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平民街での再会と崩壊



「俺で分かりゃいいけど。難しいこと聞かれても、答えらんないかもよ?」



 アズールさんはチラチラとロンルカストの顔色を伺いながらそう答えた。私は心配無用とばかりに質問を重ねる。



「たぶん大丈夫だと思います。年に一回行われている神事の話を知りたいだけなので」


「シンジ? なんだそりゃ聞いたことないな?」


 

 予想に反して首を捻っているアズールさんを見ながら私も困った。あれれ? ちょっとザラクス先生、話が違うじゃん。



「おかしいですね。貴族から借りた神具……えーっと道具を使って街全体で行ってるって聞いたんですけど、うーん。間違った情報だったのかな?」



 アズールさんは私の言葉を受けて少し考える素振りを見せた後、ポンっと手を打って口を開く。



「あぁ! もしかしてテニグリード祭のことかな? シングとかいうのは分かんないけど、年に一回だし」


「テニグリード祭? それはどういうお祭りですか?」


「祭りっていうか、アロールから倍の年を迎えたやつが集まって、みんなで列を作って街中を練り歩くんだよ。そういえば俺、来年なんだよなぁ」



 アロールって何だろうと気になったが、話を進めるために今は取り敢えず置いておく。

 改めてアズールさんを見る。体はがっしりしていて大きいけれど、やや幼い顔つきから推察するに15歳前後だろうか。


 中学卒業しましたくらいの子たちが行列を作って街を歩くのが平民街の神事らしい。

 七冠くぐりの儀式みたいに聖堂とかで厳粛(げんしゅく)に行われているのかと思っていたから意外だ。神事っていうよりも街の行事って感じ。思っていたのと大分イメージが違う。

 それに子どもが行進すると、なんで(けが)れを街の外へ追い出せるのだろうか。もう少し詳しく聞いてみよう。



「へー、皆んなで歩くなんて面白いですね。街中を歩いてお祭りは終わりですか?」


「あぁ、そうだよ。先頭の奴だけは変な仮面を被って長い旗を持つんだけど……あっ! そういえば調子に乗って旗をぶん回したやつが、それは貴族様から借りたものだから大切にしろって怒られてたな! あの旗が貴族様から借りたシングってやつなのかも」

 

「うーん、旗が神具……。なんで先頭の人だけが旗を持つんでしょうか? 仮面もどんなものなんですか?」


「さぁなぁ。旗はカンカン地面に打ち付けながら歩くだけだし、別に意味なんてないんじゃないか? 仮面も変なんだぜ? 目が4つあって顔も怒っててさぁ」


「地面に打ちつける旗型の神具と、目が四つの怒り顔の仮面? うーん……」



 旗を持つバスガイドさんの後にワラワラと続く修学旅行生の団体を思い浮かべそうになったが、そんな奇妙なお面を被るガイドさんはいない。

 旗も地面に打ち付けるというくらいだから、ガイドさんがフリフリしてるようなやつじゃなくて歩行補助用の杖、もしくはもっと長いのだろう。


 はぁー、さっぱり分からないし聞けば聞くほど理解し難い。でも、この意味不明な神事の意味をどうにかして解き明かしたかった。

 そして思いっきり勿体ぶってザラクス先生に情報提供することで、自白剤(ベルクム粉)を盛られたりゾンビを差し向けられたりしたこの前の鬱憤(うっぷん)を晴らすのだ。


 因みに講義が終わった後のザラクス先生は、すぐさまゾンビを出現させた。そしてロンルカストが迎えに来るまでの間ヒーヒー怖がる私を一頻り見ることで大層ご満悦だったのだが、許すまじ。

 後ろからゾンビに首元へ手を当てられた時の恐怖とヒンヤリとした感触は、いま思い出してもゾッとする。あの時の嫌がらせに対抗して、私だってザラクス先生へ一泡吹かせてやりたいのだ!


 そんなどうしようもない低レベルな野望を動力に考え込む私に向かって、アズールさんは達観したような顔で言葉を続ける。



「俺も昔は先頭の旗持ちに憧れてたけど、今じゃごめんだな」


「え? なんでですか?」


「何でって、もう注目されるのは懲り懲りだからだよ。よく考えたら、あんな仮面被るなんてかっこ悪いしな。仲間と駄弁りながら後ろから付いてくだけの方が気楽だね」


「確かに先頭ってすごく注目されそうですもんね。どんな人が旗持ちをするんですか?」


「お嬢ちゃんもそう思うのか。あー、旗持ちは背と声がでかいやつが選ばれるんだ。俺、たっぱがあるから結構危ないんだよな」



 テニグリード祭から神事的な意味を汲み取ることに頭の殆どを使っていて、アズールさんとの会話をおざなり気味にしている私は割と適当にアドバイスする。



「んー、選ばれるのは背と声が大きい人? アズールさん体、大きいですもんね。じゃぁ来年まで声が小さいフリをして、やり過ごすとかはどうですか?」


「お、それいいな! 今からは、なるだけでかい声出さないように気をつけるか!」



 光明を見出したような顔をしているアズールさんには申し訳ないけど、そう宣言した彼の声は結構大きかった。それにいつも野球部員並みにハキハキ喋るし、声の通りもいい。

 きっと旗持ちにうってつけ適材であることは、既に周りの人にバレてるんだろう。今更頑張っても、あんまり意味ないかもよ? 助言したくせにそんな無責任なことを思いつつ、疑問に思ったことを聞いた。



「後続を引率するためにも、先頭は背が高い方が目立つので良いってことは分かります。でも声の大きさは選ばれる基準とどんな関係があるんでしょう?」


「あれ、言ってなかったか。旗持ちは歩きながら長ったらくて難しい言葉を復唱し続けなきゃいけないんだよ。本当にあれさえ無ければ、俺も選ばれても良いんだけどなー」


「へぇー、結構大変なお役目ですね。因みにそれはどんな言葉なんですか?」



 情報ゲットのため質問を重ねる。



「何だったかな? 確かえーっと、“ハラエタマイ(祓えたまい) キヨメタマエ(清めたまえ) カムナガラマモリタマ(神ながら守りたまい)イ サキワエタマエ(さきわえたまえ) ディミゴルセオス様(高天原に神づまります)と共にオワシマス(すめらがむつかむろぎ) ソンキな男女の(かむろみの命もちて)精霊神の神々は(やほよろづの神たちを) お集まりにナリ(神集へにつどへ賜ひ) 話し合いをカサネラレ(神議りにはかり賜ひて)ーー”とか何とか?」



 アズールさんは私の質問に答え、旗持ちがいう言葉の一部を暗唱する。しかしその時、私の中では不思議なことが起こっていた。

 まるで映画の告知で来日した海外の俳優が喋る横で、彼が喋り終わる前から同時通訳を始めた通訳者の言葉が被さり、結果どちらの声も聞き取りづらくなるという時々見かける悲劇のように、彼の声が途中から二重に聞こえたのだ。


 神事の謎を究明すべく思考に(ふけ)りアズールさんの言葉を適当に聞き流していた私は、突然の奇妙な違和感に驚く。バッと現実に引き戻された。慌てて声を上げる。



「ちょっ、ちょっと待ってアズールさん! 今の言葉、もう一度聞かせてくださいっ!」


「ん? あぁ、分かった。“ハラエタマイ(祓え給い) キヨメタマエ(清め給え) カムナガラマモリタマ(神ながら守り給い)イ サキワエタマエ(幸え給え) ディミゴルセオス様(高天原に神留座す)共にオワシマス(皇親神漏岐) ソンキな男女の(神漏美の命以ちて)精霊神の神々は(八百萬神等を) お集まりにナリ(神集へに集賜ひ) 話し合いをカサネラレ(神議りに議賜まひて)ーー”」

 


 もう一度復唱してもらったアズールさんの声も、やっぱり途中から二重音声となった。

 アズールさん本人の口から出た言葉が耳から聞こえるのはもちろん、それが脳内で自動的に違う言語、というか完全に日本語に変換され、その出力された日本語は私の頭の中だけで響いていた。


 耳から聞こえるアズールさんの言葉と脳内変換された日本語がガチャガチャと混ざり合って混乱する。しかし頭の中だけで響く副音声はさっきよりもボリュームを上げ、くっきりはっきりと聞こえたため、さっきと違いその内容を理解することができた。それによってあることに気がつく。つい心の中で叫んだ。


 これ知ってる祝詞(のりと)だ! 神社で神職さんがご祈祷の時とかに唱えるやつ!


 伊達に前世は、神社を通勤コースにしていたわけじゃない。いや、実際にご祈祷を受けたことはないけれど。でも本殿から漏れ出た神職さんのご祈祷中の声はよく聞いていた。夏とかは中が暑いのか本殿の窓、全開だったし。


 そして確か祝詞とは、神と参拝者との間を取り持つために、神職が奏上(そうじょう)すると聞いたことがある。

 やっぱりテニグリード祭は神事なんだと、直観した。祝詞を唱えて街中を歩く事で、穢れを祓っているに違いない。

 そうなると先頭の人が目が4つの仮面を被るのは、神職の代行者としての表示ととれた。旗を地面に打ち付ける意味は、ご祈祷の最後に神職さんがシャンシャン振る、鈴祓(すずはら)いの代わりとか? んー、ちょっとよく分からないな。


 でもなんで私には、この祝詞が日本式に聞こえるのだろうか。こんな副音声機能がついたのは初めてだし、こっちの神や精霊の名を聞いた時は普通だったのに不思議。


 そしてこちらの神や精霊に向けての言葉が、日本の神々に向けての言葉に聴こえちゃうなんて、不謹慎とは言わないまでもあまり宜しくないのではと不安になった。あと普通に二重音声が気持ち悪い。


 私が違う世界から来た人間だから故の弊害(へいがい)なのだろうが、なんで祝詞に限って特別なのかはよく分からなかった。

 ただでさえ考えることが沢山あるというのに、これ以上謎を増やすのは本当にやめてほしいと思う。

 窓枠に肘をつき、うんうんと迷惑な新たな謎に悩んでいると懐かしい声がした。



「あれー? ちょっと見ねぇうちにミアちゃんの身長、縮んだんじゃねぇのー?」



 親愛のこもった軽口と声色。顔を上げなくてもそれを言ったのが誰かなんて、分かりきったことだった。

 自然と口角が上がる。それを悟られるのがちょっとだけ悔しくて、精一杯の不機嫌を顔と声に張り付けて言い返してやった。



「馬車に乗ってるのに身長が分かるわけないじゃないですかパルクスさんっ! それに私の身長、結構伸びたんですよ!」


「んー、そうか? お子ちゃまはちっこいから、伸びたのか縮んだのかよく分かんねぇな?」


「むぅー! 縮んでないって言ってるのにっ!」



 窓から手を伸ばし、届かないパルクスさんの肩をポカポカと叩くふりをする。アズールさんは、少しだけ離れた位置でなんだか暖かい目をしていた。すると後から追いついて来たアトバスさんが、息を上げながら口を開く。



「ふぅっ、ふぅっ、はぁー疲れた! 兄貴、早いっすよー!? おっ、ミアちゃん久しぶり!」


「わっ、アトバスさんお久しぶりです!」


「お前が遅いんだろ。若いくせに体力がねぇなぁー。ってか他の奴らはどうしたんだ?」


「いやいや、皆んな普通に薬屋の方に向かいましたよ。こっちに来たの、俺たちだけっすからね?」


「あぁー、そうか。直接あっちに行った方が近かったのか。失敗したなぁ」



 そう言って天を仰ぐパルクスさんに、反撃の糸口を見つけた私はにんまりと笑う。ロンルカストやルディーに比べたら、パルクスさんの守りは甘すぎる。ゆっくりととぼけた声を出した。



「ふーん。パルクスさんは私に会いたくて、わざわざこっちに飛び出して来ちゃったんですねー?」



 パルクスさんは図星とばかりに焦った表情を見せる。言い訳のために口を開いた。



「いやっ! これは違くてだな! あー、あれだよ!? そう、冒険者の反射神経ってやつ!?」


「確かに今日の兄貴の走りは、いつもより早かったっすねー」


「ばっか!? 余計なこと言うなよアトバス!」


「いつもより早かったんだ? へー、ふーん。そうなんですねー?」



 わざとらしく言葉尻を上げた言い方をした。形勢逆転。窓枠に頬杖をついて、にやにやと余裕の笑顔をもってパルクスさんを見上げる。

 久しぶりに2人に会えた喜びと嬉しさを、照れくささから揶揄(からか)いにすり替えた私を乗せた馬車はほどなくして薬屋へと着いた。



 はやる心のまま、ロンルカストよりも先に勝手に馬車から降りる。懐かしい薬屋の前では、先回りしてこちらに着いていた冒険者の常連さんたちが待っていてくれた。薬屋の先輩たちも、私を出迎える為に次々と暖簾をくぐって外へ出て来てくれる。

 先輩たちはデフォルトであるツンと澄ました無表情をしていた。でも彼らと一定期間を過ごした私は、その中に潜んでいる機嫌の良さと暖かさを感じることができた。


 帰ってきた! みんなのところへまた帰って来れたんだ!

 体の内側からぶわりと気持ちがこみ上げて来た。自然と目の端に涙が浮かぶ。シパシパと瞬きをして潤んでしまった瞳を誤魔化した。


 あ、先輩と店長だっ!

 暖簾をくぐって最後に出てきたのはミグライン店長とサルト先輩だった。ミグライン店長の手には柔らかそうな綺麗な布が、サルト先輩の手には何枚かの紙束があった。どちらも私の為に用意してくれたものだと分かる。


 ……もぅ、2人ったら本当にっ!

 私の思いは心の中でさえ言葉にならなかった。そのかわり嬉しさと恥ずかしさが極まると、お腹がいっぱいになって喉が詰まると知った。


 2人と目が合う。ロンルカストが馬車から降りるのを待っていられない。溢れる感情が早く皆んなの胸に飛び込みたいと急かす。堪えきれず走り出そうとした。

 その瞬間、スパンと風を切る聞き慣れない音、そして形容し難い甲高い音の2種類があたりに響く。



「え? 今の音はなに?」



 その言葉を言い終わるよりも早く、一瞬遅れてその切断面がずれたことで、目の前の薬屋に建物を上下に分かつ一本の亀裂が入っていることに気づく。

 また内部の柱を分断され耐震性の大半を失った一階部分は、上部の重みに耐えきれない。少し前まで私が寝泊まりしていた2階部分の崩落をもって、薬屋は潰れるように崩れ落ちた。大きな音と振動が辺りに(とどろ)く。


 しかしそれは明らかに、一つの建物が起こせるような震ではなかった。まさに轟音。地鳴りの如く鳴り響いた音と揺れに立っていられなくなった私は体勢を崩し、尻餅をつく形で後ろへと大きく転ぶ。その弾みでベルクム粉袋がポッケから飛び出した。ボスンと地面に落ちる。


 転んだ拍子とお尻の痛みでギュッと閉じた目を開ける。目線が変わったことで広がった視野には、驚愕の光景がうつっていた。薬屋だけじゃない。目に入った平民街の建物の大半は、崩壊し瓦礫の山と化していたのだった。




 お読みいただき、ありがとうございます。

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