異世界召喚の真犯人
彼女の蔓に戻るべき蕾? 彼女ってエーダフィオンのことで、蕾はルディーのことだよね? ということはイリスフォーシア様は、ルディーにエーダフィオンの蔓に戻るべきだって言ってるのか。……ん? それってまさかルディーが死んじゃうってことっ!?
この世界の理に反して、というかエーダフィオンの目を盗んでラジェルティートレオン様が自分の魔力を遺すという荒技を行ったことで生まれたルディー。
それを見咎めたイリスフォーシアが、ルディーを消すことで彼の所業を無かったことにしようとしていると気がついた私は、バッと足元のルディーを抱える。そして彼女から隠すように両腕で包み込み訴えた。
「だっ、だめですっ! ルディーはまだ連れて行かないでくださいっ!」
「彼はもう光に照らされたのよ? 浮かび上がった輪郭を消すことは誰にもできないわ」
懇願する私に駄々をこねる子を優しく諭す様な目を向けた彼女は、スッと手をルディーへ伸ばす。
「…………。」
やや目を細めるも無言を貫くルディーに、彼女は手を伸ばしたまま呼びかけた。
「さぁ。いきましょう、私たちの愛しい蕾。寄り道は楽しかったかしら? でも、もう終わりの時間。花弁を落とした貴方は彼女の蔓へ還るべきだわ」
その移動は氷の上を滑るような滑らかさだった。前へと足を踏み出した彼女はあっさりと私へ近づき、その分、彼女の手とルディーとの距離が縮まる。
何故か足が動かなかった。逃げられない。彼女に取られないようにルディーを抱える腕に力を込めるも、腕の中でモゾモゾと動いたルディーは頭から頬のラインを擦り付けることで私に自分の匂いをつける。そして彼女の引力に吸い寄せられるように体を伸ばし口を開いた。
「……ミアごめん。僕、逝かなきゃいけないみたいだ」
「やだっ! そんなの嫌だよルディー!? どうしてみんな、簡単に私を置いていこうとするの!?」
「これは言い訳だけど、彼女は反則級の不可抗力なんだ。でもそうだね。君の一番嫌なことをしなきゃいけない僕は、最低の使い魔かもしれない。……最後まで守ってあげられなくて、ごめんね?」
そう言ってルディーは目を瞑った。まるで避けられない自身の終わりを受け入れたかのようだった。
私へ彼との別れを惜しむ時間を与えるようにゆっくりと伸ばされた彼女の手は、すぐそこまで迫っていた。その手がルディーに触れたら、きっと彼は今度こそ、ほんとの本当にいなくなってしまう。
そう直感した私は動かない足の代わりに力の限りルディーを抱きしめ、絶対に離さないという意思を示す。
勝手に諦めの境地に入るなんて許さない。折角会えたのに、ずっと会いたかったのに、こんな終わりなんてあんまりだ。それにお皿だって発注したんだよ? 楽しみにしてたんでしょ!? ルディー以外の誰が使うの!? それにそれに、大好きなディーフェニーラ様のことだって、もっとずっと見守っていたいんでしょ!?
しかしそんな私の思いとは裏腹に、ゆっくりとはいえイリスフォーシアの手は確実にルディーへ近づいていた。
風もないのに彼女の振袖が嫋やかに揺れる。あと数センチ、あと数秒で彼はいなくなってしまう。そんなの嫌だ。そうすることしかできない私は思いの丈を全て詰め込み、必死で叫んだ。
「イリスフォーシア様! お願いです見逃してくださいっ! 私にはルディーが必要なんですっ! 彼もまだここにやり残したことがあって! 繋がっていたい人だっているんですっ!」
私の最後の足掻きは、静止した世界の中に唯一の音として響き渡った。その瞬間、近づいていた彼女の手がピタリと止まる。
「繋がり? ……あぁ、そういうことだったのかしら。こんな階層の渡らせ方をするなんて、土地を守り人の子を愛す彼女にしてはおかしいと思っていたのよ。そう、これは彼の仕業なのね?」
なにやら一人で納得し始めたイリスフォーシアは、ルディーから思考が逸れたようだ。
自分の足が動くようになったことに気づいた私はザザッと後退りして彼女から距離を取る。ほぼゼロ距離の位置にあった彼女の手と距離ができ、その分ルディーは死から遠ざかった。ホッと息をつく。
さっきの私の絶叫の、何がどうなって功を奏したのかは分からない。しかし漏れ聞こえてきた階層というワードやその他もろもろから、イリスフォーシアは私をここへ連れてきた犯人についての考察を巡らせていると察した。
ルディーから更に気を逸らすため、また単純にさっきは犯人が稲荷神社の神様と言っていたのに違うのかと気になったため、独りごちている彼女へ質問する。
「あのイリスフォーシア様。私をこの世界に飛ばしたのは、稲荷神社に御坐す宇迦之御魂神様ではなかったのでしょうか?」
「えぇ、そうなの。ごめんなさいね、私としたことが違う道を照らすところだったわ。貴方をこの階層へと導いたのは彼、貴方のいた階層では何と呼ばれていたかしら? ……あぁ、思い出したわ。“ジンコ”よ」
「ジ、ジンコ? ですか?」
「あら? 貴方ジンコを知らなくて?」
「存じ上げなくて申し訳ありません。ジンコとはどなたでしょうか?」
「どなた、というより彼が何者であるかという点を示しましょう。彼は彼女と共にあり、彼女に仕えるもの。貴方たちからは御先、神使、もしくはつかわしめとも呼ばれるものよ」
ジンコは彼女、つまり宇迦之御魂神様にお仕えするものらしい。なにそれ?
あ、そういえば参拝していた本殿の階段前には、赤いおべべを付けた一対の狐像があった。高い台座の上に鎮座した狐の石像が、細く吊り上がった涼しげな目元で参拝者達を見下ろしている姿を思い出す。
「稲荷神社のつかわしめはお稲荷様で狐。狐……狐……狐? そうかっ! ジンコとは神狐のことですね?」
私の答えに微笑んだイリスフォーシアは中指と薬指を親指につけた手遊びで狐の形を作る。それをスイと動かした。
「彼を正確に照らすのならば、伏見にいるあの階層の彼女が御霊分けしたほんの一欠片に仕える健気な子、とでも言うのかしら?」
そう言われて一瞬意味が分からなかったが、そういえば稲荷神社の総本山は京都にある伏見稲荷だ。無数の赤い鳥居と外人さん人気で有名なところ。
私が通っていた神社には、きっと伏見の神様からお分け頂いた魂の一部が祀られているのだろう。そしてそこに仕える狐が、私をこの世界に飛ばした真犯人らしい。いや、分からん。なんで? 狐なんて生まれてこの方、テレビや写真でしか見たことがないよ。
「御狐様には何かされるような覚えも、お会いした記憶すらもないのですが。……もしかして私の参拝の仕方が気に障ったのでしょうか?」
「いいえ、貴方は彼に会っている筈だわ。貴方に彼が見えたからこそ、彼は貴方に近づけたのですから。悪戯好きの彼のことよ。きっと中身とは全く違う外見をしていたのではないかしら?」
狐と全く違うもの? 狐と対になるものといえば、例えば狸とか? 狸なんて狐よりももっと見たことがないよ。
そう思ったとき、さっき八つ当たりで脳内ローキックをおみまいした狸顔の神職が思い浮かぶ。
ふっくらとした下膨れの顔。人の良さそうなその顔の瞳がスッと細められた。
途端に釣り上がった目と共に、口元も怪しく歪められる。よくよく見れば鼻筋も高く通っていて、それは明らかに狐の特徴を宿していた。だがにわかには信じられず、つい声を上げる。
「えっ? ……ぇえええぇえっ!? まさか、あの人が神狐!? だ、だ、だって普通のおじさんでしたよ!? それに神職の袴も履いていましたし、いつも優しく話しかけてくれたのに!?」
「それが彼らの性質なのよ」
あっさりと正解だと示唆した彼女は、狐のツンとした鼻先を形作っていた3本の指に丸みを持たせる。そしてピンと立った耳を表していた人差し指と小指をクイっと曲げた。
狐から狸となったその形に微笑みを向けるイリスフォーシアを見ながら、私は肩の力が抜ける。脱力のまま地面にへたり込みたくなったが、なんとか耐えた。
あの人が狐? そして私をこの世界に飛ばした犯人なんだ。……ふぅ。あんなに人が良さそうな顔してたのに完全に騙されたよ。あ、そっか。イリスフォーシアが言った“彼らの性質”って“狐だから騙すのが当たり前”ってことなんだ……はぁーぁ。なんだかもう、あの手の部類の人が苦手になりそう。
人間のふりをした狸顔の狐しかり、さっき本性が垣間見えたメルカール先生しかり、ニコニコとした人好きのする顔立ちの人はもうたくさんだ。
一見良い人そうに見えても、そういう人に限って想像もできないような裏があると刷り込まれた。
「……信じられませんが、あの人は狐でそのぉ、人に化けていたのですね。ですが何故神狐は私をこの世界へ渡らせたのでしょうか」
「神狐は結び目を織るのが得意なの。きっと貴方は彼の結びたい糸にちょうど良かったのね。いじらしいあの子が繋げた縁ならば、私がそれを断ち切るのは無粋というものだわ」
よく分からないイリスフォーシアの説明だが、神狐にとって私が使いやすかったのだけは分かった。冷凍食品感覚で異世界召喚されたのは悲しいが、でもそんな事がどうでも良いと思えるほどに、聞き捨てならない言葉があった。
「えっ!? それは、ルディーを見逃してくださるということですか!?」
「えぇ。あの子の結び目を照らしてしまった今、その行為を無に帰すのは私も心が痛むわ」
「ありがとうございますっ! 感謝いたします!」
やった! やったよ!? ルディーのこと見逃してもらえたんだっ!
グッと拳を握り込み、全力で御礼を伝える私へ向かって我が子を見るような慈しみを向けた彼女は、自身から発する眩さを深めた。
「彼の行いが人の子にとって必ずや善と成すとは限らない。でもね? 良縁も奇縁も悪縁ですら全ては等しく尊い交わりなの。美しくも残酷で、儚く切ない結び目だわ。その蕾の色を永く細く彩り保つのも、盛大に咲き誇らせ一瞬で散らすのもあなた次第。その全ての瞬きが、私には甘く愛おしい……」
彼女の声が少しずつ遠くなっていく。輪郭がぼやけ始め、心の奥で感じていた暖かさが遠のいて行くのを感じた。静止していた人々がゆっくりと動き出し、同時に消えていた重症者達の苦悶の声が薄らと辺りに響く。
まずいっ!? このままじゃイリスフォーシアが消えてしまう!
そう思った私は、光と同化するように輪郭を薄める彼女に向かって、そのお力を借りて皆んなを助けたいという当初の目的を実現させるべく慌てて叫んだのだった。
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