の首と体は簡単に離れるだろう。
「其方は何者だ? 何故ここにいる」
腰に下げた剣を構えていない方の、暗い銀色の長髪を後ろに流した騎士が、さっき聞こえた低く冷たい声でもう一度尋ねた。
隣の大柄な騎士に比べると、細身だ。背が高く、その声よりも更に温度のない蒼い瞳が、刺すようにこちらを見下ろしている。武器を構えていないはずなのに、恐ろしい程の殺気に足が竦んだ。
何か言わなければ殺される。でも突然のことに声が出なかった。
「これはレオルフェスティーノ様。私が、ディーフェニーラ様の命により、ミア様を此方へお連れしました」
私の影からスススと前に出てきたベルセ様が、私を庇うようにそう告げた。
「薬屋見習いのミアと申します。平民の身で恐れ多くも、ディーフェニーラ様よりポメラのアロマを作成する許可をいただきましたため、此方を拝見させていただいておりました」
やっと声が出るようになった私も、慌ててここにいる理由を告げる。「必殺!全部偉い人、ディーフェニーラ様の指示だよ」アピールである。ベルセ様に乗っかった、とも言う。
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「なんで、こんな薬を飲まなければならないんだ!」
そう声を荒げる患者さんは、時たま現れる。
そんな人には、いくら薬の必要性やメリットの説明をしても無駄である。理解する気も此方の話を聞く気もないからだ。
しかし、そんな時には魔法の言葉がある。
「先生が、このお薬を出していますので」
「きっと先生は、こう言った理由で処方されたんだと思いますよ」
この「必殺! 文句があるなら医師に言え」アピールをすると、患者さんの文句はピタリと止まる。
そして、「先生がそう言うのならしょうがない」と、納得して会計を始めるのだ。待合室には平和が戻ってくる。
この伝家の宝刀は、特に年齢が上の人に効果抜群の切れ味を誇る。
「お大事にどうぞー」
あっさりと自動ドアをくぐり抜けて帰っていく患者さんを、白けた目で見送る。さっきまで、あれだけゴネていたのは一体なんだったのか。
……彼らにとって、きっと医師とは神様なのである。
私達薬剤師は、釈然としない気持ちを飲み込み、無理やりそう納得するのだ。
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「ベルセ、其方……」
「レオルフェスティーノ様、ご報告が遅れまして、大変申し訳ございません」
冷えた声で意識が戻る。
しまった。つい恐怖と緊張から、薬剤師時代のトラウマが、フラッシュバックしてしまった。
目の前では、細身で銀髪騎士の氷点下の瞳が私から移動してベルセ様を刺していたたが、ベルセ様は微笑を崩さず飄々として答える。
ベルセ様、意外と強い! その調子で頑張って!
暫く無言で見つめあっていた2人だが、レオルフェスティーノと呼ばれた騎士が、諦めたように視線を外し頭を振った。ベルセさんの勝利だ。
それを確認したもう紫紺髪の騎士も、鞘から手を離して攻撃態勢を解除した。私は生命の危機が去ったことに心から安堵した。今日だけでどれだけ寿命が縮んだんだろう。
「ここは、私の管理区域だ。平民風情が勝手な行動をとる事は許されない」
「はい、大変申し訳ございません!」
「アロマとは、なんだ?」
「植物の香りを凝縮した、精油でございます。数滴で香りが広がりますので、気分転換やお支度の雰囲気を変えるなどお使いいただけるかと存じます。先程、ディーフェニーラ様に、3種類のアロマを献上致しました」
「ふむ。次の水の日、そのアロマとやらの実物を持ってくるように」
「承知いたしました。御前をお騒がせ致しました事、深く謝罪申し上げます」
「去れ」
一刻も早くこの場から去りたいのは、こちらである。
此方を人間とも思ってなさそうな、非情な目をしている冷徹騎士と、軽く振っただけで真っ二つされそうな大剣を持った大柄騎士から今すぐに走って逃げたいのを我慢して、丁寧にお辞儀をした。
ベルセ様に連れられて、薬草園を後にする。後ろから2人の視線を受けている気がして震えた。不意打ちで後ろからバッサリとか、ないよね? 背後からの奇襲にビクビクしながら薬草園を出た。
薬草園を出た先には、来た時と同じような馬車が用意してあった。
うぇっ、いつの間に! 準備良すぎて怖い! ベルセ様にエスコートされて馬車に乗り込む。
「またの御登城を、お待ちしております。」
ベルゼ様の言葉と微笑を残して、馬車はガタゴトと動き出した。
安心する。馬車の中、めちゃくちゃほっとするよ! 行きはあんなに緊張して、背もたれに背中をつける事もできなかった馬車の中が、今は天国に思える。
貴族、怖すぎ!!
先ほどの銀髪騎士の冷たい蒼い瞳と、平民風情がという言葉が頭の中をループする。
平民など家畜だとでも言わんばかりの目つきだった。あの時、彼の気分が変わっていたら、私の首なんて簡単に跳ね飛んでいただろう。
慣れない敬語を使うのも疲れた。貴族の機嫌を損ねたら人生が終了すると思うと、発言の一つ一つに凄く気を使った。
「またの御登城を、お待ちしております。」
帰り際のベルセ様の言葉を、思い出す。
また、来週ここに来なきゃいけないんだ。
もう一生来たくないよ! アロマなんて渡すんじゃなかった。余計な事して私のばかばか!! これじゃ命がいくつあったって足りないよ!
馬車の椅子をポカポカと叩く。そのままヘタリと横になり体を預けた。
ガタゴト
ガタゴト
馬車の揺れが心地よい。
疲れた。大変な1日だった。目蓋が重くなってくる。
カーン ゴーン
カーン ゴーン カーン
遠くで、ビッグベンの鐘の音が響いている気がする。
あれ? テレビ消すの忘れちゃったのかな?
私はやってきた眠気に逆らう事なく、そのまま意識を手放した。
門に馬車が着いた時、私は深い夢の中だった。
門を守る騎士達は、声をかけても起きない私に困り果て、とはいえ貴族区域においては置けないと、取り敢えず平民街へ戻すため、眠る私を肩に背負い門を開いた。
約束通り平民街の白壁の前で待っていてくれたパルクスさん達は、白門が開き騎士の肩にダラリと垂れ下がる私を見て、一瞬目を見開いた後、それぞれの腰につけた武器に手をかけた。
門を守る騎士達と冒険者達は一触即発の事態となったが、双方が武器を抜く前に私を背負っている騎士が「寝ているだけだ!」と、大慌てで説明したため、大事にはならなかったらしい。
その後、私を迎えに来てくれたロランさんが、パルクスさんの腕の中で爆睡する私を見て、死んでいると勘違いし大号泣して、寝ているだけだと分かって今度は安心して腰を抜かしてしまい、そっちの方が大変だったと冒険者達が笑って教えてくれた。
パルクスさん達は、寝ている私を抱き抱えたまま、薬屋まで運んくれた。
薬屋につくと懐かしい香りで目が覚める。店長や先輩達が幽霊を見たかのような目で出迎えてくれた。
まだ眠くてしょうがなかった私は、パルクスさんの腕の中から「ただいまー」と一言いった後、そのまま二階のベッドまで運んでもらって、泥のように眠ったのだった。
久しぶりの薬局感!(←ただの愚痴)
え?要らないですか??
だ、だ、だって、ミアは薬剤師チートも持ってないみたいですし、タイトル詐欺になりそうで怖いじゃないですか(汗)
お読みいただきありがとうございます。
こんなに沢山の人に読んでもらえていると思うと、本当に嬉しいです。恐れ多くて震えます。
次回は明日の夜、更新いたします。




