平民街での戦闘の結末
「こっ、こんなことがあり得るはずがない! あれは月属性ではなかったというのですか!?」
追加攻撃をしようと振り返ったロンルカストが、私とほぼ同時に混乱と戸惑いの声を上げる。
魔の背中から広がる4枚の羽。
先ほどまでなかったはずのそれは、薄い膜と膜を支える“翅脈”と呼ばれる太い脈で構成され昆虫の羽に近い。
しかしその見た目は枯葉や樹皮に擬態し周囲に溶け込むことでその身を隠し生存率を上げるという目的を無視するどころか、自身の危険性をアピールし周囲のものを寄せ付けないための眼状紋を貼り付けることで、正反対の自己主張をしていた。
もしくはそこから逃れたいという意思を示しているのかもしれない。何故ならば描かれた目玉模様はメリメリと盛り上がり、羽を突き破らんとばかりに絶えず蠢動していた。
「まさか……あれは飛ぶの?」
震える声で呟いた私へ返事をするかのように体部に埋め込まれた損傷の激しい眼球たち、また羽から張り出した眼球の全てが私達を捉えた。ぐろぐろとした粘着性のある視線は、獲物を決して逃しはしないという意思を表す。
そして羽を震わせた。生み出された風の余波により、既に半壊している辺りの建物が吹き飛ぶ。その動作と威力にあれは飛ぶのだという、どうしようもない事実が心胆を寒からしめた。
逃げの一手で上空を選択した私たちに、空中戦での勝ち目はない。かと言って地上戦は更に厳しいだろう。唯一の希望である騎士団がいる貴族街へ全速力で向かうグラーレの騎乗で、どうかこの距離が埋まりませんようにと神々へ必死の祈りを捧げた。
無意識に他力本願な行動をとった私を抱く力を強めたロンルカストが、すかさず魔へ向けて先制攻撃を仕掛ける。
「インペラーティブ ヒース!」
杖先から放たれた光は数多の土塊となる。その重量に魔力による加速を乗せ、上空から隕石の如く魔を襲う。無数の爆音を轟かせ、周辺の建物をその土壌ごと跡形もなく吹き飛ばした。
攻撃が直撃し体部を抉り取られた魔の肉塊が派手に飛び散る。それは平民街の空に放物線を描き、まるで凶兆を告げる雨のように一帯へ降り注いだ。崩壊した街が赤黒く染まる。
衝撃で巻き上げられた爆煙が周囲を覆う中、私たちのいる上空からはその中心でやや後方へ体勢を倒すも、未だに平然と二本足で立つ魔が見えた。致命傷には程遠い。
あれほどの攻撃を受けても崩れる様子のない魔の強靭さに震え上がる。間髪を入れず、ロンルカストは更なる呪文を放った。
「アフタナーフレクシ! エクリカイア! スピンシーラス!」
杖から飛び出した3種類の光が、一直線に魔へ向かう。
自身へ迫る攻撃を迎撃しようとその腕を伸ばすも、巻き起こる粉塵により視界を奪われていた魔は、僅かながら対処に遅れる。今までの攻撃が魔にとっての致命傷となり得なかったことも、その油断に繋がっていた。
取るに足りない。そう思われたロンルカストの放った光は、唐突にその軌道を直角に変える。魔の迎撃行動を予測していたかのように伸ばされた腕を避け背面へ回り込む。回避の間を与えずその羽へと着弾した。
瞬間、炎となった光は一帯を巻き込む大爆発を起こす。大地を震わせるほどの爆音が3度響き、魔は業火に包まれた。耳を押さえながら、私はつい歓声を上げる。
「やった! さすがですロンルカスト!」
初撃は次手を防がれないようにするため単なる目眩し。ロンルカストの狙いは初めから背中の羽で、確実に火属性魔法を打ち込み飛行能力を奪うことだった。
羽を失えば、この高度まで追って来ることはできないだろう。しかし喜びの声を上げた私とは対照的にロンルカストの顔は険しかった。
眼下の魔へ向けて杖を構えたままグラーレの速度を落とさない。炎に包まれ焼け落ちる羽と、徐々に炎上の勢いを落とした魔をジッと睨む。
次の瞬間、魔が動いた。周囲の瓦礫を掴むと上空の私たちへ向かって投げ飛ばす。ろくに狙いもつけず、しかし最後の足掻きなのか大量に放たれた瓦礫は視界を埋め尽くすほどだ。
照準は雑だがその量から単純に避けるだけでは他の瓦礫への直撃を免れない。回避先が制限される中、高速で迫り来る瓦礫をグラーレがギリギリで回避していく。瓦礫たちは顔の数センチ横を次々と通り抜け、風を切る鋭い音がその威力を表す。
すると突如、破裂音が響く。壁の如く迫っていた瓦礫たちが吹き飛んだ。驚愕で目を見開く私たちの視線の先で、その吹き飛んだ瓦礫の奥から魔が飛び出してきた。
飛んだ!? 飛べるはずないのにどうしてっ!?
背中にあった4枚の羽は、激しい損傷を受けながらも辛うじて形を保った1枚を残すのみとなっていた。魔の巨体を飛翔させるだけの動力があるとは思えない。
違う! 飛んだんじゃなくて跳ねたんだ! さっきの瓦礫片もわざと!?
先の破裂音と大きく陥没したの眼下の地面から、これは自身の跳躍に頼った上空への突進だという驚きの事実に気づく。更に上空へばら撒かれた瓦礫は隠れ蓑であり、予備動作と私たちに気付かれず最大限の接近を行うための策だった。
してやられたと、無駄な考察に時間を割く私の目の前に、その凄まじい勢いから風の抵抗で反り返った魔の体部が迫る。
しかし杖の構えを解かなかったロンルカストは、既に魔を攻撃射程内に収めていた。だが動かない。
一気に私たちとの距離を詰め終えた魔の勢いは、グラーレの飛翔速度を超えている。逃げ切ることはできない。
激突必須。このままでは魔の強靭な肉体との衝突で受ける威力に耐えきれず、私たちは易々と潰される。一瞬で駆け巡った思考が跡形も残らない未来を弾き出した時、既に魔は目前まで迫っていた。ロンルカストが叫ぶ。
「ウィース スピンシーラス!」
轟音とともに杖先から炎が放たれた。限界まで魔を引き寄せたことで、炎はその最大火力を示す。
魔の体部に大穴を開けるにとどまらず、その先の辛うじて残っていた最後の羽を勢いのままに焼き尽くした。しかし突進の勢いを弱めるには足りず、魔との激突が迫る。
直後、ロンルカストは障壁を発動する。
激突の間際、最小面積で発動した障壁は、照準を合わせることの難しさを代償にその強度を限界まで高める。それを的確に、しかも魔との接触面積を極力減らす位置に作り出した。更に魔の勢いを正面から受けるのではなく受け流す角度で展開することで、障壁へ及ぶ衝撃を最低限にする。
しかしそれでも負荷に耐えきれなかった障壁は、一瞬にして砕け散った。だが魔の軌道をやや左上方向へずらすことに成功したロンルカストは、同時にグラーレの進行方向を鋭角に曲げ真下へ向ける。
跳躍による勢いの慣性で進んでいるにすぎない魔は、全ての羽を失った今、方向転換ができない。
上空へ突進する勢いのままに、相反する方向へ軌道を変えた私たちを追尾する術は絶たれた。角度的に腕の攻撃も間に合わない位置へ逃れた私たちは、再び危機を脱す。だが同時に、ロンルカストも限界を迎えていた。
「申し訳、ご、ざいま、せん、あとは、フィン様に……」
途切れ途切れの言葉を最後にグラーレの羽が失われる。魔力酷使による意識を失ったロンルカストがぐらりと倒れた。操縦を失ったグラーレが重力のままに墜落し始める。
「ロンルカスト!? フィンちゃんおねが……そ、そんなっ!?」
ロンルカストの意思を汲み取り、激しい風の抵抗を受けながらも地面への激突を避けるため使い魔を頼ろうとした私は、その途中で言葉を失う。落下を続ける私たちの上で、空中にばら撒かれた瓦礫を足場に、方向転換を試みる魔の姿があった。
魔は大量の瓦礫を蹴り飛ばし、また腕で弾き飛ばし回転の勢いを得る。更に足りない回転を、自身の半身が引き裂かれることも顧みない捻りを加えることで補った。
力尽くで軌道を修正した魔は、下へ逃げた獲物を追いかける。再び私たちを捉えた。悦びに歯列たちがその口を横へ大きく開く。無理な動きにより崩れ捻じ切られた体勢のまま、その腕を伸ばした。
無理だ。今度こそ死ぬ。
回避不能。3方向から挟まれる形で迫り来る腕と体躯に、光と視界が遮られていく。近づく暗闇に絶望を感じた。
ギュッとロンルカストにしがみつく。終わりを悟った私は最後は一緒にと、そう思った。視界が閉ざされ完全な漆黒が訪れる。
やってくるだろう圧死の痛みに体を強張らせる中、目の前に光が灯る。瞬間、それは二つに分かれその下でパカリと小さな口が開く。
「んー、なかなか尻尾を出さないか。存外に用心深いやつだなぁ」
場にそぐわない呑気な声が聞こえた。そして硬い衝撃音が響く。瞬く間に魔が上空へ弾き返された。
再び見えた太陽光と景色に、瞳孔の調整が追いつかない。目を細める。色を取り戻した視界の先で、球状の障壁が魔を囲い牢檻の如く閉じ込める様が見えた。足掻く魔を空に留めるようにその場に放置する。
また墜落を続ける私達を別の障壁が囲む。緩やかに速度を落とすことで最大限衝撃を抑えながら、ほぼ抵抗を感じさせずにグラーレを受け止めた。
そのまま宙で停止した障壁は再びゆっくりと下降する。私たちを地上へ降ろすとふわりと消えた。下を見るとずっと会いたかった真っ黒な猫が、シレッとした顔で自身の右手をペロペロと舐めている。
「ルディー会いたかった! なんでもっと早く出てきてくれなかったの!? 助けてくれて本当にありがとう! 私たち死んじゃうとこだったんだよ!? ずっと寂しかったんだからっ!」
地面に足をつけた私は沸き起こる感情のままに感謝と不満と喜びとを一緒くたにぶつけ、ここにいることを確かめるように黒猫をギュッと抱きしめた。そして安心感から腰が抜ける。そのまま地べたにへたり込んだ。
「やられっぱなしは悔しいじゃないか。僕は僕の方法でミアを守ろうとしただけだよ。まぁ、あんまり良い手じゃなかったのは認めるけどさ」
「それじゃ全然分かんないっ! 後でちゃんと説明してよね!?」
相変わらず訳の分からないルディーの言い分に噛み付く私の横で、ロンルカストも無事に意識を取り戻していた。しかし先ほどまでの戦闘が相当な負担だったようで、立ち上がろうとしてはその場に崩れ落ちている。
「ロンルカスト大丈夫ですか!? とりあえず今は安全なので無理しないでください!」
「安全などありませんっ! すぐにここから退避を!? ……あぁ、そういうことですか」
周囲を見回したロンルカストは空に貼り付けられた魔と、私に抱きしめられ迷惑そうな顔をしているルディーに気づき一瞬で状況を把握する。そして緊張の糸が切れたのか、ペタリと地面に突っ伏した。
そんな私たちの頭上を3頭のグラーレが舞う。騎士団の先発隊だ。彼らはルディーの障壁に閉じ込められ足掻くも、なす術のない魔の周囲をぐるぐると回ると、急降下して応援要請者である私たちの元へやってきたのだった。
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