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被害の状況



 意味が分からない、全然意味が分かんないっ! 私への脅しのためだけに魔を平民街へ送り込むだなんて、そんなことあるわけないっ!



 平民街が魔に襲われたのは、思い通りに動かない私という駒を操るためだけに計画されたものだと気付いた。

 信じられない、信じたくない。何故こんな恐ろしい事を考えつくのか。また実行できるのか。

 自分で出した結論に、そんな馬鹿なことあるはずが無いという思いと、この血も涙もなさそうな冷徹貴族ならやりそうだという思いが、血液に溶けて身体中を駆け巡っていた。無意識に杖を出し体の横で強く握る。



 そんなくだらないことのために!? たったそれだけの為にレオ様は多くの人の命、私の大切な皆んなの命を危険に晒したっていうの!? ……ん? みんなの命? 



 しっ、しまった!? 

 ガツンと頭を後ろから殴られたような衝撃に襲われた。どうして今まで忘れていられたのか、自分自身へ呆然とする。魔との戦闘中、防衛本能を優先した心がみんなへの杞憂により思考が削がれることを危険視し、その方面への思いを無意識に切断していたのかもしれない。

 戦闘を終えてからも、安心感や虚脱感にいっぱいいっぱいで、今の今までみんなのことがすっぽりと頭から抜け落ちていた。


 バッと周りを見渡す。居ても立っても居られず、全ての思考を放棄した私は気がつくと薬屋へ向かって駆け出していた。



 先輩たちは無事だよね!? 店長も大丈夫だったんだよね!? そうだよ、きっと大丈夫! だってパルクスさんたちや冒険者の人たちだって、ちゃんと救助活動に回ってたもんね!?



 最悪の事態が頭によぎるも、それを追い出すように、矢継ぎ早に質問形式の自答で脳内を埋め尽くした。

 後ろからロンルカストや誰かの叫び声が聞こえた気がした。でもそんなの気にしている余裕など持ち合わせていない。

 うろ覚えの平民街、半壊して目印が少なくなってはいるが、その分見通しの良くなった街を必死で駆け抜ける。


 瓦礫に足を取られ転んだ。すぐに立ち上がりまた走り出す。屋根から崩れてきた建物片に潰されそうにもなった。間一髪で避けまた走る。


 角を曲がるたびに目に飛んでくるのは、どこもかしこもおよそ人が住める状況ではなくなった街の光景だけ。皆への安否に一本化されていた思考の中へ、また不安が広がっていく。



 累計の被害はどれくらいになったんだろう? 怪我人や、ま、まさか死者なんて出てないよね? 



 頭を振る。かわりになんの根拠もない希望的観測に縋った。



 うん、きっと大丈夫! だってどこにも人気がないもん! 皆んな無事に避難できたってことでしょ!?



 この考えが、無理やり自分を納得させているだけだなんてことは分かっていた。でもそう願いでもしなければ、この状況を作り出してしまった原因である私は、どうすればいいのか分からなくて押し潰されそうだ。

 不安感情とそれを宥める自分の理性とで、ぐちゃぐちゃな思考が回る。慣れない全力疾走に要求される酸素量が足りず息が切れていた。

 また呼吸筋の疲労と考えないようにしているけれど常によぎってしまう最悪の想定による緊張が、絶えず胸を締め付け苦しい。



 バッと道が開けた。目的地、瓦礫と化した薬屋の前へ着く。足を止めた私は目を見開く。視界に飛び込んできた事実がうけとめきれず、そのままよろめいて崩れ落ちる。


 戦闘の余波で広い空き地となった薬屋の前には多くの人、大量の重傷者たちが並べられていた。

 地べたの上に所狭しと寝かされている彼らからは、途絶える事のない呻き声や苦痛によるか細い叫び、荒い呼吸音が漏れる。負傷箇所から流れ落ちる血で一帯の地面は赤黒く染まり、血液と体液が混ざり合った独特の濃い匂いが鼻をついた。

 また焼け爛れた皮膚や裂傷が化膿し膿となった腐臭がそれらに入り混じり辺りに漂うことで、彼らへと迫る死の近さを表していた。


 重傷者たちがここへ集められている理由は、仮の救護場所として冒険者たちにより運び込まれたのか、あるいは薬を求めて自力、もしくは誰かの手を借りて辿り着いたのか分からない。

 しかし頼りの薬屋が崩壊した今、彼らへの手当ての術などどこにもなかった。救助活動を終えた冒険者たちの中の1人が、どこへぶつけていいのか分からない怒りを滲ませるように、力任せに空の瓶を投げ捨てる。

 他の冒険者たちも同様に、常備している薬を分け与えるも既に全てを使い切ったようで、何もできない自分たちへの悔しさと辛さを滲ませた顔をしていた。


 重傷者たちの横には膝をつき顔を歪め、また涙を流しながら寄り添う家族の姿があった。傷口に手を当て圧迫することで、少しでも流れ続ける血の勢いを減らそうとするも、完全な止血には足りていない。


 こうしているだけでは尽きる命と分かっている。しかし延命処置の方法もなく、もはやこの場所から動かすことすらもできない彼らに寄り添う家族や恋人たちは、唯一できる手段として傷口を押さえながら、懸命に声をかけ続けていた。

 その声にはそうすることしかできない自分への悔しさと、愛するものを失いたくないという必死さ、そして彼らの意識が途絶えてしまえばもう二度とそれを取り戻すことは出来ないのではという怖れが入り混じっていた。



「助けて、お願いです神様……どうか、どうかこの人を助けてください……」



 啜り泣きとともに紡がれる神への懇願が、どこからか聞こえる。

 あと数時間もすれば、重傷者たちによる苦悶の声の大半は聞こえなくなるだろう。そしてそれを受け入れられない悲痛な遺族の声、助けを差し伸べるはずもないと分かってるもそれでも嘆かずにはいられない神への恨みが空へ響く虚しい未来を、ここにいる誰もが感じていた。


 悲壮感と絶望が満ちる人々の中、見覚えのある姿が見えた。薬屋の先輩たちだ。彼らは誰かを囲んでいる。紺色の服にブラウンの髪。あれは、そ、そんな……ミグライン店長?


 

 嘘だ……嘘だよね? 私のせい? 私がレオ様に刃向かったから? 全部、全部私のせいだ! 私のせいだっ!



 自分の乱れた呼吸音、心臓の音がやけに大きく聞こえた。無意識にずっと握っていた杖を前へ突き出す。



「ネローリア! ネローリア! ネローリア! ネローリア…………!」



 息の続く限り癒しの魔法を飛ばす。杖先から飛び出した光は次々と重傷者たちの元へ向かい、吸い込まれていく。

 彼らに寄り添っていた人々は驚いてこちらを振り返る。(すが)る術を見つけたかのような目で私を見るも、しかし(うめ)き声がやや小さくなるも塞がれる事のない傷口や失われたままの四肢を見て、再びその瞳の色を暗くした。



「だめ……こんなんじゃだめだ……助けられないよ……」



 自分の無力さを痛感する。分かっていた。この癒し魔法は人間本来が持つ回復力を高めるのみ。重傷者の怪我を治癒するほどの効果なんてない。

 そして絶望に襲われる。みんなが、店長が、こんなに多くの人々が苦しんでいる。命が失われかけている。私のせいだ、私のせいだ、私のせいだ……

 何も考えられない。ヘタリと杖を持っている手を地面に落とす。そんな時、頭上から声が響いた。



「ふむ。これは都合が良い」


「……つごうがいい?」



 頭が回らない。言葉を鸚鵡(おうむ)返しして上を見上げると、そこにはレオ様がいた。何を言ってるのだろうかこの人は。そしてなんでここにいるのだろうか。

 レオ様は苦しむ人々をなんの感情ものっていない蒼い目で見渡しながら言葉を続ける。



「其方の回復薬を試すにあたり、この状況は非常に都合が良い。正式に騎士団で使う前の仕様として良い機会だといっているのだ」



 そして絶句する私を気にした様子もなく、“回復薬はそこに積んであるのであろう?”と奥にある馬車へ目を向けた。

 


 ……まさかそのために? 



 恐ろしい疑念がわく。もしかしてレオ様は、初めから私の回復薬を試す大規模な人体実験として人々を利用するつもりで、平民街を魔に襲わせたのではないだろうか。血が沸騰するのを感じた。グッと足に力を入れて立ち上がる。大声で叫んだ。



「良い機会? これが良い機会っ!? 沢山の人の命が失われかけているこの状況が良い機会だと、貴方は本当にそう思っているのですか!?」

 

「そう言っている。何度も言わせるな」


「っ!? わっ、私の作成した回復薬は完璧ではありませんっ! 失敗作も多く店長による監査なしでの安易な使用は危険です! また万が一全ての薬が成功していたとしても、その効果は疲労の軽減や中程度の傷を癒すことのみ、魔力を回復させる効果は彼らに意味がありませんし、ここで私の回復薬を使用する意味はありません!」


「そのようなことは分かっている。しかしそれが確認できる良い機会であることに変わりはないであろう。早く使え」

 

「確認のため!? そんなことのために!?」



 意味がないのに。逆に失敗作を服用させたら思わぬ作用がかかり、更に危険な状態になる可能性もあると訴えたのにも関わらず、回復薬の効果を確認したいだけのレオ様は使用しろの一点張りだ。


 もうどうすればいいのか、分からない。救えないと分かっている薬を彼らに与えるなんて非道な事、私にはできない。渡された薬に治癒するだけの効果がないと気づいた人々は、希望を抱いた分だけ更に深い絶望を感じるだろう。


 グッと杖を握りしめる。

 レオ様は至近距離にいる。しかも私が自分に攻撃を仕掛けるだなんて、つゆほども思っていないだろう。

 今ならばこの杖でレオ様に不意打ちを喰らわせることが出来る。その後は即殺されるだろううけれど。苦しむ彼らのために私ができることは、もうこれしかないのかもしれない。目の前で苦しむ人々の姿が、ジリジリと私の思考を狭めていた。


 杖を握りしめる手が人を傷つけるという恐怖から、細かく震え出す。それを誤魔化すように更に杖を強く握った。だってこの事態は私のせいで起こってしまったのだから。せめてこの惨劇の犯人であるレオ様へ一矢報いることが、彼らへできる私なりの唯一のケジメなのだ。



 やってやるっ! 



 決死の覚悟とともに、えいやっと杖を前へ突き出す。同時に口を開き一気に攻撃呪文を唱えた。



「アースオレイテュアーッ!」



 しかしその瞬間、呑気な声が響く。



「んー、しょうがないな。まぁ、守りを破られた僕の責任もあるしね」



 ヒュンッと目の前に現れたルディーは、レオ様へ向けていた私の杖を軽く蹴る。照準をずらされた杖先から放たれた風の刃は空高く、あらぬ方向へ飛んでいく。



「ル、ルディー!?」



 持っている杖を蹴られた反動で体制を崩した私は、行動を遮られた驚きから裏返った声を上げたのだった。




 お読みいただき、ありがとうございます。

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