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平民街での襲来


 注意:文中ややグロテスクな表現がございます。


 苦手な方は“無理やり人の形をー”のセンテンスから3ブロックを読み飛ばしてくださいますようお願い申し上げます。


 見た目に関する説明描写です。省略なされましても、そのことによる支障や問題はございません。


 またこのような表現の意図としましては、人が本能的に忌み嫌いおそれを抱く負のものも、この世界では魔法と同様に顕現けんげんするという摂理を描いています。どうぞご容赦ください。





「なっ、なにこれどうなってるの? うわわぁっ!?」



 見渡す限りの建物が突然崩れ落ちるという理解不能な大惨事に(おのの)きながらも、なんとか立ち上がろうとした足がふらついた。よろりと崩れた体は、再び後ろへ倒れる。

 私はお尻の痛みを軽減しようと、咄嗟(とっさ)に地面へ手を伸ばす。しかし運の悪いことに、その手の先には、さっきの弾みで地面へ落ちたベルクム粉袋があった。


 袋は落ちた衝撃で、結んでいた紐が緩んでいたらしい。私の手で空間が圧縮され行き場を失った空気は、唯一の出口である紐の緩みを押し広げ、ベルクム粉とともに一気に袋から吐き出される。バフっと音がなった。


 飛び出したベルクム粉が周囲に舞う。それは湿気を含んだ夏の突風と、現在進行形でそこかしこで崩れ落ちている瓦礫(がれき)が起こす砂埃混じりの風により、高く高く夏の空へと巻き上げられた。

 大量のベルクム粉は、青空に広く薄く金色のベールをかける。


 それはどう見ても絶美だった。同時に謎の天変地異により悲惨な有様となった平民街と、全く似つかわしくない対比を生み出していた。

 一瞬で崩壊し変わり果てた平民街の光景に、私を含め人々はまだ現実を受け止めきれていない。無意識に美しすぎる空を見つめ、天からの啓示(けいじ)と救いを求めた。

 するとその情景が不自然に歪む。そして次の瞬間、()()()()()()()()()


 それは年月を経て劣化した安い壁紙が粘着力を失い、施工者(せこうしゃ)の意図を無視して勝手に剥がれ落ちるかのようだった。

 金ベールのかかった、幻想的なまでに美しい青空が失われる。代わりにあるものが露呈した。衝撃から目を見開く。空を覆うようにそこに存在していたのは、巨大な怪異だった。


 何もなかったはずの空間に突如として現れた異形。この事態を、誰が予想することができたのだろうか。

 突然出現した魔に、一拍遅れて目撃した人々の悲鳴や叫喚(きょうかん)の声が上がる。



「きゃーー!?」


「な、なんだあれは!?」


「魔だ!? 魔が現れたぞっ!」



 場は天変地異による混乱から、魔の襲来による戦慄(せんりつ)へと様変わりした。

 思考も体も固まったままの私は、ただただ魔から目が離せない。この世のものとは思えないその姿。驚愕するのは高層ビル並みの巨体だけではない。それは見るもの全てに恐怖と嫌悪を与えるに足る醜悪さを持っていた。



 無理やり人の形をとろうとしているが、しかし明らかに人ではないその体には、表皮という概念がない。

 無数の臓物と蟲と生肉をかき混ぜて整形したとしか言い表せないそれは、生物学的に到底あり得ない姿形で私たちの心底へ(おぞ)ましさを与えるためだけに、地獄の深部からその汚泥をわざわざ掬って素材としたように思えた。臓物とともに埋めまれたいくつもの歯列が、歯茎を伴いカタカタと不吉な音を立てる。


 体の一部と化した蟲たちはその場所が不服なのか、(うごめ)()い出そうとするが(まと)わりつく肉が彼らにその場所を離れることを許さない。強制的にその場に留められた蟲たちは、唯一動かせる手足をうぞうぞと動かし、無意味に周囲の肉をかき混ぜていた。


 決して体部にあるべきではない眼球は、肉の隙間を埋めるように数多に嵌め込まれていた。大小様々に大きさの異なる眼球たちは、それぞれが好き勝手な方向へ視線を彷徨わせ、私達を視覚的に捉える機能があることを示すとともに、不気味さに拍車をかける。


 フォルムだけ見れば人型ともいえる体部に反し、手足は不自然に長くか細い。その理由は無数の朽ちた蔓が絡まり、まるで自らを締め上げるようにして、その歪さを形成しているからだった。更に指先は無数の関節を有することで長さを伸ばし、地面へダランとついている。


 また頭部にのみ肉はない。体の比率に対して明らかに小さすぎるそこには、真っ白な骨が歪にくっつけられているだけだった。

 それは馬と人の頭蓋骨を適当に切り分けて目を瞑ったまま無理やりくっつけたような奇妙さで、表情はもちろん体の統率を取るための司令塔という脳機能の一切を放棄し、ひたすらに私たちへ不穏と跼蹐(きょくせき)のみを与える。


 あり得ない存在。あり得るはずがない存在。しかし圧倒的な存在感と怖気を撒き散らすそれは、決して人が相対してはならない魔という存在をまざまざと呈しながら私たちの目の前に君臨していた。


 恐慌に囚われた私は、地面にお尻をつき魔を見上げた体勢のまま、その場に(くさび)で止められたかのように動けない。

 自分が息をしているのかどうかさえもわからなかった。混乱から抜け出せず、やっと動き出した思考のみが意味のない考えを巡らせる。



 あれはいつからここに? どうしてここに? なんで今まで気がつかなかった? 建物を崩したのも魔の攻撃?  ……ベルクム? そうだベルクムだ、ベルクムが隠れていた魔を明らかにしたんだ。でもどうして? 穢れを祓っているはずの平民街に現れるはずないのに?



 そんな私とは対照的に、冒険者として危機管理意識を培ってきたパルクスさんがいち早く状況に適した行動を取る。周りの冒険者たちへ救助と避難勧告の指示を出す彼の声が響いた。



「動けるやつには避難を優先しろと言え! 負傷者は俺たちが救出に向かうぞ!」


「ま、まさか街に魔がでるなんて!? それにこいつ、急に現れたっすよ!?」


「今そんなことはどうでもいい! お前らはあっちの救助に行け! そっちのやつはここの薬屋のエルフたちを確認して埋まってるやつがいたら掘り起こせ! アトバス、俺たちは西側へ回るぞ! なにしてるんだ、早く行けっ! 瓦礫の下敷きになってるやつらが手遅れになってもいいのか!?」


 

 それぞれの役目を把握した冒険者たちは、彼の叱咤(しった)を背中に受けながら走り出す。私も彼らと同じくその言葉にハッとした。優先すべきことを思い出す。


 そうだ! 今はこんなこと考えてる場合じゃない! 薬屋のみんなの安否は!?

 魔から視線を外し前を見る。無惨に崩壊した薬屋の前で、私と同様に地面に倒れ込んだ姿で未だ茫然としている先輩たちが見えた。


 全員無事なのか、負傷者はいないか目視で確認していく。運悪く、崩れ落ちた建物の瓦礫に巻き込まれた人がいるかもしれない。

 そういえば、店の暖簾から最後に出てきたのはミグライン店長とサルト先輩だった。一番建物に近い位置にいたのはあの2人。そのことに気がついてしまった私は、嫌な予感を払拭(ふっしょく)する為に視線を横にスライドさせ必死で2人の姿を探す。


 その時、視界の上の方で何かが動いた。見上げれば、直立不動だった魔がまるで何かを探すように体の向きを変える。

 体部のあちらこちらからは腸とも脳ともとれる、よく分からない何かが無造作に飛び出しているのが見えた。それらは首を絞められた蛇のようにビチビチとうねり、粘度の高い液体をそこら中に撒き散らす。腐臭が鼻をついた。その側面でぶら下がっているだけの細い腕が、体の動きについていけず後方へしなった。


 魔単体としてはそれほど大きな動きではない。しかしそれは、その大きさを(かんが)みなければということで、私たちからすれば大災と変わらなかった。

 振り子の要領で体の前方向へ戻ってきた腕は暴風を生み出し、後方へ振られた分だけ加速度と威力が増す。その巨体から生み出されるに値する力は、既に半壊状態だった近くの建物を掠るだけで軽々と薙ぎ倒し、また瓦礫として吹き飛ばしていった。


 広範囲に吹き飛ばされた建物片。その一端が真っ直ぐに自分の元へ向かってくるのが見え、私は目を見開く。

 それらは銃弾に等しいスピードと、直撃すれば人を易々と押しつぶす質量を兼ね備えた殺人兵器と化していた。まるでスローモーションのように迫り来る瓦礫に目の前の景色を覆われながら、私は本能的に悟った。

 


 あ、死ぬ。



 しかし、その時は来なかった。猛スピードで一直線に飛んできた瓦礫は、私の目の前で見えない何かに激突する。衝撃から木っ端微塵となった瓦礫は軌道を反対方向へと変え、破片を大きく散らしながら遠くへ飛び散っていく。

 その様は、圧死の未来が去ったことを伝えた。状況を飲み込まない私に、上から声が聞こえる。

 


「お怪我はございませんか!?」



 声の方を見る。ロンルカストが真っ直ぐに杖を構え魔を睨んでいた。杖先から出た光が透明な障壁を作り、私達の周りを半球円状に囲んでいる。

 続け様に飛来した数多の瓦礫が凄まじい勢いで私たちを襲う。しかし先ほどの危機を防いだのと同様に、その障壁の強固さから瓦礫は自身の勢いをもって粉砕され次々とあらぬ方向へ飛び散っていく。


 これだっ! そう思った。私は弾かれたように口を開く。ロンルカストの質問に答えるよりも、自分の命が助かったことへの安堵を感じるよりも何よりも早く懇願した。



「ロンルカストお願いです! 前みたいにこの障壁を伸ばして魔から皆んなを守ってください!」



 しかし、彼から返ってきた言葉は私の期待するものではなかった。



「それはできません。土魔法は範囲を広げた分だけ強度が落ちます。ミアーレア様、立ち上がることは可能ですか?」



 あっさりと私の願いを無視したロンルカストは、チラリと私を見て怪我の有無を確認すると、また視線を前に戻す。

 自らの主を守り優先するという側近として至極当然の判断を下した彼に、平民街やみんなへのこれ以上の被害を抑えたい私は我慢できない。



「でも、このままでは皆んなが危険でー!」


「申し訳ございません! 失礼致します!」



 そう言うや否やロンルカストは言葉を最後まで聞くことなく未だに転んでいる私の抱き上げる。そして緊急事態に即した手荒さで、馬車の中へ放り込んだ。

 しかし自分は乗り込まずに、緊迫した眼差しと杖を魔に戻す。矢継ぎ早に私へ告げた。



「お聞きください。騎士団へ救援要請を出しましたが、彼らの到着を待つことはできません。魔とは同じ属性を持つものに引き寄せられる特性があります。そしてあの魔は月の属性を有している可能性がございます。この場にて月を持つものは私と、僅かですがミアーレア様のみ。時を待たず我々はあれの標的となるでしょう。それを避けるため、ミアーレア様は急ぎ馬車にて貴族街へお向かいください。私は障壁魔法で身を守る術がございますので、しばしこの場に残り時間を稼いでから後に続きます。グラーレが道を知っています。決して馬車からお出になっては行けません。……ミアーレア様、どうかお気をつけて」



 ロンルカストは最後に私を見るとふわりと笑った。その瞬間、誰かの声を思い出す。



 “……みあ、どうか元気で”

 


 ロンルカストの笑顔が、頭の中で霞みがかったその誰かの笑顔とリンクした。咄嗟に全力で叫ぶ。



「待って! 私をおいて()かないでっ!」



 その根拠のない叫びを、後から追いついた思考が補足する。


 彼は障壁魔法を展開したままここに残るという選択をしなかった。それを捨てた理由は、自分の守りでは魔からの攻撃に耐えきれないと判断したからに違いない。

 ロンルカストは死ぬ気だ。私を逃す為、自身を餌に命をかけた囮になるんだと、確信を持ってそう気がついた。


 私の顔色から自分の行動の意味に勘づかれたことを察したロンルカストは、杖をサッと馬車へ向ける。



「……お許しください」



 そう言うと早口で呪文を唱えた。馬車のドアが乱暴に閉まる。ハッとしてドアに手をかけた時にはもう遅い。押しても引いてもドアは動かず、私は無力なまでに馬車の中に閉じ込められたのだった。




 お読みいただき、ありがとうございます。


 

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